『アブナイ☆恋のウェディング・ベル』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
10/10(Mon) 12:38
小春
翼
「…ゆりが丘団地…ですか?」
穂積
「ええ」
存在は知っている。
翼
「…理由は何でしょうか…?」
いつもなら、確認の為にすぐに聞き返してくれる藤守さんや如月さんが今日はいない。
明智さんは室長の言葉の続きを待っているみたいだし、小笠原さんは聞き込みで集まる情報を精査する立場だから、元より結論を知っているらしい。
私は、自分の未熟さを噛み締めながら、室長を見つめた。
穂積
「さくらが丘とゆりが丘は、例の教会がある高台を境として、丘を分け合うように隣接している地域だという事は知っているわね?」
翼
「はい」
穂積
「では、ゆりが丘側のさらに先、川を挟んだ地域に、今ある野球場を潰して、数年以内に、高校を付属する大学、大学院が建設されるという計画がある事は?」
翼
「それは…知りませんでした」
つまり。
ゆりが丘は、新設される、付属高校と大学院のある大学から、最短距離にある団地になるという事…
翼
「…あれ?でも、それなら、いわゆる普通の勧誘ですよね?」
穂積
「そうよ。大学建設が事実ならね」
翼
「えっ?あっ!」
小笠原
「いま、室長が言った建設計画は、あくまでも、『そういう噂がある』っていう事。そして、その噂を流しているのが、ゆりが丘団地の関係者なんだよ」
息を飲んだ私の思いを、明智さんの、次の言葉が代弁してくれた。
明智
「もしかして、それを突きとめたのは、藤守ですか」
室長は頷いた。
穂積
「藤守は、ワタシに許可を求めて、聞き込みの範囲を、さくらが丘団地の中心区域から、ゆりが丘側まで広げたの」
翼
「凄い…」
聞き込みが得意な藤守さんならではの機動力は、尊敬するしかない。
穂積
「もうひとつ、分かった事があるのよ。今言った噂は、ゆりが丘団地の方では、全く認知されていない、という事」
明智
「さくらが丘団地の中だけに、流れている噂なんですか」
穂積
「そこで、アンタたちの仕事よ」
室長は、私と明智さんの顔を交互に見た。
穂積
「話題の中心である野球場周辺で、噂について探ってみてちょうだい。小笠原とワタシは、役所関係をあたって、どこまで真実味のある計画なのか、調べてみるわ」
…明智さんと?
以前なら、飛び上がりたくなるほど嬉しい任務のはずだった。
でも、今は…
明智
「よし櫻井、早速、行くか」
翼
「…はい」
頷くしかない。
車のキーを片手に歩き出す明智さんを追って歩き出した私は、室長と小笠原さんが、私と明智さんの向かう先を見つめながら、神妙な面持ちを浮かべていた事など、知る由もなかった。
一方、その頃、非番の藤守さん、如月さんは…
ノープラン。
ここでパースヽ(> < )ノ⌒○
[削除]
10/11(Tue) 08:58
野球場
ジュン
藤守(ヤバいかな?ここに来てるとこ誰かに見られたら…)
藤守はゆりが丘の野球場に来ていた。聞き込みで仲良くなった男性に試合をするから観に来てと誘われたのだ。義理人情が厚く律儀な藤守は断れずに足を運ぶことにした。
藤守(それに新しい情報が聞けるかもしれんし)
だが休みの日に聞き込みのようなことをしては「体調管理も仕事の内!」と言う室長にあんなことやこんなことをして再起不能にされるかもしれない。やっぱり帰るべきかと球場の入り口近くで立ち止まり思案していると
???「あれ?藤守さん?」
後ろから名前を呼ばれた。振り返った先にいたのは如月。
如月「やっぱり!帽子被ってるからどうかな?と思ったんですけどその後背筋はやっぱり藤守さんですよね。」
藤守「お、お前なんでここに?今日は休みやろ?それになんで眼鏡してんねん!?」
如月にゆりが丘の話はまだしてないはず。室長に聞いたのだろうか?
如月「休みだから友達の野球チームの応援に来たんですよ。眼鏡はただのオシャレです。」
如月はニコニコと話を続ける。どうやら如月と仲のいい女の子が大の野球好きらしく仲間を集めてチームを作ってしまったとか。それがとても強いらしく最近は他の女子チームが試合を敬遠してしまい今日は男子チームと試合をすることになったらしい。
如月「本当に強いんですよ。さくらキャッツ。」
確かに休日に野球観戦は普通のこと。いや、関西人にとって休日に野球観戦なんて日頃の頑張りへの最高のご褒美!
藤守(そうやんな。普通に休日を過ごしてたまたま聞いた話やったら室長も怒れへんわな。)
妙に緊張していた意識が如月のおかげでいい具合にほぐれた。
藤守「そうやな!休日に野球観戦、最高やな!ほな行こか、如月。」
急に明るくなった藤守を不思議に思いながらも一緒に入り口に向かう如月。
如月「そう言えばなんで藤守さん帽子なんて被ってるんですか?いつもは髪型が崩れるって嫌がるのに。」
藤守「それはへんそ…ひ、日差しから守るためや!」
誤魔化し笑いをしながら進んでいく藤守を曇天の空を見上げながらまた不思議に思う如月だった。
いつもいつも何にも話が進まなくてすみません!知識と常識の足りない私にはこれが限界です( ;∀;)
なのでここでパース(;^ω^)/⌒◯
[削除]
10/14(Fri) 05:36
ジュンさんありがとうございます
小春
薄曇りの空の下、野球場では、藤守と如月が観戦する『さくらキャッツ』と『リリーBOYS』の試合が続いていた。
名前の通り、一方はさくらが丘団地の若い女性たち、もう一方はゆりが丘団地の男性たちを中心に結成されているチームだ。
どちらも近隣の野球愛好者たちが集まっているだけあって、交流も多いのか、応援するスタンドでの観客たちの雰囲気も和気あいあいというか、どこかのんびりしている。
如月
「川からの風が、気持ちいいですねえ」
藤守
「せやな」
スポーツドリンクを片手に、如月と2人並んで試合を眺めながら、藤守はこっそりと、周囲の声に耳をそばだてていた。
少しでもいい、何か、役に立ちそうな情報を得たいと思っていたのだ。
だが、なかなか、それらしい会話は聞こえてこない。
