二人の誕生日
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そして迎えた翌日、つまり、私の誕生日。
終業後、一旦帰宅して私服に着替えて待っていた私を、泪さんが迎えに来てくれた。
しかも、寮の玄関に横付けで。
同じ寮に暮らす同じ年頃の友達が、何人も周りにいたのに。
穂積
「お待たせ」
彼女たちはもちろん警視庁勤めの婦警で、今日が私の誕生日だと知っている、仲良しの子たちばかりだ。
だから、帰宅したのにまた着替えて部屋を出ていた私を見つけると、「誰と?」「誰と?」と、好奇心丸出しで集まっていたのだ。
私は困ってしまったけれど、だからと言って強くは責められずにいた。
逆の立場だったら、私だってそうしちゃうかもしれないもの。
女の子を誕生日の夕方に車で迎えに来る男性といったら、だって、そういうお相手でしょ?
だから、女子寮のみんなは、停まった車の運転席にいるのが泪さんだと分かると、一斉に沈黙し、それからどよめいた。
「きゃー!穂積さんだ!!」
「えっ、どうして?えっ、そうなの?」
私は居たたまれない気持ちになったけど、泪さんは堂々と車から降りて、私たちの傍まで来ると、女の子達をぐるりと見渡してから、にっこりと微笑んだ。
穂積
「こんにちは」
全員が、声を揃えて「こんにちは!」と返事をしてから、興奮ぎみにひそひそ囁きあったり、上げたい歓声を我慢して口を押さえたりしている。
泪さんはその挨拶を受け、再び優雅に微笑んでみせると、私に向き直った。
頭の先から靴の先まで流れるように眺めた後、大きな仕草で、うん、と頷く。
穂積
「上出来ね。可愛いわよ」
それから助手席のドアを開けてくれたので、私は急いで乗り込んだ。
みんなからの声にならない羨望の声と、好奇の視線が背中に刺さって痛い痛い痛い。
でも、ちょっとした優越感に浸れたのは、一瞬だけ。
「翼と穂積さんが?」
「まさかね。仕事じゃない?捜査室だもん」
「あっ、そうか、だよね。一瞬ビックリしちゃった」
「翼、可哀想。誕生日なのに」
誰も、私と泪さんの関係を疑わない。
ああそうか、泪さんはこれを狙ったから、堂々と姿を見せて私を車に乗せたのか。
そういえば、口調も声も職場モードのままだったし。
さすが、と思う反面、やっぱり寂しくもあった。
私って、客観的に見たら全然、泪さんの彼女として釣り合わないんだな。
穂積
「今夜は泊まりになるって事、寮監には連絡してあるから」
翼
「はい」
だから、ほら。
聞きようによっては意味深な発言なのに、みんな納得して誰も騒がない。
お付き合いしてる事を秘密にしているのは私の方なんだから、我ながら自分勝手だと思うけど。
穂積
「じゃあね。お見送り、ありがとう」
残るみんなに告げて、泪さんが車に乗り込んで来た。
私は落ち込みかけた気持ちを作り笑顔で持ち上げて、助手席から外に向かって手を振った。
せっかく、私が友達と気まずくならないようにしてくれた泪さんの計らいを、無駄にするわけにはいかないから。
翼
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃーい」
ふざけて敬礼してくれた友達に、私もおどけて敬礼を返したところで、車は走り出した。
寮の建物はとっくに見えなくなって、道は、私の実家へと続く、見慣れた景色に変わっている。
と、思ったら車は不意に横道に逸れて、小さな建物の手前にある駐車場に停まった。
翼
「?」
どこだろう、と周りを見るよりも早く、泪さんがシートベルトを外した。
穂積
「ケーキ」
翼
「あっ、そうか!」
思わず、声が出てしまった。
穂積
「ここに注文してあるんだ。すぐ戻るから、待ってろ」
