『アブナイ☆恋のウェディング・ベル』
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午後7時。
事態は突然動いた。
行方不明だった男女6人が、穂積のいる植物園に現れたのだ。
「警察の方ですよね?
こちらにいらっしゃると、今日のイベントを主催した仲間たちから聞いて……
……このたびは、お騒がせして、申し訳ありません」
6人を見つめながら、穂積は、ゆっくりと立ち上がった。
穂積の傍らには、バッジを補充しに戻って来ていた藤守、如月と、小野瀬がいる。
現れた6人は整列し、深々と頭を下げた。
穂積
「来てくれると思っていたわ、由利くん、佐倉さん……」
行方不明者だった彼らを、穂積は、ひとりひとり名前で呼んだ。
全員が頷いたのを確かめると、中央に立つ由利が話し始めた。
由利
「……まず、僕らの失踪を、おおごとにしないでくださって、感謝します」
穂積
「事情がありそうだったから」
由利
「はい。……大人には、ふざけていると叱られるかもしれません。
……バカだと笑われてしまうかも、しれません……」
穂積
「ふふ、安心して。
ここにいるのは、女の子にバッジだけ取られてすごすご帰ってきたバカな大人と、いい年したオカマと、そのオカマの彼氏、っていう、ふざけた大人だけだから」
由利たちから、遠慮がちながら笑いが起こった。
思い切り笑い出せなかったのは、穂積の後ろで名指しされたメンバーが、揃って笑顔を引きつらせていたからだが。
由利
「行方不明の捜査にいらしたなら、僕らの身元は、もう、ご存知でしょう。
僕は、ゆりが丘の自治会長の息子。
彼は、ホテル・アマリリスの経営者の息子で、
こちらの彼は、ゆりが丘商工会議所の青年会長。
隣の彼女は、さくらが丘商店街の広報担当者。
2人は、それぞれ、地元の野球チームのキャプテンでもあります。
それから、そちらの彼女は、さくらが丘ホテルのオーナーの娘さん。
そして佐倉さんは、さくらが丘の自治会長の娘さんです」
穂積が頷く。
穂積
「……で、誰と誰がカップルなの?」
えっ、と、その場の全員が息を呑んだ。
けれど、それも一瞬。
急に甘酸っぱい空気が流れたかと思うと、6人は誰からともなく並び直し、きれいに男女が交互に並んだ。
穂積
「お似合いね」
微笑む穂積を前に、若者たちは頬を染めた。
由利
「ありがとうございます。
……でも、僕らの周りの大人たちはそうじゃない。
僕たち、交際を反対されているんです」
言って、由利は隣に佇む佐倉をそっと見た。
由利
「特に、僕と、佐倉さんの父親は、関係が良くなくて……そのせいで、最近は、ゆりが丘とさくらが丘の関係まで、悪くなってしまいそうで……」
佐倉
「私、子供の頃から、ずっと、咲太郎さんの事が、好きなんです!」
佐倉の叫びに、おお…と、穂積の背後で声が漏れる。
佐倉
「それなのに…」
由利
「僕だって、同じです。
結婚するなら、花さんしかいないと思っています!」
おおー…と再び、穂積の背後から声。
穂積
「……ちょっとごめんなさいね」
由利と佐倉に謝って振り返りざま、藤守と如月の額に穂積のデコピンが炸裂する。
「痛----!!」
穂積
「いちいち羨ましがるんじゃないわよ!!」
藤守
「すんません!」
如月
「だって羨ましいんだもん!」
由利
「はは…」
緊張感がほぐれたところで穂積が移動を促し、夜景の見下ろせる窓辺に近いベンチに、4人と6人は向かい合うように座った。
植物園らしく、視界のそこかしこに、大きな珍しい植物の鉢植えが置かれている。
由利
「……近頃では、佐倉さんと会うどころか、普通に外出するのさえ、デートを疑われて、しつこく詮索されるようになってしまって。
だから、仲間たちとまちおこしを考えてるんだ、って理由をつけたら、やっと、どうにか外に出られるようになって。
本当の目的である交際を隠すために、ここにいる同級生たちや、会社の友達と協力しあって、実際にまちおこしイベントを始めてみたんです。
そしたら、意外と楽しくて。
最近では、やりがいを感じてるんです」
小野瀬
「もしかして、そのことと、きみたちが行方不明になった事とは、関係があるのかな?
