ユーカリ
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~穂積vision~
俺の名前は穂積泪。
今日は俺の誕生日なんだそうだ。
朝一番の会議を終え、その足で喫煙所に寄ったところで、待ち構えていた明智に「おめでとうございます」と小さな箱を差し出されて、思い出した。
忘れていたかったのに。
ひとつ溜め息をついてから見れば、明智は緊張した面持ちのまま、こちらにプレゼントを差し出している。
穂積
「ありがとう」
歳を取るのは嬉しくない、なんて意地を張って、誠実を絵に描いたようなこの部下からの好意を拒んでしまうのは野暮だろう。
俺は両手を伸ばして、明智からの贈り物をありがたく受け取った。
穂積
「しゃれた箱ね。何かしら」
明智
「開けて見てもらえませんか」
穂積
「もちろんよ」
準備してきた物を渡し終えた安堵からか、明智の表情が解れている。
つられてなんだかくすぐったく思いながら喫煙所のベンチに座り、几帳面なリボンと包装を膝の上で開いた。
開くそばから、明智が手を出して、リボンや紙をまた畳んでくれる。
助かるなあ。
俺なら丸めてポケットに押し込んじまうところだ。
出てきた箱を開くと、ブラッシュド加工と言うんだったか、メタリックシルバーに艶消しの施された、スタンダードタイプのZippoが出てきた。
穂積
「いいライターね。嬉しいわ」
世界一有名なオイルライター。
いくつ有っても困らないものだ。
空き箱まで回収してくれた明智が、ほっとしたような顔で俺を見ている。
俺は早速いそいそと煙草を取り出しながら、もらったばかりのライターを明智に手渡した。
心得ている明智が、俺のくわえた煙草にZippoで炎を点けてくれる。
息を吸い込むと、煙草の先に紅く火が灯った。
目を閉じ、たっぷりと肺まで煙草の薫りを吸い込んで味わってから、ふーっ、と煙を吐き出す。
……美味い。
穂積
「美味い」
目を開いて、視線を明智に戻せば、明智も微笑んでいる。
俺が促すと、明智は自分も煙草を取り出した。
顔を近付けて俺の煙草から貰い火をし、吸い始める。
明智と並んで煙草を吸いながら、俺の手に戻されたまだ温かいライターのケースを何気なく開けると、オーダーメイドしたのか、インナーに文字が彫り込まれているのが目に入った。
……?
煙草をそっと灰皿に置いてライターを掲げ、記された英語の文章に目を凝らす。
Happy Birthday.
(誕生日おめでとうございます)
You are the best man I’ve ever known.
(あなたは私の知る中で最高の男性です )
穂積
「……明智」
思わず、オカマキャラを忘れて素に戻ってしまった。
明智
「そう思っています」
明智が、照れ臭そうに笑いながら、けれど真っ直ぐに俺を見つめて、言った。
明智
「いつもそう思っています、室長」
穂積
「お前っ……」
やばい。
不覚にも胸を衝かれて、俺は、ライターを持っていない方の手で顔を覆った。
明智
「室長?」
穂積
「……恥ずかしくて、人前で使えねえよ」
明智
「そんな事言わないでくださいよ」
穂積
「こっちの台詞だよ馬鹿野郎……!」
普段から嘘のつけない男に、真正面からそんな事を言われたら、俺はこのライターを開けるたび、どんな顔をしたらいいのか分からないじゃねえか。
さすが、元狙撃手だ。
見事に撃たれた。
穂積
「……来年の8月、同じ物をお前の誕生日に贈るからな」
やっとそれだけ言い返して、指の隙間から明智を睨みつける。
明智は一瞬驚いたような顔をして目を見開いたが、すぐに姿勢を正すと、ありがとうございます、と頬を染めて、律儀に頭を下げた。
次はまさかの小笠原だった。
穂積
「おはよう」
喫煙所を後にし、明智を伴って捜査室のドアを開けた俺に、全員が次々と挨拶の声をかけてくる。
藤守
「あ、おはようございます!」
如月
「おはようございます!」
おはようおはよう、と返しながら席について、ノートパソコンを開いたと同時にスケジューラが立ち上がり、軽やかな音とともに、絶妙なタイミングでメールが入った。
穂積
「ん?」
差出人は……『小笠原諒』。
反射的に小笠原の席を見れば、素知らぬ顔で座っていた小笠原が、俺の視線に気付くと頭を低くし、パソコンのナナコのモニターの陰に隠れてしまった。
あからさまに怪しい。
声をかけようかとも思ったが、このあと朝のミーティングを開かなければならないので、資料を整えながら、手早くメールを開封してみた。
『件名:誕生日おめでとう』
穂積
「敬語!」
いかんツッコんでしまった。
『本文:
プレゼント、何にしようか悩んだけど。
オメガやフェラーリをもらって喜ぶ室長の顔は思い浮かばなかったので。
室長が本当に喜びそうなものを考えてみた。
笑わないでよね。
≪小笠原諒7つの誓い≫
1) 遅刻をしない。
2) 好き嫌いをしない。
3) 知らない人が来た時も隠れない。
4) 交通安全教室を櫻井さんだけにやらせて逃げない。
5) 勤務中に寝ない。
6) なるべく敬語を使うよう努力する。
7) どちらか選べと言われた時は、必ず室長を選ぶ。
☆12月31日まで有効』
……小笠原。
期限が短えよ。
藤守
「あっ!おい!小笠原、お前、何してくれたんや?!室長が落ち込んではるやないか!」
如月
「室長がメールで凹むわけないでしょ?沸き上がる怒りを堪えてるんじゃないですかぁ?!」
明智
「二人とも黙れ。室長、大丈夫ですか?何か、室長を悩ませるような内容でしたか?」
小笠原
「……」
頭を抱えてしまった俺を遠巻きにして、バカワンコどもが見当外れな事ばかり言いながら、キャンキャン騒いでいる。
穂積
「うるさい!」
落ち込んでなんかいないし、怒ってもいないし、悩んでもいない。
小笠原、そんな、心細い顔をするな。
大丈夫、俺は、お前の決意を笑ったりしない。
穂積
「……感動したのよ」
明智
「感動?」
穂積
「小笠原!」
俺は勢いよく立ち上がると小笠原の席まで走り、逃げようとした小笠原を掴まえて、思いっきり抱き締めた。
穂積
「アンタ、偉いわ!ありがとう、素晴らしいプレゼントよ!」
俺にもみくちゃにされながら、小笠原が珍しく狼狽えている。
小笠原
「……本当?……プログラムの特許料の方が、良かったんじゃない?」
穂積
「とんでもない、100倍も嬉しいわ!」
俺が席を外した隙に、如月や藤守たちも、俺のデスクで小笠原からのメールを覗き込んで驚いている。
視界の端に見える、明智の目が赤い。
小笠原
「……そうなの?」
俺が見つめると、小笠原は、顔を赤くした。
小笠原
「……じゃなくて……お誕生日、おめでとう……ございます」
日常会話もコミュニケーションも下手くそで、普段、この捜査室で一番地味な仕事をしている、小笠原。
けれど、必要に応える為に常に備え、黙々と働き、社会人として一番、成長している。
それが、こんなにも、嬉しい。
穂積
「小笠原、≪7つの誓い≫たくさんプリントして、そこらじゅうに貼りましょう!小野瀬にも自慢してやるわ!」
小笠原
「それは……やめて」
とうとう、小笠原は泣きそうな声を出して、机の下に隠れてしまった…。