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結論から言うと、3日間吹き荒れた私と立花警部の噂は、その日のうちに終息した。
……後に、小野瀬さんはこの日の事を、『やっぱり、あいつだけは敵に回さない方がいいと改めて思った日だった』と語った。
私もそう思う。
まず、私が、立花警部と小野瀬さんを二股にかけている……どころか、捜査室の性的アイドルで、オカマの泪さんを除いたメンバーを誘惑しまくって、今は6股……という噂だけど。
穂積
「あら簡単よ。アンタたちが噂を撒いた方法とおんなじ。総務課や少年課や生活安全部を廻って、おしゃべりスズメたちと、楽しく世間話をしてきただけ」
昼休み。
外回りから帰ってきた私と藤守さんの前でそう報告した後、泪さんはひとつ咳払いをして、職場でのオカマボイスに磨きをかけた。
穂積
「はあ?ウチの櫻井が、『アブナイ☆恋の捜査室アイドル』ですって?あっはっはっはっ、ありえなくなーい?あの、真面目が取り柄の不器用な箱入り娘が、このワタシの目を盗んで、職場恋愛なんて出来るわけがないでしょ?』って、笑い飛ばしてきただけよ」
泪さんは、効果てきめんだったわね、と言って、勝ち誇ったように、口に手を添えて、ほほほっ、と笑った。
穂積
「『小野瀬?立花警部?なに、あの2人ロリコンなの?……明智?藤守?合コンでもお持ち帰り出来ないのに?小笠原?如月?100年早いわよ。どこの誰だろうと、そう簡単に、うちの娘の大事なカラダは跨がせないわよ!』とも言ってやったわ」
ふん、と鼻を鳴らしてから、泪さんは、ぽん、と、私の頭に温かい掌を乗せた。
翼
「確かに、室長は以前から、誰の前でも、私を『ウチの娘』だと公言してくれてましたもんね」
穂積
「そういう事。それに、櫻井の普段の行いを見ていれば、6股の遊び女より、過保護なワタシの愛娘の方が、断然、説得力があるでしょう」
ベイビーちゃんでちゅものねー、と、頭を撫でられるのは、なんとなく複雑な心境だけど。
藤守
「あのー……室長?」
みんなでミーティングテーブルを囲み、出前してもらったお昼の天丼を一緒に食べながら、藤守さんがおそるおそる質問した。
藤守
「もし、ホンマに櫻井の恋人になりたかったら、室長のお許しをいただかなあきませんの?」
穂積
「ホンマに決まってるでしょ!このアホアホコンビ!わざわざ騒ぎを大きくして!何考えてるのよ!」
如月
「あ痛ー!」
藤守
「すんませーん!」
泪さんに箸で叩かれて痛がりながらも、藤守さんと如月さんは、どこか、ホッとした顔をしていた。
こうして、小野瀬さんや捜査室メンバーとの噂は消えたものの、まだ、立花警部補との噂は手つかずのままだ。
どうするんだろう、と思っていた矢先。
午後になった途端、衝撃的な事件が起きた。
警視庁の正面玄関に、女装した『お姉さまたち』や、マッチョな『兄貴さんたち』が突如として何十人も現れ、裏返った声で「立花さんに会わせて!」「迎えに来たわよ!」などと迫ったり、野太い声で「出て来いよ、立花!」「可愛がってやるぜ!」などと叫んだりして、大騒ぎになったのだ。
受付係が困惑して事情を聞いたところ、どうやら、立花警部の電話番号と顔写真が、ゲイ専門の出会い系サイトに晒されている事が原因と分かった。
前述したように、立花警部は、彫りが深くて男前だ。
サイトの中のプロフィールでは、その立花警部の顔写真が、「優秀です!自信あります!上下左右どこでもイケます!」というコメントの隣で、セクシーにばちんばちんウィンクしているのだそうで。
これを見たゲイの皆さんたちは狂喜乱舞し、SNSで拡散しまくっているらしい。
それだけでは飽き足らず、ゲイさんたちのネットワークを駆使して立花警部の勤務先を調べあげ、とうとう、警視庁の正面玄関にまで突撃してきたというわけ。
追い打ちをかけるように、(たまたま)玄関に居合わせた泪さんが、
穂積
「あの顔はオカマにモテる顔よ」
などと発言したこともあって、立花警部のゲイ、いや、バイセクシャル疑惑は一気に真実味を帯びて、警視庁中に知れ渡る事になった。
その結果、立花警部のSNSアカウントはランキングに入るほど大炎上、署内の電話は一般都民からの苦言も加わって鳴りやまなくなってしまい、立花警部は今、ゲイのお姉さまやマッチョな兄貴さんたちから逃げ回りながら、
立花
「わたしじゃない!写真なんか、いくらでも加工できるだろう?!わたしじゃない!誰かの罠だ!」
