スキ御礼SS
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始まりは友達の、唐突な一言だった。
小春
「翼、
『一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命』
っていう言葉を知ってる?」
この手のロマンチックな話が大好きな彼女は、自分で言いながら、きらきらと目を輝かせている。
私はクリームソーダのグラスの中をマドラースプーンで回しながら、彼女の言葉を繰り返した。
一度目偶然、二度奇跡……
翼
「それ、何?」
小春
「聞きたい?聞いてくれる?」
ファミレスのテーブルの向こう側から、小柄な彼女が上半身を乗り出して来た。
きっと、彼女自身も知ったばかりの情報を、私に教えてくれたくて仕方ないんだろう。
小春
「あのね、これはね、
『偶然が何回も続くなら、それは、もう偶然じゃない。
それが特定の誰かとの出会いなら、そこには、きっと意味がある』
みたいな言葉なんだって」
翼
「へえ……何か素敵だね」
うっかり(ストーカー?)なんて思ってしまったのは、たぶん職業病。
友達は人差し指を立てて、説明を始めた。
小春
「一度会っただけなら、偶然。
でもこれはまあ……」
「だいたい、誰とでも初めはそうよね?」
彼女の言葉を先読みして言ってみたら、予想通り、2人の声が綺麗にシンクロしたので、彼女と私は同時に笑った。
翼
「二度目は奇跡、だっけ?」
小春
「そう。
私も、偶然二回会っただけで、もう奇跡なの?って思った。
でも、よく考えてみたら、最初に出会えた事が、そもそも奇跡なのかも、って気が付いたんだ。
私と翼は学校が一緒だったから、そこで仲良くなれたよね。
それは、たまたま志望校が同じだった、っていう、偶然。
学校とか会社とか、住所とか趣味とか、そういう繋がりが無かったとしたら、全然コミュニティが違う人と偶然出会って、別れて、その後、またどこかで偶然巡り会う確率って……確かに、奇跡って言えるかも、って」
彼女はそう言って、乗り出していた身体を戻すと、ファミレスの大きな窓から外を見た。
東京という大都会の雑踏の中、互いに相手の顔など確かめる事も無く、擦れ違いを繰り返しながら行き交う無数の人、人、人。
ここよりもっと広い世界、これよりもっと大勢の中から、たった一人の人と、再び偶然巡り会う。
小春
「一期一会、って言葉もあるでしょ?
あれって、茶道の言葉なんだって。
お茶会の席で、迎える人がお茶を点てて、招かれた人がお茶を飲む。
その一瞬一瞬が、もう二度と無い、一生に一度の時間なんだよ、っていう心構えを言うんだって」
翼
「うん。
だから、出会いは大切にしなさい、って意味になるんだね」
小春
「『偶然』って、『接点が生まれる一瞬』のことなのかも」
彼女の話を聞いているうちに、私も、そう考えると確かに、再会は奇跡かもしれない、と思えて来た。
ファミレスの店員さんなら、お店に来ればまた会えるだろう。
でも、一歩お店から出てしまったら?
私か店員さんのどちらかが、このファミレスに来るのをやめてしまったら?
