『アブナイ☆恋のウェディング・ベル』
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04/22(Fri) 18:07
再開します!
小春
藤守の怪我が心配で、翼は思わず「自分も残る」と口に出してしまった。
言われた方の藤守も、一瞬、嬉しそうな表情を浮かべた。
如月
「……」
如月は、敏感だ。
たったそれだけのやり取りを見ただけで、翼と藤守の間に流れる空気が、どこか今までと違っているのを感じ取る事が出来る、そのくらいには。
それが何なのか、何故なのか。
考えるより早く、如月はもう、翼の手を掴んで引っ張っていた。
如月
「ダメだよ、翼ちゃん。オレ、今来たばかりで事情が分からないんだから。一緒に捜査室に戻って、説明してくれなくちゃ、困る」
そう言ってみても、翼は頷かない。
「でも」と言いながら、泣きそうな顔で藤守の顔を見ている。
如月は、もう一度、翼の手を引いた。
如月
「藤守さんの怪我が心配なのは、分かるけどさ。今は、この人たちを連れて、急いでこの場所から離れなきゃいけないんだろ?」
如月の言葉に、唇を開いた翼よりも先に、藤守が返事をした。
藤守
「せや、櫻井。早よせんと、校長が戻って来て、教頭先生たちと鉢合わせしてまう。……俺なら、大丈夫や」
でも、と粘る翼の頭に、藤守が、傷めていない方の手を乗せて、あやすように軽く撫でた。
藤守
「頼むわ、な?」
痛みを隠して笑顔を見せる藤守に、翼も、さすがにそれ以上は強情を張らなかった。
翼
「……分かりました。藤守さん、ちゃんと、手当を受けて下さいね」
藤守
「分かってるて。おおきに」
如月
「翼ちゃん、早く。先生たちも」
証拠品の束を抱えた教頭と奈矢見をパトカーに乗るよう促して、如月は、運転席に回り込んだ。
シートベルトを締めると、少し遅れて、翼も助手席に乗り込んで来る。
心なしか、瞳が潤んでいるように如月には見えた。
如月
(翼ちゃんに何したんだよ、藤守さん)
さっき声に出した言葉とは裏腹に、如月の頭の中を占めていたのは、事件の真相などより、翼と藤守の関係についてだった。
如月
(翼ちゃんは、明智さんの婚約者だ、って、話したばっかりじゃん!)
藤守の事は、もちろん好きだ。
優しい先輩だし、藤守が、以前から、翼に特別な感情を向けていた事も、知っている。
だけど、それとこれとは別だ。
藤守が、本気で明智から翼を奪おうとしているのなら、止めなければならない。
如月にとって、明智は、警察に入る前からの、特別な憧れの対象なのだから。
そして、翼もまた、特別な存在なのだから。
如月
(ズルいよ、藤守さん)
如月はハンドルを握り締めると、見送る藤守を見ないようにしながら、アクセルを踏み込んだ。
如月
(オレだって、オレだって……!)