非番に余計な行動をとって、穂積に叱られるかもしれないのは怖いが、一方では、結果を出して褒めてもらいたい気持ちも捨てきれない。
そしてそれ以上に、翼に、自分という男を見直してもらいたいのだ。
焦れったさから、何度も、隣で無邪気に応援している如月に向かって「この野球場を潰して大学が出来るって噂、知っとるか?」と切り出してみようかと考えた。
そうして、周りの反応を見るのだ。
しかし、周囲の観客が何も知らなかった場合にリスクが高い事を考えると、実行に移せない。
自分自身が、未確認の噂をわざわざ広げるわけにはいかないからだ。
そんな事を考えながらだからか、試合内容も頭に入って来ない。
それでも目だけはグラウンドに向けて、手は飲みかけのペットボトルをもてあそびつつ、藤守は耳を凝らし続けた。
すると。
8回の裏が終わった頃だった。
「あと何回、ここで野球観戦出来るかなあ…」
「はは、何言ってるんだよ。シーズンはまだ終わらないだろ?それとも、お前、どこか悪いの?フラグ?」
藤守の耳が、2、3列後方の座席からの声を捉えた。
ふたつの若い声は女性と男性のもので、藤守は、キャップで目線を隠しながら、静かに顔を傾けて耳を後方に向けた。
どうやら大学生らしい。
「え、知らない?ここに、大学を建てる計画があるんでしょ。私、団地のママさんたちが立ち話してるのを聞いたんだけど」
「えー?」
「嘘だろ?」
新しい声が加わった。
近い座席の男性が、女性の声を拾ったらしい。
答えたのは、さらに別の女性だった。
「あたしの妹も、その噂、学校で友達に聞いたって言ってました」
「マジで?!」
すぐ近くで高い声を出したのは、なんと如月だった。
ひそかに期待していたとはいえ、さすがのコミュニケーション能力と言うか何と言うか。
「はい。自分たちの大学受験までに間に合えばいいね、って盛り上がったとか」
「球場は、川向こうに移転するとか」
立ち話を聞いたと発言した女性も、2段下の席の如月に向かって、大きい声で応えてきた。
「川向こうに、そんな空き地あったかな?」
「でも、団地の住民に大学生が増えると、外食のチェーン店も増えて、いいかもな」
「ファッションブランドが進出してきてくれたら嬉しい」
めいめいが、自分の興味に沿って、噂を脚色していきそうな気配を感じて、藤守はわずかに顔をしかめた。
「藤守さん、その噂知ってました?」
「しっ」
藤守は、唇の前で指を立てて如月を制した。
思いがけない藤守の真顔を見て、如月はおとなしく自分の口を押さえる。
その間にも、噂は広がってゆく。
「今、さくらが丘団地の方が人気あるじゃん?逆転するかもね」
「ゆりが丘の方が新しいしな」
「外からも新しい人が入って来るって事でしょ?」
「だよね。さくらが丘団地は好きだけど、ゆりが丘の方が便利になるなら、あたしも引っ越そうかな」
「だけど、変だなあ」
「何がですか?」
「俺は、ゆりが丘だけど、聞いた事無いぞ。この野球場が潰されるなんて」
「私もよ。大学の噂も知らないわ」
「そもそも、どこから出た話…」
男の言葉が終わらないうちだった。
バットが球を打ち返す、きぃん、という音とともに、わっ、と観客席が沸いた。
「サヨナラヒットだ!」
全員の視線が、グラウンドに集中した、その時。
藤守たちの座る観客席から見下ろせる位置にある、スタンドの出入口に、黒いスーツと、アイボリーのジャケットを羽織った、一組の男女が現れた。
いち早く気付いたのは、如月だ。
如月
「あ!藤守さん、明智さんと翼ちゃんですよ。聞き込みかな?」
藤守
「ヤバっ。如月、逃げるで」
如月
「え、何で?別にいいじゃないですか」
藤守
「ええから来い!」
変装が役に立った。
藤守と如月はそのまま、2人に気付かれる事無く、試合終了の人波に紛れて、野球場を抜け出したのだった。
[削除]
10/14(Fri) 05:58
明智さんやっと気付く
小春
明智
(…勤務中、2人だけで行動するのは久しぶりだな)
聞き込みの為に立ち寄った野球場で、明智は、隣を歩く翼を見つめていた。
プライベートでは何となく噛み合わない日々が続いているが、仕事となれば、互いに言葉を交わさないわけにはいかない。
それを見越して、仲直りをするための時間を与えてくれる穂積の計らいだと、明智も翼も気付いていた。
特に明智は。
穂積
「最近、櫻井とうまくいっていないそうね」
数日前、面と向かって、穂積に言われている。
穂積
「イチゴの件がきっかけになったのは、悪かったと思っているわ」
穂積は、申し訳なさそうな表情で言ったものだ。
その件ではもう何度も謝ってもらっているし、明智も、根に持ったりはしていない。
穂積
「でも、いくら、目の前でイチゴがアンタに抱きついたとしても、男同士で、しかもアンタは絡まれただけだと分かれば、すぐに誤解は解けるはずよね」
明智も、その通りだと思っている。
では、何故そうならず、翼との間に、溝が出来てしまったのだろうか。
イチゴを強く振り払えなかった事で誤解され、不安にさせてしまったからだとばかり思っていたが、他にも、翼の心を惑わせるような、何かがあっただろうか。
穂積には、それが分かっているのだろうか。
穂積
「明智、婚約したぐらいで、相手の全てが自分のものになったと勘違いしては駄目よ」
明智
「そんなつもりは…」
無い、とは、言いきれなかった。
そう思っていたからこそ、こうして、翼の変化に戸惑っているのだ。
複雑な表情を浮かべる明智を見つめてから、穂積は軽く溜め息をついた。
穂積
「櫻井を信じて、彼女の気持ちを尊重しているのは、アンタの優しさだわ。でもね、恋愛って、もっと危険なものだと思うの」
明智
「危険…」
穂積
「自然と心が離れる事もあるし、些細なきっかけで深まる事もあれば、他の誰かに奪われる事もある。恋は刺激的で、楽しいからこそ、アブナイのよ」
他の、誰か。
この時、初めて、明智の脳裏に、いつかの藤守の姿がフラッシュバックした。
…もしかして。
穂積
「明智」
明智
「は、はい」
藤守に向かいかけた意識を、穂積の声が呼び戻した。
穂積
「警戒するべきは、藤守だけじゃないわよ」
言葉の意味に気付いて、明智の身に戦慄が走った。
まさか、如月や、小笠原も?
小野瀬さんまで、翼を…?
