二人の誕生日
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翼
「ただいま」
穂積
「こんにちは」
父
「よく来たな。娘を置いてもう帰れ」
母
「お父さんたら失礼ですよ。さ、穂積さんどうぞ奥へ」
泪さんが来てくれるたびに玄関先で繰り返される、私の実家でのお約束なやり取り。
お父さんは不機嫌を隠そうともしないで腕組みをしたまま客間の上座にどかりと座り、お母さんは手土産にお礼を言って受け取った後、それを持ってお茶を入れに行ってしまう。
だから必然的に、私が、お父さんと泪さんの間を取り持つように座る羽目になるのだけど。
お父さんは泪さんに対しては常に喧嘩腰だし、泪さんも負けていないどころか、お父さんとの攻防を楽しんでいるみたいで。
翼
(……疲れるんだよね……)
でも、今日は、いつもと少し違った。
それは、泪さんがいるのに、お父さんの矛先が私に向いたから。
父
「お前、最近の誕生日は、友達とばかり過ごしてきたくせに……いい歳をして、親に祝ってもらいに来たのか?」
翼
「何それ」
穂積
「違いますよ、お父さん」
来る早早の非難めいたお父さんの言葉に、カチンときて反論しようとした瞬間、私を止めたのは、泪さんの声だった。
驚いて振り返れば、隣に正座する泪さんは背筋を真っ直ぐに伸ばして、お父さんを見据えていた。
穂積
「今日お邪魔したのは、俺が、ご両親にお会いしたかったからです」
その物腰と落ち着いた笑顔は、こんな時なのに、惚れ惚れするほど格好いい。
父
「……お前が?」
穂積
「はい。張り切り過ぎて、8号サイズのケーキを持参してしまったのはまあ、ご愛敬ですが」
ごほん、と咳払いをひとつすると、泪さんは、お茶を運んできたお母さんがお父さんの傍らに座るのを待って、にじるように座布団を外し、畳に手をついた。
穂積
「お父さん、お母さん、翼さんを生んで下さって、ありがとうございました」
二人に向かって深々とお辞儀をしてから顔を上げた泪さんの言葉に一番びっくりしたのは、当の私だったと思う。
穂積
「これからは、毎年、俺が彼女の誕生日を祝います。お許しが頂ければ、毎年、こうして、ご両親に感謝を伝えに来ます」
泪さんが、ちらりと私に視線を向けた。
私はハッとして座り直し、泪さんにつられるようにして、「き、来ます」と、両親に頭を下げた。
さっきお父さんに対して生まれた反発心は、泪さんの口から出た「感謝」という言葉を聞いた瞬間に、きれいに消えている。
父
「……私が許さないと言ったところで、来なくなるようなお前ではあるまい」
お父さんはまだ、苦虫を噛み潰したような顔で、泪さんへの言葉は皮肉っぽく聞こえるけど。
こうして冷静になって考えれば、私にも、お父さんの言葉の裏にあるものが伝わってくる。
一人娘の私が誕生日に家に居なかった時、感じていただろう寂しさ。
その寂しさを克服した今、親などいいから、より好きな相手と過ごせと暗に言ってくれている優しさ。
感謝の意を伝えてくれた泪さんに対しても、素直に「許す」とも「嬉しい」とも「そうか毎年来い」とも言えない、意地っ張りなお父さんだけど。
父
「……勝手にするがいい」
穂積
「はい。ありがとうございます」
お父さんは、お礼を言う泪さんから無愛想に顔を背けて、がぶりとお茶を飲んだ。
父
「お前も、翼も、もう大人だ。いまさら感謝される筋合いもないがな」
穂積
「そんな事はありません」
泪さんは即答した。
穂積
「翼さんは警察官としても、人としても、女性としても、素晴らしいですよ。ここまでに育ててくれた娘さんを俺に下さる、そのご両親に感謝しないはずがありません」
父
「ちょっと待て!」
お父さんが、どん、と音を立てて湯飲みを置いた。
父
「まだ、娘をお前にやると言った覚えは無いぞ!」
穂積
「分身である盆栽をお返しした時、代わりに本体を下さいと申し上げましたよ。愛していますし、とっくにそういう関係です。ですから、俺はもう彼女を貰うつもりでいますが」
さっきまでの殊勝な態度はどこへやら、泪さんはけろりとした顔で言ってのける。
穂積
「俺も、翼さんも、もう大人ですからね。いまさら反対される筋合いもないと思いますし」
父
「揚げ足を取るんじゃない!」
お父さんが怒鳴ると、お母さんが、ぷっと噴き出した。
父
「穂積、よく聞け。今は、世間知らずなばかりに悪魔の魔力に絡め捕られてしまった哀れな娘がお前の邪悪さに自ら気付いて目を覚ますまで、やむを得ず黙認しているところなのだ!」
穂積
「お言葉ですが、俺が悪魔だとしたら、今まさに翼さんに浄化されている真っ最中ですよ。もうじき真人間になりますから、そうしたら結婚式に出て下さいね」
父
「真人間どころか魔王に昇格しそうだという霞ヶ関の噂を、私が知らないとでも思っているのか!」
穂積
「恐れ入ります」
父
「褒めているわけではない!」
母
「翼、お台所を手伝ってちょうだい。ささやかだけど、お祝いの料理を支度をしてあるのよ」
翼
「う、うん」
笑うお母さんに小声で促されて台所に向かうと、まだ言い合う二人の声が、後ろから追い掛けて来る。
父
「ああ、出してやりなさい出してやりなさい。ついでに、こいつが言う8号サイズのケーキとやらも持って来て見せなさい。みんなで笑ってやろうじゃないか」
穂積
「さっき揚げ足を取るなと言ったその口で人の失敗を笑うのは感心しませんが、笑ってもらえるのは望むところです。それより、お母さんの手料理が楽しみですね」
父
「ふん。こう言っては何だが、翼の料理は、まだ我が家のあれには敵うまい。お前などには勿体無いが、せっかくの機会だから食べていけ」
穂積
「ありがとうございます、頂きます。しかし、お言葉ですが翼さんも腕を上げてきましたよ、もっぱら俺の為にですが」
父
「ほう、少しは食えるものを作れるようになったか」
穂積
「ええ。俺ばかりが独占しては申し訳無いので、ぜひ、お父さんにも味わっていただきたいくらいです」
父
「そこまで言うのなら、今度持って来るがいい。翼!聞こえたか?!」
翼
「聞こえてるよ。もう、お父さんたら子供みたい」
呆れてむくれる私に、お母さんはまた、ふふふと笑った。
母
「あんな憎まれ口ばかり言ってるけど、あなたたちが来てくれて嬉しいのよ」
私にしか聞こえない声で言いながら、お母さんは手早く唐揚げや煮物を盛り付けている。
翼
「そうかなあ。それなら素直になればいいのに。私はいいけど、泪さんに失礼だよ」
母
「大丈夫よ。穂積さんは全部分かって付き合ってくれてるわ」
お母さんは自信に満ちた声で言うと、ケーキの箱を開けた。
母
「まあ、本当に立派なケーキね」
父
「おい、切らずにそのまま持って来るんだぞ!」
焦ったように念を押してくるお父さんの声に、私とお母さんは顔を見合わせてこっそり笑った。
その後もたくさん笑って、たくさん食べて。
お母さんが泊まっていきなさいと勧めてくれたおかげで、天の邪鬼なお父さんに帰れ帰れと追い出されて。
私と泪さんは夜遅くになって、彼のマンションへと帰ってきたのだった。