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04/22(Fri) 18:09
小春
ここは捜査室。
イチゴの店の営業時間が終了した後、穂積、明智、小野瀬が戻って来た。
室長席の穂積を囲むようにして皆が集まり、それぞれが今日の報告をし、情報を共有したところだ。
治療を受けた藤守も追い付いて、昼間は散り散りに捜査しているメンバーたちが、久しぶりに顔を合わせる。
穂積
「バールのような物で殴られて、打撲だけで済んだとは……運が良かったわね」
藤守
「ほんまですわ。まあ、奈矢見さんは、人目を避けて校長室の床を剥がそうとしていたところでしたから、急に現れた櫻井に驚いて、咄嗟にバールを振り回した感じで。本気やなかったのが幸いしました」
腫れた片腕を三角巾で吊っている藤守が、それでも奈矢見を庇うのを聞いて、穂積が、ちっ、と舌打ちをした。
その傍らで、小野瀬が笑う。
小野瀬
「藤守くん、逆だよ」
藤守
「はい?」
小野瀬
「穂積が『運がいい』と言ったのは、『きみが軽傷で済んだ事について』ではなくて、『きみが軽傷で済んだから、奈矢見の方が命拾いをした』という意味だよ」
藤守
「は?」
穂積
「小野瀬、余計な説明はしなくていい」
小野瀬
「きみの怪我がもっと酷かったら、穂積は奈矢見を無傷じゃ済ませないところだ。だから、奈矢見は幸運だったし、穂積にも、傷害の前科が付かずに済んだよね、という話」
ウィンクする小野瀬の言葉に、藤守が感涙を滲ませる。
藤守
「室長が、俺の為に怒ってくれはるなんて……!」
穂積
「そんな事で嬉しそうな顔をするんじゃない!」
穂積が、顔を赤くして藤守を怒鳴り、机を叩いた。
穂積
「アンタは人が好すぎるの!それに、アンタが間に合わなかったら、殴られていたのは櫻井だったのよ?!どちらにしても、ワタシが怒るに決まってるでしょ!」
藤守
「すんません」
藤守はハッとしたように、大きな身体を小さくした。
確かに、襲われたのは翼だったのだ。
穂積
「……でも、礼を言うわ」
立ち上がった穂積が、藤守の肩に手を乗せた。
穂積
「藤守、櫻井を守ってくれて、ありがとう」
藤守
「……室長……」
すぐまた涙ぐむ藤守に、穂積はいい笑顔で、ぐっ、と親指を立てて見せた。
穂積
「だから、労基から労災手当をふんだくる手続きの方は任せてちょうだい」
藤守
「……そちらはお任せします」
藤守の肩に、別の手が乗った。
明智
「俺からも、礼を言わせてくれ。藤守、ありがとう」
藤守
「はは…」
藤守は、曖昧な笑い声で明智に応えるしかなかった。
翼は明智の婚約者だ。
礼を言われるのは当然だ。
だが、それでも、好きな女の子が、自分のものにはならないと実感させられるのはつらい。
小笠原
「怪我といえば、南原ムタキを取り押さえたのがイチゴちゃんだという事実は、明かされない事になったらしいよ」
明智が淹れてくれたお茶を飲みながら、小笠原がぼそりと呟いた。
小笠原
「あそこのマネージャーは空気みたいだけど、有能だからね。活躍したイチゴちゃんの身元を、そうとは知らずに洗い出しそうになった地元のマスコミに対して、
『アイドルの桃井イチゴが、そんな物騒な場所にいるはずがないじゃないですかー』と笑い飛ばして、それ以上の追及をシャットアウトしたらしい」
隣で明智がため息をつく。
明智
「細マッチョの腹筋を品定めしたかったという動機を除けば、やったことはお手柄なんだがな……」
穂積
「イチゴの方がよほど物騒よ」
小笠原
「イチゴちゃんは、あとでマネージャーさんに『TPOをわきまえず、すぐに腹筋を触りにいくのはやめなさい』って、こんこんとお説教されたみたいだけど」
藤守
「説教なんか効かへんやろうな、イチゴには」
小野瀬
「結局、南原ムタキという露出マニアが、小学校の校庭に不法侵入して騒ぎを起こし、校長以下、教職員たちが協力して撃退した……そんな、三面記事にも載らないような事件として処理されるわけか」
穂積