と叫んで、消火に躍起になっているのだという。
穂積
「SNSってすごいのねーえ」
捜査室に戻ってきた泪さんは、そう言って笑いながら、優雅にお茶していたけれど……小笠原さんと湯飲みで乾杯していた理由は、聞かない方がいいよね。
問題の写真については、刑事部長が言った通り、撮影をしたというあの警部補本人が謝罪に来て、使ったデジタルカメラごと、マイクロディスクに記録されたデータを私に差し出してくれた。
泪さんは、小笠原さんにカメラを渡し、本体のデータも完全に復元不可能な状態になるまで削除させてから、カメラだけは警部補に返してあげていた。
返す時、彼の耳元でこっそり何かを囁いて、言われた警部補が、まるで一生の弱味を握られたみたいに青ざめていたのは気になったけど、……これも、たぶん、聞かない方がいい事だろうな。
立花警部の不運は、それだけでは終わらなかった。
なにしろ、『警察庁長官官房首席監察官』から直々にお叱りを受けた、という噂が、忽然と沸き上がったのだから。
警察庁長官官房首席監察官は、警視庁はもちろん、全ての都道府県警にいる首席監察官たちの総責任者だ。
階級は、なんと警視監。
泪さんが、いったい、どんなルートを駆使してそんな雲の上の人を動かしたのかは分からないけれど、首席監察官が、警視庁警務部監察人事一課を抜き打ちで訪れた事までは、どうやら事実らしい。
首席監察官の訪問が、もし、噂の通りに厳重注意の為だったとしたら、原因を作った立花警部が、監察の上司や同僚たちからどんな目で見られるようになったか、想像に難くない。
人事一課の中で立花警部が針の筵に座らされている、という噂を聞いた小野瀬さんが、「彼、せっかくスピード出世してきたのに。もう、昇進は無理だね」と呟いたのが忘れられない。
まだある。
立花警部は、春の人事異動を待たずに、警視庁どころか、出身地からも遠く離れた、最果ての警察署に配置換えされる事が、その日の夜に決まったのだ。
これは私が、警務部一課長から直接聞いた話。
一課長は、私を警務部に呼び、立花警部が私にかけてきた電話の会話を録音した音声データを聞いた、と言い、頭を下げて、誤解していた事、私たちを侮辱するような発言をした事を平謝りしてくれた。
あの、小笠原さんが録音してくれた電話の音声データが、泪さんが一課長に届けた事で、効を奏したのだ。
一課長は本当に立花警部を信じていたらしく、会話の内容を警部に確認した上で戒告処分、本人と協議の結果、降格し、最果てへの左遷を決定した、と、私に教えてくれた。
首席監察官の訪問も効いたのかもしれない。
一課長は監察を緊急総動員して、立花警部の素行を調査したそうだ。
すると、出るわ出るわ、立花警部にストーキング紛いの付きまといを受けたり、やはり脅されて不本意な性交渉を強要された、と訴える女性が5人、執拗なパワーハラスメントを受けたと訴える男性はその倍以上の人数が、団体での内部告発という形で、一課長の元に訴えに来た事も教えてくれた。
今回の私以外にも、似たようなやり方で立花警部の毒牙にかけられ、けれど泣き寝入りしていた女性職員たちや、理不尽な評価をされて悔しい思いをし、我慢してきた男性たちが大勢いたのだ。
その人たちが、立花警部が警務部監察の肩書きを失った事を機に、一斉に声を上げた。
一課長は、本格的な調査に乗り出せば、人数はもっと増えるだろう、左遷した事で彼らの怒りが収まればいいが、と頭を抱えていた。
一課長自身も、上司から、監督不行き届きで訓告を受けたそうだ。
一方で、私には、部内の風紀を見直す良いきっかけになったと感謝し、灯台もと暗しだった自分自身も反省する、刑事部長にも謝罪すると約束して、もう一度、謝ってくれた。
さすがの泪さんも、立花警部が最果てに飛ばされるところまでは想定外だったらしく、「ちょっとだけ可哀想だったかしらね」なんて言って、でも、朗らかに笑っていた。
だから、セクハラやパワハラを一斉に訴えた人達の裏には、もしかして、彼らの告発を後押しした誰かがいたのかもしれないけれど、それは、きっと、永遠に、誰にも分からない。
とにもかくにも、こうして、私の周りを取り巻いていた悪い噂は、立花警部が巻き起こした新たなスキャンダルの暴風雨によって、あっという間に吹き飛ばされて忘れ去られてしまった。
まるで台風一過。
暗雲が強い風に押されて散り散りになるように、抱えていた不安も最果てに去ることになって、私は、数日ぶりに、心に青空を取り戻したのだった。