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その日の真夜中。
私は、寮監さんに『緊急呼集がかかりました』と嘘をついて(ごめんなさい)、警察の女子寮を抜け出した。
駅の近くまで歩いて、大通りで客待ちをしていたタクシーの窓をコツコツと叩く。
運転手さんが後部座席のドアを開けてくれたので、「戸越までお願いします」と行き先を告げて、急いで乗り込んだ。
翼
「ふう……」
暖かい車内で座り心地の良い座席に身体を沈めると、そのまま眠ってしまいたくなるほどの疲れを感じる。
でも、寝てなんかいられない。
真夜中だから、道路はいつもより空いている。
私はほとんど身を乗り出すようにして、タクシーが光の帯の中を走り抜けてゆくのを見ていた。
翼
(泪さん)
昼間、泪さんが帰って来る、と聞いた瞬間から、 胸がざわついて、居ても立ってもいられなくなった。
出張で居ないからといって、泪さんの存在を、忘れていたわけじゃない。
むしろ、ずっと脳裡にあった。
出来る限り、考えないようにしていただけ。
……怖かったから。
こんな噂で、泪さんに誤解されたら。
そのせいで、泪さんとの関係を失う事になったら。
……それを考えるのが、怖かったから。
……私は、一度だけ、泪さんに疑われた事がある。
あれは、私のお祖母ちゃんの指輪を狙ったジョン・スミスが、藤守さんのお兄さん、慶史さんに変装して現れた時の事。
私は知らないうちにJSにマインドコントロールされ……、泪さんに縁談が持ち上がり、私の存在が邪魔になるという嘘の噂を信じ込まされ、泪さんの将来の為には別れるしかない、と思い込まされた。
しかも、その事を泪さんに相談出来ない、という呪いまでかけられて。
そうして、JSが、慶史さんの姿で何度も私に接近したせいで、私と慶史さんが交際しているという噂が警視庁の中で広まって、とうとう、泪さんの耳に届いてしまったのだ。
どういう事だ、と私を問い詰めた、あの時の、背後に炎が見えそうなほどに怒っていながら、氷のように冷ややかな目で私を見下ろした、表情の無い泪さんの表情が忘れられない。
怖かった。
悲しかった。
もう二度と、あんな目で見られるのは、嫌。
……会うのが怖い。
……でも、会わなくちゃいけない……
こうして泪さんの元に向かいながら、今もまだ、どうすればいいのか、分からない。
あれこれと悩むうちにもタクシーは進み、見慣れたマンションの前で、路肩にウィンカーを出して停まった。
着いてしまった……。
私は料金を払ってタクシーを降り、マンションの入り口に立って、ひとり、白い息を吐く。
見上げた泪さんの部屋の窓には、明かりが点いていなかった。
他の部屋の窓の明かりも、ほとんど消えていて、ロビーからの非常灯に照らされたマンションのエントランスだけが、闇の中に浮かび上がっている。
翼
(泪さん……まだ、視察から帰ってないのかな……それとも、疲れたから、もう、眠ってるのかな……)
心細さはあったけど、私は、迷わずエレベーターに乗り、非常灯だけの薄暗い廊下を辿って、泪さんの部屋を目指した。
合鍵は持っている。
もし、泪さんがまだ帰って来ていなかったら、温かい飲み物でも準備しながら、室内で待たせてもらおう。
だけど、もし、泪さんがもう帰って来ていたとしたら……
小走りだった足の速度が、徐々に落ちてゆく。
泪さんに、会えたとしたら……
足取りはどんどん重くなり、とうとう、ドアの前で止まった。
……何から話せばいいんだろう。
浮気するなよ、って、言われたのに。
……こんな騒ぎを起こしてしまった。
浮気なんか、してないのに。
……でも、信じてもらえなかったら、どうしよう。
また、あんな目で見られたら……
じわっ、と目頭が熱くなった。
あっという間にあふれた涙は足元に落ちて、ぽつぽつと靴を濡らした。
私は両手で握り締めたハンカチを顔に当てて、胸を締め付ける嵐が通り過ぎるのを待った。
せっかく、今まで泣くのを我慢してきたのに。
泪さんを思い出したら気持ちが緩んだのか、涙が止まらない。
……でも、泣いてる場合じゃない。
これから泪さんに、全部、打ち明けなきゃいけないんだから。
しっかりするのよ。
しばらく自分自身に言い聞かせていると、どうにか、心の荒波が落ち着いて来た。
翼
「よし……」
涙を拭いて、ぎゅぎゅっ、と拳を握り締める。
まだ、考えはまとまらないけれど。
深呼吸をし、決心が揺らがないように、目を閉じ、思い切って勢いよくドアを開けた。