穂積泪の休日
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~穂積vision~
翼
「泪さん!」
早朝、俺の寝室からこっそりと抜け出して行った翼が、扉の向こうで一声叫ぶなり駆け戻ってきた。
翼
「泪さん、見て、外を見て!雪!雪が積もってる!」
穂積
「……雪……」
どうりで寒いと思った。
俺は、俺の肩を揺さぶる翼の高揚した笑顔を薄目でちらりと見てから、まだ二人分の温もりが残る布団を被り直して、目を閉じた。
翼
「泪さんってば、起きてっ」
雪に夢中になっている翼は朝食の準備をするのも忘れたのか、外の景色を確かめに行っては戻ってきて、また俺を揺さぶる。
翼
「ねえ、外へ行って見ましょう」
そんなに雪が嬉しいか。
あまりはしゃいで歩き回ると、下の階の独身男に迷惑だぞ。
まあ、あいつはお前に気があるようだから、多少足音が響いたとしても、文句を言って来たりはしないだろうが……
そんな事を考えつつ布団に潜っていると、俺を呼ぶ翼の声に、いよいよ懇願の色が混じってきた。
翼
「泪さぁん」
穂積
「寒い」
翼
「寒いけど、でも、雪ですよ!」
穂積
「雪だろ」
翼
「泪さん」
穂積
「一人で行け」
翼
「一緒がいいの」
穂積
「……」
翼
「だから、ね、泪さん……きゃあっ」
何度目かの誘いが来た時、俺は翼をベッドに引っ張り込んだ。
布団の中でしっかりと抱え込んでから見つめれば、翼はきょとんとした顔のまま、上目遣いに俺を見て窓の外を指差す。
翼
「泪さん、雪」
まだ言うか。
穂積
「わかったよ、もう、お前が可愛いのは」
呆れたように言ってわざと溜め息をつく俺に、翼は大きな目を瞬かせてから、ちょっと泣きそうな顔をした。
翼
「……私、子供っぽいですか?」
穂積
「うん、でもそれはまあ嫌いじゃない」
翼
「良かった」
翼がほっとしたように笑って、俺に抱きついてくる。
ああ、こうして翼と寝ていると、温かくて柔らかくて気持ちいい。
ますます外になんか出たくない。
額や頬に何度か軽くキスしてやれば、翼はくすぐったそうに身を捩ったけれど、だからと言って拒みはしない。
顔を見合わせて、笑ってから唇を重ねれば、身体は素直に熱を帯びてくる。
そんな風にキスを交わしながらパジャマのボタンをひとつ外せば、俺の意図を察した翼の身体が、びくんと震えた。
翼
「だ、だめ」
穂積
「何故だ?」
翼
「……もう、朝だし」
穂積
「今日は、俺もお前も公休だぞ」
翼
「あっ、朝ごはん作らなきゃだし!」
穂積
「何を今さら」
翼
「……ゆうべ、いっぱい、したし……」
穂積
「まだ足りない」
だんだん声が小さくなり、頬を染めて俯いてしまった翼の顎に手を添えて上向かせ、羞恥に潤んだ瞳を見つめてから、翼の唇を甘く食む。
穂積
「もっと欲しい」
翼
「泪さん……」
穂積
「お前と、ずっと、こうしていたい」
翼
「ん……っ」
口付けの合間に、開いた唇から熱い吐息が洩れ出す。
背中にまわされた翼の小さな手に力が込められ、俺の裸の胸や背中をそっとなぞり始める。
初々しい、というよりは、いつまでももどかしい反応だが、それが愛しく、また嬉しい。
翼
「泪さん……」
穂積
「ほら……お前も、もう、雪とか朝食とか、どうでもよくなってきただろう?」
横抱きから組み敷くように体勢を変えて上から見下ろすと、翼は真っ赤になった顔を隠すように両手で覆って、小さく、うん、と頷いた。
穂積
「いいこだ」
耳元に吐息を吹き込みながら囁いてやると、翼は敏感に身体を震わせる。
穂積
「本当に、可愛いな」
翼
「……るい、さん……」
薄暗い部屋の中で、桜色の唇がひらいて、舌足らずな声が吐息混じりに俺の名を呼ぶ。
たまらない。
胸の内で呟いて翼を抱き寄せ、互いに身体と唇を重ね合わせようとした、まさにその時。
枕元で、俺の携帯が鳴った。
反射的に跳ね起きる。
表示されている相手の名前は……藤守。
穂積
「藤守?」
また微妙な。
これが小野瀬なら、俺と翼がいちゃついている頃合いを狙った、嫌がらせ同然の悪戯電話かと思うだろう。
もしも明智だったとしたら、仕事で緊急事態が発生し、俺が休みなのを承知で、やむを得ず指示を仰ぐ為に電話をかけてきたと思うに違いない。
だが、藤守とは?
