ワルプルギスの夜
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~穂積vision~
早朝会議を終え、まだ無人の捜査室に戻って来た俺は、いつものようにスポーツ新聞を開く。
一面、二面と読み進めたところで、何故か喉が渇いてきて、俺は苦笑した。
そろそろあいつが出勤して来る時間だから、これは条件反射か。
何となくそわそわと落ち着かない気分になっている自分に気付いて、俺はまた苦笑する。
すっかり夢中だな。
翼
「おはようございます!」
にやけていた最中に扉が開いて、櫻井が元気よく入ってきた。
俺はひとつ咳払いをする。
穂積
「はい、おはよう」
挨拶を返すと、櫻井はニコニコしながら、荷物も置かずに俺の席に駆け寄って来た。
翼
「室長、おめでとうございます!」
ん?
穂積
「何が?」
俺が聞き返すと、櫻井は驚いた様子で、大きな目をさらに見開いた。
翼
「お誕生日です!」
俺は腕時計のカレンダーを見た。
12月18日。
穂積
「…………あ、俺のか」
翼
「そうです!」
櫻井は真面目な顔でこくこく頷く。よくもまあ、こんなにくるくると表情が変わるものだ。
翼
「だから、おめでとうございます!」
櫻井はそう言って、にっこり笑った。
ああ、可愛いなあ。
ジョン・スミスなんかに奪われなくて、本当に良かった。
俺は櫻井に笑顔を向け、腕を掴んで軽く引き寄せた。
穂積
「じゃあ、プレゼントをくれよ」
翼
「あっ、それは、後で二人になった時に渡し……」
穂積
「待てない」
俺はバサリと新聞を広げた。
新聞紙で扉からの死角を作って見上げると、観念した櫻井が、真っ赤な顔で身を屈めた。
それから、ちゅ、と素早く唇にキスしてくれる。
翼
「これ以上は、もうダメです」
物足りないが仕方ない。
俺はくすくす笑いながら新聞を畳み、櫻井の頬を撫でた。
穂積
「じゃ、続きは今夜な」
翼
「今夜は、捜査室のみんながお祝いしてくれる事になってますよ?」
いつもの居酒屋で。
穂積
「……じゃあ、その後」
駄々っ子か、俺は。
けれど、櫻井は、はい、と素直に頷いた。
翼
「じゃあ、その後で、ですね」
俺に向かって笑顔を綻ばせた後、彼女は弾むように自分の席へと戻ってゆく。
翼
「今すぐお茶を入れますから!」
どうして、俺の誕生日をあんなに喜んでくれるんだろう。
どうして、それだけの事が俺はこんなに嬉しいんだろう。
穂積
「ありがとう」
給湯室に向かう背中に、俺は想いを込めて声を掛けた。
穂積
「櫻井、番茶ね。うんと熱くして」
翼
「はーい!」
櫻井と入れ替わるように、部下たちが続々と出勤してきた。
明智
「おはようございます。室長、お誕生日おめでとうございます」
穂積
「ありがとう」
如月
「三十●歳、おめでとうございまーす!盛大にお祝いしましょうね!」
穂積
「盛大にね」
藤守
「いつもの居酒屋、予約してありますよ!」
穂積
「悪いわね」
小笠原
「俺も……行く」
穂積
「あら嬉しいわ」
わいわい言いながら、俺の周りに人垣が出来上がる。
憎まれ口を叩きながら、笑顔を浮かべながら。
こいつらが祝ってくれる、その気持ちだけで。
櫻井が隣にいてくれる、それだけで。
俺には最高の誕生日だ。
誕生日ネタの冷やかしが一通り終わったら、気持ちを切り替えて、まずは仕事、仕事。
早朝会議の内容などを踏まえて、捜査室の部下たちに今日一日の指示を出す。
如月と藤守は継続で盗撮犯の取り調べ、小笠原はデータ室で証拠品の分析。櫻井と明智は空き巣被害の周辺調査だ。
全員が捜査や取り調べに出掛けていったのを見届けて、俺は、コートと鞄を手に立ち上がった。
今日は、先月行われたテロ対策実地訓練の報告会に出席するため、埼玉県警まで出張だ。
外回りの連中が戻るまでには余裕で帰って来られる予定だが、無人になる捜査室を施錠して、鑑識ラボの小野瀬に鍵を預けておく。
先月、一足先に誕生日を迎えている小野瀬は、本日俺が同い年になる事を、心から歓迎してくれた。
小野瀬
「誕生日おめでとう、穂積。今夜は、俺もお祝いに参加させてもらうよ」
両腕を広げ、満面の笑顔を浮かべる小野瀬を、俺は冷たく突っぱねた。
穂積
「お前は呼ばん」
小野瀬
「俺がいないと寂しいくせに」
一発殴ってから鍵を手渡し、後事を託す。
笑顔で手を振る小野瀬に見送られて、俺は自家用車で警視庁を後にした。
テロなんて言葉が、随分と身近になってしまったものだ。
