赤い糸
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~小野瀬vision~
穂積はこの頃様子がおかしい。
ここ数日、見掛ける穂積はいつも唇をきゅっと結んで、風のような速度で歩いている。
声を掛ける間もありはしない。
新しい部署を準備中なんだから忙しいのは当たり前だが、それにしても落ち着かない。
仕方なく俺は、特命捜査準備室の、穂積の部下たちを捕まえて探りを入れる事にした。
小野瀬
「こんにちは、如月くん」
如月
「あっ、小野瀬さん、こんにちはー!」
如月くんはニコニコしながら、俺の手招きに寄って来た。
小野瀬
「穂積おかしくない?」
俺が思ったままを口にすると、如月くんは声を立てて笑った。
如月
「いつもと変わりませんけど」
それは暗に、いつも変だと言っているよ。
まあ、あのオカマ口調は、仕方がないとは言え、俺も変だと思ってるけど。
如月くんはまた笑ってから、少し真面目な顔になった。
如月
「最近の行動を言ってるんでしたら、ホラ。先日小野瀬さんもいる時に話した、女の子の件ですよ」
小野瀬
「……ああ、捜査室に入れるって話?」
如月
「はい、たぶん。あれから室長、時間があると人事に通ってますから」
如月くんから離れた俺は、廊下に出て、休憩スペースにいた明智くんと藤守くんを捕まえた。
藤守
「俺が聞いた時には、交通課に行く言うてました」
明智
「今朝は刑事部長にお会いすると聞きましたよ」
みんな、言ってる事はバラバラだけど、総合すると、何となく穂積の行動が見えて来た感じ。
とどめは小笠原くんだった。
小笠原
「室長はターゲットを絞ったみたいだよ。心配しなくても、小野瀬さんには本人から話があるでしょ」
心配とかしてないからね。
あと小笠原くん、俺も一応きみの先輩なんだからね、敬語。
と思ったけど、面倒なので小笠原くんへのツッコみは呑み込んで、俺は頷いた。
小野瀬
「……まあ、そうかもね」
仕方ない。大人しく鑑識で仕事するか。
ところが驚いた事に、鑑識室に戻ると、俺の椅子に、穂積が座っていた。
穂積
「遅えよ」
俺は辺りを見回したが、誰もいない。
小野瀬
「太田たちはどうした?」
穂積
「追い払った」
小野瀬
「はぁ?まだ仕事してただろう?」
穂積はにやりと笑った。
穂積
「よく仕込んであるなあ。『三十分どっか行ってろ』って言ったら、五秒でいなくなったぞ」
小野瀬
「……」
穂積
「いつもこうやって女と二人きりになってるわけだ、お前は」
小野瀬
「……」
否定する事も出来ないので、俺は無言で細野の椅子を引っ張って来て、穂積の前に座った。
穂積はもう真顔だ。
穂積
「悪いな、小野瀬。話はすぐ済む。続きは今夜、いつものバーで聞いてくれ」
先に謝られてしまっては怒るわけにもいかないし、時計は定時を過ぎている。勤務中だと追い返すわけにもいかなかった。
小野瀬
「分かったよ。8時には終われると思う」
穂積
「俺もそのぐらいだ。じゃあ、後で」
立ち上がった穂積は俺の方に少しだけ顔を近付けて、囁いた。
穂積
「前に話した女の子、見つけたんだ」
それだけ言うと、穂積は鑑識を出ていってしまった。
間もなく太田たちが戻って来たところを見ると、穂積はここで俺を二十分は待っていた事が分かる。
あんなに忙しそうにしていたのは、俺とのこの時間を捻出する為だったのか…
それはそうと、前に話した女の子を見つけた?
