バラの花を買って帰ろう
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翼
「……あ、お父さん?ごめんね、電話にすぐ出られなくて。……うん、大丈夫。室長が、話していいって。それより、どうかした?……えっ?」
お父さんの声は、はっきり聞こえた。
「お前、弁当を忘れただろう!」と。
翼
「う、うん。忘れた、けど。……え?お父さん、持ってきてくれたの?警視庁まで?……嘘でしょ?……だって、お父さん、今日、お休みだって言ってたじゃない……」
会話をしながら、全身から、今までの張り詰めた緊張感が抜け落ちていくようだった。
ちらりと振り向けば、会話の内容を察したのだろう。
さっきまで、すぐそこで心配してくれていた泪さんと明智さんばかりか、離れた席にいる小笠原さんまでが、声を出さないように我慢しながら、肩を震わせて笑っている姿が目に入る。
私は、急に、恥ずかしくなってしまった。
翼
「それは、そうだけど。でも、わざわざ、届けてくれなくても、良かったのに。今朝、お母さんにも、電話して、お母さん、食べてくれるって、だから、」
自分の失敗が引き起こした結果と、過保護なお父さんが恥ずかしくて、つい、言い訳を募らせていると、とんとん、と、指先で肩をつつかれた。
泪さんだ。
いつの間にか、隣に戻ってきていた泪さんが、ニコニコしながら、私に、電話を替わって、という仕草をしている。
私は、素直に携帯電話を渡した。
穂積
「こんにちは、お電話替わりました。はい、穂積です」
電話を替わると、泪さんは、愛想良くお父さんと話し始めた。
穂積
「……いえ、全然構いませんよ。それより、娘さんが忘れたお弁当を届けに来て下さったそうですね。……過保護?はははっ、とんでもない」
泪さんが相手で決まりが悪いのか、電話の向こうのお父さんの声は小さくて、聞き取りづらかった。
だから、泪さんの話す内容で、会話の流れを想像するしかなかったのだけれど。
穂積
「ふふ、そんな事をおっしゃらないでくださいよ。……あ、そうだ!でしたら、そのお弁当、わたしに下さいませんか?」
翼
「は?」
私は、思わず頓狂な声を上げてしまった。
ちょっと待って、今、どういう流れで、泪さんは「でしたら」って言ったの?
お父さん、「そんな事」って、どんな事言ったの?
……もしかして、お父さん、帰っちゃうつもりなの?
確かに、さっき、私、「わざわざ持ってきてくれなくても良かった」とは、言ったけど、でも……
穂積
「お母様が作って、お父様が届けて下さったお弁当でしょう?それに感謝しないような娘さんではありませんよ」
泪さんの言葉を聞いて、私は、はっとした。
お父さんが、お弁当の無い私を心配したのか、お弁当を置いていかれたお母さんに気を使ったのか、そこまでは分からない。
でも、自分は休みなのに、霞が関までお弁当を届けに来てくれた事は、間違いないのだ。
今の時刻を考えたら、多分、お父さんだって、まだ、お昼を食べていないはず。
それなのに、私……
家族同士の遠慮の無さとは言え、お礼も言わずに、言い訳ばかりして。
素直に、ありがとう、って言えば良かっただけなのに。
もういらない、と言ったように受け取られても、仕方無いような事を言って。
……そのせいで、もしかしたら、お父さんは、いらないなら持って帰る、とか、自分が食べる、とでも言い張ってるんだろうか。
穂積
「お父様も娘さんも、頑固なところがよく似てらっしゃいますよねえ」
泪さんが、お父さんを挑発するように言いながら、にやにやしている。
穂積
「残り物を詰めただけでも、ご家族には当たり前の家庭料理でも、わたしにはご馳走なんです。ですから、ねえ、いいじゃないですか。下さいよ。下さるでしょう?下さいますよね?ありがとうございます」
お父さんが、何か大声で言い返しているのは雰囲気で分かるけど、泪さんは馬耳東風だ。
私は、ハラハラしながら泪さんを見た。
すると。
泪さんも、私を見た。
私の表情を見て、すっかり反省した事を察してくれたのか。
泪さんが、くすりと笑って顔を上げる。
穂積
「その代わり、と言ってはなんですが、これから始まる娘さんの昼休みを、二時間程度なら、伸ばして差し上げられますよ」
お父さんの反論の声が止んだ。
穂積
「しょっちゅう、休み時間返上で事件に向かわせてますからね。お父様がお休みなら、たまには、父娘水入らずでの昼食はいかがですか?」
翼
「室長……」
穂積
「和食の美味い店を知ってます」
ようやく、泪さんの真意が理解出来て、私は、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。
穂積
「決まりですね。では、娘さんと替わります」
泪さんはそう告げると、すっかり静かになった携帯電話を、私に返してきた。
耳を当てた受話器からは、お父さんの息遣いだけが、静かに聞こえている。
翼
「……お父さん、聞こえてる?」
ああ、と、戸惑ったままのような、居心地の悪そうな、そんな声が返ってきた。
翼
「職員通用口の方でしょ?今から、室長とそっちへ行くね。うん。お弁当、室長が食べてくれるなら、お母さんも、きっと喜ぶよ」
お父さんは、ささやかな抵抗のつもりなのか、ぼそぼそと言い返してくる。
きっと、泪さんの提案が嬉しくて、でも、素直に認めたくないんだろうな。
翼
「……うふふ、大丈夫。たとえ保冷剤が効いてなくても、食中毒なんて、なるわけないよ。室長はね、腐ったキッシュ食べても平気だったんだから。え?本当だよ。その話は、また、後でね」
私はそう言って、通話を切った。
外出の為の身支度をしにロッカーへ向かおうとすると、泪さんが壁際で、掛けられているカレンダーの日付を、とんとんと指で指し示していた。
私はそれを見て頷いてから、感謝の意を込めて、泪さんに、きちんと頭を下げた。
来週の日曜日は、父の日。
これからの時間は、泪さんからのプレゼント。
一足早いけど、久し振りに、二人きりでお父さんと話そう。
泪さんが教えてくれる、和食の美味しいお店に行ってね。
最初は、そうだな、ありがとう、って。
それから、子供の頃の思い出話をしてもらうの。
私が生まれた時の事、わがまま言って困らせた頃の事、今日の事。
ごめんね、って謝って、最後に、もう一度、ありがとう、って言わないとね。
私を生んでくれて、ありがとう。
過保護なくらい愛してくれて、ありがとう。
これからの分も、ありがとうを言っておくね。
ずっと見守り続けてくれて、ありがとう。
私、お父さんの娘で、幸せだよ、って。
~END?~
翼の父
「……全く、相変わらず図々しい奴だ。ほら、弁当だ。残さず食えよ」
穂積
「はい、有り難うございます。ご馳走になります。嬉しいなあ。お義母さんにも、よろしくお伝え下さい」
翼の父
「ウォッホン!……私の妻は、お前の『お義母さん』ではない!」
穂積
「もうすぐにそうなりますよ」
翼の父
「うるさい!翼、行くぞ!」
翼
「うん」
穂積
「行ってらっしゃい、お義父さん」
翼の父
「だから!お義父さんと呼ぶな!まだ早い!」
うふふっ。
~END!~