バレンタインの夜に
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~翼vision~
穂積
「んじゃまあ、バレンタインデーを祝して、乾杯ー!」
男全員
「おーーーーっ!!」
本日何度目かの乾杯。
一人だけ、グラスを持ち上げない私。
その理由は、不機嫌だから。
……おかしい。
この人たち、絶対におかしい。
翼
「どうして、バレンタインを祝って居酒屋で宴会なんですか?!」
ああ、神様。
私、これでも年頃の乙女なんです。
そりゃ、彼とは毎日職場で顔を合わせているけれど。
普段多忙で、なかなか二人きりの時間が取れない彼と私。
せめて、世の恋人たちが愛を伝えあうこの日ぐらい。
彼と甘く穏やかな時間を過ごしたいと思う事は、罪なのでしょうか。
そして、出来る事ならゆっくり愛を確かめあいたいと思った私が間違っているのでしょうか。
教えて下さい神様。
明智
「どうした、櫻井。もしかして先約があったのか?それは悪かったなあ」
明智さん、棒読みです。
翼
「大丈夫です」
……プレゼントだって、用意してきたのに。
如月
「あれえ翼ちゃん。この、ラッピングされた荷物は何かな?……(低音)まさか彼氏へのプレゼントなんかじゃあないよねえ?」
如月さん、恐いです。
翼
「違いますよ」
……せっかく、ちょっぴり大人っぽくお洒落もしてきたのに。
小野瀬
「まあそう怒らないで。今日の服素敵だね。いつもより一段と可愛い。きみはどこまで可愛らしさの階段を昇ってしまうの」
翼
「……昇りません」
相変わらず、さらりと甘い事を言う小野瀬さんの魔の手から逃れて、私は横を向く。
そこには藤守さんがいて。
藤守
「櫻井、頼むからそんな不機嫌な顔をすんなや。俺まで悲しなってまうやないか」
翼
「……ごめんなさい」
ごめんなさい、藤守さん。……でも……ああ、もう帰りたい。
小笠原
「俺も帰りたい」
翼
「……小笠原さん……」
……はあ。
穂積
「櫻井!辛気臭い顔して溜め息つくんじゃないわよ!コッチ来て酌をしなさい!」
……室長ったら、人の気も知らないで。
セクハラで訴えてやろうかしら。
翼
「……」
胸の中で呪いの言葉を呟きながら、上座で胡座をかいて手招きする室長に近付いて行くと、ぐい、と手を引かれた。
翼
「!」
そのまま、すとんと隣に座らされる。
翼
「……!……」
ビックリして見上げると、完全にプライベートの表情をした『泪さん』が、私を見つめて目を細めた。
重ねられた手が温かくて、体温が上がりそう。
けれど、それもほんの数秒間。
穂積
『頼むから、拗ねるな』
私以外の誰にも聴こえない声で囁いた室長は、何食わぬ顔をして、私の手に空のグラスを手渡した。
穂積
「櫻井、焼酎のお湯割り作って」
翼
「……はい!」
たったそれだけでこんなに幸せになっちゃうなんて、我ながら単純。
如月
「あー、室長ずるーい」
穂積
「ずるくないわよ。正々堂々と職権濫用してるだけだわ」
両手と膝で畳の上を歩いて抗議しに来た如月さんを、室長は足の裏で追い返した。
お湯割りを作って差し出すと、室長は、ありがとう、と受け取ってくれた。
小野瀬
「ごめんね、櫻井さん」
囁くような声に私が振り返ると、小野瀬さんが、拝むみたいに両手を合わせていた。
翼
「?」
穂積
「今夜は《小野瀬に恩を売る会》なのよ」
意味の分からない私が、室長と小野瀬さんの顔を見比べていると、二人は苦笑して、それから種明かしをしてくれた。
穂積
「小野瀬は毎年、バレンタインデーには朝から百人超えの告白と、その数倍の数のチョコレート攻めに遭うでしょう。だから、今年は助けてやる事にしたのよ」
小野瀬
「穂積も似たような境遇だけどね」
言われてみれば、小野瀬さんは今日一日、朝からずっと捜査室にいた。
小野瀬
「鑑識にいたら、応対だけで一日仕事にならないからね。その点、捜査室はセキュリティが強いから、安心して働ける」
なるほど。
この日を楽しみにしてきただろう女の子たちには気の毒だけど、小野瀬さんの仕事が停滞するのは警視庁の損失だ。
せっかくのプレゼントを直接手渡せないのは残念だろうけど、仕方ないのかな。
まあ、渡すだけなら鑑識に預けておけるし……。