「そうね。ただ……校長だけは、そうはいかないでしょうね」
穂積がにやにやしながら、くい、と小笠原を顎で示した」。
全員が穂積から小笠原に視線を移した先で、小笠原が、ナナコの画面をこちらに向ける。
【小学校校長、数年に渡って、児童の悩みを種に私腹を肥やす!】
【取り調べにあたっている警察関係者によると、さくらが丘小学校の校長は、長年に渡り、万引きなどの軽犯罪を隠蔽する代わりに保護者から謝礼を受け取り、また、いじめに関わっていた児童の保護者から、内申書に響かないようにするための口止め料など、いくつもの名目で多方面から金銭を受け取り……】
【事実を知った教職員が、独自調査し証拠を集めた上で、内部告発に踏み切って真実が明るみに出た……】
派手な見出しが、ネットニュースの速報を飾っている。
藤守と翼が、あっ、と声を上げた。
穂積
「ワタシの可愛いワンコが傷つけられたんですもの。元凶である校長にも、多少は痛い思いをしてもらわないと」
まさに電光石火。
しかも、絶対「多少」では済まない。
処刑開始を告げる穂積の笑顔は、今さらながら、おそろしいほどに美しかった……。
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04/22(Fri) 18:10
小春
如月
「室長、取材協力終わりましたー」
ちょうどそのタイミングで、奈矢見の取り調べから、如月が戻ってきた。
話の様子から、取り調べの後、例の校長の件で、穂積が餌をまいたマスコミの取材に応対していたらしい。
穂積
「はいご苦労様、警察関係者のKくん」
如月
「逮捕のきっかけになった、南原とイチゴちゃんの騒ぎには触れないで、マスコミの興味が、校長の事件だけに向くように話したつもりですけど。上手くいったかなあ?」
穂積
「上出来、上出来」
明智
「如月、お疲れ。お茶どうだ」
如月
「ありがとうございます!さっき自販機で買おうかと思ったけど、明智さんのお茶が飲みたいと思って、ここまで我慢してきたんですよ!」
明智
「はは、そうか。嬉しいな」
明智も如月も嬉しそうで、全員揃った捜査室の中が、ほのぼのとした空気に包まれる。
が、その直後。
翼
「室長、不在中に届いていた手紙の中に、消印も、送り主の名前も無い封筒が混ざっています…」
困惑した翼の声が、空気を破った。
すかさず手袋を嵌めた小野瀬が、翼の差し出す手紙に近寄ってゆく。
翼の手から手紙を受け取ると、小野瀬は穂積を振り返った。
小野瀬
「宛名は『警視庁緊急特命捜査室』になってるね……。穂積、開封していい?」
穂積
「ちょっと待って。……全員、小野瀬から離れて、ワタシの後ろの壁際に避難しなさい。……はい、いいわよ小野瀬」
小野瀬
「知ってたよ、お前はそういうヤツだった…」
ぶつぶつ言いながら、小野瀬が、翼のペン立てからペーパーナイフを借りて封を切る。
穂積
「エロいフェロモンに反応して、毒ガスが噴出する仕掛けは無さそうね」
小野瀬
「本当にそんなガスが噴き出したら、迷わずお前に向けてやる」
緊張感の無い会話を交わしているが、二人は決してふざけてはいない。
同じように手袋を嵌めた穂積が、一人だけ小野瀬に近付いて、傍らから手元を覗き込んだ。
小野瀬
「開けるよ」
穂積
「いいわよ」
開けて、と言う穂積の声に合わせて、小野瀬が、封筒から中身を引っ張り出した。
出てきたのは、二つ折りにされた白い厚紙。角が丸くなっている、いわゆるメッセージカードだ。
小野瀬
「読むよ」
穂積が頷き、小野瀬が、カードを開いた。
……「『4人目の「黒い人物」は、丘の上の教会にいます。怪盗ウェディング・ベルより』」
穂積
「……怪盗……」
全員
「……ウェディング・ベル……」
小野瀬の声を聞いた全員の脳内で、リーン、ゴーン…と、鐘の音が鳴り響いた…
☆3回目のウエディング・ベル。
明智さん、藤守さん、如月さんが恋愛ステージに上がっています。
ここからは小野瀬さんも加わっていきますよ。
停滞していた分、サクサク進めます!
