女心は秋の空
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翼
「ただいま戻りました!」
機嫌良く捜査室に戻ってドアを開けると、そこには、私以外の全員が揃っていた。
朝、終日の予定で外廻りに出たはずの明智さん、藤守さん、如月さんが帰って来ている。
しかも、着席しないで、フロアに佇んでいるのはどうしてだろう。
一瞬、ミーティングの予定があったのを忘れていたかと思って、ドキッとしてしまった。
それとも、私のいない間に、何か大きな事件が入って、明智さんたちが呼び戻されたのかしら。
翼
「……あの……」
私が、ドアを開けた姿勢のままで固まっていると、手前にいた、明智さんと藤守さんが振り向いた。
明智
「ああ、お帰り」
藤守
「お帰り、櫻井。女子会は楽しかったか?美味いもん食うて来たか」
どちらも、リラックスした笑顔だ。
どうやら、ただ、立ち話をしていただけみたい。
私はホッとして、肩の力を抜いた。
翼
「はい。すごく楽しかったです」
明智
「そうか、良かったな」
すると。
穂積
「全員揃ったわね。じゃ、改めて紹介しちゃいましょうか」
奥から泪さんの声がして、明智さんたちがそちらへ向き直った。
同時に、私の前にあった人垣が開いて、5人の男性たちが、円を描くように立つ。
普通の部署では縦に整列したりするらしいけど、泪さんは、全員の顔が見えるから、という理由で、こんな風に並ばせるのだ。
私も自然とその円周上に取り込まれ、全員が向かい合うような位置で、室長である泪さんに注目した。
穂積
「紹介するわ。彼女は、しばらく捜査室で預かる事になった、小日向。新しい仲間よ、櫻井」
驚いた。
泪さんの隣に、華奢で小柄な若い女性が、一人、ちょこんと立っていた。
あまりにも身長が低いので、長身揃いの捜査室メンバーの陰に隠れてしまって、この瞬間まで、全く見えなかったのだ。
それに、「新しい仲間よ」って……
穂積
「小日向は、21日付けで、鉄道警察隊から通信指令センターに配置転換されるはずだったんだけど、ほら、オリ・パラの日程変更や台風の影響で、改修工事が延びてるでしょ?」
警視庁の建物は、竣工から40年近く経過したために老朽化が進んでいて、建築的な安全安心と、設備面での最新化を目指して、現在、大規模な改修工事が行われている。
もちろん、通信指令センターでも。
通信指令センターは、23区と島嶼部からの110番通報を受け付けて、所轄の警察署や交番、パトカーなどに指令を出す部署だ。
工事が始まる前には警視庁の見学コースにも含まれていたので、私も、就職前に見学した事がある。
穂積
「せっかく抜擢されたのに、工事の遅れのせいで、引き継ぎが手間取ってて。小日向の受け入れ準備が、まだ整っていないらしいのよ」
泪さんは肩をすくめた。
穂積
「だからと言って、鉄道警察隊にはもう戻せないし、休ませるのは勿体無い。だから、小日向は、指令センターの工事が完了するまでの間、研修という名目で、ウチに出向させられる羽目になったってわけ」
突然で驚いたけど、そういえば、今日のお昼にも、誰かが、警察は秋にも異動があるという話をしていた気がする。
穂積
「上の連中ときたら、自分たちの調整が悪かったせいで小日向が浮いちゃったのに、有給休暇取らせるどころか、出向って。何考えているのかしら」
明智
「お気の毒ですね」
明智さんが、同情のこもった声で相槌を打っている。
すると、小日向さんは、意外にも、微笑んで応えた。
小日向
「ご心配、ありがとうございます」
落ち着いた、よく通るアルトの声。
小日向
「でも、捜査室の皆さんのご活躍には、以前から興味がありました。ですから、こんな機会に恵まれて、とても光栄だと思っています」
それを聞いて、泪さんも、にこりと笑った。
穂積
「そう、さすが前向きね。良い事だわ」
泪さんに促された小日向さんは、半歩前に出て、教科書通りのお辞儀をした。
小日向
「緊急特命捜査室の皆さん、小日向小春です」
ショートカットの黒い髪が、ふわりと揺れる。
泪さんという、非常識なくらいの派手な美形が隣にいるせいで地味に見えるけれど、小日向さんは肌が白く、整った顔立ちをしていた。
かと言って、美人にありがちな近寄りがたさは感じない。
体つきが小柄で可愛い印象を受けるからか、歯切れのよい話し方や、くるくると変わる表情のせいか。
年齢は、入庁2年目の私とたぶん変わらないと思うのに、ふと、大人びて見えるような時があったり、どこか、幼さが残っているようでもあったり……そんな、不思議な魅力を持っている。
小日向
「短い間ですが、こちらに来られて嬉しいです。少しでもお役に立ちたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いします」
小日向さんはそう言って、もう一度、深く頭を下げた。
鉄道警察隊から抜擢されて、次は通信指令センターに行く事になっている、と、さっき、泪さんが言った。
私も、交通課から抜擢されて、捜査室に入ったから、何となく、勝手に親近感を覚えちゃうな。
穂積
「必要なら外にも出てもらうけど、基本的には内勤だから。小日向の事は、小笠原と、それから、櫻井に頼むわ。よろしくね」
小笠原
「分かった」
穂積
「敬語!」
小笠原さんの額が、泪さんのデコピンで弾かれる。
一瞬、小日向さんはビックリしたみたいで思わず身体を縮めたけれど、私と目が合うと、にこっと笑った。
小日向
「櫻井さん、どうぞ、よろしくお願いします」
翼
「こちらこそ」
私は笑顔を返した。
良かった、仲良くなれそう。
私は、ミーティングが解散すると早々にみんなから仕事を教わり始めた小日向さんと、楽しそうにその光景を見守っている泪さんとを交互に眺めながら、明日からの捜査室がどんな風に変わるのか、期待で胸を膨らませていた。