きっともう、二度と会うことは無いだろう。
会えたとしても、お互いが相手を覚えているとは限らない。
ファミレスの中にいたからこそ、二人の関係は繋がっていたんだから。
私の答えに満足したのか、友達はにこにこ笑いながら、テーブルの上の注文伝票を確かめて、バッグから財布を取り出した。
小春
「そう考えたら、もう学校を卒業した翼と私が、今、たまたま休みが重なって、ここで一緒にディナーを食べてるのも、すごい事だと思わない?」
翼
「本当だね。人と人って、偶然が積み重なってるんだね」
私も彼女に倣って、テーブル会計しようと財布を開く。
すると彼女は、笑いながら私の手を押さえた。
小春
「今日は私がご馳走するから、翼は財布をしまっていいよ」
翼
「えっ?悪いよ!」
小春
「だって、そういう気持ちになっちゃったんだもん。
その代わり、次の奇跡の時には、翼がおごってね。
ホテルのフルコースがいいなあ!」
翼
「やっぱり割り勘でお願いします」
冗談を言い合って笑ってから、結局おごってもらう事にした。
私は使わなかった財布をしまい、友達とファミレスを出て、ごちそうさま、またね、と手を振り合って、別れた。
翼
「偶然、奇跡、必然、運命か……」
人と人の縁は不思議。
さっきまで一緒にいた友達でさえ、約束しなければ、今度いつ会えるか分からない。
離れている間に、万が一の事だって、あるかもしれない。
そんな中で、何度も偶然に巡り会う人がいたとしたら、確かに、それはもう偶然じゃない、特別な人、なのかも……
振り返りながら去って行った彼女の後ろ姿が人混みに紛れて消えてしまうと、私はなんだか急にしんみりと寂しくなってしまって、気が付いたら、スマートフォンの履歴を開いて、彼の名前を探していた。
穂積
「お帰り」
ドアを開けて迎え入れてくれたのは、この部屋の主である泪さん。
私の上司であり恋人。
彼は今日も仕事だったけど、帰宅してからシャワーを済ませたらしく、もう部屋着に着替えている。
翼
「ただいま。
……って、ふふっ」
穂積
「どうした?」
翼
「ううん。
なんだか、今、泪さんと、こうして自然に一つのお部屋の中にいるのが、不思議で、幸せな事だな、って思ったの」
靴を脱いで、泪さんの胸に抱きつくと、さっきまでの寂しさがたちまち消えていく。
広くて温かい、私の居場所。
背の高い彼を見上げれば、私を見つめ返して、端正な顔で微笑んでくれる。
こんな素敵な人と巡り合えて、その人が、私を好きになってくれた、なんて。
翼
「本当に、奇跡みたい」
穂積
「何が?」
私の彼は地獄耳。
独り言のつもりだった呟きを聞かれてしまって、私は、少し恥ずかしかったけど、さっきの、友達から聞いた話を泪さんに教えた。
翼
「だからね、私と泪さんが出会えたのも、奇跡じゃないのかな?」
穂積
「……ふうーん」
あれ?
泪さんにはこの話、刺さらなかったかな?
翼
「だって、初めて会ったのは、私を捜査室にスカウトしに来てくれた時でしょう?
あの時は、物凄くキレイな人が目の前に現れたと思ったら警察官だって名乗って、しかも、その人がいきなりオネエ言葉で喋り出して来月から上司だって言うんだから、びっくりしたなあ…。
……それで、二回目は、正式に転属が決まって、初めて捜査室に出勤した時」
泪さんは、うーん、と唸って、溜め息をついた。
穂積
「ロマンチックな新しい言葉を覚えて、自分に当てはめてみたくなる気持ちは分かるが、今のを二回の偶然にカウントするのは、無理があると思うぞ」
私は、ちょっと唇を尖らせた。
翼
「どうして?」
穂積
「あらぁ、分からなぁい?」
泪さんが、急に、職場で使っているオカマの裏声を出す。
穂積
「考えてごらんなさい?
ワタシ、事前に色々調べた上で、捜査室にスカウトしようと思って、アンタに会いに行ってるのよ?
それは偶然じゃないでしょう。
むしろ必然だと思わなぁい?」
翼
「うっ…」
自分でも薄々思っていた事を指摘されて、私は言葉に詰まった。
翼
「………そうか……私が泪さんと会ったのは、奇跡じゃなかったんだ……」
ちょっと、がっかり。
穂積
「まあ、そういう事になるな」
凹んでいると、本来の声に戻った泪さんが、慰めるように、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
穂積
「仕方ないさ、お前にとっては、あの時が初対面だったんだから。
俺は、その前にも二回、お前に会ってるけど」
翼
「えっ?」
思わず聞き返すと、泪さんは、しまった、という顔をして、手で自分の口を押さえた。
穂積
「口が滑った」
記憶が蘇る。
翼
「……そう言えばスカウトに来た時、泪さん、私に『久しぶり』って言ったよね。
『覚えてないか、さすがに』とも、言った。
私は、あの時が初対面だと思ってたから、変な事言うなあ、くらいにしか思わなかったんだけど。
本当は違うの?」
まだ泪さんに抱きついたままだから、距離が近い。
私が腕に力を込めると、逃げられないと思ったらしく、泪さんは、重い口を開いて話し始めた。
穂積
「……子供の頃、会ってるんだよ。
お前のお父さん、鹿児島の裁判所に判事として単身赴任して、俺の実家の近所に住んでただろ?
