怪談
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~翼vision~
如月
「だから大声でギャー!って叫んで!もう、とにかく、めちゃくちゃに走って逃げたんだって!」
翼
「キャー!」
如月さんが叫ぶのと同時に私はうずくまって、自分の椅子の脚にしがみついた。
翼
「もうやだ……」
ところが如月さんは私の横にしゃがんで顔を近付け、なおも話を続けてくる。
如月
「次の日、もう一度その場所に戻ってみたんだけど」
翼
「……なんで戻るの……」
髪を振り乱した村人に追われているのは如月さんの話の中で田舎に肝試しに行った大学生たちのはずなのに、まるで、私自身が追い詰められているみたいで涙が出そう。
如月
「家々から飛び出てくる村人たちどころか、そこは、人が住んでいる家が一軒も無い、廃村だったんだってさ……」
翼
「イヤー!」
如月
「翼ちゃんって、ホント、怖がりだよねー」
……うう……
……やっと、終わった……
その時。
ガチャリ、とドアの開く音がして、明智さんと藤守さんが外回りから帰って来た。
藤守
「たっだいまー。ん?二人して床に座って、何してんねん。……如月がカラコンでも落としたんか?」
如月
「違います違います!」
足を停めて床を凝視し始めた二人に向かって、立ち上がった如月さんが勢いよく首を振る。
如月
「すみません。翼ちゃんが暑い暑いって言うから、涼しくなる話をしてあげてたら、つい、熱が入っちゃって……ごめんね!翼ちゃん」
藤守
「涼ませるのに熱入れてどないすんねん!」
藤守さんは溜め息をつきながら、私に手を合わせている如月さんの頭に、とん、と手刀を落とした。
明智
「報告書は完成したんだろうな?」
呆れたように、明智さんも溜め息をつく。
それから再び歩き出し、まだ立てないでいた私に近付くと、手を差し伸べてくれた。
明智
「それで櫻井、涼しくなったか?」
翼
「涼しくなるどころか寒……」
炎天下から室内に入ったばかりの明智さんの手はびっくりするぐらい熱くて、触れた途端に、私は思わず声を上げてしまった。
翼
「熱い!」
明智
「なんだ、まだ暑いか?……去年我が家で、ひと夏の間に、ふた夏分の給料が、家電の買い換えに消えてしまった話をしてやろうか?」
翼
「明智さん、真顔のまま低音で怖い事を囁かないで下さい……!」
藤守
「櫻井は怖がりのくせに、怪談を聞きたいんか?ほな、とっておきの最終電車の話を」
翼
「聞きたくないですよ!」
小笠原
「実は俺、最初からずっときみの隣の席にいたよ」
翼
「やめてー!」
ガチャリ。
小野瀬
「昨日、俺は鎌倉に足を運んだ。今日は静岡まで足を運んだ。明日はどこへ行こうか。後始末に手を焼いて、俺は頭を抱えた」
穂積
「この前捕まえたバラバラ●人犯じゃねえか。やめろ!櫻井を怖がらせるな!」
翼
「ぅええーん!」
***
……どうしよう。
あの後もさらに追い討ちをかけてきた皆から逃げるように、定時で寮の部屋に帰ったものの、昼間さんざん怖い話を聞かされたせいで、怖くて一人で部屋にいられない!
物音がするたびに心臓が止まりそうになるし、誰もいないと分かっていても、振り向くのさえ恐ろしい。
このまま夜とか絶対無理!
翼
(ううう、怪談が怖くて眠れないなんて言ったら、きっとまた「アホの子」って笑われるに決まってる……)
けど、背に腹は変えられない。
幸い、まだ日は沈まない。
私は急いでお泊まりの支度をすると、タクシーを呼んで戸越に向かった。
***
通い慣れたマンションに着いたら、迫る夕闇に急かされるように、目指す部屋の前へと走る。
私しかいない通路は、夏なのにひんやりと静まり返っていて、怖い。
インターホンのボタンを押そうとして、ハッと気付いた。
翼
「連絡しないで来ちゃった……」
いつ来てもいい、と言われているし、合鍵までもらっているけれど。
いてくれると信じ切って、ここまで来てしまったけれど。
インターホンを鳴らして、彼がいなかったらと思うと、足が震えた。
どうしよう。
思い切って押しちゃおうか、それとも先に電話で確認しようか……。
カツン。
その時、通路の端にある階段の方から靴音が聞こえた気がして、私は飛び上がった。
カツン。
翼
「……る、る……、泪さん!泪さん!!」
パニックに陥りかけて、無我夢中で何度もインターホンを押す。
翼
「泪さん!」
かちゃり、と内側から扉が開いた瞬間、私は、押し入るようにして中に飛び込んでいた。
翼
「泪さん!」
穂積
「来ると思った」
どん、と受け止めてくれた広い胸から聴こえてきた声は予想通り笑いを含んでいて、怖さで血の気が引いていたはずの全身に、たちまち熱が戻ってくる。
背後で静かにドアが閉まり、安心したら、じわりと涙が浮かんだ。
穂積
「職場での怪談がそんなに怖かったのか?お子ちゃまだなあ」
翼
「……」
穂積
「震えてるじゃないか」
どうしよう恥ずかしい。
どうしようもなく恥ずかしい。
玄関で靴も脱がないまま男の人に抱きついてるとか、信じられない。
でも、私を抱き締めて、よしよしと落ち着かせるように髪を撫でてくれている手は優しくて、お風呂上がりの香りがする温かい身体は心地好くて……、離れられない。
とくん、とくん、とくん……規則正しい心音に合わせて呼吸を整えながら、うっとりと身を任せていると、ピンポーン、とインターホンの音がして、私はまた飛び上がった。
だけど泪さんは少しも慌てず、私を抱いたまま、応答ボタンを押して返事をする。
穂積
「帰れ」
ぶっきらぼうな返答に、応えた声は知ってる声だった。
小野瀬
『はは、櫻井さん、やっぱり来たんだ?ごめんね、俺も責任を感じてるよ。櫻井さんさえ良ければ、一緒に慰め……』
穂積
「か、え、れ」
泪さんが中からわざとガチャリと音を立てて施錠したドアの向こうで、含み笑いする声が聴こえた後、カツン、カツンと小野瀬さんの靴音が遠ざかって行く。
翼
「……」
穂積
「アホの子」
翼
「…………はい」
もう、顔から火が出そう。
私が頷くと、泪さんは、くくっ、と笑った。
穂積
「……怪談なんてくだらないと思っていたが、こんな風にお前がしがみついてくるなら、悪くないな」
長い指が私の顔を上向かせる。
穂積
「安心しろ。怪談からだろうが爆弾からだろうが、俺が守ってやる」
リビングからの明かりで逆光になった泪さんの綺麗な顔立ちが、甘く、妖艶な色を帯びて微笑んだ。
穂積
「ぐっすり眠れるようにしてやるよ」
その夜の泪さんは、お風呂でも寝室でも優しく抱いていてくれて、私は彼の言葉通り、安心してぐっすり眠る事が出来ました。
穂積
「毎晩来てもいいぞ」
満たされて眠りに落ちる直前、微睡む私の耳元で、ぞくりとするほど色っぽい声の悪魔が囁いた気がしましたが……
穂積
「如月に、毎日お前に怪談を聞かせろと言っておくかな」
……怖いので、聞こえなかった事にします。
~END~