ワルプルギスの夜
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~翼vision~
警察病院。
処置室から小野瀬さんに付き添われて出てきた室長は、待合室で一列に並んで待っていた私たちに、親指を立ててみせた。
小野瀬さんが苦笑する。
小野瀬
「肋骨三本にヒビ、全身に打撲と擦過傷。でも、脳や臓器には損傷が無いそうだよ。……丈夫な奴だね」
私たちは、一斉に安堵の溜め息を漏らした。
穂積
「心配かけて悪かったわ。何日か湿布貼る事になるけど、年末の業務に支障はなさそうよ」
室長は微笑んだけど、殴られた顔の腫れがまだ生々しく、痛々しい。
小笠原
「……遅くなっちゃったね」
小笠原さんが呟いて、私たちは病院の壁の時計を見た。
時刻は午後十時四十五分。
藤守
「居酒屋は、また予約取り直しますわ」
明智
「そうだな。室長、今日はもう、帰って休んで下さい」
翼
「お疲れ様でした」
如月
「それにしても、散々な誕生日でしたねえ」
私たちが言うと、室長は首を横に振り、普段、絶対に見せないような、とびきりの笑顔を浮かべた。
穂積
「そうね、散々な一日だった。でも、今日は、全員に助けてもらったわ。アンタたちには迷惑をかけたけど、ワタシにとっては、最高の誕生日よ」
どうもありがとう、と深々と頭を下げる室長に、私たちの方が慌てた。
穂積
「明日からはまた、ビシビシしごくわよ。覚悟しなさいね」
顔を上げた室長は、もう、いつもの室長。
私たちはホッとしながらも、気を引き締める。
全員
「了解!」
私たちの敬礼に、室長は、お手本のように綺麗な敬礼を返してくれた。
解散し、病院の裏口から全員が帰るまで見送った室長が、さっきの待合室に戻って来た。
私と小野瀬さんが、それを待ち受ける。
小野瀬
「みんな帰った?」
小野瀬さんが肩を貸すのを、今日の室長は嫌がらなかった。
穂積
「ああ」
冬の夜なのに、室長は額の汗を拭う。
ハンカチを差し出した私と目が合うと微笑んで、髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
小野瀬「強がっちゃって」
穂積
「うるせえ。帰るぞ」
翼
「はい」
小野瀬
「穂積、車の鍵貸して。送って行くよ」
室長のマンションの駐車場から徒歩で帰って行く小野瀬さんを見送ってから、私は、室長に寄り添い、支えるようにして部屋に辿り着いた。
時刻はもう、十一時半。
靴を脱いで上がるとそのままソファーに寝そうになる室長を励まし、押したり引いたりしながらベッドまで連れていく。
スーツのまま、倒れ込むようにベッドに寝そべった室長は、ようやく安堵したのか、大きく息を吐いた。
穂積
「ああ……長い一日だった」
翼
「そうですね」
私は室長のジャケットを脱がせ、シャツのボタンやネクタイを緩めながら、頷いた。
翼
「大変なお誕生日でしたね」
不意に室長の手が伸びてきて、私の手を握り締めた。
穂積
「翼」
私の手を包み込む、温かくて大きな手。
穂積
「大丈夫だから」
どきりとするような、優しい声。
穂積
「もう、大丈夫だから」
囁くように言われて、私は、自分の手が震えていた事に気付いた。
その手に、室長が唇で触れる。
堪えていた涙が溢れそうになってしまって、私は声を詰まらせた。
翼
「……う……」
穂積
「来い」
誘われるまま、素直にベッドに上がって室長に身を寄せると、室長が、髪を撫でてくれた。
翼
「……っ、ごめん、なさい……」
胸から伝わる確かな鼓動に、頬を撫でてくれる指先の温かさに、涙が溢れ、嗚咽が込み上げてきた。
翼
「ごめんなさい……!」
……分かってる。
この誇り高い人が、私の為に屈辱に耐えてくれた事。
傷だらけになってもなお、命懸けで私を守り通してくれた事。
翼
「……ありがとう、泪さんっ……」
額に、優しい唇が触れる。
いつの間にか慰められてる。
何かしてあげなくちゃいけないのは、私の方なのに。
でも、涙が止まらない。
いつまでも、こうしていたい。
穂積
「……謝らなくていい、礼も言わなくていい」
室長が、私をしっかりと抱き締めてくれる。
穂積
「だから……来年の、誕生日も、その次も……俺の傍にいろよ」
翼
「うん」
私は泣きながら、何度も頷く。
穂積
「……」
愛してる、と囁かれた気がして顔を上げれば、室長は、もう、静かな寝息をたてている。
私は微笑んで布団を掛け直すと、眠る室長の唇に、そっと唇を重ねた。
信頼と、感謝と、
愛してる、の想いを込めて。
~END~