お前は、お母さんと一緒に、お父さんに会いに来た。
その頃、俺は小学生で、たまたま、道案内をした。
お前は記憶力が抜群だから覚えてても不思議は無いが、さすがに覚えてなくても無理はない。
まだ小さくて、靴をピーピー鳴らしながら、よちよち歩いてた頃だからな」
その頃から可愛かった、と泪さんは言って、小さかった頃の私を思い出すように、目を細めた。
ところが。
翼
「それが、一回目?
じゃあ、二回目は?」
私がそう聞いた途端、泪さんは露骨に挙動不審になった。
穂積
「ん?
……あれ?
……前にも、話した事がある気がするんだけどな?」
翼
「忘れちゃったかも」
穂積
「お前なあ……
もう、いいだろ?
俺たちは出会って、恋して、愛し合ってる。
これはこれで、奇跡だ。
な?
だから、もう、いいよな?」
泪さんはソファーに逃げて、テレビのリモコンを手にする。
怪しい。
私は泪さんを追いかけて、彼の手からリモコンを奪い取った。
翼
「泪さんが、私と二回目に会ったのは、いつ?」
穂積
「しぶといな、さすが、あの判事の娘」
翼
「いつ?」
座っている泪さんの長い脚に手を置いて体重をかけると、泪さんはしばらく黙秘を続けていたけど、そのうち諦めたのか、はあ、と息を吐いた。
穂積
「分かった、白状する。
……二回目は、お前が高校生の時だ。
俺はもう鹿児島から東京に出て暮らしてて、
警察官になってて……
子供の頃に盗……預かった盆栽を、判事に返そうとしてて、
でも、悪ガキだったから判事に嫌われてて、
会いに行っても会ってもらえなくて、
それでも判事を追いかけ回してて……
その頃、判事に弁当を届けに来た、お前に会ったんだ。
ああ、お前は知らないはずだよ。
偶然だったし、俺が一方的に見かけただけだからな」
笑った顔が可愛かった、と言いながら、泪さんは、少し遠くを見る目をした。
穂積
「三度目の偶然は、お前が、警視庁に入って来た事。刑事の才能が有った事。
それが無ければ、お前を捜査室にスカウトしに行く事は無かったはずだから……四度目の偶然は、起きなかったかもな」
……もしかして。
翼
「泪さんはもしかして、私と出会った事、運命だと思ってくれてる?」
穂積
「はあ?」
翼
「そうか、私が泪さんに出会ったのは必然だったけど、泪さんが私に出会ったのは、運命だったかもしれないんだね!」
穂積
「都合よく解釈しやがって」
翼
「ふふ、ごめんなさい。
でもだって、もしもそうだったら、嬉しいなって」
穂積
「はいはい、運命運命。
お前はいつだって可愛いよ」
泪さんはリモコンを取り返して、テレビを点ける。
甘えるように泪さんに身体を擦り寄せると、照れ隠しの仏頂面を浮かべた泪さんは私を抱き上げて、膝に乗せた。
誘われるまま、私は泪さんとキスをする。
穂積
「翼。
偶然が五回続いたら、何て言うか知ってるか?」
翼
「えっ……知らない」
穂積
「日常だ」
翼
「あっ」
テレビを消してリモコンを放り投げた泪さんの手が、ブラウスの裾から、私の服の中に滑り込む。
穂積
「正直に言おうか?
