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~翼vision~
暗くて心地よいまどろみの中に、ふわり、おぼろげな光が浮かび上がった。
ふわり、ふわり、ふわり。
次々と生まれてくる小さな光は、眠る私の意識の周りをふわふわと漂いながら、何かを囁いて揺り起こし、ゆるやかに目覚めさせようとする。
翼
「……んん……」
……まだ、眠っていたいのに……。
私は唇を尖らせる。
けれど、一度開きかけてしまったまどろみの扉は、どんなに頑張っても、もう閉じる事は出来ない。
それに、なんだか、肩の辺りに肌寒さを感じるような……
12月の寒さのせいかしら、それとも……
そんな事を気にしたせいか、いっそう、目覚めが加速してゆく。
……ああ、待って……。
幸せな夢を見てたのよ。
だから、もう少し、続きを見させて。
お願い。
あと、少しだけ。
あと、5分だけでいいから……
私は、勝手に開いてしまいそうになる最後の扉、両方の瞼を、無理やり、ぎゅうっと閉じた。
そのまま、手探りで掛け布団を手繰り寄せようとしていたら、不意に、ふわり、と、首元まで暖かくなった。
さっきまでの肌寒さが消えてゆく。
きっと、誰かが、お布団を掛け直してくれたんだろう。
翼
「ありがとう……」
「もっと、こっちに来い」
翼
「うん」
誰かの優しい声に誘われるまま、私は、広くて温かい誰かの胸に擦り寄った。
頼もしい誰かの腕に抱き寄せられて、幸せな気持ちになって……ああ、夢に戻れた……
そう思った瞬間。
翼
「!」
私は、がばっと上半身を跳ね起こした。
翼
「誰かって、誰?!」
すると、隣から、のんびりした声が……
「俺だろう?」
部屋の中は、薄暗い。
答えてくれた相手を探して、間接照明の明かりだけの暗闇に目を凝らせば、同じ布団に入って寝ている泪さんが、私を見上げて、くすくす笑っていた。
ほっとするのと同時に、思わず、声が漏れてしまった。
翼
「……泪さん……」
さっきまで、夢の中で会っていた人……。
泪さんは、狼狽えている私の様子が可笑しいのか、手枕で私を見上げたまま、まだ微笑んでいる。
穂積
「目が覚めたか?」
そう訊かれても、私はドキドキする胸を押さえて、頷く事しか出来ない。
翼
「……うん、ごめんなさい。私、夢を見てたみたい……」
ここは……
……泪さんの部屋、泪さんのベッドだ。
……夢の中でもここにいたけど。
いま、何時だろう……?
窓に目を向けてみたけど、カーテン越しの朝の光は、まだ、差し込んで来ていない。
ふと気付けば、私が身に付けているのは、上下の下着だけで……、これでは、明け方の冷え込みで、寒くて目が覚めたのも、無理はなかった。
翼
(ええと……)
どうして下着姿なのか、はっきりと思い出した途端、たちまち、羞恥心が蘇ってきた。
翼
(……そうだ……私……ゆうべ、泪さんと……)
隣から面白そうに私の百面相を見ている泪さんは、当たり前のように裸で寝ていて、目のやり場に困ってしまう。
この部屋を訪れるようになって、泪さんと二人きりの時間を過ごすようになって。
身体を重ねる夜にも、泪さんの隣で目覚める朝にも、それなりに慣れたはずなんだけど…。
改めておずおずと視線を向けると、泪さんは手枕のまま、小さく欠伸をした。
穂積
「もう一度、寝直せよ。まだ、起きるには早い」
泪さんは低い声で囁くように言いながら、私の膝を軽く撫でた。
職場では決して聞けない、恋人の甘く優しい声。
穂積
「俺の夢を見ていたんだろう?」
布団を持ち上げてくれた泪さんの隣に潜り込んだ私の額に、確かめるようにキスしてくれる。
……さっきまでの夢と、同じように。
翼
「……うん」
言い当てられて恥ずかしかったけど、泪さんに抱き締められる感覚は気持ちよくて、私を落ち着かせる。
翼
(……こんな素敵な人が、こんな平凡な私を選んでくれて、結婚の約束までしてくれているなんて、まだ、信じられないな……)
泪さんの腕の中で甘えていると、幸せ過ぎて時々、頬をつねってみたくなる。
泪さんは、全国の警察官の中でも数少ない『キャリア』と呼ばれる、警察庁が採用した幹部候補生のエリートで、私を緊急特命捜査室にスカウトしてくれた人。
今、泪さんと私は、職場では、捜査室の室長と捜査員、という関係だ。
プロポーズも受け、両親への挨拶も済ませてもらったけれど、私が、父に一人前の警察官として認めてもらえるまで待ってほしい、とお願いしたせいで、結婚は保留になっている。
だから、まだ、両親と、小野瀬さん以外には、私たちのお付き合いは内緒。
でも、いつかは、この人のお嫁さんに……。
そんな事を考えていたら、胸の奥から幸せな気持ちがじわじわと湧き上がってきて、なんだか、顔まで熱くなってきた気がする。
両手を頬に当てると、やっぱり、ほんのり火照っていた。
夢じゃ、ないんだよね……。
穂積
「どうした?思い出し笑いか?」
ふと、笑いを含んだ泪さんの声が聞こえた。
穂積
「よほど、いい夢を見てたんだな」
翼
「え?」
どうして、夢の事を知ってるんだろう?
