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翼
「わあ、盛況ですね……!」
忘年会の会場であるホテルのレストランに入ると、そこは、思った以上に賑わっていた。
席の決まっていない立食だし、ホテルのフロアを貸し切りにした、広い会場のあちこちに参加者たちが散っているということもあって、全体の正確な人数はよく分からない。
と言っても、このブロックの刑事部職員だけでも軽く100人を超えているし、あの警部補が言った通り、他の部署からも、大勢の職員が参加しているように見えた。
その中には、女性たちの姿も多く見える。
翼
「意外と女性がいますね。小野瀬さん効果でしょうか?」
ちょっと肩の荷が下りたようで安心しながら、私は、小声で呟いてみた。
如月
「あはは、かもしれないね!確かに、いつもより、女性が多いもん」
私の隣で明るく笑ったのは、如月さん。
鑑識ラボで一日働いた後、私は定時で捜査室に戻り、藤守さん、如月さんと合流し、一緒にタクシーに乗って、この会場まで来たのだ。
藤守
「まあ、建前は刑事部の集まりや言うても、警察官やったら、入り口で会費さえ払うたら自由に参加出来るような会やからな。あそこなんか、見てみい」
そう言いながら藤守さんが指差す先には、女性たちがたくさん集まって、人の輪を作っている。
もしかしたら、あの輪の中に、小野瀬さんがいるのかもしれない。
翼
「こんなこと言うのは悪いですけど、これなら、挨拶だけして、こっそり早目に帰っちゃっても目立ちませんね」
藤守
「せやな。会費分飲み食いしたら、小野瀬さん誘って、さっさと抜け出して、俺らだけで二次会行こか」
如月
「賛成です!」
確かに、その方がずっと気楽でいい。
ところが、三人でそんな事を笑いながら語り合っていると、全く別の方向から、その小野瀬さん本人が、人混みを優雅に抜けながら近付いて来た。
翼
「あれ?」
小野瀬
「やあ、俺の方が早く着いてたんだね」
ニコニコと話しかけてきた小野瀬さんの手には、下戸の彼らしく、烏龍茶と思われる液体が入ったグラスがある。
だけど……こういう機会にはいつも周りを取り巻いている、小野瀬さんファンの女性たちの姿が見えない。
不思議に思ったのは、私だけじゃなかったみたい。
藤守
「あれ?小野瀬さん?」
如月
「あれ?じゃあ、あの人だかりの中心には、誰がいるんですか?」
私たちは、さっきまで眺めていた、女性たちが大勢いる一角に目を凝らした。
翼
「てっきり、小野瀬さんだと思ったのに……」
私が言うと、小野瀬さんは苦笑した。
小野瀬
「はは。どうやら、今日の彼女たちのお目当ては、俺じゃないみたいだよ」
私たちはびっくりした。
毎年行われる「警視庁・抱かれたい男アンケート」で不動のランキング1位を誇る小野瀬さんを差し置いて、女性たちの人気を集めているなんて。
他に思い当たるのは、同じアンケートで、いつも小野瀬さんと得票数を争う泪さん。
だけど、今日は出張していて、この場にはいないはずだし。
……じゃあ、誰が?
小野瀬
「立花警部って知ってるかな」
知らない名前だ。
尋ねるつもりで藤守さんと如月さんを見たけれど、二人とも、私と同じように首を傾げている。
小野瀬
「あの人だかりの中心にいる人物だよ」
小野瀬さんは、一瞬だけ、ちらりとそちらに視線を向けた。
小野瀬
「きみたちが知らないのも無理はないかな。最近、警務部の監察係に配属になった、ノンキャリアのエリートなんだけど」
如月
「え?!監察係が来てるんですか?」
如月さんは大きな声を出しかけて、慌てて自分の口を押さえた。
小野瀬
「そうだよ。元々は他の署にいたんだけど、34歳で警部試験に合格した秀才でね。その才能を見込まれて、警視庁の人事一課に呼ばれたらしい」
如月
「ジンイチ?!警部?!うわ、ノンキャリアでそれって、ありえないくらいのスピード出世じゃないですか?!羨ましい!」
藤守
「ホンマにおるんやな、そんな、ドラマみたいに優秀な人……」
小野瀬
「勤務成績もAAAだけど、とにかく昇進試験の成績が抜群だったらしいよ」
翼
「それに、警務の監察係って言ったら……『警察の警察』ですよね」
小野瀬
「おや、よく勉強してるね。そうだよ。警務部監察係は、警察官の不祥事を調査するから、『警察の警察』と呼ばれるんだ。……中でも人事第一課は、警視以上の警察官の人事を担当している部署だからね。管理職にとっては恐い存在さ」
それを聞いて、私たちがなんとなく緊張したのを察したのか、小野瀬さんはさらに歩み寄って来て、大丈夫だ、と言うように、藤守さんや如月さんの肩を叩いた。
小野瀬
「はは、きみたちがそんなに警戒する必要はないよ。言ったろ?ジンイチが監察するのは、管理職の人事だ。実際にきみたちを査定するのは穂積であり、人事第二課なんだからね」
そうだけど。