俺は、運命なんて信じない。
だが、お前との日常が手に入るなら……運命も、悪くないと思う」
そのままソファーに倒されて、
翼
「る」
唇を塞がれて、繰り返される甘いキスに、気が遠くなりそう。
穂積
「今、お前と、こうして自然に一つの部屋の中にいるのは、確かに、不思議で、幸せな事だな」
さっき、私が言った言葉。
穂積
「だが、いままでとこれからのキスの数を数える事に、意味があると思うか?」
身体の奥からむずがゆくなるような快感が湧き出して来る中、私は首を横に振って、泪さんの肩に縋りついた。
穂積
「毎日毎秒、幸せにしてやる。
運命よりも、俺を信じろ」
泪さん。
胸がいっぱいで、もう、頷くのが精いっぱい。
穂積
「翼」
泪さんに満たされて、幸せがあふれて来る。
偶然が奇跡になって、それが、必然になって。
私の運命は、泪さんが手繰り寄せてくれた。
泪さん、私も、正直に言うね。
泪さんとの運命が日常に変わったら…私、幸せ過ぎて身が持たないかも。
~END~
小春
「翼、
『一度目偶然、二度奇跡、三度目必然、四運命』
っていう言葉を知ってる?」
この手のロマンチックな話が大好きな彼女は、自分で言いながら、きらきらと目を輝かせている。
私はクリームソーダのグラスの中をマドラースプーンで回しながら、彼女の言葉を繰り返した。
一度目偶然、二度奇跡……
翼
「それ、何?」
小春
「聞きたい?聞いてくれる?」
ファミレスのテーブルの向こう側から、小柄な彼女が上半身を乗り出して来た。
きっと、彼女自身も知ったばかりの情報を、私に教えてくれたくて仕方ないんだろう。
小春
「あのね、これはね、
『偶然が何回も続くなら、それは、もう偶然じゃない。
それが特定の誰かとの出会いなら、そこには、きっと意味がある』
みたいな言葉なんだって」
翼
「へえ……何か素敵だね」
うっかり(ストーカー?)なんて思ってしまったのは、たぶん職業病。
友達は人差し指を立てて、説明を始めた。
小春
「一度会っただけなら、偶然。
でもこれはまあ……」
「だいたい、誰とでも初めはそうよね?」
彼女の言葉を先読みして言ってみたら、予想通り、2人の声が綺麗にシンクロしたので、彼女と私は同時に笑った。
翼
「二度目は奇跡、だっけ?」
小春
「そう。
私も、偶然二回会っただけで、もう奇跡なの?って思った。
でも、よく考えてみたら、最初に出会えた事が、そもそも奇跡なのかも、って気が付いたんだ。
私と翼は学校が一緒だったから、そこで仲良くなれたよね。
それは、たまたま志望校が同じだった、っていう、偶然。
学校とか会社とか、住所とか趣味とか、そういう繋がりが無かったとしたら、全然コミュニティが違う人と偶然出会って、別れて、その後、またどこかで偶然巡り会う確率って……確かに、奇跡って言えるかも、って」
彼女はそう言って、乗り出していた身体を戻すと、ファミレスの大きな窓から外を見た。
東京という大都会の雑踏の中、互いに相手の顔など確かめる事も無く、擦れ違いを繰り返しながら行き交う無数の人、人、人。
ここよりもっと広い世界、これよりもっと大勢の中から、たった一人の人と、再び偶然巡り会う。
小春
「一期一会、って言葉もあるでしょ?
あれって、茶道の言葉なんだって。
お茶会の席で、迎える人がお茶を点てて、招かれた人がお茶を飲む。
その一瞬一瞬が、もう二度と無い、一生に一度の時間なんだよ、っていう心構えを言うんだって」
翼
「うん。
だから、出会いは大切にしなさい、って意味になるんだね」
小春
「『偶然』って、『接点が生まれる一瞬』のことなのかも」
彼女の話を聞いているうちに、私も、そう考えると確かに、再会は奇跡かもしれない、と思えて来た。
ファミレスの店員さんなら、お店に来ればまた会えるだろう。
でも、一歩お店から出てしまったら?
私か店員さんのどちらかが、このファミレスに来るのをやめてしまったら?
