ユーカリ
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~穂積vision~
その日の夜、いや、厳密にはもうすぐ日付が替わる頃の、俺の部屋。
宴会で潰れて雑魚寝している連中を起こさないように抜け出し、ベランダで煙草をふかしていたら、コツコツ、と背後の窓ガラスが叩かれた。
藤守
「……室長、……すんません」
やはり他の連中が目を覚まさないように気を遣ってだろう、囁くような小声で俺を呼びながら、藤守が、忍び寄るようにしてリビングからベランダに出て来た。
穂積
「……どうした」
隣に並ぶのを待って、こちらも小声で囁き返す。
穂積
「枕が変わって眠れないか?」
誰も枕なんかしてないけどな。
藤守
「楽しくて、眠るのがもったいないんですわ」
吹き出しそうになってしまった。
穂積
「お前、初めて泊まった時にもそう言ったよな」
藤守
「え、そうですか?覚えてませんわ」
穂積
「言ったよ。俺は覚えてる」
俺は笑いながら、煙草を携帯灰皿に揉み消した。
藤守
「……ああ、思い出しましたわ」
藤守がぽつりと言った。
藤守
「室長、あの時も、吸いかけだった煙草を消してくれましたわ」
穂積
「そうだったか?」
藤守
「はい。俺が吸わへんから、嫌なんじゃないかと気を遣うてくれはったんでしょ」
穂積
「忘れたなあ」
ふ、と藤守が笑った。
藤守
「そん時も思いましたわ。この人、ホンマは暴君やないんやな、って」
穂積
「とんでもなく失礼な発言だが、今日は聞き逃してやろう」
と言いつつ、軽くデコピンする。
藤守
「おおきにありがとうございます」
藤守はふざけたように頭を下げた後、懐から、一通の封筒を出した。
穂積
「何だそれ」
藤守
「室長への手紙ですわ」
穂積
「……もしかして、それが、誕生日プレゼントか」
はい、と言って封筒を開こうとするのを、俺は急いで手を伸ばして止めた。
藤守
「なんで止めますのん」
穂積
「だってお前、止めなかったらそれここで読む気だろう」
藤守
「はい。……俺、室長の誕生日プレゼント、何にしたらええか色々考えたんですよ。けど、どれも物足りない気がして、決められなくて……結局、手紙にしました」
そう言って、藤守はまた開こうとする。
俺はまたその手を押さえなければならなかった。
穂積
「やめろ」
藤守
「せやから何でですのん。俺、頑張って、室長との思い出とか、感謝の気持ちなんかを、一生懸命書いたんですよ?」
穂積
「そんな事だと思った。だからやめろと言ってるんだ。そんなもの今読まれたら、俺、酔っぱらってるから絶対泣く」
藤守
「笑って欲しくて書いたんですよ」
穂積
「だから泣くって言ってるだろう!」
毎日書いてる日報だって、報告書だって供述調書だって下手くそなくせに。
そんな奴が心を込めて書いた手紙なんて、催涙弾より危険に決まっている。
穂積
「よこせ。……酔いが覚めたら、一人でこっそり読むから」
藤守
「シラフで読まれたら恥ずかしいですわ!」
穂積
「ここで読まれたらこっちが恥ずかしいんだよ!」
さっきまで開ける気満々だった封筒を、今度は引ったくろうとしても渡さない。
こいつこんなに反抗的だったか、と考えて俺はハッとした。
穂積
「……藤守、今気付いたが、お前、もしかしなくても酔ってるんだよな」
藤守
「酔うてません」
酔っぱらいはみんなそう言う。
藤守
「酔うてませんよ」
穂積
「……分かった、酔ってない。寝よう」
藤守
「室長が添い寝してくれたら寝ますよ」
やっぱり酔ってるじゃねえか。
俺は藤守の背中を押して、リビングの端に戻って寝かせて布団をかけた。
