スポットライト*穂積編~番外編~
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~翼vision~
明智さんの女装カラオケ大会に触発され、数年前の泪さんの女装映像(小野瀬さん所有)を見たい見たいと言い始めてから、一週間。
公私を問わず、二人きりになるたび機会を逃さず訴え続けた私に根負けしたのか、ついに、泪さんが折れた。
穂積
「先に言っておくけどな。面白くないぞ」
泪さんの家で、テーブルに飲み物を並べたり、借りてきたDVDをセットする私の後を付いて歩きながら、泪さんはまだ、ぶつぶつ言っている。
こんなに往生際の悪い泪さんは珍しい。
なんでも、当時の上司にリクエストされた曲を歌ったそうなのだが、きちんと衣装まで凝ったにも関わらず、期待したほどウケなかったらしい。
泪さんにとっては不本意で、封印しておきたい過去なのだそうだ。
もっとも、私はそれを謙遜だと思っている。
何故かというと、DVDを貸してくれる時、小野瀬さんがこっそり私に「面白いよ。永久保存版だよ」と楽しそうに囁いたからだ。
私はTVを前にしたソファーに座り、リモコンを手にした。
翼
「せっかくだから最初から観ましょうか」
穂積
「……勝手にしろ」
泪さんは立ったまま、ソファーの後ろで腕組みをしている。
私はその服の裾を引っ張った。
翼
「そんな事言わないで。一緒に観ましょうよ、ねっ」
穂積
「……」
泪さんはむすっとしたまま、それでも、渋々と私の隣に腰を下ろした。
それから約30分。
スタートから4人の女装カラオケを順番に鑑賞して、私はもう笑いすぎてお腹が痛い。
最初の人は、緊張しすぎて直立不動。途中で何度も声が裏返ってしまい、そのたびに会場から笑いが起きていた。
2番目の人は、警備部の庶務係長になっている人だったので驚いた。今は真面目な人の印象なのに、数年前のこのカラオケでは、アイドル衣装でノリノリだ。
3人目は、派手な着物で演歌を歌った。堂々としているけれど、ひどい悪声で、しかもマイクがたびたびハウリングを起こす。とても聴いていられなかった。
4人目は、プロレスラーみたいな巨漢。それがピチピチのセーラー服を着て、腰を振りながら熱唱するものだから、会場は大盛り上がりだ。
私の隣で、さっきからニコリともしない泪さんが、そわそわし始めた。
隙あらば席を立とうとする泪さんを何度も引き留めながら、私は、TV画面に彼が登場するのを待つ。
やがて。
会場の盛り上がりは、4番目の出演者さんが歌い終えてステージの明かりが消え、『穂積泪』の名前が紹介された途端、最高潮に達した。
翼
「あっ、泪さん!次!次ですよっ!」
穂積
「……知ってる」
『待ってました警備の華!』
『期待してるぞ穂積ー!』
『キャリアの実力見せてやれ!』
宴席からたくさんの声援が飛ぶ。
翼
「大人気ですねっ!」
穂積
「……」
泪さんは、黙って2本目の缶ビールを飲み干した。
盛大な拍手と声援の中、イントロが流れ出し、スポットライトが、光り輝く泪さんの姿を照らし出した。
私は、画面に現れた泪さんのあまりの美貌に、息を呑んだ。
ステージ上に現れたのは、まさに絶世の美女。
……うわあ。
会場からも溜め息が漏れる。
注目の中、泪さんが、赤い口紅を引いた艶やかな唇を開いた。
歌が始まると、さっきまで騒々しかった会場が、徐々に静まり返ってゆくのが分かった。
テノールの歌声が、完璧な音程で会場に響き渡る。
少し切ない曲調、甘く優しい声。それに、なんて上手なんだろう。
泪さんが瞬きをするたびに長い睫毛が揺れる。その瞬間垣間見える碧の瞳の妖艶さに、私はうっとりしてしまう。
やがて、曲に合わせて、泪さんが真っ白な衣装を広げてゆくと、全員が、その演出の華やかさに見惚れた。
長身の泪さんは、ステージによく映える。
衣装に凝ったと言っていたけど、動きに合わせて波打つ衣装はきらきら輝いて、本当に、すごく綺麗。
私も目が離せない。
白い孔雀のような衣装が完全に開くにつれて、ようやく、拍手と歓声が上がった。
泪さんは最後まで見事に歌い上げ、鳴り止まないアンコールの中で頭を下げると、スポットライトの明かりと共に消えた。
泪さんの消えた後の会場は、いつまでも、いつまでもざわめきが消えなかった。
翼
「……」
私はたった今まで観ていた映像の会場と一緒になって、手が痛くなるほど拍手していた。
泪さんはそんな私にお構い無しに、テーブルの上のリモコンを手に取ると、プツッとTV画面を消した。
翼
「あっ!」
穂積
「はい、終了」
翼
「えー!もう1回見たいです!」
穂積
「だーめーだー」
泪さんはそう言うと立ち上がってDVDを取り出し、さっさとケースに片付けてしまった。
……むう。
翼
「すっごく綺麗だったのに」
穂積
「嬉しくねえから」
泪さんの顔が赤いのは、ビールのせいばかりではなさそう。
翼
「それに、じゅうぶん盛り上がってたじゃないですか!」
穂積
「あのな、宴会の余興だぞ。男が女装してカラオケだぞ」
泪さんは真顔だ。
穂積
「前半の奴ら観ただろ?登場した途端大爆笑だ。今回の明智も大いにウケてた」
確かに盛大に笑われてたけど。
穂積
「あれこそ芸だ。……俺にはエンターテイメントの才能が無い。ジュディにも申し訳ない」
いや、才能ありますって!