穂積
「今のところ、ワタシは、アンタと櫻井が元の鞘に収まるように願ってる。でも、これ以上櫻井を悲しませるような事があれば、その時は」
穂積の碧眼が、すう、と細められ、凄みを帯びた声が、ようやく危機感を抱いた明智の胸に突き刺さる。
穂積
「…たとえお前でも、容赦しないからな」
「サヨナラヒットだ!」
回想に浸っていた明智の意識は、突然の大歓声で現実に引き戻された。
反射的に周りを見る。
その一瞬、興奮する観客たちの合間に藤守と如月の幻が見えた気がしたが…
明智
(…あの2人が、休日に、揃ってこんな所にいるはずが無い…か…)
室長との会話を思い出していたせいだ。
そう思う事にして、改めて2人の姿を探す事はしなかった。
それよりも、もっと、翼と話し合わなければ。
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
[削除]
03/19(Sun) 12:09
こっそり再開
小春
翼
「ちょうど、試合が終わったみたいですね。どちらも地元のチームですし、帰るお客さんたちやチームの人たちにお話を聞いたら、何か新しい事実が分かるかもしれません。私、聞き込みしてきます!」
声をかけようとしたタイミングで、先に、翼の方から、そう言われてしまった。
しかも、返事をするより早く、翼は人々が帰り支度をしている観客席に向かって、小走りに駆け出して行く。
まるで、明智を避けて、手元から逃げていくように。
明智
「あ、おい……」
まただ。
自分はいったい、何をしているのだろうか。
一緒に行動しているのに、翼との会話は事務的で、必要最小限。
恋人としての関係は、相変わらず不自然なままだ。
引き留めておきたいのに、あの時拒まれた記憶が邪魔をして、強い態度に出られない。
藤守や室長に言われるまでもなく、翼の事は、誰よりも大切にしたいと思っている。
それなのに、このままでは本当に、翼の心は自分から離れて、他の誰かの元へと行ってしまうかもしれない。
明智は唇を噛んで、こちらを振り返らないようにしながら手帳を片手に聞き込みを続けている、翼の横顔を見つめ続けていた。
03/19(Sun) 12:11
小春
*****
翼
「球場付近での聞き込みの結果は、おおむね、藤守さんの調査の通りでした。ただ、新しい情報もあります」
捜査室に戻ると、明智と翼はそのまま穂積の元に向かい、デスクを挟んだ椅子に座る室長に、今日の成果の報告を始めた。
室内には他に、小野瀬と小笠原もいて、新しい情報、という翼の言葉を聞いた小笠原が、パソコンのナナコに入力するため、早くもタイピングの姿勢で待ち構えている。
その小笠原を横目で確認してから、「聞かせて頂戴」と穂積が先を促した。
翼
「はい。ゆりが丘の自治会長と、さくらが丘の自治会長は、犬猿の仲らしい、という情報です」
高速でナナコのキーボードを打ち始めた小笠原の傍らに立っている小野瀬が、へえ、と声を漏らした。
小野瀬
「随分と、踏み込んだ情報を手に入れてきたねえ」
小野瀬は興味深そうに微笑んだが、明智と翼の正面にいる穂積の表情は、まだ変わらない。
穂積
「根拠は?」
翼
「今日、試合をした両チームは、どちらも、地域の野球愛好者の集まりで、チームの運営に関しては素人です。
ですから、活動資金面でのスポンサーを探したり、強化する為にコーチを雇ったり。メンタル面では、会食を開いたり、ユニフォームを買い揃えたりと、それぞれ、地元の自治会がチームを支えているようなのです。
そのため、聞き込みをした中にも、自治会の内部事情を知っている人たちが多くいました」
明智も、開いた自分の手帳を見ながら、続けた。
明智
「ゆりが丘とさくらが丘の自治会長の二人は、同級生で、隣接する学区の野球クラブに所属していた事もあって、幼い頃から練習試合などで交流があり、互いの家にも遊びに行くほど仲が良かったようです。
二人とも優秀で、大学を卒業した後は地元の大手企業に就職し、才色兼備の女性と結婚し、子供も同じ歳に生まれ、出世して会社の重役におさまり、自治会長に推薦されて就任し…と、経歴もほぼ横並びです。そのため、本人たちが、というより、むしろ周りが、勝手に二人をライバルだと位置づけて、長年に渡って比較してきたようです。
そのためでしょうか、現在では、表向きは依然と変わらず親しげに見えますが、個人的な交流は途絶えており、むしろ……」
不意に、明智の、メモを読む声が途切れた。
部屋に沈黙が訪れ、それに気付いた明智自身が、はっとして、再びメモを読み始める。
明智
「失礼しました。
…むしろ、冷戦状態にあるとの事です」
そのまま、何か物憂げに沈黙を続ける明智の顔を窺いながら、翼が口を開いた。
翼
「いままで、ゆりが丘とさくらが丘は競い合うようにして発展してきましたけど、これには、会長二人が互いに、ひそかに相手に対抗心を燃やしている事の影響があるのでは?と言う人もいました」
翼の助け舟に、ようやく息を吹き返した明智が続ける。
明智
「裏付けはまだ取れていませんが、今日聞き込んできた話が事実だとすると、さくらが丘で多発している不審者情報や、ゆりが丘には流れていない、球場移転や大学誘致の噂にも、自治会どうしの対抗意識が、なんらかの形で影響しているのかもしれません」
以上です、と、締めくくる。
穂積
「お疲れ様」
穂積は小笠原に目を向け、小笠原がキーボードを叩き終えているのを確かめると、立ち上がった。
穂積
「そういう事なら、何かをきっかけに、大きく動くかもしれないわね」
この穂積の言葉の意味は、この時、まだ、他の4人には分からなかった。
[削除]
03/19(Sun) 12:13
そのころの藤守さんと如月さん
小春
同じ頃、藤守と如月は、球場の最寄り駅に程近い、赤提灯の灯る居酒屋で、ビールジョッキを片手に、焼き鳥をくわえていた。
如月
「ぷはーっ、休日に飲むビールは、やっぱりサイコーっすね!」
如月の声はよく通るが、大勢の酔客がいて騒々しい店内では、周りの誰も気にしない。
藤守
「せやな」
如月
「藤守さん、暗い!暗いなあ!明智さんと翼ちゃんが一緒にいる所を見たくらいで、そんなに分かりやすく、ショック受けますぅ?だいいち、あれは仕事ですよ、仕事」
言いながらも如月は、1本残っていた焼き鳥の載った大皿を、藤守の方へそっと押してくれる。
藤守
「うっさいわ」
ええ奴っちゃな。
口に出す代わりに、藤守は最後の焼き鳥を頬張った。
けど、如月は分かってへん。
俺が戸惑ってるんは、寄り添って球場に入って来たはずの明智さんと櫻井の間にある見えない溝が、前よりも、さらに深くなったように感じてしまったからや。
その溝には気付いていたけど、せやから、そこに俺の入り込む余地があるなら、俺が埋められるなら、二人が離れていくなら、明智さんの代わりに俺が、俺が櫻井を笑顔にしてやりたいと思ってたんや。
けど。
藤守
「櫻井は、今でも明智さんが好きなんや……」
せやから、あんなに悲しそうなんや。戸惑ってるんや。迷ってるんや。苦しんでるんや。
藤守
「明智さんかて同じや。あの人、櫻井に輪をかけてくそ真面目やし、馬鹿正直やし、めっちゃ不器用やんか。櫻井のこと、好きで好きでたまらんくせに、好き過ぎるから、傷つけたくないから、言い訳もよおせんし、泣きそうな恋人をとっ捕まえて抱き締めてやるだけのことも出来ひんのや。それがアカン」
けど、一番あかんのは俺や。
そんな二人の気持ちが分かってしまうから、やっぱり、二人の間を割く程には踏み込んで行けへん。
二人が納得して別れるんやったら、それからやったら、喜んで、両手を広げて櫻井を迎えに行ったるのに。大事にしたるのに。
如月
「オレ、藤守さんは1歩リードしてると思うんだけどなあ。優しすぎますよ」
そうやない。
俺は、ただ、櫻井に、いつでも幸せな顔で笑っていて欲しいだけやねん。
俺かて、明智さんに負けんくらい、櫻井が、好きやから、好きやから……
*****
如月
「……もおー、寝ちゃわないでくださいよ。オレ、藤守さんを背負って電車で帰るなんて、マジ嫌ですからね?」
腕を伸ばして、テーブルに突っ伏してしまった藤守の肩をゆさゆさ揺する如月だったが、酔いつぶれてしまった藤守は、もう、動かない。
如月
(酔いたい気持ちも、まあ、分かるけどさ)
如月は警察に入る前から、柔道選手として明智を尊敬している。
その気持ちが無ければ、とっくに、翼の目を自分に向けるため、ありとあらゆる手を尽くしただろう。
でも……
如月
「もー!」
ひと声喚いた時、不意に、聞き覚えのある声がした。
???
