ユーカリ
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~穂積vision~
如月
「あーあ、小笠原さんに、美味しいとこを持ってかれちゃったなあ!」
ミーティングもそっちのけでまだ小笠原の頭を撫で回していた俺のそばに、文句を言いながら、如月が近寄ってきた。
穂積
「なあに?アンタも、何か誓ってくれるつもりだったの?」
如月
「違いますよぅ。オレは、ちゃんと、品物で用意してきました!」
そう言って、俺の袖を引っ張る。
名残惜しかったが小笠原から手を離して付いて行くと、如月は俺を室長席で待たせて、自分のロッカーから、縦長の袋の上をリボンで縛った、大きめのプレゼントを取り出してきた。
何だろう?
観葉植物?……照明器具?……ロケットのオブジェ?キリンの縫い包み?
俺が考えている間に、如月はそれを俺の机の上に置いて、胸を張った。
如月
「じゃーん。さて問題です。これは何でしょうか?触っちゃ駄目ですよ!」
クイズかよ。
俺は出しかけた手を引っ込めたが、よく見れば、防水紙になっているようだ。
俺がそう言うと、如月は「さすがですね!」と笑った。
防水紙に包まれたプレゼント?
ビニール袋に入った魚?
まさか、クリスマスツリー?
もしかして酒!
如月
「ふっふっふっ、分からないでしょ?オレの勝ちですね!では開けます!」
お前が開けるのかよ!と思ったが、まあいい、俺も早く見たい。
如月がリボンをほどくと、紙袋の形に見えていたのは、風呂敷のような一枚紙だった。
そして出てきたのは……
穂積
「何これ?」
それは、一本の苗木だった。
30cmほどの高さで、銀色がかった緑の葉がついている。
フェイクではなく、本物だが、あまり見慣れない樹木だ。
穂積
「如月、これ何の木?」
如月
「ユーカリです!」
如月は、もう一度胸を張った。
ユーカリ。
穂積
「コアラが食べるやつだっけ?」
如月
「それです!」
なるほど外国産の木か。
見慣れないわけだ。
穂積
「へえー。本物は初めて見たかも」
如月
「室長に差し上げます!」
くれると言うからもらうし、もらうからにはお礼を言わなければならないのは分かっている。
分かっているが、どうしても、先に聞かずにはいられなかった。
穂積
「……でも、なぜ、ユーカリをワタシに?」
すると、如月は、急に真剣な顔つきになって、俺に向き直った。
如月
「真面目な話、していいですか?」
一転して、如月が声のトーンを落とした。
穂積
「お願いするわ」
俺が頷くと、如月は、神妙な面持ちのまま、ユーカリの枝を撫でた。
如月
「ユーカリにも、花言葉があるんです。それは、『記憶』とか『想い出』です」
穂積
「『記憶』……」
俺は、ハッとした。
如月
「言わないでくださいよ、室長。室長の口からは、聞きたくないんです」
如月に先制されて、俺は口をつぐんだ。
如月
「……オレたち、今はこうして一緒にいますけど、たぶん、そう遠くないうちに、別れ別れになる予定じゃないですか……」
それは、ここにいる誰もが分かっていながらも、誰もが、避けてきた話題だった。
如月
「ユーカリの花言葉を知ったのは、室長へのプレゼントを探していて、偶然、ネットで見たからです。でも、オレ、その時、ユーカリの木を、室長に持っていて欲しい、って思ったんです」
穂積
「……『記憶の木』を?」
如月
「はい!だって、室長は、つい最近まで、大事な人からの預かりものだったっていう紅葉の盆栽を、大切に育ててたじゃないですか!」
確かに、預かっていた。
あれは、櫻井判事の盆栽だった。
およそ二十年近く、俺が育てていたんだ。
如月
「室長なら、オレたちの記憶の木を、枯らさないでくれますよね?」
穂積
「当たり前だわ」
如月
「オレたち、いつでも、室長のところに戻っていいんですよね?」
穂積
「そうよ。会いたくなったら、いつでも」
いつも明るい如月の声が、掠れている。
その胸中は、痛いほど分かる。
俺は、力強く答えた。
穂積
「ユーカリの木の下にね」
ちなみに、如月の言う紅葉の盆栽は、先日、櫻井判事にお返ししてきた。
その時、翼との交際を打ち明けて、「盆栽を返す代わりに娘さんをもらいます」と宣言してきたんだから、我ながら非道な話だと思うが、……今日の如月にはそれ、多分、教えない方がいいな。
穂積
「ありがとう、如月」
如月がホッとした表情になった事で、緊張していた室内の空気が、緩やかなものになった。
穂積
「ところで、ユーカリって、どうやって世話するの?」
さあ、と言葉に詰まった如月から視線を小笠原に移すと、小笠原はすかさず、抱えていたナナコの画面を俺に見せた。
≪ユーカリ……花言葉は思い出・記憶。
(英名:ガムツリ)。
フトモモ科ユーカリ属の常緑高木。
原産地はオーストラリア。
花の咲く時期は2~5月ごろ。
花の色は黄、白、赤など……≫
穂積
「……フトモモ科」
明智
「フトモモ科……」
如月
「いい話だったのに、台無しにしないでくださいよ!」
藤守
「ええ話やったで、如月……」
話題はユーカリからフトモモに脱線してしまったが、藤守はさっきからユーカリの鉢を抱えて、涙を拭っていた。
如月
「いや、もう、いいんですけどね。たった今小笠原さんに教わるまで、ユーカリに毒がある事も知らなかったけど、もう、いいです」
藤守
「毒があるくらいでええやん。如月らしいて」
如月
「泣きますよ!」
翼がお茶を入れてくれ、全員がミーティングテーブルを囲んでいる。
考えてみれば、いつまでこうして過ごせるんだろう。
藤守が感傷的になるのも、無理ない気がした。
如月
「そう言えば、藤守さんの、室長へのプレゼントは何ですか?」
不意に飛び出した如月の言葉に、びく、と、藤守の肩が震えた。
如月
「ねえ、ねえ藤守さぁん」
如月が畳み掛けるが、藤守は小さくなるばかり。
穂積
「如月、ワタシは……」
見かねて声を出しかけた時、とうとう藤守が叫んだ。
藤守
「あるよ!あるけど小笠原とお前がハードル上げるから、俺、恥ずかしいてよう出されへん!」
藤守は真っ赤で、半泣きだ。
藤守
「櫻井、頼む!お前、先に出して!」
翼
「えっ?!わ、私ですか?!」