俺も横になって隣に入ってやると、気が済んだのか、嬉しそうに話し掛けて来る。
藤守
「室長、男前なんやから、今みたいな喋り方の方がええですよ。いつからオカマになったんでしたっけ」
穂積
「今もオカマじゃねえよ。櫻井と結婚するんだぞ」
藤守
「そやったですね。……おめでとうございます」
穂積
「ああ」
藤守が、もぞもぞと大きな身体を擦り寄せてきた。
藤守
「……俺、櫻井の事、好きやったんですよ」
穂積
「……知ってる」
さっきも、泣きながら大声で繰り返していたのを聞いたばかりだ。
それに、本当はもっと前から、こいつだけじゃなく、全員がそれぞれに、翼に特別な思いを抱いていた事も、知っている。
藤守
「……室長やなかったら、」
その続きは、聞き取れなかった。
しばらく無言でいると、うとうとし始めた藤守が、何も言わずに、さっきの手紙を俺の手に押し付けてきた。
俺も黙ったままで受け取ると、藤守は布団に潜り込んで、俺にくっついて、瞼を閉じる。
幼い頃の弟みたいで、なんとなく頭を撫でてやったりしていると、藤守の体温が上がってきたのが分かった。
眠くなってきたらしい。
俺の添い寝があれば寝られる、と言ったのも、まんざら冗談でもなかったんだな。
こいつ繊細だから。
穂積
「……おやすみ、藤守。ありがとう」
藤守の寝息を聞きながら、俺は、薄暗い室内を見渡した。
翼だけは寝室に寝かせたのでここにはいないが、それ以外は全員が食べ疲れ飲み疲れ騒ぎ潰れて酔い潰れて、だらしなく眠りこけている。
楽しそうな寝顔を見せながら、気持ち良さそうにいびきをかいている如月。
端正な顔を歪ませて、明智がうんうん唸っているが、あいつはいつも何の夢を見てるんだろう。
小野瀬まで雑魚寝に加わって、何故か小笠原の手を繋いで寝ている。
小笠原の方は意外と豪快に、大の字になってすやすや寝ていた。
みんな風邪引くなよ。
俺はうつぶせに寝て肘を立てて、カーテンの隙間から射し込む僅かな月明かりだけを頼りに、藤守からもらった手紙を開いた。
しかし、数行読んだだけで視界が滲んで、読み進める事が出来なくなってしまった。
捜査室が発足する前から最初の部下として俺と走り続けてきた藤守の、見慣れた文字で書かれた「幸せです」という言葉を目にしたらもう、たまらなかった。
あれこれと思い出が綴られている白い便箋の1枚目すら読み終えないうちに、目頭が熱くなり、嗚咽を堪えるのが難しくなった。
藤守が語る思い出は、きれいに俺の記憶と重なっていて、ユーカリの枝を揺らす。
俺は声を洩らしてしまわないよう、自分の手で口を押さえた。
そうすると息が苦しくて、涙が込み上げてきて、必死に抑えようとすると肩が震えた。
穂積
「……ぅ……」
堪えきれなかった。
部屋の中で誰かが動いたのを気配で感じたが、どうせ小野瀬だろう。構うものか。
俺は布団の中に顔を突っ込んで、歯を食い縛って声を殺した。
ちくしょう。
藤守の馬鹿野郎。
朝からずっと我慢してきたのに。
笑わせたいって言ってたくせに。
泣かせてどうするつもりだよ。
明智も、小笠原も、如月も翼も小野瀬も、みんな馬鹿だ。
幸せなのは俺の方だ。
感謝しなきゃならないのは俺の方なんだよ。
誕生日が来るたびに強くなりたいのに、涙なんか見せたくないのに。
ひとつ歳を重ねるたびに涙腺が弱くなって、いつだって、誰かの優しさで泣きたくなる。
どうすりゃいいんだ。
だから誕生日は苦手なんだ。
幸せなのに、涙が止まらない。
~END~
Happy birthday. Always thinking of you.
( 誕生日おめでとう。いつもあなたのことを考えています。 )