04/22(Fri) 18:11
小春
穂積
「…差出人は、アイツだわ」
小野瀬
「さすがに、断定するのは早くない?」
小野瀬ラボに移動して、手紙から指紋を検出する作業をしながら、穂積と小野瀬は推理を始めていた。
他のメンバーには帰宅するよう命じたので、二人だけでの残業だ。
作業する小野瀬の傍らで、穂積はソファに手枕で寝そべっている。
小野瀬
「指紋、出ないね」
穂積
「あんなふざけた手紙をよこすのは、アイツぐらいのものでしょう」
小野瀬
「お前、考えるの面倒くさくなってるだろ」
穂積
「失礼ね。確かに面倒くさくなってるけど、仕事ですもの。真面目に考えているわよ」
小野瀬
「面倒くさいのは否定しないんだ」
小野瀬は苦笑した。
穂積の気持ちも分からないではない。
さくらが丘団地の周辺は、不審者による声掛け事案が多過ぎる。
ただ、ここまでに、そのうちの幼児、小学校低学年、小学校高学年に対する事案は、解決したと言っていい。
だが、中学生、高校生、大学生、社会人が不審者に声を掛けられた事案の容疑者は、まだ、絞られていない。
今の態度を見ると、穂積には、この手紙の差出人が誰なのか、そして、何が目的なのかまで、おおよそ見当がついているらしいけれども。
小野瀬
「俺には、まだ分からないよ。あの丘の上の教会は、団地の建設に合わせて建てられた物で、歴史は浅いだろう?アイツの欲しがりそうな、アンティークなお宝があるとは思えない」
穂積
「でも、アイツは最初からあの団地にいたわ。小春と一緒に」
穂積は、閉じていた瞼を、片方だけ開いてみせた。
穂積
「泥棒の価値観なんて、理解出来るわけがないわよ」
小野瀬
「それは……まあ、そうだけど」
穂積
「というわけで、小野瀬、頼むわ」
小野瀬
「俺?!」
穂積
「アイツの担当はアンタでしょ?」
小野瀬
「そんな設定無いよ!」
穂積
「『頭のいいおバカさん』とか言われてなかった?」
小野瀬
「言ったのは俺だよ!」
穂積
「櫻井をつけるわ」
小野瀬
「……」
穂積
「はい、決まりね」
穂積はそれだけ言うと、言い返す言葉が見つからずにいる小野瀬をよそに、再び、瞼を閉じた……。
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04/22(Fri) 18:12
小春
小野瀬
「と、いうわけなんだ。櫻井さん、今日からよろしくね」
翼
「分かりました。私、精一杯お手伝いします!」
ぎゅぎゅっ、と、翼が拳を作って握り締めた。
穂積には文句を言ったが、翼はやっぱり可愛くて、小野瀬の頬は自然と緩んでしまう。
もうすぐ、明智くん一人の女性になっちゃうのかあ。
そう思うと、いかにも惜しい気がした。
もっと、本気で接してみれば良かったかも。
そうしたら、もしかして……
そこへ。
如月
「じゃあ、行きましょうか。小野瀬さん、後部座席に座ってください。あ、翼ちゃんは助手席ね」
小野瀬
「え?どうして如月くんが?それに、なぜ、彼女は助手席?」
如月
「だって、翼ちゃんと小野瀬さんを、二人だけで行動させるわけにはいかないじゃないですか。それに、二人を並べて座らせて、翼ちゃんが妊娠しちゃったりしたら、オレ、明智さんと室長に(ピー)されちゃいます」
小野瀬
「あのねえ、いつも言うけど!いくら俺でも、近付いただけで妊娠はさせられないから!」
如月
「妊娠させられるくらい近付こうとしたら、オレ、小野瀬さんでも投げ飛ばしますよ。室長の許可は得てます」
しれっと答える如月に対して、小野瀬は頭を抱えた。
小野瀬
「穂積に騙された……!」
翼
「あの、何と言えばいいか…すみません」
小野瀬
「……いや、きみたちは悪くないよ。全部、あの悪魔が悪いんだ」
深々と溜め息をついて、小野瀬は、如月の言葉に従って、覆面パトカーの後部座席に乗り込んだ。
バックミラーに映る小野瀬に、如月は、心の中で謝っていた。
如月
(小野瀬さん、室長、すみません……)