これからも「まちおこし」に力を入れるから、代わりに、もっと自由にさせて欲しいとか、結婚を認めて欲しい……とか?
もしも聞いてくれないなら、このまま家には帰らない…みたいな?」
首を傾げる小野瀬に、由利たちは、意外な事を言い出した。
由利
「あ、いえ。
どちらかというと、逆です」
小野瀬
「逆?」
由利
「はい」
穂積
「……もしかして」
由利
「はい」
由利たち6人が、にっこりと笑った。
由利
「周りの反対なんて、関係ありません。
僕たち、結婚式を挙げちゃおうと計画しているんです!」
由利
「だって、僕たち、全員もう22歳ですよ。
家族の許可なんか無くたって、普通に結婚出来るじゃないですか」
穂積
「若さが眩しい……」
佐倉
「でも、きっと、そのまま伝えたら、式に妨害が入ると思ったんです。
だから、6人で相談して、思い切って3組一緒に、さくらが丘団地の中庭とかで、ガーデンパーティーみたいにして、人前結婚式にしちゃうのは、どうかな、って」
小野瀬
「どうかな、って……思い切ったね……」
少々気圧されぎみの三十路組に対して、藤守と如月のデコピン組が勢いを盛り返した。
由利
「だって、せっかく結婚するんですからね。
彼女たちにも、ちゃんと、ウェディングドレスを着させてあげたいし。
家に帰らなかったのは、その為の話し合いや準備をしていたからです」
如月
「いいと思う!
さくらが丘とゆりが丘の人たちに声を掛けて、みんなに祝福してもらうんだ、って言えば、自治会長さんや地元の偉い人たちだったら、反対できないもんね!」
由利
「そうです!
ゆりもさくらも関係ない。
僕たちは、みんな、花の丘の住人なんですから」
藤守
「ええんちゃうか?
チラシを配って、宣伝して…食事は、小春の店からデリバリーや!」
佐倉
「蕎麦屋さくら庵のウェディングメニューですね、この前、教会のイベントでいただきました!
美味しかったです!」
由利
「それなら、子供たちも呼びましょう。
未来の花の丘のために、まず、次世代の代表である僕たちが、仲のいい姿を見せたいんです」
藤守
「ええな!」
如月
「団地の窓からライスシャワー!」
佐倉
「素敵!」
もう止められない。
小野瀬
「どうする?穂積……
これ、完全に、俺たち、巻き込まれる流れだよ……」
穂積
「……」
意外にも、穂積は真剣な表情で話を聞いている。
由利たちと藤守たちはしばらく盛り上がっていたが、徐々に興奮も収まり、やがて、全員の視線が穂積に集まった。
……本当は、分かっている。
成人なのだから、結婚に、親や周囲の許可など必要ない。
それなのに、人は何故、結婚を、親や周囲に相談するのか。
答えは、祝福されたいからだ。
大人だと、認められたい。
そして、安心させたいからだ。
新しい家族として、迎え入れてもらいたいからだ。
穂積
「……いいわ、協力しましょう。
我々も、立会人になるわ」
由利
「本当ですか?
刑事さんたちと一緒なら、心強いです!」
穂積
「その代わり、現在心配しているご家族やお友だちに、まずは無事な姿を見せること。
約束出来るかしら?」
佐倉
「はい!もちろん!
ありがとうございます!」
わっ、と歓声を上げる6人が落ち着くのを待って、穂積が口を開いた。
穂積
「それと、もうひとつ……」
由利
「なんでしょう?」
シスター・フユコ
「まああ、人前結婚式を?」
JS
「そうなんですよ。
ゆりが丘とさくらが丘の将来を考える青年たちが計画した、一大ブライダルイベントでして。
結婚というのは、正式には、婚姻届を書いて役所に届ける手続きの事を言うのですよね?
