誕生日まで待てない
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その後のエレベーターの中のお祭り騒ぎときたら、物凄かった。
私、小野瀬さんの取り巻きどうしの会話も聞いたことがあるけど、もっと牽制しあってギスギスしていて、室長ファンとは全然雰囲気が違う。
室長は署内では女嫌いのオカマで通っているのに、どうして毎年「抱かれたい男」に選出されるのか不思議だった。
でも、その理由がちょっと分かったような気がする。
きっと女の子はみんな、最初、室長の見た目に恋をするの。
でも、それだけで次を求めると、室長には全部跳ね返されてしまう。
その代わり、誠実であれば、努力を続けていれば、室長はその頑張りに対して応えてくれる。
それは、信頼という、得難い形で。
そうしてみんな、二度目の恋をするんだわ。
好意だけじゃない、憧れにも、尊敬にも似ている、不思議な恋……。
穂積
「はい、没収」
翼
「えっ?」
捜査室にある自分の席で、室長の事を考えながらぼんやりしていた私の手から、するり、とスマホが引き抜かれた。
翼
「あ、あっ!」
反射的に椅子から立ち上がって手を伸ばしたものの、長身の室長が掲げるスマホには手が届かない。
穂積
「何回呼んだと思ってんのよ!仕事中にスマホに夢中とか、アンタ社会人失格!」
翼
「すみませんすみませんすみません考え事をしてました!二度としませんから返してくださいお願いします!」
穂積
「そんなセリフは如月で聞き飽きてるのよ!明智!これ没収!」
捜査室では室長の次に背の高い明智さんに、私のスマホが投げ渡される。
翼
「いやー!だめですお願い!明智さん見ないで!」
けれど、時既に遅し。
私が、縋る相手を室長から明智さんに切り替える間に、明智さんは私のスマホ画面を見てしまった。
すなわち、式典の時の室長の、礼装姿のレア写真を……
明智
「し、室長……」
穂積
「何?」
翼
「いや!いや!見せないで!」
自分まで赤くなった明智さんにスマホを差し出され、画面を見た室長が目を見開いたかと思うと、その顔が、たちまち真っ赤になって……
穂積
「この、アホの子!」
怒鳴られてしまった。
穂積
「なんて恥ずかしい事してくれてるのよ!」
翼
「すみません!すみません!すみません!」
とにかく平謝りし、小笠原さんによるデータ全消去だけは免れたものの、その後も室長の不機嫌はおさまらない。
穂積
「まったくもう……!本っ当におバカなんだから……!」
席に座って、皆が提出する年末書類を次々と決裁しながら、ずうっとブツブツ言っている。
私のせいで、明智さんからはもちろん、捜査室の全員から半日以上、生温かい眼差しを向けられ続ける羽目になった赤い顔の室長を見れば、確かに申し訳ない気持ちになるけれど。
そのうち、刑事部の副部長が、コンコンと扉を叩いて顔を覗かせた。
「穂積くん、ちょっといいだろうか」
穂積
「はい」
室長が立ち上がった。
どんな時でも仕事が入ればきっちりと気持ちを切り替え、正確に相手の意図を汲み取って期待以上の結果を出す室長は、他の部署や上層部からの信頼も厚い。
捜査室が多忙な理由は、実はそこにもある。
どこの部署からのどんな面倒な依頼も、室長は断らないからだ。
「相手に貸しを作っておく為よ」なんて室長は笑うけれど、きっとそれだけじゃない。
仲間が好きで、仕事が好きで、職場が好きで、だから、人一倍働くのだ。
副部長が去るとすぐ、室長は内線電話を手にする。
穂積
「あー、フトシ?元気?……肉まんで栄養補給してるとこ悪いけど、小野瀬をこっちに寄越してくれる?」
そして、そんな室長だからこそ、実力主義の小野瀬さんが、電話一本で駆け付けてくれる。
小野瀬
「お前は本当に俺遣いが荒いね」
穂積
「だって、やっぱりお前が一番頼りになるからな」
小野瀬
「嬉しくないから」