実は、穂積は、小野瀬の認識通り、教会の捜査には小野瀬と翼だけを向かわせようとしていた。
そこに、上記のような理由をこじつけて、如月が穂積の割断を変えたのだ。
穂積は、「あらそう」と言っただけで、如月の意見を容れてくれた。
自分の、翼への思いを見抜かれたのかも、とも思うが、穂積はそんなに甘くはない。
許されたのは、きっと、別の理由がある。
如月は、隣に翼がいる嬉しさを感じながらも、決して油断しないようにしよう、と気を引き締めるのだった。
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04/22(Fri) 18:13
小春
『毎週日曜日には、お気軽にミサへおいでください。さくらが丘教会』と書かれた看板の横をすり抜けて、如月の運転する車は駐車場に入った。
平日の朝、他に車は無く、辺りに人の姿も無い。
植樹されたと思われる広葉樹の下には花壇があり、可憐な花々が咲き並んでいた。
翼
「きれいな教会ですね。小さくて、可愛い」
小野瀬
「やっぱり、まだ新しいな」
如月
「オレ、教会なんて、初めて来ましたよ」
翼
「誰もいませんね。あ、でも、近々、ウェディング関係のイベントがあるみたいですよ。ほら、張り紙が」
小野瀬
「『チャペル・ウェディングを夢見るあなたへ』…か」
如月
「ちょっと気になるー」
三人が車から降りた時、建物の中から誰かが出てきた。
「おや、これはこれは皆さん、お揃いで」
特徴のある、中性的な声。
如月
「あーっ、ジョン・スミス!」
ジョン・スミスはニコニコ笑いながら三人に近付くと、如月と小野瀬を無視して、翼の前で優雅に一礼した。
JS
「おはよう、マルガレーテ」
そうして自分の手に翼の手を乗せると、唇の触れない、真似事だけのキスをした。
小野瀬
「はいはい、おはよう」
間に割り込んで、JSを引きはがしたのは小野瀬だ。
JS
「おやおや」
小野瀬
「おや、じゃないよ。手紙で呼んだのはきみだろう?白々しい」
JS
「おや、バレてましたか。さすがは御大」
小野瀬
「本当に白々しいよね。いつから、『怪盗ウェディング・ベル』に改名したの」
小野瀬は形の良い眉をひそめて、翼を背中に隠した。
小野瀬
「それより…」
「まあ、スミスさん」
鈴を転がしたような声が、三人の背後からJSを呼んだ。
JS以外の三人が驚いて振り向くと、そこには、絵に描いたような……
いや、絵は絵でも、漫画に出てくる、鈴を付けた青い猫型ロボットのような……姿のシスターが、佇んでいた。
シスター
「ご友人ですか?教会にいらしたなら、大歓迎ですわ」
シスターは、にっこりと微笑んだ。
JS
「ご紹介しますよ、シスター・藤子…いえ、失礼、シスター・フユコ」
シスター・フユコ
「お構いなく。なぜかしら、よく間違われますのよ」
JSが名前を間違えたのにも関わらず、ドラ…シスターは、おっとりとした笑顔を三人に向けた。
「小野瀬葵です」「如月公平です」「櫻井翼です」
JSとシスターにペースを握られた三人は、結局、警察だと身元を明かした方がいいのかどうか、判断のつかない内に、自己紹介する羽目になってしまった。
小野瀬
「こちらの教会では、シスターが司祭にあたられるのですか?」
シスターを直視せず、後ろに建つ教会を見上げながら小野瀬が質問したのは、どうも、教会の中にも外にも、このシスター以外に関係者の気配が感じられないからだった。
シスター・フユコ
「ええ。昔は、男性だけが司祭になれたのですけど。最近は、ここのように人手不足な地域では、私のような者でも、一般的なミサや結婚式まででしたら、行えるようになりました」
神の御心のおかげです、と、シスターは、首から提げたロザリオを握って天に感謝を捧げた。
JS
「では、シスター・フユコ、僕はこれで失礼します」
小野瀬が、え、と声を出しそうになる。
JS
「御大、シスターに、礼拝堂の壁画を見せていただくといいですよ」
小野瀬