今回の人前結婚式は、その前の段階を行うものです。
新郎新婦が、立ち会ってくれる人たちの前で記入するのは、キリスト教のシスターにはご説明するまでもありませんが、結婚証明書、というものでして。
法的な効力はありませんが、立会人が多ければ多いほど、無効にするのは難しくなります」
シスター
「結婚証明書、存じてますわ。
誓約書と違って、ある意味パフォーマンス的な……
ああ、そういう事ですのね。
でも……たとえ、非公式な物でも、大勢の前で、結婚の約束をしあうのですわよね。
なんて素敵なのかしら」
JS
「ですから、ぜひ、シスターにも、お立合い頂きたいと思いまして、こうして参りました」
シスター・フユコはまるっとした顔をほころばせると、いたずらっぽく微笑んだ。
シスター・フユコ
「もちろん、立ち会わせていただきたいですわ。
神のご加護がありますように、お祈りを捧げてお祝い致しますわ。
花嫁花婿のお衣装も、お手伝いできると思いますわ」
JS
「それはありがたいですね。
今は3組ですが、本人たちは、出来るだけ多くのカップルに声を掛けて、賑やかな結婚式にしたいそうなんですよ。
…いかがですか、シスター?
大阪においでのリョウ神父を誘って、ご一緒に挙式されては?
神も、そのくらいのおふざけはお許しくださるのでは?」
シスター・フユコ
「……ご存知でしたのね。
……そうですね、リョウ神父の事を気にかけてくださっている住民の方々が、今でも大勢、おいでになりますもの。
結婚の許されない私でも、ウェディングドレスを夢見たことくらい、ありますのよ」
JS
「サイズ………ゴホン失礼。では、主催者に伝えておきますよ」
シスター・フユコ
「ところで、ジョンスミスさん。
あなたももちろん、一緒に挙式なさるんでしょうね?」
小野瀬
「穂積、どうするつもり?」
翌日、土曜日、捜査室。
穂積のデスクの周りに、メンバーたちが集まっている。
昨夜、「花の丘の親睦会」「○○○しないと出られない迷路」は、小野瀬やJSの奮闘もあって、全員がゴールし、無事に終了した。
行方不明になっていた6人も、穂積との約束を守って、心配していた人々と連絡を取り、元気な姿を見せた。
今度は、穂積たちが約束を果たす番だ。
すなわち、ゆりが丘とさくらが丘、2つの地域が確執を乗り越え、ともに発展していくために、若者たちの結婚式の成功に力を貸す事。
手っ取り早い言い方をしてしまえば、なるべく多くのカップルを参加させることで、自治会長たちが反対しにくい状況を作るのを手伝う、という事なのだが。
手始めに、まずは、JSをシスターの元へ向かわせたのだが。
小野瀬が言うのは、そっちの話ではない。
穂積
「……どうするか決めるのは、明智と櫻井よ」
小野瀬
「ぼんやりゼクシ●なんか開いちゃってさ」
如月
「このドレスなんか、翼ちゃんに似合いそうですよね」
穂積
「やめて、お父さん泣いちゃうわ」
藤守
「やっぱり、明智さんやないとあきませんか……?」
穂積
「……」
藤守が翼を明智から奪いたいと思っている事は、もう、周知の事実だった。
本人は隠しているつもりでも、不器用で正直だから、隠しきれないのだ。
小笠原
「まだ、櫻井さんは迷っているように思うんだけどな」
小笠原もまた、宣戦布告しているのを、穂積と小野瀬が見ている。
如月
「オレだって、諦めたわけじゃないんですけどね」
持ち前の敏感さで、藤守の気持ちにいち早く気付いていなかったら。
相手が、尊敬する明智ではなかったら。
如月だって、もっと、積極的に、翼にアプローチしていたはずだ。
小野瀬
「穂積が諦めるなら、俺が、櫻井さんをもらっちゃおうかなあ」
それは小野瀬の本音に思えた。
穂積
「諦めるも何も……」
ガチャリ。
明智
「ただいま戻りました」
穂積
「はい、お帰り」
翼
「生活安全部から、お礼を言われちゃいました。
行方不明事件を解決してくれて、ありがとうございました、って」
如月
「ちぇっ!