きっともう、二度と会うことは無いだろう。
会えたとしても、お互いが相手を覚えているとは限らない。
ファミレスの中にいたからこそ、二人の関係は繋がっていたんだから。
私の答えに満足したのか、友達はにこにこ笑いながら、テーブルの上の注文伝票を確かめて、バッグから財布を取り出した。
小春
「そう考えたら、もう学校を卒業した翼と私が、今、たまたま休みが重なって、ここで一緒にディナーを食べてるのも、すごい事だと思わない?」
翼
「本当だね。人と人って、偶然が積み重なってるんだね」
私も彼女に倣って、テーブル会計しようと財布を開く。
すると彼女は、笑いながら私の手を押さえた。
小春
「今日は私がご馳走するから、翼は財布をしまっていいよ」
翼
「えっ?悪いよ!」
小春
「だって、そういう気持ちになっちゃったんだもん。
その代わり、次の奇跡の時には、翼がおごってね。
ホテルのフルコースがいいなあ!」
翼
「やっぱり割り勘でお願いします」
冗談を言い合って笑ってから、結局おごってもらう事にした。
私は使わなかった財布をしまい、友達とファミレスを出て、ごちそうさま、またね、と手を振り合って、別れた。
翼
「偶然、奇跡、必然、運命か……」
人と人の縁は不思議。
さっきまで一緒にいた友達でさえ、約束しなければ、今度いつ会えるか分からない。
離れている間に、万が一の事だって、あるかもしれない。
そんな中で、何度も偶然に巡り会う人がいたとしたら、確かに、それはもう偶然じゃない、特別な人、なのかも……
振り返りながら去って行った彼女の後ろ姿が人混みに紛れて消えてしまうと、私はなんだか急にしんみりと寂しくなってしまって、気が付いたら、スマートフォンの履歴を開いて、彼の名前を探していた。
穂積
「お帰り」
ドアを開けて迎え入れてくれたのは、この部屋の主である泪さん。
私の上司であり恋人。
彼は今日も仕事だったけど、帰宅してからシャワーを済ませたらしく、もう部屋着に着替えている。
翼
「ただいま。
……って、ふふっ」
穂積
「どうした?」
翼
「ううん。
なんだか、今、泪さんと、こうして自然に一つのお部屋の中にいるのが、不思議で、幸せな事だな、って思ったの」
靴を脱いで、泪さんの胸に抱きつくと、さっきまでの寂しさがたちまち消えていく。
広くて温かい、私の居場所。
背の高い彼を見上げれば、私を見つめ返して、端正な顔で微笑んでくれる。
こんな素敵な人と巡り合えて、その人が、私を好きになってくれた、なんて。
翼
「本当に、奇跡みたい」
穂積
「何が?」
私の彼は地獄耳。
独り言のつもりだった呟きを聞かれてしまって、私は、少し恥ずかしかったけど、さっきの、友達から聞いた話を泪さんに教えた。
翼
「だからね、私と泪さんが出会えたのも、奇跡じゃないのかな?」
穂積
「……ふうーん」
あれ?
泪さんにはこの話、刺さらなかったかな?
翼
「だって、初めて会ったのは、私を捜査室にスカウトしに来てくれた時でしょう?
あの時は、物凄くキレイな人が目の前に現れたと思ったら警察官だって名乗って、しかも、その人がいきなりオネエ言葉で喋り出して来月から上司だって言うんだから、びっくりしたなあ…。
……それで、二回目は、正式に転属が決まって、初めて捜査室に出勤した時」
泪さんは、うーん、と唸って、溜め息をついた。
穂積
「ロマンチックな新しい言葉を覚えて、自分に当てはめてみたくなる気持ちは分かるが、今のを二回の偶然にカウントするのは、無理があると思うぞ」
私は、ちょっと唇を尖らせた。
翼
「どうして?」
穂積
「あらぁ、分からなぁい?」
泪さんが、急に、職場で使っているオカマの裏声を出す。
穂積
「考えてごらんなさい?
ワタシ、事前に色々調べた上で、捜査室にスカウトしようと思って、アンタに会いに行ってるのよ?
それは偶然じゃないでしょう。
むしろ必然だと思わなぁい?」
翼
「うっ…」
自分でも薄々思っていた事を指摘されて、私は言葉に詰まった。
翼
「………そうか……私が泪さんと会ったのは、奇跡じゃなかったんだ……」
ちょっと、がっかり。
穂積
「まあ、そういう事になるな」
凹んでいると、本来の声に戻った泪さんが、慰めるように、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
穂積
「仕方ないさ、お前にとっては、あの時が初対面だったんだから。
俺は、その前にも二回、お前に会ってるけど」
翼
「えっ?」
思わず聞き返すと、泪さんは、しまった、という顔をして、手で自分の口を押さえた。
穂積
「口が滑った」
記憶が蘇る。
翼
「……そう言えばスカウトに来た時、泪さん、私に『久しぶり』って言ったよね。
『覚えてないか、さすがに』とも、言った。
私は、あの時が初対面だと思ってたから、変な事言うなあ、くらいにしか思わなかったんだけど。
本当は違うの?」
まだ泪さんに抱きついたままだから、距離が近い。
私が腕に力を込めると、逃げられないと思ったらしく、泪さんは、重い口を開いて話し始めた。
穂積
「……子供の頃、会ってるんだよ。
お前のお父さん、鹿児島の裁判所に判事として単身赴任して、俺の実家の近所に住んでただろ?