「なんだ、愚弟ではないか」
如月
「あれ?藤守さんのお兄さん?!」
そう、そこに現れたのは、藤守の兄、慶史だった。
如月
「うわー助かりました!タクシー代持ってます?!」
アニ
「開口一番それか!まったく、穂積の部下は愚弟を筆頭に、どいつもこいつも馬鹿ばかりだな!この際だから、目上の者に対する礼儀というものをみっちり叩き込んで……やりたいところだが、現状を鑑みるに、どうやら、今は愚弟が迷惑をかけているようだ。今回の無礼は、不問に付してやろう」
如月
「ありがとうございます!」
アニ
「……いや、こちらこそ、すまん。賢史、おい賢史。起きろ」
アニは、如月との掛け合いの間も全く動かない藤守の頭を、ノックするように、コンコン、と叩いた。
藤守
「……んあー……」
アニ
「駄目だな」
起きない藤守を見下ろして呆れ果てるアニに、如月は如才なく椅子を勧めて座らせる。
如月
「もしかして、お兄さんも野球観戦でしたか?」
アニ
「なんだ、貴様らは野球を観にきていたのか。俺も非番だが、野球ではない。さくらが丘団地に用があって来たのだ」
スツールに腰掛けたアニに気付いて、居酒屋の店員が素早く近づいて来た。
しかし、アニの横顔を見て、既に、別の席で食事をして会計も済ませた客だ、と気付いたらしく、笑顔のまま、そっと後ろ向きに離れて行く。
如月
「さくらが丘団地、ですか?あんな、家庭的な匂いと、子供たちの笑い声と、若者の夢と希望に満ち溢れた場所に、独身で童(ピー)で三十路のアニさんが、何の用事で?」
アニ
「本当に、ちょっと怖いくらい無礼だな、貴様は!大きなお世話だ!」
反射的に怒鳴ったものの、アニは、咳ばらいをすると、声を低くして、そっと如月に耳打ちしてきた。
アニ
「……ジョンスミスらしき人物を見かけたと、いう情報が入ったのだ。貴様ら、何か知らんか?」
如月
「ぶっ!」
アニ
「うわ!こら、ビールを噴くな!」
如月
「すみません!」
慌てておしぼりでアニのズボンを拭くと、如月は急いで立ち上がった。
如月
(これってマズいよね)
このアニは、東京地検の検察官として、国際的な怪盗であり詐欺師であるジョンスミスを追い続けている。
「あーはい、ジョンスミスでしたら、オレたちの捜査に協力してもらってますけど?」
……なんて、うっかり口を滑らせてしまったら、捜査室どころか、警視庁と検察庁の関係だってヤバくなるかもしれない。
如月
「お兄さん、藤守さんのこと、お願いしていいですよね?」
アニ
「え?あ、おう」
如月
「じゃ、オレ、これでもう失礼します!ごちそうさまでした!」
言うが早いか、如月は店を飛び出した。
アニ
「なんだ?せっかくだから何か食わせてやろうかと思ったのに、忙しい奴だな……おい、賢史。俺たちも帰るぞ。賢史、けーんーじ。起―きーろー」
すると、満面の笑顔を浮かべた先ほどの店員が、再び軽やかな足取りで近付いて来た。
店員
「ありがとうございます、17,800円でございます!」
アニ
「はああああああああ?!」
[削除]
03/19(Sun) 12:52
小春
*****
~翼vision~
翌日のミーティング。
小笠原
「役所に確認した結果から言うと、『ゆりが丘側のさらに先、川を挟んだ地域に、今ある野球場を潰して、数年以内に、高校を付属する大学、大学院が建設されるという計画がある』という噂は、本当だったよ」
全員が揃った捜査室でのミーティングで、室長に促されて、小笠原さんが、そう報告した。
つまり、大勢の高校生と大学生にあやしい噂を流していたゆりが丘関係者というのは実在し、しかも、その噂は、近い将来に事実となる情報だったという事。
小笠原
「大多数の住民が知らないから怪情報になったけど、もう審議会での審査は終わっていて、現在は、文部科学大臣の認可を待っている、という段階だってさ」
小野瀬
「それなら、認可が下りれば、すぐ、募集や建設が始まるだろうね。球場周辺はほぼ区有地だから、用地買収も必要ない。……それも、いままで大騒ぎにならなかった一因かもしれないな」
明智
「ゆりが丘に団地が完成すれば、新設校目当てで、入居希望者は倍増するかもしれませんね。……でも、待ってください。なぜ、噂話を流す必要があるんですか?学校建設と言ったら、一大プロジェクトです。普通なら正式に、大々的に発表する段取りになっているはずでしょう?」
翼
「そうですよね。それに、高校と大学の新設なら、声を掛けるのは現役の高校生や大学生じゃなくて、開設年度に入学する中学生と高校生にするか、むしろ、その人たちに対して影響力のある、保護者の方に声を掛けるのが自然じゃないかと思うんですけど……?」
何か、意図を感じる。
どこが変なんだろう、そう考えるうち、私は、あることに思い至った。
翼
「もしかして、噂を流しているゆりが丘の関係者は、新入生だけではなく、今、さくらが丘や、近隣の地域の学校に通っている在校生まで、新設校に転入や編入をさせたいと思っているんでしょうか?」
小野瀬
「なるほど。さくらが丘団地に住んでいる、学生のいる世帯に働きかけて、出来れば家族ぐるみ、ゆりが丘団地に転居させてしまいたいという事か。噂という方法にしたのは、学校が建つという情報を知った住人が、他の人に知られる前に、より有利なうちに、転居や転入などの行動を起こそうとする心理を利用しているんだ」
小野瀬さんが、私の言いたいことを簡潔にまとめてくれた。
小笠原
「ちなみに、ゆりが丘団地の全棟完成予定は半年後。もちろん、完成した棟から順次、入居は始まっているんだけど、さくらが丘団地が居住者を募集した時に比べると、入居希望者の数は伸びていない」
如月
「それで、ゆりが丘の関係者は焦って、ってわけですか?でも、そんなことしなくても、そのうち自然と逆転するんじゃないですかぁ?」
如月さんが首を傾げる横で、藤守さんも頷いている。
藤守
「せやなあ。学校が出来て学生が増えれば、周りに店や商店が増えて、街の活性も上がるって言う人たちもいてたわ。将来的には、ゆりが丘の方に、より若い世代が集まる可能性はあるわな」
小野瀬
「まあ、でも、下世話な話になるけど、引っ越そうにも、住宅ローンがまだ終わらない世帯も多いだろうし、それに、対象年齢の学生がいない世帯にとっては、さくらが丘団地が住み心地の良い場所だってことに変わりはないからね。いきなり、大規模な住民流出には繋がらないと思うよ」
藤守
「ですよね。さくらが丘、ええとこですよ。心配されてた不審者の問題も、俺ら、頑張ってどんどん解決してますし」