面倒だから、たらい回しにしてきたくせに!」
自分が以前所属していた部署だけに、如月は手厳しい。
翼
「水ようかんをいただきました」
如月
「…まあ、許してあげましょうか」
小野瀬
「如月くん、ちゃっかりし過ぎじゃない?」
一連の掛け合いに、全員が笑う。
全員が、翼の笑顔に癒されていた。
穂積
「ところで、明智、櫻井。アンタたち、どうするか決めてくれた?」
聞かなければいけない、質問だった。
昨夜、イベントの後、穂積は、明智と翼に、人前結婚式への参加を提案していた。
一晩、話し合ってくれてからで構わない、と。
万が一、2人が断っても……それは、2人の気持ちが、結婚から離れていることの証明になってしまうのだが……
そうなったとしても、気まずくならないよう、いくつかの逃げ道は準備してあるが……
「もちろん、いいですよ。さくらが丘とゆりが丘の為でもありますし」
「ちょっと恥ずかしいけど、本番の予行練習だと思って、参加します」
そんな答えを、穂積は期待していた。
だが。
明智
「……申し訳ありませんが……」
穂積の前で、明智は頭を下げた。
明智
「今回は、辞退させていただきたいと」
明智に何かを言うつもりだったのに、穂積は思わず、翼を見た。
翼は、微笑もうとしていた。
穂積が「外すな」と渡した、赤いハートのバッジを、律儀にまだ胸に着けて。
まるで、穂積に、力をもらいたいとでも言うように。
明智
「昨夜、彼女と話し合ったのですが……」
ぎゅっと拳を握って、
明智
「ちょっと、今は……」
唇を、震わせて。
翼が頭を下げた瞬間、穂積は椅子から立ち上がっていた。
穂積
「分かったわ」
謝罪を続ける明智も、感情を抑えようとする翼も、これ以上、見ていたくなかった。
穂積
「2人とも、ごめんなさい」
穂積が、深々と頭を下げた。
穂積
「ワタシが悪かったわ。
明知も、櫻井も、最近、迷っているようだったから……
人前結婚式が、2人の仲を改善するきっかけになれば、と、思ったの」
翼
「室長……」
穂積
「でも、ワタシが間違っていたわ。
余計に、2人を困らせただけだった……」
明智
「……室長……」
穂積
「ごめんなさい、明智」
そう謝ってから、ばっ、と顔を上げた穂積の右手には、たった今デスクの上から取り上げた、一枚の紙。
穂積はそれを、翼の顔の前に突き付けた。
穂積
「櫻井!
ここに名前を書きなさい!」
翼
「はい?!」
翼が、驚きながら訳も分からず受け取ったその紙は……
翼
「結婚証明書?!」
穂積
「ここにいる、全員の名前が書いてあるわ。
アンタ、その空欄にサインしなさい」
翼
「えっ?!」
明智
「…えっ?!」
翼の手から、明智が紙を取り上げて、内容に目を凝らす。
「穂積泪」を筆頭に、間違いなく、明智を除いた全員の、直筆の署名が並んでいた。
明智が一同を見渡すと、居並ぶメンバーからは、非難の込められた、冷たい視線が返ってくる。
明智
「そんな…こんな…室長、冗談ですよね?!」
穂積
「ワタシはいたって真剣よ、明智」
明智
「え」
穂積
「櫻井には、当日、その中から一人を選んで、提出してもらうわ」
明智
「え!」
藤守
「……明智さん、すんません。
けどもう、今の明智さんには任せておけませんわ」
明智
「…藤守」
小笠原
「言ったでしょ。俺、櫻井さんのハートが欲しいって」
明智
「小笠原」
如月
「オレだって、明智さんにこんなこと、したくなかったですよ!」
明智
「如月」
小野瀬
「まさか、明智くんが、俺以上のヤッセンボだったなんてねえ……」
明智
「小野瀬さんまで……」
穂積
「優しさだけじゃ、愛は守り切れないのよ、明智」
明智
「それは、小春の愛する「Gガン●ム」のEDじゃないですか……」
すう、と息を吸った穂積が、罵声とともにそれを吐き出した。
穂積
「うるさいわね!
アンタ、このリレー何ページ引っ張るつもりなのよ!
このワタシが、何度も何度も何度も何度も丁寧に伏線を張って、危険を知らせてあげてたっていうのに!