「へえ、壁画があるの」
JS
「ええ。長崎で十字架刑に処せられた、日本26聖人の石膏像などもございます。神の教えを布教する中で弾圧に斃れた信者たちに思いを馳せるのも、教会の味わい方です」
小野瀬
「日本26聖人……たしか、5人はスペイン人、1人はポルトガル人で、残りの20人が日本人だったよね」
シスター・フユコ
「あら、小野瀬さんは、美術やカトリックの歴史に興味がおあり?嬉しいですわ。どうぞどうぞ、ぜひご覧になって」
如月
「あ、じゃあ、小野瀬さん、オレたちは、JSと一緒に、先に、『出張さくら庵』で朝食を食べてますから!」
小野瀬
「ええ?!」
JS
「ああ、そうですね。御大はインドア派で運動不足ですから。たまには、この丘の上から下の団地までくらい、お散歩されるのもよろしいかと」
小野瀬
「せ、せめて、櫻井さんを置いていってよ!」
翼
「すみません小野瀬さん、私、実家に神棚と仏壇があるんです!」
シスター・フユコ
「この教会は新しいですが、壁画は司教様から頂いて移設したもので、歴史がありますのよ。小野瀬さんのような方に、ご覧いただきたいですわ」
小野瀬
「そういうのはJSに……」
反論しながらも、小野瀬は観念したらしく、シスターにぐいぐいと引っ張られていく。
三人は小野瀬に手を合わせてから、車に乗り込んだ。
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04/22(Fri) 18:14
小春
小春
「はい、翼ちゃんに日替わりモーニングセット。如月さんに親子丼。太郎さんにモカブレンドです、お待ちどおさま!」
小野瀬を神へのいけにえにして教会から逃げてきた三人は、さっき方便に使った『出張さくら庵』、つまり、さくらが丘団地の共有スペースに出店しているキッチンカーが広げるテーブルセットにて、朝食を摂っていた。
畳むとコンパクトになる簡素なテーブルと造り付けの椅子のセットだが、隙間から見える緑の芝生が目に心地よい。
JS
「朝から親子丼ですか、さすが、元気がありますね」
如月
「まあね、若いから。JSはコーヒーだけで大丈夫なの?」
JS
「ふふふ。実は僕、教会に行く前に、すでにここで朝食は済ませたのです。小春さんが作ってくださるホタテのお粥は絶品ですよ」
如月
「何それ美味そう!小春ちゃん、オレにも!」
小春
「今朝の分は、太郎さんが全部食べちゃいました」
如月
「酷い!そもそも、なんで小春ちゃんは、JSを『太郎さん』って呼んでるの?!どういう関係なの?!」
「如月さん」
ごほん、と翼が咳払いをした。
如月
「あ、いけね。なれ合ってる場合じゃなかった!……ええと、JS、手紙で言ってた『4人目の黒い人物』って、あのシスターの事?」
JS
「そうです」
翼
「たしかに、黒と白の修道服でしたけど」
JS
「彼女、どこかミステリアスでしょう?」
如月と翼は、さっき別れたばかりのシスター・フユコを思い出そうとした。
途中で一回、頭に浮かんだ青と白の猫型ロボットを打ち消してから、黒と白の修道服のシスター・フユコを思い浮かべる。
JS
「……実はね。あの教会にはもともと、司祭として、男性の神父がいたのです。ところが、ある日を境に彼の姿が消え、その後、あのシスターが現れた」
親子丼をかきこんでいた如月の箸が、止まった。
翼
「行方不明になった、ということ?あ、でも、別の教会に移った、という可能性もあるんじゃない?シスターが言っていたでしょう、このあたりは、司祭の人手が足りていないって」
如月
「待って、翼ちゃん」
如月が、ポケットから手帳を取り出した。
如月
「声掛け事案の聞き込みをしていた時、主に中学生とその保護者の年代から、出てきた話がある。ええと……」
如月は手帳のページを繰って、聞き取りをした時のメモを指でなぞった。
如月
「これだ。『とてもいい団地だよ。でも、学習じゅくが欲しいな。前は、しんぷさんが教えてくれてたんだけど』」