みんなの話を聞きながら、私は、2つの地域の自治会がお互いに相手をライバル視している、という話を思い出していた。
さくらが丘、ゆりが丘。
同じ丘陵地を半面ずつ分け合っている、2つの住宅地。
どちらも魅力的な地域だから、出来る事なら仲良くしてほしい。
翼
「でも……まだ、社会人に声をかけてきた事案が残ってるんですよね……」
私は、不安になって室長を振り返った。
穂積
「心配はいらないわ、櫻井」
口々に意見を言い合っていたみんなの会話が、室長の声でぴたりと止まる。
私と、全員の視線を集めて、室長はいつものように、自信満々に微笑んだ。
穂積
「それに、うまくいけば、ゆりが丘とさくらが丘の対立を、アンタたちが解決出来る」
私の心の中を見抜いたような言葉に、私は、ハッとして室長の顔を見る。
穂積
「……かも、しれないわよ」
室長はそう言って、まだ不安を抱いて見つめる私に、いたずらっぽくウィンクをしてみせた。
小春
翼
「…ゆりが丘団地…ですか?」
穂積
「ええ」
存在は知っている。
翼
「…理由は何でしょうか…?」
いつもなら、確認の為にすぐに聞き返してくれる藤守さんや如月さんが今日はいない。
明智さんは室長の言葉の続きを待っているみたいだし、小笠原さんは聞き込みで集まる情報を精査する立場だから、元より結論を知っているらしい。
私は、自分の未熟さを噛み締めながら、室長を見つめた。
穂積
「さくらが丘とゆりが丘は、例の教会がある高台を境として、丘を分け合うように隣接している地域だという事は知っているわね?」
翼
「はい」
穂積
「では、ゆりが丘側のさらに先、川を挟んだ地域に、今ある野球場を潰して、数年以内に、高校を付属する大学、大学院が建設されるという計画がある事は?」
翼
「それは…知りませんでした」
つまり。
ゆりが丘は、新設される、付属高校と大学院のある大学から、最短距離にある団地になるという事…
翼
「…あれ?でも、それなら、いわゆる普通の勧誘ですよね?」
穂積
「そうよ。大学建設が事実ならね」
翼
「えっ?あっ!」
小笠原
「いま、室長が言った建設計画は、あくまでも、『そういう噂がある』っていう事。そして、その噂を流しているのが、ゆりが丘団地の関係者なんだよ」
息を飲んだ私の思いを、明智さんの、次の言葉が代弁してくれた。
明智
「もしかして、それを突きとめたのは、藤守ですか」
室長は頷いた。
穂積
「藤守は、ワタシに許可を求めて、聞き込みの範囲を、さくらが丘団地の中心区域から、ゆりが丘側まで広げたの」
翼
「凄い…」
聞き込みが得意な藤守さんならではの機動力は、尊敬するしかない。
穂積
「もうひとつ、分かった事があるのよ。今言った噂は、ゆりが丘団地の方では、全く認知されていない、という事」
明智
「さくらが丘団地の中だけに、流れている噂なんですか」
穂積
「そこで、アンタたちの仕事よ」
室長は、私と明智さんの顔を交互に見た。
穂積
「話題の中心である野球場周辺で、噂について探ってみてちょうだい。小笠原とワタシは、役所関係をあたって、どこまで真実味のある計画なのか、調べてみるわ」
…明智さんと?
以前なら、飛び上がりたくなるほど嬉しい任務のはずだった。
でも、今は…
明智
「よし櫻井、早速、行くか」
翼
「…はい」
頷くしかない。
車のキーを片手に歩き出す明智さんを追って歩き出した私は、室長と小笠原さんが、私と明智さんの向かう先を見つめながら、神妙な面持ちを浮かべていた事など、知る由もなかった。
一方、その頃、非番の藤守さん、如月さんは…
ノープラン。
ここでパースヽ(> < )ノ⌒○
[削除]
10/11(Tue) 08:58
野球場
ジュン
藤守(ヤバいかな?ここに来てるとこ誰かに見られたら…)
藤守はゆりが丘の野球場に来ていた。聞き込みで仲良くなった男性に試合をするから観に来てと誘われたのだ。義理人情が厚く律儀な藤守は断れずに足を運ぶことにした。
藤守(それに新しい情報が聞けるかもしれんし)
だが休みの日に聞き込みのようなことをしては「体調管理も仕事の内!」と言う室長にあんなことやこんなことをして再起不能にされるかもしれない。やっぱり帰るべきかと球場の入り口近くで立ち止まり思案していると
???「あれ?藤守さん?」
後ろから名前を呼ばれた。振り返った先にいたのは如月。
如月「やっぱり!帽子被ってるからどうかな?と思ったんですけどその後背筋はやっぱり藤守さんですよね。」
藤守「お、お前なんでここに?今日は休みやろ?それになんで眼鏡してんねん!?」
如月にゆりが丘の話はまだしてないはず。室長に聞いたのだろうか?
如月「休みだから友達の野球チームの応援に来たんですよ。眼鏡はただのオシャレです。」
如月はニコニコと話を続ける。どうやら如月と仲のいい女の子が大の野球好きらしく仲間を集めてチームを作ってしまったとか。それがとても強いらしく最近は他の女子チームが試合を敬遠してしまい今日は男子チームと試合をすることになったらしい。
如月「本当に強いんですよ。さくらキャッツ。」
確かに休日に野球観戦は普通のこと。いや、関西人にとって休日に野球観戦なんて日頃の頑張りへの最高のご褒美!
藤守(そうやんな。普通に休日を過ごしてたまたま聞いた話やったら室長も怒れへんわな。)
妙に緊張していた意識が如月のおかげでいい具合にほぐれた。
藤守「そうやな!休日に野球観戦、最高やな!ほな行こか、如月。」
急に明るくなった藤守を不思議に思いながらも一緒に入り口に向かう如月。
如月「そう言えばなんで藤守さん帽子なんて被ってるんですか?いつもは髪型が崩れるって嫌がるのに。」
藤守「それはへんそ…ひ、日差しから守るためや!」
誤魔化し笑いをしながら進んでいく藤守を曇天の空を見上げながらまた不思議に思う如月だった。
いつもいつも何にも話が進まなくてすみません!知識と常識の足りない私にはこれが限界です( ;∀;)
なのでここでパース(;^ω^)/⌒◯
[削除]
10/14(Fri) 05:36
ジュンさんありがとうございます
小春
薄曇りの空の下、野球場では、藤守と如月が観戦する『さくらキャッツ』と『リリーBOYS』の試合が続いていた。
名前の通り、一方はさくらが丘団地の若い女性たち、もう一方はゆりが丘団地の男性たちを中心に結成されているチームだ。
どちらも近隣の野球愛好者たちが集まっているだけあって、交流も多いのか、応援するスタンドでの観客たちの雰囲気も和気あいあいというか、どこかのんびりしている。
如月
「川からの風が、気持ちいいですねえ」
