女心は秋の空
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翼
(……心に、決めた……)
泪さんが声に出して言ってくれた言葉が、心に沁みてくる。
普段、言葉より行動で示すこの人が、私の為に、言葉にして伝えてくれた。
その優しさに、胸が熱くなった。
こっそり泪さんを見ると、ほんのりと耳が赤い。
私は、そっと掛布を出て、にじるようにして、泪さんに近付いた。
翼
「泪さん、ごめんなさい」
穂積
「……お前は、本当に、分かってないな……」
ベッドに腰掛けている彼の隣に正座した私に、泪さんは、ぶつぶつと愚痴るように言って、それから、流し目で睨んだ。
穂積
「俺に謝る時にはどうすればいいか、教えただろう?」
翼
「え?」
こちらに顔を向けた泪さんの、長くきれいな指先が、誘うように、私の唇の稜線をなぞる。
穂積
「教えたはずだ」
ギシ、とベッドを軋ませて、泪さんが、私の傍らについた腕に体重をかけてきた。
距離が、近くなる。
言われている事の意味は、分かる。
でも、まさか。
私は、思わず辺りを見回した。
確かに、今、医務室には、私たちの他には、誰もいないけれど……。
翼
「え、えっと、今?」
穂積
「早くしないと、誰か来るぞ。俺は一向に構わないが」
もう、前髪が触れてしまいそう。
泪さんの目元が、楽しそうに、妖艶なカーブを描いている。
穂積
「それとも、恥ずかしいお仕置きの方がいいのか?」
いつもの事だけど、この人って、どうしてこんなに色っぽくて、危険な香りがするの?
翼
「……泪さん、もしかしてだけど、今、すごく機嫌が良い?」
穂積
「当たり前だろ」
泪さんは、ニヤリと笑って即答した。
穂積
「あれだけ、泪さん好き好きアピールされて、不愉快なはずがない」
翼
「えっ!そっ、そんなアピール、してないよ?!」
穂積
「は?お前、まさか、やきもち妬いてた自覚が無いのか?」
翼
「やきもち?」
本気で驚いた顔をする泪さんに、私の方が驚いてしまう。
泪さんは、私を至近距離から見据えたまま、説明を始めた。
穂積
「さっき、お前は散々、『怖い』『怖かった』って言ってただろう?どうすればいいか分からなくて、逃げ出して、一晩中、その気持ちを抱えていた、って」
……それなら、言った。
泪さんが、別の女性と会っていた事を知った時。
突然に巻き起こって、何も考えられなくなるぐらい、私の身体の中を吹き荒れた心の嵐。
それが何なのか分からなくて、抑えきれなくて、どうしようもなくて、怖かった。
穂積
「それが、『妬く』って感情だ。つまり、お前は俺を好きだから、別の女に『嫉妬した』って事」
翼
「嫉妬……」
ずっと胸につかえていたモヤモヤした重苦しいものが、その言葉で、すっ、と腑に落ちた気がした。
だって、生まれて初めてだったんだもの。
自分の中に、あんな、暴風雨みたいに荒々しい感情があるなんて、知らなかったんだもの。
それが何なのか、何故なのか、考えても分からなくて、だから、怖くてたまらなかった。
あの気持ちに、言い表す名前があると教えてもらっただけで、こんなに、スッキリするなんて。
穂積
「理解したか?」
翼
「うん」
私を見下ろしていた泪さんが、目を細めた。
穂積
「そうか。……そんなわけだから、俺は、今、上機嫌だ。早くキスしろ。そしたら許してやる」
恥ずかしい情況に変わりはないんだけど。
でも……
私の覚悟を感じたのか、泪さんが、瞼を閉じた。
金色の、長い睫毛。
翼
「……やきもち妬いたりして、ごめんなさい」
私は、泪さんの唇に、そっと、自分の唇を重ねた。
穂積
「安心しろ。やきもちは大好物だ」
離れた唇が、もう一度、重なる。
穂積
「だから、焦がす前に食わせろよ」
嫉妬というのは、胸を焼く炎だと、私は、この時に知った。
ほどほどにしないと、焦がれ続けて、身を焼き滅ぼしてしまうと。
穂積
「アホの子」
その通りだ。
私は、ただ、泪さんを信じていれば良かっただけ。
泪さんの腕に抱き締めてもらいながら、私は、そっと、微笑んで瞼を閉じた。