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翌日。
事態は、立花警部の言った通りに進展していた。
私は、出勤するなり、待ち構えていた顔見知りの先輩や、同期の女性警官たちに取り囲まれてしまったのだ。
「知らなかったわ櫻井さん、立花警部とお付き合いしてたの?」
翼
「違います」
「うふふ、照れちゃって可愛い」
「聞いたわよ。『いつものようにホテルの部屋で待ってるよ』って言われてたじゃない?羨ましい!」
「警務部のノンキャリアの星と、捜査室のアイドル。お似合いだわ」
「あれだけ堂々と宣言されたら、もう警視庁公認の仲ね。私たち、応援するわよ」
翼
「違います!違います!違います!違います!」
私は、追っ手を振り切るようにして職員用通路を走り抜け、エレベーターに乗り、捜査室に駆け込んだ。
昨夜の参加者たちから火が点いたと思われる噂は、一晩の間に、警視庁中に広まっていた。
私と立花警部が、庭で抱き合っていた。
立花警部と私が、キスをしていた。
二人は、毎晩ホテルの部屋で会うほど密接な関係らしい……
実際には全然違う。
だから認めるわけにはいかないし、と言って否定しても噂は消えない。
反論はむしろ逆効果。
しかも大半の噂は、私の弁解など求めないで、真実そっちのけで好き勝手に面白おかしく解釈され誇張され、さらに憶測を加えられて脚色されて、凄い勢いで拡がっていった。
噂ってそういうものかもしれないけど……。
翼
「……はあ……」
出勤して捜査室に辿り着くまでの間に、私はすっかり疲れ果ててしまった。
ミーティングを前に、机に突っ伏していると、心配した藤守さんと如月さんが寄ってきてくれた。
藤守
「櫻井、大丈夫か?ごめんな、お兄ちゃんたちが目を離したからや」
如月
「でもまさか、あんな短時間でこんな事になるなんて思わなかったよ」
翼
「私も思いませんでした……」
慰めてくれる二人に罪はない。
時間にしたら、ほんの十数分の出来事だもの。
ゆうべ自分の部屋で一晩考えたけど、私が、もっと上手にかわせれば良かったんだと思うし。
小笠原
「あのさ」
大好きな捜査室の事や、泪さんの名前を出されて、不安になるような事を言われたせいで、つい、挑発に乗ってしまったのがいけなかったんだもの。
落ち着いて対応していれば、立花警部も、あんな気紛れは起こさなかったかもしれないのに。
小笠原
「あのさ、櫻井さん」
翼
「あっはい、すみません!何ですか、小笠原さん?」
小笠原
「俺、最初から仕組まれてたんだと思うよ」
翼
「えっ?」
それまで黙って私たちの会話を聞いていた小笠原さんが、自分の席からポツリと言った予想外の言葉に、私たちはびっくりした。
藤守
「どういう事や、小笠原?」
小笠原
「歓迎会に参加する前から、警部は櫻井さんに目をつけてたんじゃないか、って事」
如月
「えー?!」
翼
「まさか……」
小笠原
「今回、櫻井さん、かなりしつこく誘われてたでしょ。これは俺の推測だけど、その警部が、刑事部の幹事に、圧力をかけてたんじゃないかな」
如月
「マジっすか?」
如月さんが大きな声を出す。
小笠原
「櫻井さんは、スケープゴートに差し出されたんだ」
翼
「スケープ……ゴート?」
小野瀬
「生け贄、って事」
カチャリ、と開いたドア。
入ってきた小野瀬さんが、ちょうど耳に入ったのだろう、小笠原さんの言葉を解説してくれた。
翼
「小野瀬さん……!」
立ち上がって昨日のお礼を言おうとした私の肩を、小野瀬さんはぽんぽんと優しく叩いてくれた。
小野瀬
「櫻井さん、ゆうべは災難だったね」
翼
「いえ、私に落ち度があったんです。小野瀬さんには助けていただいて、ありがとうございました」
如月
「翼ちゃんは悪くないって!それより小野瀬さん、スケープ……なんとかって、何ですか?」
如月さんが、話を戻した。
藤守
「せやせや。いけにえ、ってどういう事ですのん」
小野瀬さんは、うーん、と言いながら、二人に向き直った。
小野瀬
「小笠原くんの言った通りさ。どうやら、立花警部が、刑事部の若手に査定をちらつかせて、櫻井さんを歓迎会に参加させるように仕向けたらしい」
藤守
「なんやて?!」
如月
「刑事部を脅すなんて……」
藤守さんと如月さんが、憤慨と困惑が入り交じった反応をした。
私の脳裏には、熱心に誘いに来てくれたあの警部補の顔がよぎる。
小野瀬
「櫻井さん……もしかして、だけど、あの時、きみも、立花警部に脅されてたんじゃない?」
小野瀬さんの言葉に、ドキリと胸が音を立てた。
……どうしよう。
脅されましたと、正直に言うべきだろうか。
でも、そう答えたら、みんなは優しいから、自分たちのせいで私が嫌な思いをしたんだと考えて、責任を感じてしまうんじゃないだろうか。
小野瀬
「『穂積が出世出来なくなるよ』とか、『捜査室の評価が下がるよ』とか言われて、交際や……肉体関係を迫られたとか……」
藤守
「え、櫻井、そうなんか?俺らの為に我慢して、お前、立花警部にキスされてもうたんか?」
私を見つめて、藤守さんは今にも泣きそうだった。
翼
「……いえ……そこまでは……きっと、私に迫ったのは、酔った立花警部の気紛れですよ」
藤守
「ホンマか?」
翼