翼
「はい」
泪さんは一人だけ車を降り、店に入って行った。
ショーウインドウの前に立つ彼の、絵になる背中を見ていると、ますます気持ちが良くない方向に行きそうになる。
私は深く息を吐いた。
泪さんが戻る前に、こんな作り笑顔じゃない顔に戻らなきゃ。
バッグからコンパクトを出して、崩れてもいないお化粧を直していたら、泪さんが店を出て来た。
急いで膝の上を片付ける私の横でドアが開いて、ぬっと差し出されたのは、お洒落なデザインのビニールバッグで包まれた、予想以上に大きな紙の箱。
翼
「えっ?!」
私が驚いた声を出すのを受け流し、その箱を私の膝の上に乗せた泪さんは、怒ったような顔をしたまま、運転席に戻って乗り込んだ。
穂積
「すまん」
翼
「え?」
穂積
「電話で注文する時、ケーキのサイズを聞かれたんだが……ちょうどいい大きさってのが分からなくて、面倒だから大きいヤツを頼んだら……」
8号サイズだ、と泪さん。
普段4号、せいぜい5号しか注文した事が無い私にとって、直径24cmのホールケーキはほとんど倍の大きさ。
たぶん10人前以上。
甘い物が苦手な泪さんが今どんな気持ちでいるか、どんな顔でこれを受け取ったのか……
気の毒な思いももちろんあるんだけど、それより、珍しく失敗して、仏頂面をしている泪さんがなんだか可笑しくて、可愛くて。
翼
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
穂積
「笑ったな」
泪さんの指先で頭を軽く小突かれて、また可笑しくなる。
翼
「ふふふっ、ごめんなさい」
穂積
「だが、その顔の方がいい」
翼
「えっ?」
穂積
「お前は笑ってる方がいいよ。俺の好きな顔だ」
そう言って、泪さんも笑った。
目が合うと肩を引き寄せられ、今小突かれたばかりの場所に、ちゅ、とキスされる。
だけどその後、泪さんは私の肩を抱いたまま、何故だか大きな溜め息をひとつ。
穂積
「ああくそ、やっぱり我慢できなかった」
翼
「我慢、って……?」
不意打ちの彼の行動にまだどきどきしている胸を押さえて訊くと、泪さんは顔の向きをフロントガラスに戻して、うーん、と不満そうに唸った。
穂積
「焦らして焦らして、お前の口から『キスして欲しい』と言わせたかったんだが」
ことん、と、泪さんの頭が私の頭に当たる。
穂積
「うまくいかねえ。やっぱり俺の方が、お前に惚れてるんだなあ」
翼
「そっ、そんな事ない!」
私は慌てて身体を起こすと、泪さんに向かって否定した。
翼
「絶対、私の方が…る、泪さん、を、好き……」
勢いで叫んだものの、泪さんが真っ直ぐに私を見てるから、だんだん、声が小さくなっていってしまったけれど。
穂積
「キスしたい、と思ってたか?」
恥ずかしいけど、頷く。
だって、本当だから。
穂積
「……そうか」
泪さんが微笑んだ。
穂積
「じゃあ、作戦は続行だな」
翼
「……へ?」
恥ずかしさに俯いていた顔を上げれば、泪さんはもうハンドルを握ってアクセルを踏み、駐車場から通りへ出ようとしている。
穂積
「おあずけ作戦」
翼
「そんな!」
今の流れでしてくれないの?
あ、あんな、恥ずかしい思いをさせておいて……
分かってるくせに!
どうしても、私の口から言わせるつもりなの……?
穂積
「泣くなよ。俺もつらい」
そんな事を言って、神妙な面持ちでハンドルを切る泪さんだけど、口元は笑っている。
穂積
「我慢比べだな」
……もう!
でも、膨れてそっぽを向くと、温かい掌で頬を撫でてくれるから、つい、その手に頬を擦り寄せてしまう。
傲岸不遜なようでいて、私の為だけにはどこまでも優しい。
私の不安も、それを打ち消す術も、何もかも心得た恋人。
この人にはかなわない。