藤守
「せやな」
スポーツドリンクを片手に、如月と2人並んで試合を眺めながら、藤守はこっそりと、周囲の声に耳をそばだてていた。
少しでもいい、何か、役に立ちそうな情報を得たいと思っていたのだ。
だが、なかなか、それらしい会話は聞こえてこない。
非番に余計な行動をとって、穂積に叱られるかもしれないのは怖いが、一方では、結果を出して褒めてもらいたい気持ちも捨てきれない。
そしてそれ以上に、翼に、自分という男を見直してもらいたいのだ。
焦れったさから、何度も、隣で無邪気に応援している如月に向かって「この野球場を潰して大学が出来るって噂、知っとるか?」と切り出してみようかと考えた。
そうして、周りの反応を見るのだ。
しかし、周囲の観客が何も知らなかった場合にリスクが高い事を考えると、実行に移せない。
自分自身が、未確認の噂をわざわざ広げるわけにはいかないからだ。
そんな事を考えながらだからか、試合内容も頭に入って来ない。
それでも目だけはグラウンドに向けて、手は飲みかけのペットボトルをもてあそびつつ、藤守は耳を凝らし続けた。
すると。
8回の裏が終わった頃だった。
「あと何回、ここで野球観戦出来るかなあ…」
「はは、何言ってるんだよ。シーズンはまだ終わらないだろ?それとも、お前、どこか悪いの?フラグ?」
藤守の耳が、2、3列後方の座席からの声を捉えた。
ふたつの若い声は女性と男性のもので、藤守は、キャップで目線を隠しながら、静かに顔を傾けて耳を後方に向けた。
どうやら大学生らしい。
「え、知らない?ここに、大学を建てる計画があるんでしょ。私、団地のママさんたちが立ち話してるのを聞いたんだけど」
「えー?」
「嘘だろ?」
新しい声が加わった。
近い座席の男性が、女性の声を拾ったらしい。
答えたのは、さらに別の女性だった。
「あたしの妹も、その噂、学校で友達に聞いたって言ってました」
「マジで?!」
すぐ近くで高い声を出したのは、なんと如月だった。
ひそかに期待していたとはいえ、さすがのコミュニケーション能力と言うか何と言うか。
「はい。自分たちの大学受験までに間に合えばいいね、って盛り上がったとか」
「球場は、川向こうに移転するとか」
立ち話を聞いたと発言した女性も、2段下の席の如月に向かって、大きい声で応えてきた。
「川向こうに、そんな空き地あったかな?」
「でも、団地の住民に大学生が増えると、外食のチェーン店も増えて、いいかもな」
「ファッションブランドが進出してきてくれたら嬉しい」
めいめいが、自分の興味に沿って、噂を脚色していきそうな気配を感じて、藤守はわずかに顔をしかめた。
「藤守さん、その噂知ってました?」
「しっ」
藤守は、唇の前で指を立てて如月を制した。
思いがけない藤守の真顔を見て、如月はおとなしく自分の口を押さえる。
その間にも、噂は広がってゆく。
「今、さくらが丘団地の方が人気あるじゃん?逆転するかもね」
「ゆりが丘の方が新しいしな」
「外からも新しい人が入って来るって事でしょ?」
「だよね。さくらが丘団地は好きだけど、ゆりが丘の方が便利になるなら、あたしも引っ越そうかな」
「だけど、変だなあ」
「何がですか?」
「俺は、ゆりが丘だけど、聞いた事無いぞ。この野球場が潰されるなんて」
「私もよ。大学の噂も知らないわ」
「そもそも、どこから出た話…」
男の言葉が終わらないうちだった。
バットが球を打ち返す、きぃん、という音とともに、わっ、と観客席が沸いた。
「サヨナラヒットだ!」
全員の視線が、グラウンドに集中した、その時。
藤守たちの座る観客席から見下ろせる位置にある、スタンドの出入口に、黒いスーツと、アイボリーのジャケットを羽織った、一組の男女が現れた。
いち早く気付いたのは、如月だ。
如月
「あ!藤守さん、明智さんと翼ちゃんですよ。聞き込みかな?」
藤守
「ヤバっ。如月、逃げるで」
如月
「え、何で?別にいいじゃないですか」
藤守
「ええから来い!」
変装が役に立った。
藤守と如月はそのまま、2人に気付かれる事無く、試合終了の人波に紛れて、野球場を抜け出したのだった。
[削除]
10/14(Fri) 05:58
明智さんやっと気付く
小春
明智
(…勤務中、2人だけで行動するのは久しぶりだな)
聞き込みの為に立ち寄った野球場で、明智は、隣を歩く翼を見つめていた。
プライベートでは何となく噛み合わない日々が続いているが、仕事となれば、互いに言葉を交わさないわけにはいかない。
それを見越して、仲直りをするための時間を与えてくれる穂積の計らいだと、明智も翼も気付いていた。
特に明智は。
穂積
「最近、櫻井とうまくいっていないそうね」
数日前、面と向かって、穂積に言われている。
穂積
「イチゴの件がきっかけになったのは、悪かったと思っているわ」
穂積は、申し訳なさそうな表情で言ったものだ。
その件ではもう何度も謝ってもらっているし、明智も、根に持ったりはしていない。
穂積
「でも、いくら、目の前でイチゴがアンタに抱きついたとしても、男同士で、しかもアンタは絡まれただけだと分かれば、すぐに誤解は解けるはずよね」
明智も、その通りだと思っている。
では、何故そうならず、翼との間に、溝が出来てしまったのだろうか。
イチゴを強く振り払えなかった事で誤解され、不安にさせてしまったからだとばかり思っていたが、他にも、翼の心を惑わせるような、何かがあっただろうか。
穂積には、それが分かっているのだろうか。
穂積
「明智、婚約したぐらいで、相手の全てが自分のものになったと勘違いしては駄目よ」
明智
「そんなつもりは…」
無い、とは、言いきれなかった。
そう思っていたからこそ、こうして、翼の変化に戸惑っているのだ。
複雑な表情を浮かべる明智を見つめてから、穂積は軽く溜め息をついた。
穂積
「櫻井を信じて、彼女の気持ちを尊重しているのは、アンタの優しさだわ。でもね、恋愛って、もっと危険なものだと思うの」
明智
「危険…」
穂積
「自然と心が離れる事もあるし、些細なきっかけで深まる事もあれば、他の誰かに奪われる事もある。恋は刺激的で、楽しいからこそ、アブナイのよ」
他の、誰か。
この時、初めて、明智の脳裏に、いつかの藤守の姿がフラッシュバックした。
…もしかして。
穂積
「明智」
明智
「は、はい」
藤守に向かいかけた意識を、穂積の声が呼び戻した。
穂積
「警戒するべきは、藤守だけじゃないわよ」
言葉の意味に気付いて、明智の身に戦慄が走った。
まさか、如月や、小笠原も?
小野瀬さんまで、翼を…?
