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結局、昨夜は、立花警部からの呼び出しも無く、私はほっとしていた。
ところが……。
出勤してみると、状況はさらに悪化していた。
明智
「櫻井、これを見ろ」
翼
「あっ!」
一昨日のあの夜、私がホテルの庭で立花警部に抱き寄せられたり、キスされた時の写真が、警視庁の建物のすべての階の廊下に、文字通り何十枚とばらまかれたのだ。
藤守
「何してくれてんねん……!」
通用口に貼られていたのを出勤時に気付いた明智さんや、あちこちから報せを受けた藤守さん、如月さんが走り回って写真を回収してくれたけど、小笠原さんは、溜め息をついて首を横に振った。
小笠原
「その写真、署内での連絡メールにも添付されて、朝一で一斉送信されてたよ。こんな事もあるかもしれないと思って、念の為にサイバー対策課にセットしておいた俺のプログラムがスパムメールと判断して、すぐに、受信した端末からもサーバーからも、完全に削除したけど」
翼
「ありがとうございます、小笠原さん……」
お礼を言ったけど、小笠原さんの表情は晴れない。
小笠原
「警視庁の内部メールだから出来た事だよ。個人的にSNSで拡散されたら、止めるのは難しい。それに、如月たちが回収しきれなかった写真もあるだろうし、そもそも、オリジナルの撮影データを消したわけじゃないから、まだ安心は出来ない」
翼
「……」
あの夜、植え込みの中で何かが光ったと思ったのは、やっぱり、カメラのフラッシュだったんだ……。
小笠原
「一応、顔認識技術を利用した最新システムを導入して、WEB上にきみを含む画像が新規にUPされたら自動的に即削除・追跡出来る『櫻井ウォール』をビルドアップしておいたけど」
翼
「重ね重ねすみません」
如月
「首謀者は分かってるのになあ……!」
如月さんが悔しそうに頭を抱えた時、捜査室のドアが開いた。
小野瀬
「ごめんよ、櫻井さん。まさか、立花警部がここまで、なりふり構わない攻撃を仕掛けてくるなんて」
小野瀬さんはすまなそうに言って、昨日よりも丁寧に、私の肩を撫でてくれた。
翼
「小野瀬さんのせいじゃありません。それに、ゆうべ、ホテルに行くのを止めてくださって、感謝しています」
藤守
「せやな。昨日の晩、挑発に乗ってホテルに行って、立花警部の部屋に入ってたら、取り返しのつかん事になってたかもやで」
腕組みをしながら、藤守さんが言った。
如月
「取り返しのつかない事?」
藤守
「……分かるやろ、アホ」
如月さんの、少し考えてからの、ああ……という返事を聞いて、私も、危うさを実感していた。
最初は、立花警部の待つホテルの部屋に行って、直接会って、解決するまで話し合いたいとさえ思っていた。
でももし、そうしてのこのこと出掛けていたら……もっと酷い事をされて、写真を撮られていたら……と思うと、今さらながらぞっとする。
そう思えば最悪の事態は免れた事になるけど、小笠原さんの言葉通り、まだ安心は出来なかった。
写真でリアリティを増したせいで、噂の拡散は止まらなかった。
廊下を歩けば、写真を見た人たちからの、冷やかしやからかい、質問責めに遭う。
そればかりか、室内にいればひっきりなしに好奇心丸出しのメールが届くし、中には立花警部のファンからなのか、明らかな誹謗中傷や、「職場で男漁り」「監察に色仕掛け」なんていう酷い電話までかかってきた。
おまけに、そこに小野瀬さんや、如月さんや藤守さんたちが撹乱のために広げた噂まで加わったから、もうめちゃくちゃ。
私の為を思って巻き込まれてしまったみんなに申し訳なくて泣きたくなるけど、もちろん、泣いてる場合じゃなかった。
明智さんの計らいで、午前中は捜査室から出ないで内勤をして過ごしていた私の内線に、昼休み、電話がかかってきたからだ。
翼
「はい、緊急特命捜査室、櫻井……」
立花
『やあ、櫻井くん』
電話の声を聞いて、身体が凍り付いた。
立花警部からの電話だった。
立花
『ゆうべは待ち惚けを喰わされてしまったな。寂しかったよ』
翼
「……」
立花
『なんだ?もしかして、まだご機嫌斜めかな?』
翼
「……当たり前です」
立花
『先に言っておくが、写真の事なら、わたしではないよ。たまたまあの場面に居合わせて写真を撮った人間がいて、そいつがばらまいたんだ』
白々しい。
きっと、その「そいつ」を脅して、写真を撮ってばらまくように仕向けたに違いないのに。
そう思ったけれど、声には出せなかった。
立花
『きみが、ゆうべ素直に来てくれていたら、ここまでの騒ぎにはならなかったと思うんだけどねえ?』
立花警部は狡猾で計算高く、その上、私たちの弱味を握る立場にいる。
海千山千という感じで鉄面皮だという事は、昨日のやり取りで既に分かっている。
こんな人と、話し合える?
いくら私を脅しても無駄だと伝えたところで、諦めてもらえる?
権力を振りかざすやり方は間違っていると諭したら、やめてもらえる?
そもそも話を聞いてもらえる?
……期待できない。
悔しいけど。
私は非力だ。
頬にキスされた時だって、こうして脅されている時だって、完全に、力で押さえ込まれてしまっている。
翼
「正しいだけじゃ、勝てない……」
私は、無意識に呟いていた。
本当に、悔しいけど。
でも、事実と違う噂なんて、いつか消える。
この悔しさも、それまで我慢すればきっと消える……
立花
『諦める気になったかな?』
受話器の向こうから、ふてぶてしく笑う立花警部の声が聞こえた。
立花
『きみの言う通りだよ。世の中、正しいだけじゃ勝てない』
私は唇を噛んだ。
立花
『だが、櫻井くん。きみはよく抵抗したよ。だから、そろそろ素直になりたまえ。わたしの言う通りにすれば、噂は真実になるし、刑事部も、きみの大事な捜査室も評価が下がる事は無い。悪い話じゃない。だろう?』
今度は優しい声色。
でも、騙されない。
立花
『じゃあ、今夜こそ……』
翼
「行きません」
思い切って、言った。
翼
「あなたは、卑怯です。私だけじゃなく捜査室の事も、刑事部の事も、監察の仕事までも侮辱しています。私は、あなたのような人の言う通りにはなりません。スケープゴートなんかには、なりません!」
立花
『……おやおや。優等生どころか、箱入り娘で石頭だ。融通のきかない……ああ、お父様が東京地裁の判事だったな。道理で』
お父さん。
そうだ。
お父さんなら、こんな人、絶対に許さないはず。
私だって、負けない!
翼
「私、絶対に、あなたの思い通りになんかなりません。お伝えしたいのはそれだけです」
立花
『たった一晩、相手をすれば終わったのに、強情な……』
立花警部の笑顔の仮面が剥がれて、邪悪な本性が垣間見える。
立花
『後悔する事になるぞ。穂積も、小野瀬も、捜査室も、破滅させてやる』
でも、私はもう怯まなかった。
翼
「後悔するのは、あなたの方です!」
叩きつけるように言って、私は、立花警部がまだ何か言いかけたのにも構わず、電話を切った。
向かいの席から、小笠原さんが、無言で、私に拍手を贈ってくれていた……。