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刑事部長
「今日、監察部の人事第一課長から、苦言を呈されたよ。刑事部、特に捜査室の風紀はどうなっているのか、とね」
呼び出された小会議室での、刑事部長の用件は、小野瀬さんに言わせれば、想定内の話だった。
立花警部の上司である監察官から、『刑事部に所属する櫻井が、捜査室の査定を上げて欲しいと言って、立花警部を誘惑してきた』と、一課長に報告があったのだと。
また、『櫻井は鑑識の小野瀬とも、捜査室にいる複数の捜査員とも深い関係にあるようで、署内の風紀を乱しているという噂だ』とも。
私は小野瀬さんと並んで刑事部長の前に立ち、ぎゅっ、と拳を握り締めていた。
刑事部長
「立花警部は、『当時、酒に酔っていたので、櫻井くんの誘惑に惑わされ、軽い気持ちでキスしてしまった。その点は反省している。だから処分は受け入れるが、当然、監察に私情を挟むつもりはない』と、一課長に言ったそうだ」
なんという言い分か。
刑事部長
「一課長は、立花警部の真摯な反省の態度と、普段の勤務態度を鑑みて、訓告処分にとどめたらしい」
悔しくて反論したかったけど、私は唇を噛んだ。
立花警部は、ついに、監察部を動かしてきたのだ。
刑事部長
「話を聞いて驚いたよ」
刑事部長は会議室のパイプ椅子に腰掛けながら、私たちにも椅子を勧める。
一礼して私たちが座ると、私の顔をじっと見つめた。
刑事部長
「まさか、櫻井くんが問題を起こすとは思わなかった。何かの間違いじゃないか、とね」
刑事部長の口調は柔らかかったけど、私は申し訳なくて俯き、体を小さくした。
翼
「申し訳ありません」
刑事部長
「小野瀬の女性問題だけなら、今さらだから驚かなかったんだが」
小野瀬
「……申し訳ありません」
小野瀬さんも小さくなっている。
刑事部長
「さて……と。小野瀬、櫻井くん。事実はともかく、きみたちは私的な問題で噂を立て、警視庁の署内を騒がせた」
小野瀬
「はい」
翼
「はい」
私たちは、座ったままで姿勢を正した。
刑事部長
「今後、もし必要であれば改めて調査をし、その結果、始末書程度は書いてもらう事になるかもしれない。そうなった時には、素直に協力してほしい。弁明もその時に聞こう」
小野瀬
「はい」
翼
「はい」
刑事部長
「きみたちは、どちらも普段から大変真面目な勤務態度だし、きわめて優秀な人材だ。そのため、今回はわたしも一課に倣って訓告、つまり口頭での注意にとどめ、戒告など、懲戒処分の対象にはしない。以後、今まで以上に、素行に気を付けるように」
小野瀬
「はい」
小野瀬さんが、ほっと溜め息をつく。
私はそれで、これは、刑事部長が処分を軽くしてくれたのだと悟った。
翼
「はい。気を付けます」
刑事部長
「よろしい。わたしからは、以上だ」
小野瀬さんが立ち上がったので、私も立ち上がる。
小野瀬
「申し訳ありませんでした」
翼
「申し訳ありませんでした……」
小野瀬さんが深々と頭を下げる横で、私も、それにならって頭を下げた。
こうした注意を受けるのは初めての事で、どうすればいいのか分からなくて緊張したけど、小野瀬さんがいてくれて良かった。
それに何より、思ったより軽い処分で済んだ事にほっとして、涙が出そう。
だって、もしもこんな理由で懲戒処分なんか受けたら、私、お父さんに叱られて、警察官辞めなきゃならなくなっちゃう。
刑事部長
「……さて、ここからは世間話だ。肩の力を抜いて聞いてくれ」
刑事部長はそう言うと、立っていた私たちに、椅子に戻るよう促した。
もう一度パイプ椅子に腰を下ろし、勧められたお茶を一口飲んでから、部長の言葉を待つ。
部長は、自らリラックスしてみせるように軽く首を回してから、穏やかな表情で、私に目を向けた。
さっきまでとは違って、温かい、保護者の目だと思った。
こんなに近くで話した事はなかったけど、きっと、こちらが、部長の本来の眼差しなんだろう。
刑事部長
「わたしは先程、刑事部長の立場で、きみたちに注意を与えた。だから、組織としては、これで処分は終わりだ。……だが、監察はしぶといし、問題は男女の問題だ。すぐに解決するのは難しいだろう」
部長は、諭すようにそう語って、私を見つめた。
刑事部長
「人の噂も七十五日、と言う。櫻井くんは、まだ当分の間、苦しい思いをするかもしれないな」
部長の思いやりを感じて、私は頷く。
翼
「ご心配、ありがとうございます。……でも、それも仕方ない、と思っています。私が未熟だったからです」
小野瀬
「部長」
不意に、小野瀬さんが身を乗り出した。
小野瀬
「立花警部の説明には間違いがあります。彼の方が彼女を誘惑しようとし、失敗した腹いせに彼女を中傷したんです。脅迫めいた電話もありました。小笠原が証拠を持っています」
小野瀬さんの言葉に、刑事部長は頷いた。
刑事部長
「分かっている」
そう言うと、部長は、思い出したように、ジャケットの内ポケットから、数枚の写真を取り出してテーブルの上に載せた。
確かめるまでもない。
例の、ばらまかれた写真だ。
部長の手にまで渡っていたなんて……情けなくて、恥ずかしくて、顔から火が出そう。
刑事部長
「この写真を撮ってばらまいたのは、刑事部の若手警部補だったよ。彼が、白状した。ある人物に強く頼まれて、やりました、と」
部長は不意に立ち上がると、私に向かって深々と頭を下げた。
刑事部長
「きみに迷惑をかけたのは、わたしの直属の部下の不始末だ。申し訳ない」
私は部長の突然の行動に驚いて一瞬固まってしまったけど、我にかえって、慌てて立ち上がった。
翼
「そんな、部長に謝っていただくなんて、困ってしまいます」
刑事部長
「彼は、後で、きみの所に直接謝罪に行くはずだ。図々しい頼みだが、そうしたら許してやってくれないだろうか」
翼
「分かりました!来て下さったら、その方の事は許しますから!どうか、頭を上げてください!」
刑事部長
「ありがとう、感謝するよ」
ようやく頭を上げた部長は、そう言うと、傍らの灰皿の上に写真を重ねて置き、ライターで火を点けた。
写真はすぐに燃え上がり、あっけなく灰になる。
刑事部長
「私の部下からの証言もあるし、普段の行いから判断すれば、櫻井くんの方に非は無いだろうという事は、想像に難くない。力になってあげたいが……わたしの立場で、きみたちの為にしてやれるのは、ここまでだ」
部長が、ふう、と溜め息を吐いた。
刑事部長
「この問題で一課長とわたしが言い合うと、かえってこじれて、監察と刑事部の対立という大問題に発展しかねない。後は、しかるべき者に任せようと思う」
翼
「しかるべき者?」
不思議な言い回しだ。
刑事部長
「噂とは、怖いものだ。事実を歪め、隠してしまう。だが、正しい目を持つ者がいれば、必ず、そこから真実に辿り着く」
振り返った部長が、私に微笑んだ。
刑事部長
「わたしは、彼を、そういう刑事に育てたつもりだよ」