穂積
「今のところ、ワタシは、アンタと櫻井が元の鞘に収まるように願ってる。でも、これ以上櫻井を悲しませるような事があれば、その時は」
穂積の碧眼が、すう、と細められ、凄みを帯びた声が、ようやく危機感を抱いた明智の胸に突き刺さる。
穂積
「…たとえお前でも、容赦しないからな」
「サヨナラヒットだ!」
回想に浸っていた明智の意識は、突然の大歓声で現実に引き戻された。
反射的に周りを見る。
その一瞬、興奮する観客たちの合間に藤守と如月の幻が見えた気がしたが…
明智
(…あの2人が、休日に、揃ってこんな所にいるはずが無い…か…)
室長との会話を思い出していたせいだ。
そう思う事にして、改めて2人の姿を探す事はしなかった。
それよりも、もっと、翼と話し合わなければ。
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
[削除]
03/19(Sun) 12:09
こっそり再開
小春
翼
「ちょうど、試合が終わったみたいですね。どちらも地元のチームですし、帰るお客さんたちやチームの人たちにお話を聞いたら、何か新しい事実が分かるかもしれません。私、聞き込みしてきます!」
声をかけようとしたタイミングで、先に、翼の方から、そう言われてしまった。
しかも、返事をするより早く、翼は人々が帰り支度をしている観客席に向かって、小走りに駆け出して行く。
まるで、明智を避けて、手元から逃げていくように。
明智
「あ、おい……」
まただ。
自分はいったい、何をしているのだろうか。
一緒に行動しているのに、翼との会話は事務的で、必要最小限。
恋人としての関係は、相変わらず不自然なままだ。
引き留めておきたいのに、あの時拒まれた記憶が邪魔をして、強い態度に出られない。
藤守や室長に言われるまでもなく、翼の事は、誰よりも大切にしたいと思っている。
それなのに、このままでは本当に、翼の心は自分から離れて、他の誰かの元へと行ってしまうかもしれない。
明智は唇を噛んで、こちらを振り返らないようにしながら手帳を片手に聞き込みを続けている、翼の横顔を見つめ続けていた。
03/19(Sun) 12:11
小春
*****
翼
「球場付近での聞き込みの結果は、おおむね、藤守さんの調査の通りでした。ただ、新しい情報もあります」
捜査室に戻ると、明智と翼はそのまま穂積の元に向かい、デスクを挟んだ椅子に座る室長に、今日の成果の報告を始めた。
室内には他に、小野瀬と小笠原もいて、新しい情報、という翼の言葉を聞いた小笠原が、パソコンのナナコに入力するため、早くもタイピングの姿勢で待ち構えている。
その小笠原を横目で確認してから、「聞かせて頂戴」と穂積が先を促した。
翼
「はい。ゆりが丘の自治会長と、さくらが丘の自治会長は、犬猿の仲らしい、という情報です」
高速でナナコのキーボードを打ち始めた小笠原の傍らに立っている小野瀬が、へえ、と声を漏らした。
小野瀬
「随分と、踏み込んだ情報を手に入れてきたねえ」
小野瀬は興味深そうに微笑んだが、明智と翼の正面にいる穂積の表情は、まだ変わらない。
穂積
「根拠は?」
翼
「今日、試合をした両チームは、どちらも、地域の野球愛好者の集まりで、チームの運営に関しては素人です。
ですから、活動資金面でのスポンサーを探したり、強化する為にコーチを雇ったり。メンタル面では、会食を開いたり、ユニフォームを買い揃えたりと、それぞれ、地元の自治会がチームを支えているようなのです。
そのため、聞き込みをした中にも、自治会の内部事情を知っている人たちが多くいました」
明智も、開いた自分の手帳を見ながら、続けた。
明智
「ゆりが丘とさくらが丘の自治会長の二人は、同級生で、隣接する学区の野球クラブに所属していた事もあって、幼い頃から練習試合などで交流があり、互いの家にも遊びに行くほど仲が良かったようです。
二人とも優秀で、大学を卒業した後は地元の大手企業に就職し、才色兼備の女性と結婚し、子供も同じ歳に生まれ、出世して会社の重役におさまり、自治会長に推薦されて就任し…と、経歴もほぼ横並びです。そのため、本人たちが、というより、むしろ周りが、勝手に二人をライバルだと位置づけて、長年に渡って比較してきたようです。
そのためでしょうか、現在では、表向きは依然と変わらず親しげに見えますが、個人的な交流は途絶えており、むしろ……」
不意に、明智の、メモを読む声が途切れた。
部屋に沈黙が訪れ、それに気付いた明智自身が、はっとして、再びメモを読み始める。
明智
「失礼しました。
…むしろ、冷戦状態にあるとの事です」
そのまま、何か物憂げに沈黙を続ける明智の顔を窺いながら、翼が口を開いた。
翼
「いままで、ゆりが丘とさくらが丘は競い合うようにして発展してきましたけど、これには、会長二人が互いに、ひそかに相手に対抗心を燃やしている事の影響があるのでは?と言う人もいました」
翼の助け舟に、ようやく息を吹き返した明智が続ける。
明智
「裏付けはまだ取れていませんが、今日聞き込んできた話が事実だとすると、さくらが丘で多発している不審者情報や、ゆりが丘には流れていない、球場移転や大学誘致の噂にも、自治会どうしの対抗意識が、なんらかの形で影響しているのかもしれません」
以上です、と、締めくくる。
穂積
「お疲れ様」
穂積は小笠原に目を向け、小笠原がキーボードを叩き終えているのを確かめると、立ち上がった。
穂積
「そういう事なら、何かをきっかけに、大きく動くかもしれないわね」
この穂積の言葉の意味は、この時、まだ、他の4人には分からなかった。
[削除]
03/19(Sun) 12:13
そのころの藤守さんと如月さん
小春
同じ頃、藤守と如月は、球場の最寄り駅に程近い、赤提灯の灯る居酒屋で、ビールジョッキを片手に、焼き鳥をくわえていた。
如月
「ぷはーっ、休日に飲むビールは、やっぱりサイコーっすね!」
如月の声はよく通るが、大勢の酔客がいて騒々しい店内では、周りの誰も気にしない。
藤守
「せやな」
如月
「藤守さん、暗い!暗いなあ!明智さんと翼ちゃんが一緒にいる所を見たくらいで、そんなに分かりやすく、ショック受けますぅ?だいいち、あれは仕事ですよ、仕事」
言いながらも如月は、1本残っていた焼き鳥の載った大皿を、藤守の方へそっと押してくれる。
藤守
「うっさいわ」
ええ奴っちゃな。
口に出す代わりに、藤守は最後の焼き鳥を頬張った。
けど、如月は分かってへん。
俺が戸惑ってるんは、寄り添って球場に入って来たはずの明智さんと櫻井の間にある見えない溝が、前よりも、さらに深くなったように感じてしまったからや。
その溝には気付いていたけど、せやから、そこに俺の入り込む余地があるなら、俺が埋められるなら、二人が離れていくなら、明智さんの代わりに俺が、俺が櫻井を笑顔にしてやりたいと思ってたんや。
けど。
藤守
「櫻井は、今でも明智さんが好きなんや……」
せやから、あんなに悲しそうなんや。戸惑ってるんや。迷ってるんや。苦しんでるんや。
藤守
「明智さんかて同じや。あの人、櫻井に輪をかけてくそ真面目やし、馬鹿正直やし、めっちゃ不器用やんか。櫻井のこと、好きで好きでたまらんくせに、好き過ぎるから、傷つけたくないから、言い訳もよおせんし、泣きそうな恋人をとっ捕まえて抱き締めてやるだけのことも出来ひんのや。それがアカン」
けど、一番あかんのは俺や。
そんな二人の気持ちが分かってしまうから、やっぱり、二人の間を割く程には踏み込んで行けへん。
二人が納得して別れるんやったら、それからやったら、喜んで、両手を広げて櫻井を迎えに行ったるのに。大事にしたるのに。
如月
「オレ、藤守さんは1歩リードしてると思うんだけどなあ。優しすぎますよ」
そうやない。
俺は、ただ、櫻井に、いつでも幸せな顔で笑っていて欲しいだけやねん。
俺かて、明智さんに負けんくらい、櫻井が、好きやから、好きやから……
*****
如月
「……もおー、寝ちゃわないでくださいよ。オレ、藤守さんを背負って電車で帰るなんて、マジ嫌ですからね?」
腕を伸ばして、テーブルに突っ伏してしまった藤守の肩をゆさゆさ揺する如月だったが、酔いつぶれてしまった藤守は、もう、動かない。
如月
(酔いたい気持ちも、まあ、分かるけどさ)
如月は警察に入る前から、柔道選手として明智を尊敬している。
その気持ちが無ければ、とっくに、翼の目を自分に向けるため、ありとあらゆる手を尽くしただろう。
でも……
如月
「もー!」
ひと声喚いた時、不意に、聞き覚えのある声がした。
???
