12月の誘惑
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~翼vision~
12月って、私、わりと好きかも。
北風は冷たいし、警察の仕事は忙しいし、大掃除だってしなくちゃいけないよね。
でも、いつもの街が、クリスマスやお正月に向けて赤や緑や白、それから金色に彩られて、特別な雰囲気に変わっていくのは、なんだか素敵。
すっかり葉が落ちた街路樹にはイルミネーションの電灯が付けられて、磨き上げられた大きなガラスの向こうでは、スポットライトを浴びたマネキンが、すてきなコートを羽織ってお澄まししている。
今、白い息を吐いて、はしゃぎながらすれ違って行った女の子たち。
みんな、思い思いに工夫を凝らしたマフラーを巻いて、楽しそうで可愛いな。
だから、私も、こっそり結び方を真似してみたりして。
秋から冬へと向かうこの時期は、ちょっと見方を変えるだけで、普段なら何でもない通勤の道のりも、不思議な魔法にかかったみたいに足取りが軽くなる。
頬が痛いくらいに冷たい風を感じるからこそ、自動販売機に並び始めた『あったか~い』「ココア」や「おしるこ」、それから、カフェのメニューの「ドリア」に「グラタン」、ついには、風に揺れてる「焼きいも」「おでん」なんて文字までも、ダイヤモンドダストみたいなキラキラを纏って目に飛び込んでくる。
コンビニのガラスに貼られた「ほっかほっかの中華まん!」のポスターに目を奪われてしまったら、ああ、足が勝手にドアへと向かってしまう。
まだ朝なのに、もう。
目の前でドアが開く。
呆れる泪さんの顔が目に浮かぶ。
*****
穂積
「出勤途中に中華まん買い込んで来るとか、アンタねえ……」
案の定、捜査室に着いた途端、泪さんに見つかって、呆れられてしまった。
でも、次の瞬間には、その顔がふっと柔らかく緩んで、大きな手が、私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
穂積
「ま、今朝は寒かったし、大目に見ましょう。温かいうちに食べちゃいなさい。ミーティングは、それからにしましょ」
翼
「ありがとうございます!……あの、きっとそう言ってもらえると思って、皆さんの分も買って来ました!」
抱えてきた紙袋を広げると、湯気と一緒にわっ、と歓声が上がった。
如月
「やった!ありがとー翼ちゃん!いやー、朝メシ抜いて来て良かった!」
藤守
「如月、お前それ寝坊しただけやろ」
明智
「すぐにお茶を淹れて来ます」
小笠原
「ちなみに、一般的な肉まん1個(約95g)あたりのカロリーは230kcal、糖質は40.1g……」
翼
「言わないでー!」
私と小笠原さんとのやりとりに、泪さんは笑っている。
穂積
「うちの娘は、まだ、色気より食い気みたいねー」
ううう。
この状況では反論出来ない。
明智さんがお茶を淹れてくれて、みんなで朝からおやつタイム。
翼
「ひとり2個ずつあります」
藤守
「おおきに!」
小笠原
「2個も食べたら太っちゃうよ……」
ダイエット仲間の小笠原さんはまだ心配してくれているけど、楽しいから、今だけはいいの。
いいの!
泪さんを見れば、とっくに自分の分の肉まんを平らげてしまったみたいで、お茶の入った湯呑みを手に立ちながら、明智さんと談笑している。
相変わらず、食べるの早いなあ。
と思って見つめていたら、泪さんは気付いたのか、不意に、私に流し目を返して……長い指先に付いていた餡を、舌先でぺろりと舐め取った。
翼
「!」
一瞬の事だったけど、思わずドキッとしてしまう。
……うーん、もう!
お行儀の悪い仕草のはずなのに、どうして、あんなに格好良く、色っぽく見えちゃうのかしら?
穂積
「はい、じゃあ、ミーティング始めるわよ!」
ひとりで赤くなっている私をよそに、熱い番茶をひと息に飲み干した泪さんが、湯呑みを置くと同時に、真顔に戻ってミーティングの資料を開いた。
藤守
「早い!室長早いです!俺半分しか食うてへん!」
如月
「待って!待ってー!!」
明智
「俺、まだ何も食べてないです!」
小笠原
「俺は、もう食べた」
明智藤守如月
「「「 えっ 」」」
ガチャリ。
小野瀬
「おはよう。いいね、肉まん?俺の分まであるかな?」
ほんわりと温かい空気が満ちている捜査室から、お饅頭の匂いと笑い声があふれて、小野瀬さんまで呼び寄せたみたい。
翼
「小野瀬さんの分も、ありますよ」
穂積
「しょうがないわねえ」
アンタたちが食べ終わるまで待つわ、と、資料を閉じ、席に戻って、椅子に座って新聞を広げた泪さん。
ほっとしながら、急いで中華まんを頬張る捜査室のメンバーたち。
私は、みんなに気付かれないように、出来るだけわざとらしくならないように横歩きで泪さんの机に近付くと、そっと、二つに割った肉まんの半分を差し出した。
泪さんは、ちょっと驚いたみたい。
でも、開いた新聞の陰に隠すようにして私から肉まんを受け取ると、次の一瞬であっという間に口に入れて、飲み込んでしまった。
それから私を上目遣いに見上げて、いたずらっ子のような共犯の笑顔を浮かべてみせる。
さすがの早業に、私も、つられて笑ってしまった。
12月って、私、好きだな。
だって、寒い季節に生まれてくれた恋人だから、こんなふうにさりげなく、温かい贈り物が出来るんだもの。
新聞に視線を戻した泪さんの手がそっと伸びて来て、私の手の甲に指で、「あ、り、が、と、う」と書かれた。
指先の感覚がくすぐったい、なんて思っていたら、暖かい掌が私の手に重ねられて、ふわり、と手を握られた。
驚いて見れば、新聞に目を向けたままの泪さんの白い耳が、ほんのりと桜色に染まっている。
12月って、私、やっぱり好きだな。
だって、寒い季節に恋人が生まれてくれたから、こんなふうに、温かい贈り物がもらえるんだもの。
後で二人きりになれたら、「今夜、お部屋に行ってもいい?」って、言ってみようかな。
泪さんは、きっと、照れたように笑って、いいよ、と頷いてくれると思うの。
*****
小野瀬
「あれ?きみ、食べるの早くない?」
翼
「えっ?!」
不意に掛けられた声にハッとして顔を上げると、私と泪さんから離れた所で、小野瀬さんがにやにや微笑んでいた。
……あの顔、絶対気付いてる顔。
如月
「あ!もしかして翼ちゃん、室長に半分強奪されちゃったんじゃない?!」
如月さん!
絶対見てないのに凄い。
取られたわけじゃないから、推理は外れてるけど。
穂積
「強奪なんてしてないわ。櫻井が自分からくれたのよ。愛よ愛」
泪さん、しれっとバラしちゃった……。
藤守
「明智さん、犯人が自供しました!」
明智
「午前8時40分」
小笠原
「現行犯だね」
穂積
「うるさいわねえ。アンタたち、もう、食べ終わったの?ミーティング始めるわよ!」
如月
「わー!」
明智
「待って下さい!せめてあと1分!」
中華まんの匂いが漂う中、さあ、今日も、12月の一日が始まる。
寒くて、忙しくて、大掃除だってしなくちゃいけないけど。
それでも私が12月を好きになったのは、きっと、泪さんのせいね。
~END~