俺は穂積との会話を思い出しながら、急いで仕事を片付けた。
夜、いつものバーのカウンターに並んで座ると、穂積はすぐに話し始めた。
穂積
「交通課の新人なんだが、恐ろしく勘が働く。約半年で、5人以上検挙している」
小野瀬
「へえ」
俺は相槌を打ちながら聞く。
本当なら大した才能だけど。
穂積
「直観力というか、異状を感知する力というか。ぴったり来る言葉が無いが、記憶力が抜群なのは間違いない」
なるほど、穂積がその子を捜査室に入れてみたくなるのも分かる。
失礼だが、交通課に置いておくには惜しい能力だ。
けれど、俺はデータ派の人間だ。
どんな才能も、実際に目の当たりにしなければ信用できない。
その通り話すと、穂積も頷いた。
穂積
「来月異動してくるから、その目で確かめてくれ」
それから穂積は、一つ、咳払いをした。
穂積
「……ところで、な」
穂積は急に、歯切れが悪くなった。
穂積
「俺、前に話した女の子を見つけた、って言ったろ」
小野瀬
「うん?今の話じゃなかったの?……前にみんなと話した、捜査室に入れる女の子、だろう?」
俺が答えると、穂積は声を低くした。
穂積
「そっちじゃなくて……数年前に裁判所で見かけただけの……」
小野瀬
「ああ!お前が一目惚れした女子高校生!」
反論より速く、穂積の手が伸びて俺の口を塞いだ。
そのまま力を込めてくる。
穂積
「余計な事を言うんじゃねえ!」
店内に他の客はいないが、カウンターの端でマスターが笑っている。
俺は空いてる手で、穂積の腕をぺちぺち叩いた。ギブアップだ。
穂積がやっと手を離してくれる。俺は反論した。
小野瀬
「……何だよ本当だろ。確か、お前が小学生の時に盆栽を割った、判事の、娘さん」
穂積
「そう、その娘さんだ」
穂積は頷いて、焼酎のお湯割りを一口舐めた。
穂積
「……交通課からスカウトしようと思って調べた子が……その娘さんだった」
小野瀬
「え?!」
俺は穂積の言葉を頭で整理して、驚いた。
小野瀬
「……どっちが先?」
穂積
「スカウトしようと思ったのが先に決まってるだろうが!」
穂積は本当に、困惑した表情だ。
穂積
「俺は、彼女が警察官になったのも、警視庁に入ったのも知らなかったんだぞ!」
俺は思わず、嘆息した。
小野瀬
「しかし、すごい偶然だね。……もしかしたら、運命の相手じゃない?」
薄暗い店内でも、穂積が赤くなったのが分かった。
穂積
「運命も何も……向こうは俺を知らないんだよ」
ああ、言われてみればそうだっけ。
つまり穂積の片想いってわけ。
小野瀬
「穂積がそんなに気にする女の子なんて、興味あるなあ」
俺はカウンターに肘をついて、穂積の方に身を乗り出した。
小野瀬
「口説いてみてもいい?」
穂積
「殴るぞ」
こちらをじろりと見た穂積の横顔が本気だったので、俺は肩を竦めた。
だが、その穂積の表情から険が消え、あげくに溜め息をついたので、俺の方が拍子抜けする。
穂積
「……」
小野瀬
「ごめん。真剣なんだな」
穂積
「真剣になるほどお互い知らねえ」
小野瀬
「怒るなって。口説いたりしないよ、約束する」
穂積
「当たり前だ。俺にとっては、一生頭の上がらない人の娘さんなんだ」
その話は聞いた。
鹿児島の小学生時代、近所に単身赴任していた判事の家の盆栽を、穂積の打ったホームランが直撃したという話だ。
しかも、娘の名前までつけて一番可愛がっていた紅葉の鉢を割ってしまった穂積は、さすがに悪い事をしたと自分の家に持ち帰り(ここが無断だったのがいけない)、子供なりに鉢を元通り修理して、判事に返そうとした。
ところが運悪く、次の日判事は単身赴任が終わってどこかへ行ってしまっていて、返すつもりだった盆栽は、穂積の手元に残ってしまった。