もう時間切れよ!
櫻井!」
翼
「は、はい!」
証明書を手に立ち竦んでいた翼が、ぴっ、と背筋を伸ばす。
穂積
「明智とは、一度きっぱり別れなさい」
翼
「えっ……」
穂積
「その上で、考えなさい。
アンタの為にウェディングベルが鳴る時、一緒に鐘の音を聞いて欲しい相手は誰なのか」
翼
「室長……」
小野瀬
「そこに名前を書いた人間はね、櫻井さん。全員が、その時、きみの隣に立っていたいと思っているんだよ」
翼
「小野瀬さん……」
小笠原
「それが俺だったら、嬉しい」
翼
「小笠原さん……」
如月
「オレたち、みんな、翼ちゃんが大好きなんだ。だから、毎日、翼ちゃんがそんな暗い顔してるの、見るのはイヤなんだよ」
翼
「如月さん……」
藤守
「な、櫻井。よお考えてみてくれ。これでも、お前がやっぱり明智さんを選ぶんやったら、俺ら、もう、なんも言わんよ」
翼
「藤守さん……」
明智
「分かりました」
翼
「……明智さん?!」
振り向いた翼が見たのは、真顔で一同を見据える、明智の姿だった。
明智
「別れよう、翼。
そして、俺と結婚して欲しい」
翼は息を呑んだ。
明智
「室長、俺も、そこへ名前を書きます」
睨みつけるような、真剣な眼差しを真っ向から受け止めて、穂積は明智に不敵な笑みを返した。
穂積
「いい顔になったじゃないか、明智」
明智
「必ず、もう一度、俺を選ばせます」
明智はそう言って、翼の手から結婚証明書を引き抜き、近くのデスクの上でさらさらと自分の名前を書くと、それをまた、翼に返す。
翼は戸惑いながらも、全員に見つめられて、震える手で、証明書に名前を書き込んだ。
6人の男性と、翼の名前が記された、結婚証明書。
しばらくの間、そこに書かれた全員の名前をじっと見つめた後、翼は、その紙を、穂積に差し出した。
それはつまり、全員からのプロポーズを承認した、という事。
この中の誰かと、結婚する覚悟が出来たという事。
翼
「室長、お願いします」
翼もまた、明智と同じように、引き締まった表情に変わっていた。
穂積が微笑んで、翼の決意を受け取る。
穂積
「結婚式は来週の金曜日よ」
翼の「はい」に、重なった声がある。
明智だ。
翼は、久し振りに、はっきりと明智の横顔を見上げた。
きりりと凛々しく、誰にも負けない強さを内に秘めた、戦う男の横顔を。
それは、翼が恋した明智誠臣の顔。
翼
(……あ……)
思わず声を漏らしそうになって、頬が熱くなって、慌てて目を逸らした。
泳いだ視線のその先に、穂積がいた。
翼を慈しむ、深い愛情が、温もりが、穂積の眼差しから伝わって来る。
翼
(……ああ)
どうして、私はあんなに不安だったんだろう?
私を愛してくれた人は、いつだって、すぐそばにいてくれたのに。
どうして、意地を張っていたんだろう?
愛される事に慣れてしまって、大切な人を見失ってしまう所だった。
ずっと、翼の胸の中でつかえていたものが、その時、すとん、と、収まるべきところにおさまった気がして……翼は穂積に、静かに頭を下げた。
―エピローグ―
穂積
「……ちょっと、荒療治だったかしら?」
小野瀬
「あれくらいで、ちょうど良かったと思うよ」
如月
「オレも、そう思いますよ。まあ…翼ちゃんが選んだのがオレじゃなかったのは、残念ですけど。
小笠原さんも、元気出してくださいよ」
小笠原
「……別に」
藤守
「結局、元サヤ、っちゅーヤツや。しゃーないって!な、小笠原!」
小笠原
「…だから、俺は、別に。……櫻井さんが幸せなら、いいんだから」
藤守
「くーっ、お前、ええ奴っちゃの!お兄ちゃんが撫で撫でしたる!」
小笠原
「やめてよ。藤守さんこそ、惜しかったと思ってるんじゃないの?」
藤守
「俺か……俺な……いや、ええねん、ええねん。
お前と同じや。櫻井が、明智さんを選んで、幸せになってくれたら、それが一番やないか。せやろ?」
如月
「ですよね!