JS
「僕、日本語は苦手ですが、『塾』という字は書けますよ」
如月
「うるさいなあ。メモだからいいんだよ。もうひとつある。『そういえば、しんぷさんはどこへ行ってしまったのかしら。娘の高校受験ではお世話になったわ。とても良い方だったのに』」
翼
「……如月さん、それは、『中学生に声を掛けていた不審者』について、聞き込みをしていた時の、雑談の内容ですよね?」
如月
「うん」
如月は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
如月
「オレ、今の今まで、『しんぷさん』って、『結婚したばかりの女の人』だと思ってたよ。『●UMON行くもん』で有名な塾あるじゃん。そこの先生かなって。だから、報告書にも『新婦さん』って書いちゃった。でも、教会、で思い出したよ。『新婦さん』じゃなくて、『神父さん』だったんだね」
翼
「勘違いはだれにでもありますよ。『神父さん』って、日本ではあまり馴染みが無い職業ですし」
如月
「ありがとう、翼ちゃんは優しいなあ」
JS
「ちなみに、KUM●Nの教室の先生になれるのは、女性だけですけどね」
JSが、視線を『イチゴドルチェ&バッナーナ』の店舗に移した。
ガラスの反射で店内は見えないが、今日も、穂積と明智、小野瀬があの中にいるはずだ。
JS
「たぶん、ルイルイは、報告書を読んで、『新婦』が『神父』である可能性も考えたんでしょうね。だから、僕の手紙を受け取った後、教会に三人も派遣してくれた」
朝食の客足が落ち着いたらしく、小春が来て食器を下げ、代わりに緑茶を淹れた湯飲みを三つ、置いて去っていった。
こちらから声を掛けない限り、小春は、捜査に関わりそうな事柄に聞き耳を立てたり、話に口を挟んだりはしない。
それでも小春が厨房に消えるのを待って、JSは口を開いた。
JS
「僕も調べたんですよ、如月さん。『中学生に声掛けしていた不審者の特徴』をね。結果は、年齢も人相もバラバラでした。おそらく、人を雇ったんでしょう」
翼
「誰かが、関係ない人たちを使って、中学生に声を掛けさせて、何かを調べていた、と言う事?」
JS
「そう。では、彼らは何を調べていたか?それは、ある人物の行方です。もうひとつは、誰が調べさせていたか?それは…」
小野瀬
「あの、シスターだね」
JSの言葉を継いだのは、小野瀬の声だった。
[削除]
04/22(Fri) 18:19
小春
小野瀬
「教会で、たっぷり壁画の説明を聞かせてもらってきたよ」
JS
「それはそれは。未婚の乙女とふたり、さぞかし楽しい時間を過ごしてこられたことでしょう」
小野瀬
「おかげさまでね」
表向きにこやかに話すJSと小野瀬だが、二人の間に、陰険な雰囲気の火花が見える。
小春が小野瀬のお茶を届けに来て、再び去ると、それはより露骨になった。
小野瀬
「いろいろ言いたいことはあるけれど、まずは、きみの話の続きを聞こうか」
小野瀬は、如月と翼の間に長い足を入れると無理やり椅子に腰かけ、おかげで如月は立ち上がらなくてはならなかった。
テーブルの付属品である椅子はベンチのような長椅子だが、サイズがコンパクトなので、大人なら二人しか座れないのだ。
翼の横を取られて文句を言いたい如月ではあったが、さっき置き去りにしてしまった負い目があるので、黙ってJSの隣に移動するしかない。
JS
「恐縮ですが、聞いた話はそこまでなんですよ。……シスターが調べさせていたのは、前任の神父の噂です。どこかで見かけなかったか?今、何をしているか知っているか?」
翼
「どうして、そんなことを知りたいんでしょうか?」
翼が首を傾げる。
如月
「そうだよね。普通に考えたら神父を続けている可能性が高いし、それなら、教会という横の繋がりがあるシスターの方が、現在の様子を知っているはずじゃん」
しばらく黙っていた小野瀬が、JSを見据えた。
小野瀬
「もしかして、きみも、その神父の行方を探しているの?」