この話には後日談があって、成長して東京へ出て来た穂積は、判事の勤め先を探し出し、盆栽を返そうとした。
ところが、過去の悪事がよほど腹に据えかねているのか、判事は会ってくれない。話も聞いてくれない。
穂積は何度も返そうとしているが、失敗を続けているため、その盆栽は今も捜査室の室長席の机の上にある、というわけだ。
どっちもどっちの話だが、何度か判事の元に通ううち、穂積はたった一度だけ、判事が紅葉に名前をつけた、その最愛の娘に出会った。
判事が忘れた弁当を届けに来た高校生の女の子を、遠目に一目見ただけ、というあまりにも泣ける話だが、穂積の目にはその子の姿が焼き付いた。
それからずっと、穂積はその子を想い続けているらしい。
入庁以来の仲だが、穂積が自分に群がる女を全く相手にしない事から見ても、かなり本気だと俺は思っている。
こいつみたいに、社会的地位も才能も美貌も人並み外れている男が片想いを続けるにしては、信じられないほどに儚い恋なのだが。
だが、穂積の一途さは、素人目にも見事な、あの紅葉の盆栽を見れば分かる。
小学生から、独学で、二十年近い歳月、預かった盆栽を育てられる男だ。
こいつに愛される女性はきっと、一生大切にしてもらえるだろう。
いや、穂積なら、たとえば自分以上にその子を幸せに出来る相手がいると知ったら、想いも告げずに身を引きそうな気さえする。
俺はそんな風に、一人の女性を好きになった事が無い。
そんな相手のいる穂積が、羨ましくもあった。
穂積
「……公私混同だな」
穂積は、俺とは少し違う事を考えていたようだ。
穂積
「彼女を傍に置きたいだけじゃないのか、俺は」
自問自答が声になって出てしまった感じだが、俺は返事をした。
小野瀬
「才能があるのは本当だろう?」
穂積
「本当だ」
穂積が俺を見た。
穂積
「たとえ誰でも、使えない人間を捜査室には入れない」
それを聞いて、安心した。
小野瀬
「だったら、彼女に才能があった事を喜べ。お前の傍に来てくれる事を喜べ」
穂積
「……小野瀬」
小野瀬
「俺には、今、お前の赤い糸が見える気がするよ」
これは、穂積を励まそうと思って言ったわけじゃない。
俺は本当に、穂積と判事の娘さんとの不思議な縁を感じた。
穂積の想いが通じればいい。
もちろん邪魔する気なんか無い。
穂積はやっと、少しホッとした顔をした。
穂積
「……明日、彼女に会って、異動を打診してみようと思う」
小野瀬
「そうだな、善は急げだ。ついでにそのまま告白しちゃえ」
俺の言葉に、苦笑混じりに微笑んだ穂積は、突然、あっと叫んで真顔になった。
小野瀬
「どうした?」
穂積
「……駄目だ」
穂積は頭を抱えた。
小野瀬
「穂積?」
穂積
「……俺、オカマだった」
小野瀬
「あ」
ああっ。
穂積
「あああ、嫌だ!」
穂積は抱えた頭を、カウンターに落とした。
穂積には悪いが、その凹んだ様子に思わず笑ってしまう。
穂積
「笑うな!」
穂積が俺の襟首を掴んで、前後に振った。
穂積
「元はと言えばお前のせいだろうが!」
小野瀬
「あっはっはっはっ」
長い間、淡い恋心を抱いてきた相手に、オカマキャラで会わなければならないなんて、悲惨過ぎて笑える。
誤解を解いて告白出来るまで、まだあと何年かかるやら。
さすが穂積だ。
小野瀬
「はっはっはっはっは!」
穂積
「笑うな!」
それからしばらくして、捜査室に彼女がやって来た。
穂積は鑑識室にもちゃんと、彼女を挨拶に来させた。
もちろん俺は歓迎するが、まずは様子見だ。
彼女は小柄な身体を緊張でガチガチにしながら、丁寧に、俺に頭を下げた。
翼
「櫻井翼です。よろしくお願いします」
そしてここから、穂積と彼女の本当の恋は始まる。
~END~