お前は、お母さんと一緒に、お父さんに会いに来た。
その頃、俺は小学生で、たまたま、道案内をした。
お前は記憶力が抜群だから覚えてても不思議は無いが、さすがに覚えてなくても無理はない。
まだ小さくて、靴をピーピー鳴らしながら、よちよち歩いてた頃だからな」
その頃から可愛かった、と泪さんは言って、小さかった頃の私を思い出すように、目を細めた。
ところが。
翼
「それが、一回目?
じゃあ、二回目は?」
私がそう聞いた途端、泪さんは露骨に挙動不審になった。
穂積
「ん?
……あれ?
……前にも、話した事がある気がするんだけどな?」
翼
「忘れちゃったかも」
穂積
「お前なあ……
もう、いいだろ?
俺たちは出会って、恋して、愛し合ってる。
これはこれで、奇跡だ。
な?
だから、もう、いいよな?」
泪さんはソファーに逃げて、テレビのリモコンを手にする。
怪しい。
私は泪さんを追いかけて、彼の手からリモコンを奪い取った。
翼
「泪さんが、私と二回目に会ったのは、いつ?」
穂積
「しぶといな、さすが、あの判事の娘」
翼
「いつ?」
座っている泪さんの長い脚に手を置いて体重をかけると、泪さんはしばらく黙秘を続けていたけど、そのうち諦めたのか、はあ、と息を吐いた。
穂積
「分かった、白状する。
……二回目は、お前が高校生の時だ。
俺はもう鹿児島から東京に出て暮らしてて、
警察官になってて……
子供の頃に盗……預かった盆栽を、判事に返そうとしてて、
でも、悪ガキだったから判事に嫌われてて、
会いに行っても会ってもらえなくて、
それでも判事を追いかけ回してて……
その頃、判事に弁当を届けに来た、お前に会ったんだ。
ああ、お前は知らないはずだよ。
偶然だったし、俺が一方的に見かけただけだからな」
笑った顔が可愛かった、と言いながら、泪さんは、少し遠くを見る目をした。
穂積
「三度目の偶然は、お前が、警視庁に入って来た事。刑事の才能が有った事。
それが無ければ、お前を捜査室にスカウトしに行く事は無かったはずだから……四度目の偶然は、起きなかったかもな」
……もしかして。
翼
「泪さんはもしかして、私と出会った事、運命だと思ってくれてる?」
穂積
「はあ?」
翼
「そうか、私が泪さんに出会ったのは必然だったけど、泪さんが私に出会ったのは、運命だったかもしれないんだね!」
穂積
「都合よく解釈しやがって」
翼
「ふふ、ごめんなさい。
でもだって、もしもそうだったら、嬉しいなって」
穂積
「はいはい、運命運命。
お前はいつだって可愛いよ」
泪さんはリモコンを取り返して、テレビを点ける。
甘えるように泪さんに身体を擦り寄せると、照れ隠しの仏頂面を浮かべた泪さんは私を抱き上げて、膝に乗せた。
誘われるまま、私は泪さんとキスをする。
穂積
「翼。
偶然が五回続いたら、何て言うか知ってるか?」
翼
「えっ……知らない」
穂積
「日常だ」
翼
「あっ」
テレビを消してリモコンを放り投げた泪さんの手が、ブラウスの裾から、私の服の中に滑り込む。
穂積
「正直に言おうか?
俺は、運命なんて信じない。
だが、お前との日常が手に入るなら……運命も、悪くないと思う」
そのままソファーに倒されて、
翼
「る」
唇を塞がれて、繰り返される甘いキスに、気が遠くなりそう。
穂積
「今、お前と、こうして自然に一つの部屋の中にいるのは、確かに、不思議で、幸せな事だな」
さっき、私が言った言葉。
穂積
「だが、いままでとこれからのキスの数を数える事に、意味があると思うか?」
身体の奥からむずがゆくなるような快感が湧き出して来る中、私は首を横に振って、泪さんの肩に縋りついた。
穂積
「毎日毎秒、幸せにしてやる。
運命よりも、俺を信じろ」
泪さん。
胸がいっぱいで、もう、頷くのが精いっぱい。
穂積
「翼」
泪さんに満たされて、幸せがあふれて来る。
偶然が奇跡になって、それが、必然になって。
私の運命は、泪さんが手繰り寄せてくれた。
泪さん、私も、正直に言うね。
泪さんとの運命が日常に変わったら…私、幸せ過ぎて身が持たないかも。
~END~
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