舞台の前曲
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ねえ。
持ち主の望みを叶えてくれる指輪があると言ったら、あなたは興味がある?
十個あるそれを揃えたら、神の奇跡を目にする事が出来ると聞いたらどう?
僕はそれを探している。
もうすぐ揃いそうなんだよ。
甘美な夢に冒険はつきもの。
僕は自分の夢に労力を惜しまない。
たとえば、田舎の骨董市。
たとえば、何十年も閉じられたままだった金庫。
世界じゅうのそんな場所から、たった一つの指輪を見つけ出すなんて不可能だと思う?
そう、それは不可能。
けれどももし、骨董市や、金庫から、《掘り出し物》があった時、教えてくれる誰かがいるとしたら?
ね?
僕の日常は、その『誰か』を生み出し、増やし、配置する旅。
世界じゅうをまわって、あらゆる場所に網を張る。
時には大金を積み上げ、時には策略を巡らす。
それもまた冒険。
たった十個の指輪。
残りはたった一つ。
全にして一、一にして全。
第一の指輪。
その指輪の行方は、全くの謎だった。
五十年以上前、イギリスのオークションで競り落とされた。
最も新しい情報がそれ。
しかも記録が消失していて、競り落とした人物が誰なのか、その後どこに行ったのか、どうにも知る術が無い。
戦禍に埋もれたとか、海底に眠っているとか、あるいはどこかの王墓の中に、静かに置かれたままだとか。
人々の記憶の中を、荒唐無稽な伝説の中を、僕は一つ一つ旅してきた。
けれどどこにも見つからない。
唯一のヒントは、十個の指輪が生まれた時に定められた、その宿命だけ。
指輪は持ち主を選ぶ。
つまり、第一の指輪は、現在の持ち主に満足しているという事。
それだけ。
僕は、指輪が五十年以上も誰の目にも触れていないという事実と、この宿命から、これは個人が所蔵していると判断してきた。
この広い世にたった一人、選ばれたその人物だけが、最後の指輪を持っている。
どう?
興味が湧いてきた?
ちょうど今夜、情報が一つ入って来たよ。
あるご婦人名義の貸金庫が、数十年振りに開いたって話。
そこから、孫娘が何かを取り出したって。
誰からの情報かって?
ふふ。
こんな話は、今までに数百も届いたよ。
僕は千回の無駄足も厭わない。
これから行く先に指輪が無ければ、それだけの事。
そこには無かったと知るだけの事。
そうしたら、また次を探す。
それすら楽しい。
僕は奇跡に近付いているんだ。
~JS vision~
今回の孫娘の情報は、すぐに集まった。
彼女の名前は、櫻井翼。
祖母の名前、両親の住所、そして、警視庁に勤務しているところまではすぐに分かった。
ニッポンは情報が溢れてる。僕のような人間には、とても良い国。
そこで僕は日本の友人、サトルと久し振りに連絡をとってみる事にした。
サトルはフランスで料理の修業をしていた日本人で、現在はトーキョーでレストランを経営している。
料理の才能は素晴らしいが経営は素人で、フランスでも東京に帰ってからも、僕にアドバイスを求めて電話をかけてくる事が何度かあった。
僕は、彼に会う時には、ジャン・マルタンという名前を使っている。
食品の輸入会社を経営している東洋系フランス人。
年令は五十代、小太りで気のいい男。
それが、サトルの知っている僕だった。
初めてサトルに会ったのは、フランスの骨董市。
僕は、『誰か』の一人から、その骨董市に《掘り出し物》があると聞いて、急いで駆けつけた。
だが、一足遅く、すでにサトルがそれを買ってしまっていたのだ。
銀色で、台座には月のマーク。
第九の指輪。
幸運な事に、サトルは僕の懇願に、快く指輪を譲ってくれた。
サトルはたまたまその古い指輪が気に入っただけで、『ファウストの指輪』の価値を知らなかったのだ。
サトルは店主に、日本円で約五万円を支払っていた。僕は謝礼も含めその倍の額をサトルに払って、指輪を手に入れた。
これは僕にとってまさに僥倖であり、破格の値段だった。
サトルが骨董市の店主から値切って買ってくれたお陰だ。
僕はサトルに感謝し、その後は友人として付き合うようになり、そして今に至る。
意外な事が起きた。
孫娘の件で、サトルに協力を頼もうと準備していた時の事だ。
何と、サトル本人から、僕に電話が掛かって来たのだ。
彼の口調にただならぬものを感じた僕は、サトルの震える声に耳を傾けた。
高城悟
「ジャン、妻が、人を殺してしまった」
これにはさすがに驚いたけれど、話を聞くうち、明らかに過失だと分かった。