理由が思い付かないまま、それでも、俺は通話ボタンを押して電話に出た。
穂積
「どうした、藤守」
藤守
『……ほ……』
穂積
「ほ?」
受話器の向こうで、藤守が、すうっ、と息を吸う音が聴こえた。
藤守
『ほーづみくん、あそびましょ!』
それとほぼ同時に、玄関のインターホンのチャイムが鳴った。
小野瀬
『ほーづみくん、あそびましょ!』
ドア越しに聴こえた声に、今度は翼が短い悲鳴を上げて跳ね起きる。
穂積
「小野瀬……」
明智
『申し訳ありません室長、止められませんでした……!』
インターホンを通して謝る生真面目な声に、事態を察した俺の頭脳は、たちまち頭痛を訴えた。
穂積
「明智……あっ、こら翼!お前、なんでさっさと服を着替えてるんだ!」
翼
「だっ、だって……!」
俺は舌打ちすると、玄関の小野瀬と明智は無視して寝室を飛び出し、リビングの窓を開けてベランダに身を乗り出した。
翼の言う通り、一面の銀世界だ。
そして、眼下の駐車場には、バカワンコどもが勢揃いしている。
如月
「あっ、室長だ!ハイハーイ、おはようございます!」
藤守
「うわ室長、パンツ一丁ですやん!風邪引きますよ!」
小笠原
「彼女を日付変更戦に持ち込もうとしていた確率、85%」
穂積
「分かってるなら帰れ!」
小野瀬
「穂積、落ち着いて。大きな声は、朝からご近所に迷惑だよ?」
穂積
「何で入って来てるんだよ!」
翼
「すみません、私が玄関の鍵を開けちゃいました」
明智
「すみません、本当にすみません」
穂積
「情況を説明しろ、明智!」
明智
「はい。しますがそれより、先に服を着て下さい。風邪を引かれては困ります」
小野瀬
「目のやり場にも困るしね」
翼
「部屋着で良いですか」
小野瀬
「あ、櫻井さん、お茶はいいからね」
穂積
「当たり前だ!」
明智
「ちなみに茶菓子は手作りのを持参した」
翼
「わあ、美味しそう」
穂積
「話を進めろ!」
カットソーの袖に手を通しながら、俺は怒鳴った。
小野瀬
「いや実は、俺、昨夜もラボに泊まり込みで鑑識の作業をしていたんだけどね」
穂積
「お前が話すのかよ!」
小野瀬
「ちょっと休憩しようと思って、缶コーヒーを手にふと窓の外を見たら、おや、いつのまにか雪?そう思ったら、穂積の顔が目に浮かんだんだよ」
穂積
「……こんな不愉快そうな顔をしていただろう?」
小野瀬
「ははは、そうその顔。で、穂積に会いたくなって捜査室に行ったら、正月休みだって言うじゃない」
穂積
「年末年始休まずに働いたからな」
小野瀬
「もう小正月も明けるっていうのに。しかもちゃっかり彼女も一緒に」
穂積
「年末年始休まずに働いたんだよ!」
小野瀬
「うん、だよね。いつ出勤しても穂積は捜査室にいたよね。だから、いないと寂しいよねって話になってね。それで、皆で自宅に遊びに来ちゃった」
穂積
「休ませろよ!」
明智
「お茶が入りました」
翼
「お手製のジンジャークッキーです」
穂積
「美味いけど!」
藤守
「ほーづみくん!」
如月
「あっそびーま」
小笠原
「しょ」
穂積
「うるせえ!行くから静かに待ってろ!」
近くの公園へ行って雪合戦しようよ、と言って、一足先に階下に降りていった小野瀬と明智を見送ってから、着替えを終えた俺は玄関の框に腰を下ろした。
なんでこうなった。
傍らでは翼がかいがいしく動いて、俺にコートを着せたり長靴を履かせたりしてくれる。
何だか申し訳ない。
穂積
「ごめんな、せっかくの休みなのに」
昨夜、やっと二人きりになれて嬉しい、と言ってくれた翼の言葉を思い出して謝ると、相手はううん、と首を横に振った。
翼
「いいの。だって、泪さん、すごく楽しそうだし」
穂積
「はあ?!」
自覚の無い事を言われて、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
気付いてないんですか?と言いながら、翼は俺の隣にしゃがんで、ふふ、と笑った。
翼
「雪合戦が終わったら、二人でお風呂に入りましょうね」
ちゅ、と頬に唇が押し当てられて、俺とした事が、不覚にも赤くなってしまった。
そのまま駆け出して行った翼を追うように立ち上がれば、先に行っていたはずの明智と小野瀬がまだ廊下にいて、ばっちり目が合う。
小野瀬
「見たかい明智くん」
明智
「すみません室長見てしまいました」
穂積
「てめえら全員雪ダルマにしてやる!!」
逃げ出した小野瀬と明智を追いかけて階段を駆け降りながら、ああ、と思う。
なんて幸せな休日だろう。
自然と笑いが込み上げてきて、俺は、同じように笑いながら先を走っていた小野瀬と明智を捕まえると、そのまま三人で、眩しく輝く新雪の中にダイブした。
~END~