私の考えている事なんて手に取るように分かる二人が、微笑んで私を見ていた。
そう言えば、室長も今日は極力外出するのを避けているようだった。
小野瀬さんのチョコレートが鑑識に貯まっていくように、室長へのプレゼントは刑事部に届けられるらしい。
「家宅捜索用の段ボールで廊下に積んでおくから後で取りに来い」なんて内線電話を如月さんが受けて、藤守さんと大騒ぎしていたっけ。
翼
「……」
どうしよう。
室長がモテるのなんて、今さらなのに。
不安になってきちゃった。
小野瀬
「ごめんね、櫻井さん。穂積と過ごせたはずの時間を邪魔しちゃって」
私の耳元に口を寄せて、すまなそうに小野瀬さんが囁く。
翼
「あ、いえ。事情は分かりましたから……」
小野瀬さんに笑顔を向けてはみたものの、一度陥った不安ループからはなかなか抜け出せなくて。
小野瀬
「必ず埋め合わせはするから。穂積が」
小野瀬さんはウインクをして、皆の方へ戻って行った。
穂積
「あいつ、何だって?」
翼
「……今日、一緒に過ごせるはずだった時間は、穂積が必ず埋め合わせしてくれるから、って」
私がそのまま伝えると、私の表情を見た室長は、急に、真顔になった。
そして立ち上がる。
穂積
「悪いけど、上から呼び出しだわ。櫻井、アンタ今夜は飲んでないわよね。車運転してくれる?」
翼
「えっ?あ、はい!」
今、室長の電話鳴った?
小野瀬
「俺も飲んでないよ」
小野瀬さんが振り返ってくれたけど、室長は手で制した。
穂積
「アンタはここの支払いがあるでしょ」
皆がどっと笑う。
小野瀬さんが肩をすくめた。
小野瀬
「ひどいなあ。でもまあ、今夜はそういう会だからね。……じゃあ、櫻井さん、悪いけど頼める?」
翼
「はい」
上着を手に、さっさと靴を履く室長を追って、私も急いで身支度する。
挨拶もそこそこに外へ出ると、駐車場まで行かない間に、路地裏で室長に抱き締められた。
穂積
「翼」
翼
「し、……泪さん?」
私の頬に手を添えた泪さんは、まだ、真剣な顔を続けている。
穂積
「ごめんな。もう、帰ろう」
……。
ああ!
私のために?
穂積
「不安にさせたな。ごめん」
この人には何も隠せない。
私は素直な気持ちになって、温かい胸にしっかりと抱きついた。
翼
「ううん。やきもち妬いて、ごめんなさい」
穂積
「そのくらい受け止める」
泪さんの唇が、額に触れた。
穂積
「もうじき日付が変わるけど、残りの時間は俺にくれよな」
翼
「はい」
穂積
「お前もチョコも、全部だぞ」
翼
「えっ?どうして、チョコをプレゼントするつもりだって分かったんですか?」
甘い物が苦手だからチョコはいらない。
そんな泪さんに、でも食べて欲しくて、手作りした特別ビターなチョコを少しだけ、用意してきたこと。
どうして分かったんだろう。
穂積
「俺は毎日お前を見てるんだ」
微笑んだ泪さんの唇が、頬に触れた。
穂積
「それより、いいよな?」
翼
「はい」
泪さんの唇が、私の唇に触れた。
どんなチョコレートよりも、彼のキスは甘い。
それなのに、唇が離れた途端、泪さんは、キスの余韻を吹き飛ばすような発言をする。
穂積
「楽しみだな。俺、一度やってみたかったんだ。チョコレートプレイ」
翼
「…………はい?!」
穂積
「知らないのか?チョコレートを溶かしてお前に塗るんだよ。で、俺が、それをお前ごと喰う」
翼
「プレイの説明はいいですから!」
穂積
「材料のチョコレートなら、車のトランクに積みきれないほどあるぞ。嫌なのか?」
翼
「嫌ですよっ!」
穂積
「お前が舐める方でもいいぞ」
羞恥に震える拳を握り締めてゆっくりと振り上げると、室長は、笑いながら離れた。
穂積
「冗談だよう」
絶対本気だった。
穂積
「でも、お前を喰わせてほしいのは本当」
にっこり笑う顔を見せられたら、もう、拳を下ろすしかなくて。
赤く染まってゆく顔を見せたくなくて。
私はもう一度、室長が広げた腕の中に身を委ねた。
神様。
私にこの人を与えてくれてありがとうございます。
これから訪れる甘い時間をありがとうございます。
世の中の恋人たちが、みんなみんな幸せな夜をすごせますように。
穂積
「チョコレートプレイのチョコレート無しでは?」
翼
「絶対やりませんからね!」
~END♪~