「はい。立花警部はかなりお酒を飲んでらしたし、私も驚いてしまって、……何を言われたか、よく覚えてません」
ごめんなさい、藤守さん。
やっぱり本当の事は、言えない。
こんな真っ直ぐで優しい人に本当の事を言ったら、藤守さん、泣いて自分を責めるか、クビを覚悟で立花警部を殴りに行きそうなんだもの。
翼
「……それに、キスといっても、頬に無理やり唇を押し付けられただけで」
藤守
「なんやてえ?!」
じゅうぶんセクハラだよ、と小笠原さんが呟く横で、如月さんが私に迫ってきた。
如月
「じゃあ、じゃあさ、ホテルの部屋に行く関係ってのも、本当にただの噂なんだね?」
翼
「もちろんです。だって、あの時初めて会った人ですよ?」
如月
「分かった!それなら、翼ちゃんを、嘘の噂から守らなくちゃ!」
如月さんが、私の肩に手を置いた。
如月
「翼ちゃんはうちのアイドル!オレの可愛い可愛い妹みたいな後輩です!ノンキャリアの星だろうと監査係だろうと、いきなり現れたトンビにアブラゲさらわれるわけにはいきません!」
ぐっと握った拳を天に突き上げてから、ねーっ、と、如月さんが私に笑顔を向けてくれる。
伝わってくる愛情が嬉しくて、私はようやく、今日初めて笑える気持ちになった。
如月
「そうそう、笑って!」
そこへ、紅茶の支度をした明智さんが、給湯室から戻ってきた。
明智
「しかし、噂というのは怖いな。今、給湯室で、廊下を歩く職員たちの声が聞こえてきたんだが、櫻井は、立花警部と小野瀬さんを二股にかけているという話になっていたぞ」
翼
「ええっ?!」
小野瀬
「ああ……それはね、俺のせいかもしれないな」
明智さんの言葉で驚いた私に、小野瀬さんが追い打ちをかける。
小野瀬
「今朝、櫻井さんと立花警部の熱愛って噂を聞いた時に、『俺も櫻井さんを好きなんだけどなあ』って、付け加えておいたから」
翼
「ええっ?!」
明智
「あんたですか」
小野瀬
「明智くん、敬語」
小笠原
「……正解かもね」
翼
「小笠原さんまで?!待ってください、ツッコミが間に合いません!」
小笠原
「小野瀬さんは、意図的に噂を流したんだよ。みんなの関心を、きみと立花警部の仲から逸らす為に」
小笠原さんの言葉に、私は、びっくりして小野瀬さんを見た。
小野瀬
「噂話をするなら、三角関係の方が盛り上がるでしょ?少なくとも、きみと立花警部だけの陰湿な関係にはならない」
小野瀬さんは、悪戯が見つかった時のような顔をして笑っている。
翼
「でも……それじゃ……小野瀬さんに迷惑が」
小野瀬
「女の子と噂されるのには慣れてるよ」
藤守
「さすが『警視庁の光源氏』!」
小野瀬
「ありがとう、誉め言葉と受け取っておく」
小野瀬さんは藤守さんからの賛辞をさらりと受け流してから、私に微笑んだ。
小野瀬
「だからね、櫻井さん。今夜は、行かなくていいんだよ」
翼
「えっ」
私は、どきりとした。
小野瀬
「真面目なきみの事だから、今夜、呼び出されたホテルに行って、立花警部と話をつけよう、なんて、思ってない?」
翼
「小野瀬さん……」
その通りだった。
立花
「では、櫻井さん、また明日!いつものように、このホテルの701号室で、夜9時から待っているよ!」
向こうが勝手に決めた口約束で、私が立花警部を拒んだ事に対する、嫌がらせだとは思った。
でも、これ以上付きまとわれて、根も葉もない噂を吹聴されるのは嫌だった。
小野瀬さんが、困ったような顔をして私を見た。
小野瀬
「やっぱり、行くつもりだったんだね」
翼
「……はい」
小野瀬
「もう一度言うけど、行かなくていい。いや、行っちゃ駄目だ、絶対に。きみは、俺と付き合ってるんだから」
明智・藤守・小笠原・如月
「いやいやいやいや!」
明智
「小野瀬さん、どさくさ紛れに、ちゃっかり櫻井を彼女にしないでください!」
藤守
「せやせや。小野瀬さんが櫻井を好きやって言うたのは、噂を混乱さす為にでしょ?せやから俺ら、渋々納得したんですよ?」
如月
「そうですよ!本気なら抜け駆けです!」
小笠原
「セクハラ」
小野瀬
「うるさいよきみたち」
如月
「それなら、オレも翼ちゃんが好きだ!って、総務や、生活安全課や、みんなに宣伝しちゃうもんね!」
藤守
「あ!ほな俺も、少年課で言うわ!」
明智
「櫻井、俺もお前となら別にその、噂になるのは吝かでないぞ」
小笠原
「明智さんこそ、どさくさに紛れて櫻井さんの手を握らないでよね」
……な、何だか、話がおかしな方向に……
翼
(だけど、やっぱりみんな、優しいな)
私を囲んでわいわい言い合う仲間たちを見ながら、私は幸せだと思った。
同時に、勇気が湧いてきた。
今夜、行くのはやめよう。
その代わり、今度立花警部に会ったら、きっぱりお断りしよう。
私は、絶対に、脅しには屈しません、って。
小野瀬さんに言われた通り、私はその夜、指定されたホテルには行かなかった。
行かなかった事でまた何か言われるかもしれないけど、あの立花警部の顔を見なくて済んだ、安堵の気持ちの方が大きい。
私は、警察女子寮の自分の部屋で、お布団に入った。
立花警部が、お酒の勢いを借りて私に迫っただけなら、これで終わるだろう。
明日になったら噂も消えて、いつも通りの生活に戻っていますように……
そう願って、目を閉じた。
眠れるはずもなかったけど。