……オレたち全員、最初に翼ちゃんが明智さんと婚約した時点で、みんな一度はフラれたんですもん。
だけど、今回、もしかして、チャンスあるかな?って思えたんだから…
良い夢、見せてもらいましたよ」
小野瀬
「……だね。
まあ、一番チャンスがありそうだったのは、穂積かも?」
穂積
「ふ」
小野瀬に言われて、穂積は、シニカルに笑った。
純白のタキシードを羽織り、レースの蝶ネクタイにフェイクエメラルドの大きなブローチを留めながら、穂積が呟く。
穂積
「ワタシにチャンスがあったのは、行方不明の由利くんたちが現れるまでよ」
「?」
穂積の言葉に、藤守、如月、小野瀬の三人は一瞬黙り込み、その時の記憶を辿って……
「あ!」
まるで爆発したように、手を打って噴き出した。
「あはははははは!」
そのまま、腹を抱えて笑い転げる。
「なるほど、せやった!さすが室長!」
「ひー、ひー可笑しい!勘弁してくださいよ!」
小笠原
「なに、何?どういう事?」
ひとり、あの場にいなかった小笠原だけが、笑いの発作を起こす3人に付いていけない。
穂積は、苦笑いして溜め息をついた。
穂積
「由利くんたちにね、言っちゃったのよ。
『ここにいるのは、女の子にバッジだけ取られてすごすご帰ってきたバカな大人と、いい年したオカマと、そのオカマの彼氏、っていう、ふざけた大人だけだ』……って」
小笠原
「それって、つまり」
徐々に理解してきたらしい小笠原に、穂積は頷いて、自分がこれから履き替える、巨大な白いハイヒールを手にして見せた。
穂積
「ワタシは今日、いい年をしたオカマとして、これを履いて、オカマの彼氏であるそこの小野瀬と、ウェディングベルを聞かなきゃならない、ってこと」
小笠原
「……は!」
「花嫁!」
「あっはっはっはっ!」
いつもクールな小笠原までが、こらえきれずに声を上げて笑い出し、それにつられた3人組が、また爆笑する。
げらげらと笑われながら、けれど、穂積は安堵してもいた。
これでいい。
他のメンバーたちも、口々に残念だ残念だとは言いながら、どこかでホッとした顔をしている。
結局は、一周回って明智のターン、って事だ。
「穂積、ほら櫻井さんたちが来たよ。やっぱり、可愛いねえ」
「やめて見せないで、お父さん泣いちゃうわ」
「明智さんのタキシード姿、カッコイイなあ」
「JSと小春も、意外と似合うやないかい」
「シスター・フユコとリョウ神父、幸せそう」
「なんで、イチゴちゃんまでドレス着てるんだろう」
団地のベランダから緑の中庭に降り注ぐ、ライスシャワーと祝福の声、声、声。
今、この場所には祝福だけがあふれ、ささいな確執などかき消されてしまう。
穂積
「どうやら、由利くんたちの作戦は、上手くいきそうね」
その時。
顔の前に何かが降ってきて、穂積は反射的にそれを掴んでしまった。
すると周囲から、わあっ、と歓声が沸き上がる。
ブーケトスだ、と、気づいた時にはもう遅かった。
祝福の大歓声に包まれて、どうしたものかと、穂積は立ち尽くす。
穂積を祝う何組もの花嫁や花婿の笑顔の中に、由利と佐倉、明智や櫻井の笑顔も輝いている。
まあ、いいか。
穂積
「みんな、幸せになってねー!!」
穂積は笑顔を浮かべると、ブーケの花束を持った手を挙げて、歓声に応えた。
後ろから勢いよく肩を組んできた小野瀬が、笑いながら穂積に頬を擦りつけてきてくすぐったい。
リーン、ゴーン、と、鐘が鳴る。
たくさんの恋の成就を祝福する、そして、たくさんの恋の終わりを告げて響き渡る、花の丘のウェディングベルが。
~アブナイ☆恋のウェディングベル・END~
ありがとうございました!
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