そう言ってそっぽを向きながらも、嬉しそうに室長の頼みを引き受けてくれる。
小笠原
「素直じゃないね」
藤守
「室長にあんなん言われて、嬉しくない方が嘘やで」
如月
「そう言えば、そろそろ室長のお誕生日ですねえ」
明智
「ケーキを焼いて、いつもの居酒屋を予約しないとな」
最初に捜査室に入った藤守さんはもちろん、人付き合いの苦手な小笠原さんも、室長に絆された一人だ。
如月さんも明智さんも、室長のお誕生日を祝いたくてうずうずしている。
口ではああだけど、きっと小野瀬さんも。
みんな、室長が大好きなのだ。
「桜田門の悪魔」の異名は、室長の能力に畏怖し、魅力に魅了された数知れない人々が、賞賛の意を込めて冠した綽名なのだと思う。
そして、私はといえば、室長の人気を改めて認識すればするほど、大きくなる不安を打ち消したくなって……。
明智
「さて、定時だ。俺は帰宅させてもらいます」
小野瀬
「もうそんな時間か。やれやれ、俺は今夜も徹夜かな」
穂積
「櫻井」
帰宅する明智さんと持ち場に戻る小野瀬さんが離れたのを機に、室長が私を手招きしてくれれば、ホッとする。
お説教の続きが始まるのを察知し、とばっちりを恐れた残りのメンバーが急いで帰って行くほどのオーラを放つ室長に怖々近付きながらも、心の中ではときめいてしまう。
穂積
「反省した?」
二人きりになり、室長の席の前に立たされているというのに、室長から、じろり、と上目遣いに睨まれるのさえ嬉しく思うだなんて、我ながら重症。
翼
「はい」
穂積
「悪いと思ってるなら、アンタの高校生時代の写真を1枚、ワタシに譲る事」
こんな仕返しを、可愛い、と思ってしまうのだから、もう救いようがない。
穂積
「返事は?翼」
不意に名前で呼ばれて、胸の奥が、どきんと跳ねた。
同じ職場にいるからこそ、いざとなればいつでも二人きりになれる恋人。
翼
「あ、あの……」
穂積
「俺はいま、お前が欲しい、と言ってるんだぞ」
私だけに見せる意地悪で妖艶な顔で、私だけが知っている優しくて低い声で、彼が私を求めてくれる。
その魅力に吸い寄せられるように、私は、伸ばされた手に身を委ねた。
穂積
「忙しくて何日も構ってやらなかったから、寂しかっただろう?」
いつも室長の姿を目で追っていた事も、私が何を思っていたのかも、彼には全部お見通し。
穂積
「翼」
心臓がどきどきして、もう、平静でいられない。
翼
「室長……」
穂積
「名前で呼べ」
私を膝に乗せた室長が、愛おしむように私の身体を抱き、髪を撫でる。
翼
「……公私混同、ですよ?」
穂積
「お前がそうさせるんだ」
徐に重ねられた唇は、言葉とは裏腹に甘く優しい。
翼
「……ん…っ……」
力が抜けてゆく……
角度を変えながら繰り返し交わされる口づけは、徐々に熱を帯びて、深く入り込んで、私を捕らえて離さない。
翼
「……ひゃ、あ……っ」
うなじに吸い付かれて、身体に電流が走った。
室長が、その場所でくつくつと喉を鳴らす。
穂積
「エロい声」
ジャケットのボタンが外され、ブラウスの上から大きな手が私の胸を包む。
翼
「だって……ん……んっ」
穂積
「俺よりも、写真の俺に夢中になっていた罰だ」
頂を指先で責められ、舌で首筋を舐め上げられ、じっとしていられなくなってもじもじと膝を擦り合わせれば、彼は満足そうに笑った。
穂積
「続きは、家に帰るまで我慢しろ」
なんて、優しい、お仕置き。
翼
「意地悪……」
穂積
「そんな俺が好きなくせに」
腕の中から見上げれば、彼の目に映っているのは私だけ。
誰もが彼に恋するけれど、彼が見つめるのは誰でもない、私だけ。
穂積
「愛してるよ、翼」
この優越感と、目の前で微笑む悪魔の誘惑から、私はとても逃れられそうにない。
翼
「お誕生日に……ぜんぶ、あげます」
穂積
「だめだ」
翼
「……ですよね。私も……」
誕生日まで待てない。
~END~