奥さんは、相手に痛いほど腕を掴まれて詰め寄られた。
それを振り払った弾みで相手は棚に後頭部を打ちつけ、倒れたのだと言う。
たまたま、当たりどころが悪くて即死してしまったのだ。
僕はすぐに事情を察した。
サトルの奥さんは有名人で、かつ、以前、マスコミからの執拗な取材でひどく傷付けられた過去がある。
たとえ過失であれ、殺人事件の当事者として追い回される事は必至だ。
サトルは、再び奥さんがマスコミからの攻撃に曝される事を怖れた。
だが、サトル自身動揺していて、どうすればいいのか分からない。
そのために、今までも困った時に相談に乗ってきた僕を頼って、電話をしてきたのだ。
JS
「落ち着いて、サトル」
高城
「ジャン、俺はどうすればいい……」
サトルは絶望的な声を出したが、冷静さは残っていた。
JS
「今から指示を出すから、メモして」
高城
「分かった」
JS
「まず、奥さんに連絡するんだ。家政婦が帰宅するまでは、帰ったふりをして、死んだ社長の部屋に隠れているように」
高城
「分かった」
JS
「僕はこれから現場に行って、奥さんのアリバイ工作を手伝う」
高城
「ジャンにそんな事をさせるわけには……」
サトルの声が、涙で震えた。
JS
「大丈夫。サトルは、奥さんが自宅にいた事のアリバイを作るんだ。方法は…………」
高城
「分かった。何でもする」
JS
「さあ、急いで準備して。奥さんが帰ったら、一度会おう。僕からも話がある」
高城
「分かった」
サトルの声は、もう、震えていなかった。
翌日。
僕はジャン・マルタンの姿で、サトルに会った。
そう、この姿は、本当の僕じゃない。
僕は、どんな姿にも化けられる。それは、指輪を手に入れる為に身に付けた、手段の一つだった。
高城
「ジャン、昨日は本当に助かった……何とお礼を言えばいいか」
JS
「いいんだよ、サトル。奥さんの様子はどう?」
高城
「だいぶ落ち着いた。ジャンが工作してくれたお陰だ」
JS
「あの家の弟は遠出していて、家政婦が来るのは五日に一度。発見までは数日あるはずだ。その間には、考えもまとまるだろう」
サトルは、僕に深々と頭を下げた。
高城
「本当に、ありがとう」
JS
「いいんだ。それより、僕もサトルに見て欲しいものがある」
そう言って、僕はサトルに、プリントアウトした櫻井翼の資料を見せた。
彼女の事を調べるうち、偶然にも、サトルの事件と関わって来たのだ。
僕は第一の指輪の事は伏せて、サトルに話をし始めた。
JS
「調べたところ、僕たちの計画に役立ちそうな女性を見つけた」
僕は、プリントされた彼女の写真を指で示した。
高城
「若い子だな」
JS
「そうだね。でも、入庁して一年余りで、もう十人近い犯罪者を検挙している。交通課から刑事部に異動してるのは、おそらく引き抜かれたんだ」
高城
「凄いじゃないか。勘が鋭いのかな」
JS
「うん。この事件に関わってくる可能性は高い。今回のアリバイを完璧にするために、僕は、彼女を利用したいと思う」
高城
「……」
頷きながら聞いていたサトルが、突然、目を見開いて、テーブルに置かれた資料の一文を指差した。
高城
「ジャン、この男」
JS
「?」
刑事部緊急特命捜査室室長。
穂積 泪。
高城
「高校時代の後輩だ。あいつ、警視庁にいるのか」
JS
「……彼女の上司だね。どんな男?」
サトルは僕の顔を見た。
今までと違い、厳しい表情になっている。
高城
「切れる」
JS
「へえ」
僕は、サトルの指先が震えているのに気付いた。
高城
「パズルのピースが揃えば、こいつなら、全てのトリックを見破るかもしれない」
それを聞いて、僕は胸が高鳴るのを感じた。
JS
「……それは素晴らしいね。そんな人物がいるなら、警察は必ず、僕らのアリバイを証明してくれそうだ」
運命の歯車が音を立てた。
JS
「ルイ・ホヅミには、彼女が、仕組まれた真実に辿り着けるよう、狂言回しをお願いしよう」
サトルはまだ心配そうに、僕を見ている。
高城
「ジャン、彼女や穂積に害を及ぼすような事は無いだろうね」
JS
「もちろん。これは頭脳戦だよ」
高城
「そうか」
サトルは安堵したようだ。
そうとも。
二人は僕の大事な駒だ。
サトルの事件では、重要な役回りを演じてもらう。
その間に、僕は指輪のありかを調べる事にしよう。
胸の高鳴りが止まらない。
九つの指輪が教えてくれる。
もうすぐだと。
もうすぐ夢が叶うと。
この愛らしい少女が、指輪の主に間違いないと。
歯車は回り始めた。
~END.or.START~