びっくりして泪さんを見ると、緑色の光彩に、私が映った。
穂積
「お前、寝てるくせに、ニヤニヤしながら『泪さん、泪さん……』って言ってたからな」
翼
「……嘘でしょ?!」
穂積
「嘘じゃない」
泪さんは笑って、指先で私の頬をつんと軽く突いた。
穂積
「本当だ。あんまり可愛いから、寝てるお前の◆Å◎を●¢▲して※♯♂@★してやろうかと思った」
思わず伏せ字にしてしまいたくなるほど、綺麗な顔に似合わないアブナイ事を言いながら、泪さんは私にキスしてくれる。
穂積
「他の男の名前を呼んだら、その場で叩き起こしたところだったけどな」
翼
「……私、危なかったんだね」
穂積
「知ってるだろう?俺は嫉妬深いんだ」
知ってる。
以前、私が、他の男性とこっそり会っていたと知った時、泪さんは、烈火の如く怒った。
その時は、私の行動はその男性詐欺師が催眠をかけた事によるもので、私の持つ指輪を狙った巧妙な罠だったと分かって、誤解はすぐに解けたのだけど。
それ以来、私は、泪さんに秘密を作らないよう、心掛けている。
翼
「ふふ。泪さんに妬いてもらえるなんて、嬉しいな」
泪さんの体温はいつも私より高くて、こうして寄り添っていると、息遣いや鼓動が伝わってきて心が落ち着く。
私は胸いっぱいに泪さんの香りと温もりを吸い込みながら、甘えるように泪さんの胸に頬を擦り寄せた。
穂積
「……なんだか今日は素直だな。いつもなら恥ずかしがって、なかなか自分からは寄ってこないのに」
翼
「だって……今日からしばらく、泪さんに会えなくなっちゃうと思ったら」
そうなのだ。
夜が明けたら、泪さんは出張で、丸々3日間、警視庁を離れる事になっている。
最近増加している、大規模な災害の被災地を視察に行くのだそうだ。
地震、津波、豪雨、疫病の蔓延、などなど……それらに伴うストレスや社会の混乱といった非常事態に伴って起きる犯罪に対して、警察に何が出来るかを考える為だという。
実際に非常事態を経験した各地の警察署を訪問して、当時の状況や初動態勢、不足した物資や求められた対応などの体験談を集め、今後に活かす為の教訓を学ぶのだとか。
キャリアとして、いつかはこの国の警察を動かす次世代のリーダーたちの一人として、泪さんのような立場の人にとっては、必要な研修であり出張なんだろう。
でも、私は寂しい。
そんな思いが顔に出てしまっていたのか、泪さんが、子供をあやすように、私の頭を撫でてくれた。
穂積
「たった3日間、会えないだけだぞ。そんなに寂しいか?」
私はいっそう、泪さんに身を寄せた。
翼
「寂しい。……だって、3日間も、だよ」
寂しいし、心細い。
穂積
「そうか、いい傾向だ」
泪さんの指が、私の顎をそっと持ち上げる。
穂積
「だが、寂しいからと言って、浮気なんかするなよ?」
……真っ直ぐに見つめられて、体温が上がった。
浮気を疑う言葉だから、じゃない。
愛されているからこそ言われたんだ、ということが、伝わって来たから。
泪さんの独占欲が、嬉しかったから。
翼
「しない」
私は首を横に振った。
泪さんがもう一度、キスをしてくれる。
穂積
「浮気すれば、すぐに分かるぞ」
翼
「どうして分かるの?」
穂積
「それを教えちまったら、意味が無いだろう」
それもそうだ。
翼
「浮気なんか、しない。だから、早く、帰ってきて」
穂積
「帰りは明後日の夜中だ」
翼
「私、待ってる」
泪さんの温かい手が私の背中にまわって、ブラのホックを外す。
翼
「だから、泪さんこそ、出張先で浮気したりしないでね」
泣きそうになるのを誤魔化そうとふざけたつもりだったのに、泪さんは笑わなかった。
穂積
「しねえよ、馬鹿」
泪さんの大きな手が、直に私の素肌に触れて、胸の膨らみを包み込む。
翼
「……泪さん……」
穂積
「もう黙れ、翼」
ギシ、とベッドを軋ませて私を見下ろした泪さんの唇が、ゆっくりと降りてきて、私の唇を甘く塞いだ。
さっきまでとは違う、本気のキス。
穂積
「……俺を、忘れないようにしてやるから」
言葉よりも雄弁な眼差しで見つめられて、涙が溢れそうになった。
翼
「うん」
泪さんの重みが、いとおしい。
会えないと思うだけで、恋しくて、抱き締めたくて、抱き締められたくて、離れられなくなって。
誓い合うように口づけを繰り返しながら、私と泪さんは込み上げてくる熱に心と身体を任せて、また、ひとつになった。