誕生日まで待てない
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~翼vision~
もうすぐ室長の誕生日。
でも毎年の事だけど、年末特別警戒が始まって、この時期の緊急特命捜査室は超多忙。
誕生日当日の夜、メンバー主催の居酒屋バースデー宴会が開かれるのは全員暗黙の了解だけど……、私が欲しいのは、デートの約束。
せっかく恋人になれたのに、同じ職場にいるのに、いざとなるとなかなか二人きりになれない。
室長の姿を目で追いながら、私は溜め息をついていた。
そもそも、室長は人気があり過ぎる。
例えば今朝、総務課の女性職員たち数人と、エレベーターで乗り合わせた時のこと…… 。
「ねえねえ櫻井さん、これ、見て」
居合わせた中で最も快活そうな一人の女性職員が、私に向かって笑顔でそう言いながら、スマホを差し出してきた。
溌剌とした大きな声に、私はもちろん、乗り合わせた他の女性たちも含む全員の視線が集中したその画面の中にあったのは……
青い空を背景に、制帽と礼服をきっちりと身に着け、大勢の警察官と肩を並べて敬礼している、室長の姿。
翼
「えっ?」
なにこれ格好いいんですけど!!
私の知らない、見た事の無い礼装をした室長の姿に驚きつつも見惚れていると、隣から画面を覗き込んだ別の一人が、あっ、と声を上げた。
「もしかして、これ、トルキアの王女様の到着式典の時の写真?」
その声に、最初の女性が頷く。
「えへへ、当たり!私、進行係の一人だったのよね。礼装の穂積室長があまりにも格好良かったから、1枚だけ隠し撮りしちゃったの!」
「うわぁ、いいなぁ!」
なるほど。
それなら話が分かる。
この時、室長以外の私たち捜査室メンバーは、式典後から王女を警護する為の準備と、並行して発生したグリーンヒルズ殺人事件の捜査とに忙殺されていて、式典には参加出来なかったのだ。
別の一人が、目を輝かせた。
「大勢が整列する中に居ても、やっぱり、ずば抜けてキレイですよね!」
さらに、また別の一人が、身を乗り出して話に加わる。
「だよね。周りに並んでる人達には失礼だけど、同じ服装だと、余計に美形が際立つ感じよね。金モールとか飾り緒とか、似合い過ぎ」
「リアル王子様だよ。たとえ噂通りのオカマでも、私、断然穂積さん派!」
「私も!ねえ、その写真シェアして!代わりに、運動会の時の隠し撮り写真あげるから!」
「あ、私も私も!喫煙所で煙草吸ってる横顔の写真でもいい?」
聞き捨てならない発言の連発だけど、それより、この機会を逃してはいけない気がして、私は、自分のスマホを出して握り締めた。
翼
「……あ、あの、良ければ私にも……」
「もちろん!穂積室長の部下だもん、櫻井さんなら、きっともっとレアなの撮れるんじゃないかと思って。だから誘ってみたんだ!」
そう言う彼女は手際よく、私に室長の礼服姿をシェアしてくれる。
わあ嬉しい。
翼
「ありがとう!」
「捜査室の男性って、みんな格好いいから、どうかなと思ったけど。櫻井さんも、やっぱり穂積さん派だったんだね!」
翼
「う、あの……まあ……ええ、そうなんです、実は」
それどころかお付き合いしてるんですよ、とは、さすがに言えない。
「今度、捜査室の飲み会とか、小野瀬さんと口喧嘩してるところとか、プライベートな表情の穂積さんを写真に撮って来てよね!」
「穂積ファンクラブの名誉会員にしてあげる!」
翼
「ありがとう頑張る……」
「月に一回ぐらい、こうして交換会開こうね!」
「賛成!」
こうして、室長のレア写真に釣られて恋人を売る約束をしてしまった私が、純粋な嬉しさと若干の後ろめたさとの間で苛まれていた、その時。
私たちの目的階とは違う階でエレベーターが止まって、扉が開いた。
そこで待っていたのは……なんと、今まさに話題の中心にいた人物、穂積室長。
穂積
「あら」
室長は女性ばかりのエレベーターを見て、一瞬驚いたように瞬きをしたものの、にこりと笑って乗り込んできた。
穂積
「お邪魔じゃないかしら?」
それでなくても盛り上がっていた穂積ファンクラブの会員たちから、一斉に、きゃあ、と歓声が上がる。
「いえ、全然。大歓迎です!」
「そうです!どうぞどうぞ!」
穂積
「ありがとう」
居並ぶ女性たちより頭ひとつ背の高い室長がエレベーターのボタンを押すのを、興奮冷めやらない様子で、全員がじっと見つめている。
扉が閉まると、エレベーターが動き始めるのを待っていたように、私に礼装写真をくれた、あの女性が声を発した。
「穂積室長、先日の式典での礼装、とても素敵でした!」
穂積
「あら、ありがとう」
室長が振り返って、彼女に微笑む。
穂積
「堅苦しいのは苦手なんだけど、ああいう服装をすると、身が引き締まる思いがするわよね」
「格好良かったです。私、……私、穂積室長がオカマでも、大ファンです!」
言っちゃった!と顔を赤らめる女性に、室長の目元が和らぐ。
「わ、私もです!私も、穂積室長派です!」
「ファンクラブ作ったら公認していただけますか?」
「写真、撮らせていただいてもいいですか?」
「お姉様とお呼びしてもいいですか?!」
次々と思いを抱いて押し寄せてくる女性たちの勢いが半端ない。
けれど室長は少しも慌てず、陳情の嵐が収まるのを優雅に待って口元に手を添えると、ほほほ、と笑った。
穂積
「可愛い子猫ちゃんたちね。いいわよ、お姉様と呼んでも」
「本当ですかっ?」
穂積
「ええ。写真なんか、いくらでも撮ればいいわ。ほら」
再びきゃあっ、と、さっきより倍増した歓声が上がる。
穂積
「ファンクラブって何するのか知らないけど、もちろん、公認してあげるわよ。必要があれば、そこの櫻井を通してワタシをお呼びなさい」
「ありがとうございます!」
遠慮がちながらも手に手にカメラを構え、室長に向けてカシャッカシャッとシャッターを切りつつ感激に胸を震わせる穂積ファンたちに、室長は「その代わり」と声のトーンを落とした。
穂積
「今度から、隠し撮りは、ダ、メ、よ?」
バレてる。
めっ、と優しく人差し指を振られれば、女性たちは叱られたくせに全員が蕩けそうな顔をして、「はぁい」と頷いた。
穂積
「ふふ、みんなイイコね」
翼
(さすが室長、誰も不機嫌にさせずに、隠し撮りを禁止しちゃった……)
私が感心しているうちにエレベーターは室長の目的の階に着いて、扉が開いた。
穂積
「じゃ、お先に」
「はい!」の大合唱を背に、一人だけ降りた室長は、扉の閉まる直前に振り返って、「またね」と完璧な流し目を送ってくれた。