ワルプルギスの夜
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~小野瀬vision~
間もなく定時。
小野瀬
「こんにちはー」
鑑識の仕事を切り上げた俺が捜査室の扉を開けると、そこには全員が揃っていて、一斉に俺を振り返った。
そして、一斉に、失望の溜め息をつく。
明智
「……何だ、小野瀬さんでしたか」
明智くんが、露骨に顔をしかめた。
小野瀬
「何だとはご挨拶だねえ。穂積の誕生会を開くから、定時に来いと言ったのはきみたちでしょ?」
明智くんに言い返しながらも、俺は、その場に漂う不穏な空気を感じていた。
小野瀬
「穂積は?」
藤守
「それが、行方不明ですねん」
藤守くんは泣きそうな顔をしている。
藤守
「こんな事、初めてや」
俺は全員の表情を見渡して、事態の深刻さを悟った。
確かにおかしい。
穂積という男は、生活の中心に仕事がある男だ。
警察に入って以来、そして管理職になってからは尚更、常に連絡が取れる状態を維持してきた。
実際、真夜中でも宴会の最中でも旅先でも、電話が鳴って穂積が飛び出して行くのを、俺は何度も目にしている。
小野瀬
「どういう事か、経緯を説明して」
PCに向かっている小笠原くんに声を掛けながら、俺は、櫻井さんの小さな肩に手を置いた。
彼女は震えていた。
小笠原
「午後二時三十二分、埼玉県警を出る時に、俺に電話があった。その後、三時二十分、室長の携帯から櫻井さんの携帯に着信があったけど、通じないうちに切れた」
小野瀬
「……ふむ」
小笠原
「それから明智さんと櫻井さんが室長の携帯に何度も電話してみているけど、電波が届かない所にいるか、電源が入っていない状態が続いている」
如月
「おかしいですよ!」
それまで黙っていた如月くんが、ややヒステリックな声を出した。
如月
「室長が行方不明だなんて……こんな事っ……」
行方不明、と聞いて、櫻井さんが、びくりと震えた。
まずい。
小野瀬
「はいはい、みんな、落ち着いて。はい、深呼吸してー」
わざと鷹揚に言いながら、俺はゆっくりと深呼吸してみせた。
穂積の部下は皆、察しが良い。
全員が櫻井さんを見ながら、大きく深呼吸をした。
何度も繰り返すうちに、櫻井さんの震えがおさまってきた。
俺は微笑んで、明智くんに目で合図を送る。
明智くんが、俺の意図を察して頷いた。
明智
「よし。まずは、室長の足取りを追おう。櫻井は、今朝からの室長の行動を、携帯のGPSから追跡してみてくれ」
翼
「はいっ!」
明智
「小笠原は電話会社に協力要請して、室長の携帯の発着信の記録を調べてもらい、櫻井の追跡と照合してくれ」
小笠原くんが無言で頷く。
明智
「藤守と如月は、室長の車を追ってくれ。埼玉県警からなら、いくつもジャンクションを通過する。都内には無数のカメラがある。車で移動していれば、足取りが掴めるはずだ」
藤守・如月
「了解」
明智
「同時に、不審な追跡車輌などの存在も見落とすな」
藤守・如月
「分かりました」
明智くんは、最後に俺を見た。
明智
「室長のGPSが途切れた場所はすぐに分かります。小野瀬さんは、自分と、現場へ行ってもらえますか」
小野瀬
「もちろん、いいとも」
俺は頷いた。
明智
「情報は全て小笠原へ。小笠原は逐一、俺に報告を入れてくれ。結論が出たら、全員に指示を出す。それまで、勝手な行動はするな」
全員
「了解!」
穂積に鍛えられているだけあって、明智くんの指揮はなかなかのものだ。
俺は満足してコートを羽織り、明智くんと共に、師走の街を目指して駆け出した。
十二月半ば、午後五時を過ぎれば、空はもう真っ暗。
けれど、その場所は大通りに面していて、ほとんど昼間と変わらないほど、たくさんの人や車が行き交っていた。
明智
「この辺りですね」
明智くんと俺は、ここに来るまでの間に小笠原くんが割り出した、失踪地点と思われる場所に到着していた。
つまり、穂積との連絡が途絶えた場所だ。
警視庁まで数Km。もう、目と鼻の先の距離だった。
こんな場所で、穂積の身に、いったい何が起きたというのだろう。
明智
「藤守たちによれば、室長の車が、埼玉方面から竹橋JCTを通ったのは間違いないようです」