「なんだ、愚弟ではないか」
如月
「あれ?藤守さんのお兄さん?!」
そう、そこに現れたのは、藤守の兄、慶史だった。
如月
「うわー助かりました!タクシー代持ってます?!」
アニ
「開口一番それか!まったく、穂積の部下は愚弟を筆頭に、どいつもこいつも馬鹿ばかりだな!この際だから、目上の者に対する礼儀というものをみっちり叩き込んで……やりたいところだが、現状を鑑みるに、どうやら、今は愚弟が迷惑をかけているようだ。今回の無礼は、不問に付してやろう」
如月
「ありがとうございます!」
アニ
「……いや、こちらこそ、すまん。賢史、おい賢史。起きろ」
アニは、如月との掛け合いの間も全く動かない藤守の頭を、ノックするように、コンコン、と叩いた。
藤守
「……んあー……」
アニ
「駄目だな」
起きない藤守を見下ろして呆れ果てるアニに、如月は如才なく椅子を勧めて座らせる。
如月
「もしかして、お兄さんも野球観戦でしたか?」
アニ
「なんだ、貴様らは野球を観にきていたのか。俺も非番だが、野球ではない。さくらが丘団地に用があって来たのだ」
スツールに腰掛けたアニに気付いて、居酒屋の店員が素早く近づいて来た。
しかし、アニの横顔を見て、既に、別の席で食事をして会計も済ませた客だ、と気付いたらしく、笑顔のまま、そっと後ろ向きに離れて行く。
如月
「さくらが丘団地、ですか?あんな、家庭的な匂いと、子供たちの笑い声と、若者の夢と希望に満ち溢れた場所に、独身で童(ピー)で三十路のアニさんが、何の用事で?」
アニ
「本当に、ちょっと怖いくらい無礼だな、貴様は!大きなお世話だ!」
反射的に怒鳴ったものの、アニは、咳ばらいをすると、声を低くして、そっと如月に耳打ちしてきた。
アニ
「……ジョンスミスらしき人物を見かけたと、いう情報が入ったのだ。貴様ら、何か知らんか?」
如月
「ぶっ!」
アニ
「うわ!こら、ビールを噴くな!」
如月
「すみません!」
慌てておしぼりでアニのズボンを拭くと、如月は急いで立ち上がった。
如月
(これってマズいよね)
このアニは、東京地検の検察官として、国際的な怪盗であり詐欺師であるジョンスミスを追い続けている。
「あーはい、ジョンスミスでしたら、オレたちの捜査に協力してもらってますけど?」
……なんて、うっかり口を滑らせてしまったら、捜査室どころか、警視庁と検察庁の関係だってヤバくなるかもしれない。
如月
「お兄さん、藤守さんのこと、お願いしていいですよね?」
アニ
「え?あ、おう」
如月
「じゃ、オレ、これでもう失礼します!ごちそうさまでした!」
言うが早いか、如月は店を飛び出した。
アニ
「なんだ?せっかくだから何か食わせてやろうかと思ったのに、忙しい奴だな……おい、賢史。俺たちも帰るぞ。賢史、けーんーじ。起―きーろー」
すると、満面の笑顔を浮かべた先ほどの店員が、再び軽やかな足取りで近付いて来た。
店員
「ありがとうございます、17,800円でございます!」
アニ
「はああああああああ?!」
[削除]
03/19(Sun) 12:52
小春
*****
~翼vision~
翌日のミーティング。
小笠原
「役所に確認した結果から言うと、『ゆりが丘側のさらに先、川を挟んだ地域に、今ある野球場を潰して、数年以内に、高校を付属する大学、大学院が建設されるという計画がある』という噂は、本当だったよ」
全員が揃った捜査室でのミーティングで、室長に促されて、小笠原さんが、そう報告した。
つまり、大勢の高校生と大学生にあやしい噂を流していたゆりが丘関係者というのは実在し、しかも、その噂は、近い将来に事実となる情報だったという事。
小笠原
「大多数の住民が知らないから怪情報になったけど、もう審議会での審査は終わっていて、現在は、文部科学大臣の認可を待っている、という段階だってさ」
小野瀬
「それなら、認可が下りれば、すぐ、募集や建設が始まるだろうね。球場周辺はほぼ区有地だから、用地買収も必要ない。……それも、いままで大騒ぎにならなかった一因かもしれないな」
明智
「ゆりが丘に団地が完成すれば、新設校目当てで、入居希望者は倍増するかもしれませんね。……でも、待ってください。なぜ、噂話を流す必要があるんですか?学校建設と言ったら、一大プロジェクトです。普通なら正式に、大々的に発表する段取りになっているはずでしょう?」
翼
「そうですよね。それに、高校と大学の新設なら、声を掛けるのは現役の高校生や大学生じゃなくて、開設年度に入学する中学生と高校生にするか、むしろ、その人たちに対して影響力のある、保護者の方に声を掛けるのが自然じゃないかと思うんですけど……?」
何か、意図を感じる。
どこが変なんだろう、そう考えるうち、私は、あることに思い至った。
翼
「もしかして、噂を流しているゆりが丘の関係者は、新入生だけではなく、今、さくらが丘や、近隣の地域の学校に通っている在校生まで、新設校に転入や編入をさせたいと思っているんでしょうか?」
小野瀬
「なるほど。さくらが丘団地に住んでいる、学生のいる世帯に働きかけて、出来れば家族ぐるみ、ゆりが丘団地に転居させてしまいたいという事か。噂という方法にしたのは、学校が建つという情報を知った住人が、他の人に知られる前に、より有利なうちに、転居や転入などの行動を起こそうとする心理を利用しているんだ」
小野瀬さんが、私の言いたいことを簡潔にまとめてくれた。
小笠原
「ちなみに、ゆりが丘団地の全棟完成予定は半年後。もちろん、完成した棟から順次、入居は始まっているんだけど、さくらが丘団地が居住者を募集した時に比べると、入居希望者の数は伸びていない」
如月
「それで、ゆりが丘の関係者は焦って、ってわけですか?でも、そんなことしなくても、そのうち自然と逆転するんじゃないですかぁ?」
如月さんが首を傾げる横で、藤守さんも頷いている。
藤守
「せやなあ。学校が出来て学生が増えれば、周りに店や商店が増えて、街の活性も上がるって言う人たちもいてたわ。将来的には、ゆりが丘の方に、より若い世代が集まる可能性はあるわな」
小野瀬
「まあ、でも、下世話な話になるけど、引っ越そうにも、住宅ローンがまだ終わらない世帯も多いだろうし、それに、対象年齢の学生がいない世帯にとっては、さくらが丘団地が住み心地の良い場所だってことに変わりはないからね。いきなり、大規模な住民流出には繋がらないと思うよ」
藤守
「ですよね。さくらが丘、ええとこですよ。心配されてた不審者の問題も、俺ら、頑張ってどんどん解決してますし」
みんなの話を聞きながら、私は、2つの地域の自治会がお互いに相手をライバル視している、という話を思い出していた。
さくらが丘、ゆりが丘。
同じ丘陵地を半面ずつ分け合っている、2つの住宅地。
どちらも魅力的な地域だから、出来る事なら仲良くしてほしい。
翼
「でも……まだ、社会人に声をかけてきた事案が残ってるんですよね……」
私は、不安になって室長を振り返った。
穂積
「心配はいらないわ、櫻井」
口々に意見を言い合っていたみんなの会話が、室長の声でぴたりと止まる。
私と、全員の視線を集めて、室長はいつものように、自信満々に微笑んだ。
穂積
「それに、うまくいけば、ゆりが丘とさくらが丘の対立を、アンタたちが解決出来る」
私の心の中を見抜いたような言葉に、私は、ハッとして室長の顔を見る。
穂積
「……かも、しれないわよ」
室長はそう言って、まだ不安を抱いて見つめる私に、いたずらっぽくウィンクをしてみせた。