Fatal error
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
穂積
「たった3日間留守にしただけなのに、ずいぶんと捜査室を売り込んでくれたみたいだわねえ、アンタたち?」
泪さんが捜査室に帰って来た朝のミーティングは、笑顔の第一声から始まった。
長い脚を組んで室長席の椅子に座り、ニコニコしている泪さん。
その足元に正座させられて小さくなっている、私たち捜査室メンバー。
穂積
「おかげでモッテモテよ。朝イチから、警務部一課長に呼び出されてー、」
泪さんは芝居っぽく肩をすくめ、両手を広げて、溜め息をついて見せた。
穂積
「管理責任がどうの、風紀がこうのとイヤミを言われてー」
そんな事をなぜか楽しそうに言いながら、のっそりと椅子から立ち上がる。
穂積
「6股ですって?」
そうして30cmのプラスチック定規を手に取った泪さんは、いい笑顔を浮かべたまま、明智さんの右肩を、ぺち、と叩いた。
穂積
「なんでワタシが数に入ってないの?オカマだから?ズルくない?」
音ほど痛くはなさそうだけど、受けた明智さんが身を固くする。
穂積
「その次は刑事部長に呼び出されてー、ありがたーいお説教を食らってー、」
今度は、藤守さんの肩を、ぺちん。
穂積
「やっと解放されたと思って部屋を出たらー、廊下で待ち構えていた各課のスキャンダル好き女子たちがー、一斉に押し寄せてきて、囲まれてー、」
藤守さんの隣に座っている小笠原さんの肩にも、ぺち、と定規を当てる。
穂積
「ワタシの留守中にどんな騒ぎが起きたのか、片っ端からピーチクパーチク報告してくれるのを、小一時間も聞かされる羽目になっちゃったわぁ」
みんなに掴まれたから、ほら見てスーツがしわくちゃよ、なんて言って、また笑う。
穂積
「でもまあ、いろいろ聞かせてもらったおかげで、大体の情況は把握出来たけどね。残念だわあ、こんな面白い事が起きると知ってたら、出張なんて断ったのに」
それから如月さんの肩を、ぺちん。
穂積
「今度から、こんな騒ぎを起こすときには、ワタシも仲間に入れてちょうだいよねえ?」
最後に、私の肩にも、ぺち、と定規を当てた。
やっぱり、全然痛くない。
そうして、全員を叩いたプラスチック定規を右手で弄びながら、笑顔で私たちを見下ろす泪さんの表情は、いつになく楽しそうで、とてもご機嫌に見える。
けれど、私たちは知っている。
この笑顔は、勤務時間が終わって、いつもの居酒屋に繰り出す時や、野外研修で魚を手掴みしている時の泪さんの笑顔とは、違うと。
職場で、勤務中に、こんな風に満面の笑顔ではしゃぐ姿を見せる泪さんは、とんでもなく危険なのだ、と。
取り調べに応じない被疑者を、二重の罠に嵌めて自滅させる時にも見た。
殺人犯の巧妙な仕掛けを見破り、逆手に取って追い詰めてみせた時にも、見た。
共通しているのは、どちらの時も、泪さんが、相手に対して、本気で腹を立てていたという事。
この見目麗しい我らが捜査室の室長の、この美しい笑顔は、今、まさに、彼が、彼を怒らせた相手に対して、犯した罪にふさわしい報復を考えている最中なのだという証だ。
この笑顔を向けられた相手は、今まで必ず、奈落のどん底に落とされてきた。
だから、人は言う。
『穂積泪は、桜田門の悪魔だ』と。
明智
「留守を預かりながら、申し訳ありません。どうお詫びすればいいのか……」
顔を上げた明智さんの顔面に、泪さんが正面から、ぺち、と定規を当てた。
明智
「う」
穂積
「安心なさい、アンタたちへのお仕置きは、今ので半分。残りは、また後で払ってもらうわ」
明智
「半分?」
穂積
「ええ。まずは、立花警部とやらを、どうにかするのが先でしょ?」
悪魔の笑顔を浮かべた泪さんは、まるで歌でも口ずさむような調子で言って、私たちを驚かせた。
明智
「あの、どうにか、と言われましたが、室長……」
どうにも出来ないから悩んでいるというのに。
明智
「立花警部は、一課長に信用されていて、まともに抗議するのは賢明でないと思われます。それに、ジンイチが査定するのは管理職ですから、下手に反発して、室長の出世に影響が出たら……捜査室の存続も危ぶまれますし」
穂積
「あぁら、ありがとう。だから、証拠もあるのに、我慢してくれてたのね。でも、ご心配は無用よ。監察官だろうが、ドラム缶だろうが、ワタシの道を塞ぐなら排除するだけだから」
明智
「ドラム缶……」
穂積
「自信を持ちなさい、明智!」
明智
「は、はい!」
ばっさり斬って落とされて、明智さんが言葉を失う。
穂積
「いいこと?正当な働きをしている捜査室に、不当な評価をつけるなんて、組織として許されない事よ。上の立場であることを悪用して部下を脅すなんて、警務部監察の職権を笠に着た、虎の威を借る狐よ。そんなヤツが怖い?ワタシは怖くないわよ!」
藤守
「けど、けど、室長!相手は、櫻井と抱き合うてる写真を何枚も持ってるんですよ?それをネタに、櫻井がまた脅されたり、危険な目に遭わされたりしたらどないするんですか?!」
穂積
「写真なら、見たわよ。どう見ても、キツネの方が無理やり櫻井を抱き締めただけの写真だったじゃないの。うちの娘に何してくれてるんだか……まあ、とりあえず捨てないで取っておきなさい。裁判になったら、こっちから提出してやるわ」
もはやキツネ呼ばわりだし。
如月
「あのー、オレ、翼ちゃんは、捜査室みんなのアイドルなんだよ!って周りに言ったんですけど……そしたら、なんか、違うニュアンスで噂が広がっちゃって……」
藤守
「俺も……」
穂積
「お前ら2人は後でシメる」
小笠原
「……どうやって、立花警部に、櫻井さんを諦めさせるのさ」
穂積
「アンタの録音が役に立つわ」
小笠原さんの問いに、泪さんは、口角を上げて答えた。
穂積
「もちろん手は打つけど、悪い噂を消す方が先。他に質問は?」
私たちは顔を見合わせた。
実は、あんまり泪さんが自信満々にすらすらと答えるので、圧倒されてしまって戸惑っているというのが本当のところ。
穂積
「無いようね。では、全員、立って。櫻井の件はワタシに任せて、本来の仕事に戻りなさい。櫻井も、外回りで気分転換をして来るといわ」
翼
「はい」
私が返事をし、他のメンバーたちも立ち上がって、それぞれ証拠集めや聞き込みといった本来の仕事に取り掛かる準備を始める。
藤守
「櫻井、ほな、下着ドロの周辺捜査室に行くで!」
翼
「はい!」
私は藤守さんと並んで、泪さんの前で敬礼した。
藤守
「行ってきます!」
翼
「行ってきます!」
穂積
「はい、行ってらっしゃい」
泪さんが、敬礼を返してくれる。
穂積
「後は、任せておきなさい」
そう言って、泪さんは、世にも美しい笑顔を浮かべたのだった。