だって、笑われはしなかったけど、みんな見惚れてたもん!聞き惚れてたもん!私なんか感動したもん!
ジュディって誰?って訊きたかったけど、泪さんが両手で顔を覆って落ち込んでいたので、その質問はとりあえず止めた。
翼
「……でも、これ、泪さんが優勝した、って小野瀬さんから聞いてます。だから、やっぱり凄かったんですよ!」
穂積
「一番下っ端だったから、周りが気を遣ってくれたんだろ」
渾身のフォローも、あえなくスルーされてしまった。
穂積
「今だって、お前に気を遣わせてしまっている。ごめんな、こんな面白くない男で」
泪さんはようやく顔を上げてくれたものの、沈んだ声で言われて、私はどうしようもなく悲しくなってきてしまった。
こんな泪さんを見るのは辛い。
翼
「泪さんは最高に面白い人です!」
私は隣から、彼に抱きついた。
翼
「面白くて、格好よくて、素敵な人です!謝るのは私です。ごめんなさい!」
私は、涙の滲んできてしまった目で、泪さんを見上げた。
翼
「女装姿を見たいなんて、しつこく言ってごめんなさい。泪さん、最初から嫌がってたのに」
泪さんは、私を見つめていた。
穂積
「……別に、昔の恥を見られるのが嫌だったわけじゃない。お前に何も隠すつもりはない」
翼
「……?」
大きな手が、私の頬を包む。
穂積
「俺は、ただ、お前に……幻滅されたくないんだ」
翼
「……!」
泪さんは言ってしまってから気まずくなったのか、私から目を逸らした。
幻滅だなんて。
そんな事、あるはずないのに。
私は急いで、首を横に振った。
翼
「幻滅なんて、絶対にしない!」
思いがけなく、大きな声が出てしまった。
泪さんが驚いた様子でこちらを向く。
穂積
「……翼」
翼
「女装姿が女の私より綺麗でもいい、宴会で笑いがとれなくてもいい」
穂積
「……」
翼
「だから、だから……いつもの泪さんに戻って下さい」
穂積
「……翼……」
泪さんはじっと私を見つめて、それから、ふっと笑った。
穂積
「……分かった」
泪さんの笑顔にほっとしたのも束の間。
翼
「きゃ!」
私は、泪さんにソファーに押し倒されていた。
穂積
「じゃあ、今度は、お前が見せてくれよ」
翼
「え、えっ?!何を?」
にやり、と笑う泪さんは、もういつもの泪さんで。
穂積
「お前の恥ずかしい姿」
あと声も聴かせろ、と言いながら太腿の内側をそろりと撫で上げられて、かあっと身体が熱くなる。
穂積
「それで、おあいこだろ?」
耳元で囁く吐息混じりの声にぞくりとして、私は身を捩る。
それなのに、間近で微笑む美しい碧の瞳から、目が離せない。
翼
「……うん」
素直に頷くと、ちゅ、とキスされた。
穂積
「いい子だ」
そう言われて、甘く柔らかい口づけを与えてもらったら、私はその魅力に逆らえない。
さっきまで絶世の美女だった人が、男性に戻って私をとろかしてゆく。
いつもとはまた違う背徳感の中で、私は彼が生み出す波に翻弄され、溺れていった。
好きな男の腕の中でも
違う男の夢を見る
泪さんは、さっき、そう歌っていたけれど。
私は、泪さんの腕の中で、違う人のことなんか考えられない。