報告会を聞き終え、県警の玄関ロビーまで出て来た俺は、ひとつ溜め息をついた。
それから、警視庁の小笠原の携帯に電話を掛ける。
小笠原の声
『はい』
穂積
「小笠原、これから帰るわ。そっちの様子はどう?」
小笠原の声
『俺の分析は、さっき終わった』
穂積
「さすが仕事が速いわね」
小笠原の声
『藤守さんと如月も取り調べが終わって、今、報告書書いてる』
穂積
「報告書書いてる、ねえ。そのおバカ二人の監視も頼むわよ、小笠原」
小笠原の声
『おバカ二人の監視、了解』
小笠原の背後で、誰がおバカやねん、失礼ですよ、と不平を漏らす二人の声が聴こえた。
俺はつい笑ってしまう。
穂積
「ワタシが帰るまでに、先週から溜まっている分の報告書まで全部完成させたら、もうおバカとは呼ばないわ」
俺の言葉を、小笠原がそのまま背後に伝える。
今度は、藤守と如月はしーんとして、反論は無かった。
小笠原の声
『すごい。急に真面目にやり始めた』
穂積
「当然。あと、アンタは敬語を使いなさい」
小笠原の声
『……室長』
穂積
「はい?」
小笠原の声
『お誕生日おめでとうございます』
息を飲んだ俺が何か言うより早く、電話は切れた。
穂積
「……」
今頃はきっと、藤守や如月に冷やかされているだろう。
照れ隠しにむくれた小笠原の顔が目に浮かぶ。
……あいつめ。
俺は胸が熱くなるのを抑えて、車に乗り込んだ。
霞が関に林立する省庁の建物が遠くに見えて来た辺りで、電話が鳴った。
鳴っているのは、私用の携帯。
穂積
「……?」
俺はハザードランプを点けて車を路肩に停めると、表示された名前を見た。
表示されている発信者は、櫻井翼。
俺は眉を潜めた。
時計はまだ、午後三時をまわったばかり。
勤務時間中には私用の電話にかけてこないよう、きつく言ってある。
その櫻井からの電話に、俺は胸騒ぎを感じた。
櫻井は今日、明智に同行しているはずだ。
明智に何かあったのか?
真っ先に思い浮かんだのは、それだった。
明智が同行していて、櫻井が俺に私用の電話をかける事は考えにくい。
二人が別行動をしているのか?
何らかの理由で、仕事用の携帯電話が使えないのか?
電話はまだ鳴り続けている。だんだんそれが櫻井の悲鳴のように聴こえてきて、俺の心を惑わせた。
出るしかない。
俺はそこで車を降りると建物の壁に背を預け、辺りを見回し、周りに誰もいないのを確かめてから、電話に出た。
穂積
「はい、穂積」
電話の相手
『You are very careful.Rui Hozumi(用心深いね)』
ぞくりとした。
櫻井の声ではない。
男、しかも英語だ。
電話の相手
『Something to consult with you on occurs.(君に相談したい事がある)』
穂積
『……You have her mobile phone why?(何故、お前がその携帯電話を持っている?)』
そいつは、含み笑いをした。
気に障る、いやな笑い方だった。
電話の相手
『Would you come together with us?(我々と一緒に来てくれないか?)』
我々?
俺はもう一度、辺りを見回した。
すると、道路の向こう側に、ごく普通の、若い外国人の男が一人、信号待ちをしているのが見えた。
そいつは携帯を耳に当てていて、俺と目が合うと、右手を挙げてニヤリと笑った。
白昼の通りには、たくさんの車や人間が行き交っている。
俺は、左右にも気配を感じた。
目線だけで確認すると、やはり、左から一人、右から二人、若い外国人の男がのんびりと歩いて来る。
俺は舌打ちをして通話を切り、櫻井の、仕事用の携帯の番号に電話を掛けようとした。
繋がれば、彼女の無事が確認出来る。
だが、呼び出し音が一度鳴った所で、右から来た男たちの一人が俺の手から携帯を取り、そのまま電源を切ってしまった。
左から来た男が俺の服を探り、仕事用の携帯を見つけ出すと、これもまた電源を切った。
三人の男たちは、ニヤニヤ笑いながら俺の周りに立っている。
櫻井の無事さえ確認出来れば、こんな奴ら、片っ端から叩きのめしてやるんだが。
睨み合っているうちに、櫻井の携帯を持った男が、道路を渡って俺の前に立った。
外国人の男
『Do you come together with us?(我々と一緒に来てくれるね?)』
男は、背後に停まっている俺の車に向かって、顎をしゃくって見せた。