明智くんの吐く息が白い。
小野瀬
「……そして、その直後、穂積の携帯に着信が入る」
俺は、小笠原くんからの報告によって分かった最新情報を、そこに加えた。
この電話の相手は、現在調査中だ。
明智
「運転中に、この場所で携帯電話が鳴った。室長は、路肩に寄り、車を降りて、電話に出る……」
明智くんは、辺りを見回しながら、独り言のように呟いた。
小野瀬
「ちょっと待って。何故、車を降りるの?普通、そのまま電話に出るでしょう」
明智
「単独行動中ですから。降りて、壁を背にして、安全確認をしてから電話に出ます」
明智くんは、再現するように、近くの壁に背中を預けた。
明智
「車内で一人で電話に集中するのは、死角が多く危険です。警備経験者ならみんなそうします」
俺は唸った。
小野瀬
「なるほど。……すると、目撃者がいるかもしれないね。穂積は185cmあるし、金髪で目立つから」
明智
「……」
小野瀬
「明智くん?」
明智
「いえ……携帯電話……最近どこかで……」
考え事をしていた明智くんが、ハッと顔を上げた。
明智
「そうだ、櫻井だ。小野瀬さん、昨日、櫻井の私用の携帯電話が紛失しています」
小野瀬
「えっ?」
明智くんの言葉の意味を考えたとたん、俺の頭の中でも、音を立ててジグソーパズルのピースが組み上がった気がした。
穂積が車を停める原因になった電話。
もしも、その電話が、櫻井さんの携帯からのものだったとしたら。
小野瀬
「……今回の標的が、穂積だけではなく、櫻井さんである可能性も出てきた」
俺と明智くんは、急いで戻った捜査室で、櫻井さん、小笠原の席を中心に、同じく呼び戻した藤守くん、如月くんを交じえて、会議を開いていた。
小野瀬
「犯人たち(複数と仮定する)は、まず、何らかの方法で、櫻井さんの携帯を手に入れた。次に、今日、穂積が埼玉県警に行く事を突き止めた」
藤守
「埼玉からの帰り道に追跡車輌は無かったんやけど、行きの警視庁から埼玉県警までは、何台かの車輌が室長の後、同じルートを走っとるんや」
如月
「そのうち二台が、埼玉で何もしないで、東京にトンボ返りしてます。まるで、室長が埼玉県警に入るのを確認したみたいに」
小野瀬
「先に東京に戻った犯人は、予め設けたチェックポイントで、帰って来る穂積の車が通過するのを待つ。あとは、任意の場所で、櫻井さんの携帯を使って、穂積に電話をかければ、穂積の車はその場に停まる」
俺は櫻井さんの様子を窺いながら、そこまで話をした。
握り締めた拳が真っ白だ。彼女が自分を責めているのが、痛いほどよくわかる。
彼女は目にいっぱいの涙を溜めて、それでも、気丈に前を向いていた。
それでいい。
こんな時に心を乱したら、それこそ犯人の思うつぼだ。
明智
「現場近くのレストランの女性店員が、室長の姿を目撃していた。金髪長身の美貌の男性が車を路肩に停め、外に出て誰かと電話で話をしているうちに、友人らしい数人の外国人が現れた、と」
小野瀬
「友人の外国人は電話をしながら現れ、それを見た男性は電話を切り、どこかにかけ直そうとしたけれど、他の友人に止められていた」
藤守
「それが、櫻井の仕事用の携帯への着信やな」
小笠原
「目撃証言が、GPSや発着信の状況と一致する。間違いないね」
小笠原も頷いた。
小野瀬
「穂積は、櫻井さんが私用携帯を前日に紛失していた事を知らない。だから、その外国人たちが櫻井さんの携帯を持っていた事で、櫻井さん本人の身柄が拘束されている可能性を危惧したんだと思う」
如月
「それなら、抵抗しなかった理由が分かります。もし、力ずくだったら、あの人を連れ去るなんて不可能だ」
如月くんが唇を噛む。
明智
「目撃者によれば、室長は大人しく、友人二人と後部座席に乗ったそうだ。そして助手席にもう一人座り、運転席には、電話をしながら現れた外国人が座った」
藤守
「犯人グループは、少なくとも四人以上いるという事やな」
沈黙が下りた。
穂積が連れ去られた状況は分かってきたものの、犯人からの要求が無いからだ。
俺たちは犯人グループの狙いが櫻井さんかも知れないと考えたが、このままだと、やはり、最初から穂積が目的だという線も捨てきれない。
手詰まりだった。