もしも、私たちが、何か、警務部監察係に目をつけられるような失敗をすれば、それは、捜査室の管理者である泪さんの評価に反映されてしまうわけで。
警察という大きな組織には、警務部や監察係のような内部機関が必要で、そこに所属している人たちも、仕事として監察しなければならないというのも、分かるけれども。
もしかして、だから、みんな、若い、新任の監察係に気を遣って集まっているとか……。
そこまで考えて、私は、自分の発想の飛躍に首を横に振った。
ううん。
それはきっと悪く考えすぎ。
確かに、監察は立場上、馴れ合いや癒着が生まれやすい部署だという噂だけど……
刑事ドラマじゃないんだし。
翼
「痛っ」
不意に、首の後ろに、チリリと痺れるような痛みが走った。
これは、私の中で、何か良くない事が起きるときの兆し。
ただの悪い予感、のようなものだけど、意外と当たる。
……払った会費の元なんて取れなくてもいいから、やっぱり、今日は早目に帰りたい。
でも、何の根拠もないのに、来たばかりでもう帰ろうなんて、変だと思われるかも。
それに、さすがに失礼だし……
「おーい」
あれこれと悩んでいるうちに、若い刑事たちが藤守さんと如月さんを呼びに来て、二人は、あっという間に引っ張られて行ってしまった。
翼
「藤守さん、如月さん!待って、私を小野瀬さんと二人にしないで!」
藤守
「櫻井、ごめん!ほな、1時間後に出口でな!」
如月
「小野瀬さん、翼ちゃんをお願いしまーす!」
小野瀬
「はいはい任せて」
一方の小野瀬さんは、のんきに手を振っているけど。
翼
「そんなぁ……」
二人がいなくなったら、私、この会場の中で小野瀬さんを独り占めしている状況になっちゃうじゃないですか!
小野瀬
「やっと二人きりになれたね」
甘い笑顔で小野瀬さんが覗き込んでくる。
いや衆人環視です。
ああ、小野瀬さんの微笑みが眩しい。
周りの女性たちからの、羨望の視線が痛い。
それなのに、小野瀬さんは私の耳元に顔を寄せて囁いてくる。
小野瀬
「ところで、さっきの話だけど」
翼
「何の話ですか?」
……こんな時だけど、小野瀬さんって、やっぱり、いい声だな。
小野瀬
「……立花警部には、気を付ける方がいいよ」
囁くように話す、小野瀬さんの甘い声に聞き惚れかけていた耳に吹き込まれた言葉に、私はハッと我にかえった。
小野瀬
「今まで知らなかったけど、今日ここで耳にした限り、あまり評判が良くない。仕事は完璧だけど、どうやら、その……女性に対して、積極的過ぎるらしいんだよね」
言葉を選びながら、けれど、その口調からは、甘さが消えていた。
小野瀬
「実は今日も、立花警部に好意を持っている女性ばかり集めたらしいし」
小野瀬さんの、女性との付き合い方は、「来る者は拒まず、でもよく選んでから、後腐れなく」という感じ(私の勝手なイメージだけど)。
泪さんも女性の方から寄って来るタイプだけど、「嫌いじゃないけど面倒臭い」というスタンス(署内では、女嫌いのオカマで通ってるし)。
だから、よく分からない。
人だかりが出来るほど人気があるなら、積極的に女性を求める必要は無いはずなのに、積極的過ぎる、ってどういう事だろう?
小野瀬さんが小皿に取り分けてくれたオードブルをつまみながら、そんな事を考えるとも無しに考えていると、近付いて来た刑事部長が、小野瀬さんを呼んだ。
刑事部長
「小野瀬」
小野瀬
「あ、部長。ご無沙汰しています」
小野瀬さんも表情を和らげて、部長に応える。
刑事部長
「はは、優秀な鑑識技官は忙しいからな。だが、時々は我が家に遊びに来い。家内も、お前や穂積に会いたがっているんだぞ」
小野瀬
「ありがとうございます。ぜひ近いうちに」
刑事部長
「そうしてくれ。ああ、ところで、前に、お前が読みたいと探していた、人類学の専門書があっただろう?古い知り合いが、あれを蔵書しているらしいんだ」
小野瀬
「えっ、それは凄い」
翼
「……」
刑事部長というと、泪さんがオカマを偽装する羽目になる事件の前まで、自分の娘さんと結婚させたいと思っていたぐらい、泪さんを気に入っていたんだよね。
だから、その頃、泪さんや小野瀬さんは、部長に見込まれた、他の若い警察官たちと一緒に、頻繁に部長の自宅に招かれていたと聞いたことがある。
オカマ騒ぎで娘さんと泪さんの縁談は消えたらしいけど、部長は今でも泪さんや小野瀬さんに目をかけているし、二人も、この人を慕っている。
翼
(……邪魔しちゃ、悪いよね……)
私は小野瀬さんに悟られないよう、ゆっくり、ゆっくり、二人から距離を置くように後ずさった。
数歩離れたところで、小野瀬さんが私を探すように振り向いたので、私は急いで、口だけを動かした。
翼
(お、て、あ、ら、い)
唇を読んだ小野瀬さんが、ああ、と頷いた後、(ま、た、あ、と、で)と返してきて、再び、刑事部長との談笑に戻る。
私はホッと息を吐いてから、一人になったついでに、本当に化粧室に向かった。