二人の誕生日
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翼
「いいお湯でしたー」
私がバスルームからリビングに戻って来た時、先にお風呂を済ませて寛いでいるはずの泪さんの姿は、そこに無かった。
翼
「あれ?」
もう寝室に行ったのかな?
でも、お風呂上がりに二人で少し飲もう、って言ってたし、テーブルの上にはワインとグラスが二つ、用意されている。
まさか、キッチン?
「泪さん」と「キッチン」という単語の組み合わせに一瞬、創作カレーの悪夢が脳裏を過った。
翼
「泪さん……」
恐る恐る、そちらに足を向けかけた時。
穂積
「ただいま」
玄関で声がして、手に小さな箱を提げた泪さんが入って来た。
翼
「お帰りなさい」
穂積
「なんだ、もう風呂から出てたのか」
泪さんの笑顔に、いろんな意味でホッとする。
翼
「買い物に行ってきたの?」
穂積
「いや。さっきの店で買って、車のトランクに入れてあったのを取ってきた」
泪さんが保冷箱から取り出してリビングのテーブルに乗せたのは、桃やメロンで飾られた、小さな円いフルーツケーキ。
さっきの8号ホールケーキとは違って、よくケーキ屋さんのショーウインドウに並んでいるサイズのケーキだ。
翼
「わあ、可愛い」
穂積
「ちょっと待ってろ」
そう言ってケーキの前のソファーに座らせられれば、私にも、泪さんが何をしてくれようとしているのか、徐々に分かってきた。
泪さんはポケットを探り、私に「ケーキ屋で余分にもらっておいた」という細くて小さなキャンドルを一本、くれた。
私はそれを、ケーキの真ん中に差す。
グラスにワインを注いで、部屋の明かりを少し落とした泪さんがライターで火を灯せば、小さな小さなバースデーケーキが出来上がった。
翼
「素敵……」
うっとりと小さな炎を見つめていると、泪さんは、私の隣にどさりと腰を下ろして肩を抱き寄せながら、意外な事を言った。
穂積
「このケーキの主役は、その、一本のロウソクだ」
翼
「?」
穂積
「今日はお前の誕生日だが、これからは、二人で一緒に祝う記念日のひとつになる」
その、最初の、一本。
そう言って微笑まれたら、涙が出そうになった。
翼
「……泪さん」
穂積
「来年も、こうして俺の傍にいろよ」
翼
「……泪さん……」
うん、と頷けば、柔らかい唇が私の額にそっと触れて、離れた。
穂積
「これで、俺からのプレゼントは全部だ」
溢れるのは涙ばかりで、言葉がなかなか出てこない。
翼
「泪さん、今日は、色々とありがとうございました」
穂積
「そんな他人行儀な挨拶はいらん」
私の髪を弄びながら、泪さんは素っ気なく返事をする。
翼
「でも、嬉しかったから。迎えに来てくれた時も、大きなケーキも、実家に来てくれた事も、お父さんたちに言ってくれた言葉も、今も」
ふ、と笑いを含んだ泪さんの吐息を頬に感じて、目を閉じた。
温かい唇がもどかしいぐらいに優しく眦に触れて、涙を吸ってくれる。
その甘やかさが気持ちよくて、閉じた瞼を上げられない。
唇が離れ、代わりに、温かい掌が頬を包んでくれた。
穂積
「もう一度、言ってやろうか?」
瞼を上げると、泪さんの綺麗な顔に間近から見つめられていて、動く事も、目を逸らす事も出来ない。
穂積
「翼」
低い声が、耳をくすぐる。
私を見つめる眼差しが切なくて、色っぽい。
穂積
「愛してる」
翼
「……私も、あ」
泪さんの指先が、開きかけた私の唇を押さえた。
穂積
「今日、俺が欲しい言葉はそれじゃない」
我慢して焦らして、お前から。
穂積
「教えたから、分かるだろ?」
キスして欲しいと言わせたい。
翼
「……分かる」
穂積
「いい子だ」
泪さんの指が、私の唇の稜線をなぞる。
穂積
「言え」
翼
「ん……」
私は泣きたくなるような心持ちで、身を捩った。
穂積
「なんだ、まだ、恥ずかしいか?」
苦笑いした泪さんは、私を大腿の上に横抱きに乗せると、不意に顔を背けて、ふっ、とキャンドルを吹き消した。
薄暗くなった部屋の中で、感じるのは、抱き締めてくれる泪さんの腕の頼もしさと、広い胸の温かさと、私が、この人をたまらなく好きだと思う気持ち。
泪さんは私の笑顔が好きだと言ってくれたけど、私だって、私だけに見せてくれる泪さんの笑顔が、私だけに聞かせてくれる泪さんの本当の声が、泪さんの全部が、好き。
翼
「……大好き……」
私は泪さんの両肩に手を置いて肘を曲げ、目を閉じて、自分から顔を近付けて唇を重ねた。
翼
「……泪さん……キス、して欲しい……」
泪さんの唇が薄く開いて、私の唇を受け入れてくれる。
私が押し付けただけのとは違う、大人の、恋人のキス。
私の欲しかったもの。
だって、こうしてキスしている間は、泪さんが私だけの泪さんで、私が泪さんの恋人なんだと実感する事が出来るから。
泪さんが、肩に置いていた私の手を外して彼の背中を抱くように促し、私はそれに素直に従って泪さんを抱き締める。
交わす口付けが長く、深くなるにつれ、徐々に身体が熱を孕んで、全身が甘く心地好い感覚に包まれていって……気持ちいい……そう思った、次の瞬間。
翼
「ん?」
泪さんの身体が、突然、私を抱えたまま後ろに倒れて、背中からソファーに沈んだ。
翼
「えっ?」
上半身が重なり、泪さんを見下ろすような体勢になってしまって、私は慌てた。
翼
「る、泪さん?」
穂積
「いい、そのまま上にいろ」
泪さんはそう言いながら、下から手を伸ばして私のパジャマのボタンを外し始めている。
翼
「ちょっ、ちょっと待って」
穂積
「なんで」
翼
「な、なんで、って……」
穂積
「せっかくの記念日だから、スーパー接待してくれよ」
泪さんは手を止めない。
翼
「記念日……わ、私の誕生日なのに……ここまでロマンティックだったのに!」
悪戯な手を押さえつけながら文句を言うと、泪さんは何かに気づいたような顔をして、「それも、そうか」と呟いた。
穂積
「じゃあやっぱり、俺が接待してやろう」
するとぐるん、と天地が替わって、今度は私の方が下になり、あっという間に組み敷かれていた。
穂積
「とびきりロマンティックにな」
肉食獣の表情で見下ろされて、舌舐めずりされながら言われても、全く説得力が無いんですけど。
でも、ああ、やっぱり逆らえない。
二人で祝う、二人の記念日。
次は泪さんのお誕生日かしら。
……それまで身体がもつといいけど。
そんな事を思ってしまった自分に頬を染めながら、私は両手を広げて、泪さんからの「祝福」を全身に迎え入れた。
~END~