JSが、ぱちぱちと軽く拍手をして肯定する。
JS
「ご名答です」
小野瀬
「あのね。警察は忙しいんだよ。特異行方不明者として捜索願が出ているならともかく、一般的な成人の行方が分からないだけでは、積極的な捜査はしないの」
如月も翼ももちろん知っているが、特異行方不明者とは、捜索願が出されている人のうち、例えば以下のような人の事を言う。
小学生などの子供や、認知症を患っている老人など、別の場所で一人で生活していくのが困難な人。
誘拐などの事件に巻き込まれている可能性が高い人。
行方不明前後の行動で、水難や交通事故等に遭遇している人。
遺書があったり、自殺のおそれがある人。
精神障害などで、自分や他人を傷つけるおそれがある人。
少年の福祉を害する危険がある人。
JS
「おっしゃる通り、神父の彼には捜索願も出されていませんし、ごく一般的な成人です。事件を起こすような人物でもない」
小野瀬
「それどころか、頭脳明晰で、人柄も良く、小人数相手ではあるが教会で学習塾を開いていて、地域の人たちとの交流もあったそうじゃないか」
JS
「シスターから聞いたんですか?」
小野瀬
「ああ。彼女はとても心配していた」
JS
「……」
如月
「あのさ。JSが、なぜ神父さんを探しているのか、まだ、聞いてないんだけど」
翼
「そうですね」
JSは小野瀬から、如月に視線を戻した。
JS
「友人なんですよ」
小野瀬
「……それだけ?」
JS
「ええ。長い付き合いの、僕にしては数少ない、真っ当な友人の一人です。だから、探しています。でも、どうしても見つからない」
小野瀬
「それで、きみは、捜査室のメンバーが来る前からここにいて、手がかりを探していたわけか」
JS
「彼を見つけていただけたら、感謝します」
「……」
沈黙が下りた。
小野瀬を見つめるJSは真剣で、いつもの飄々とした表情ではない。
しばらく無言の攻防があったあと、小野瀬が、ふう、と溜め息をついた。
小野瀬
「如月くん、櫻井さん、どう思う?俺は、まだ、完全には彼を信用できないんだけど」
翼
「私もです。でも、神父さんの行方が分からないのは、事実なんですよね?」
如月
「もし、神父さんを見つけたら、残りの声掛け事案の解決に協力する、って、約束してもらうのは、どうですか?オレたち人手が足りないし」
如月の提案に、翼と小野瀬が驚いた顔をした。
如月
「えーっと、なんでしたっけ。ウインウイン?でしたっけ、ギブアンドテイク?ってやつでしたっけ」
翼
「要するに、捜査協力、ですね」
小野瀬
「ははっ、なるほど。金銭で謝礼を受け取る訳にはいかないからね。考えたね、如月くん」
小野瀬が目を向けると、JSの表情に、いつもの明るさが戻ってきていた。
JS
「そんなのは、お易いご用ですよ」
翼も、ほっとした顔をしている。
「難しいお話はまとまりましたか?」
キッチンカーの厨房から、小春がひょこりと顔を出した。
「おやつの差し入れは任せて下さいね!」
如月
「やった!善良な都民の小春ちゃんからの好意は断れないよね!」
如月の明るい声につられるように、小野瀬もJSも翼も、思わず笑ってしまったのだった。
04/22(Fri) 18:19
小春
翌日。
如月
「全っ然、分からない…」
如月は、『イチゴドルチェ&バッナーナ』の閉店後の店内で、テーブルに突っ伏していた。
如月
「……室長、ヒントをくれませんか?せめて、神父の生死だけでも……」
穂積
「アンタ、JSと取り引きしたんでしょう?その、行方不明の神父を見つけ出す、って」
イチゴがオーナーを務めるこの店で、日中、穂積はホールを担当している。
料理が出来ないので厨房では役に立たないが、穂積の記憶力は抜群で、機転が利いて客あしらいが上手いので、ホールに置けば、大量の注文でも、厄介な客でも、難なく捌くことが出来る。
何より、顔がいい。声がいい。時々、イチゴが彼のお尻を撫でようとして投げ飛ばされているほど、ギャルソンエプロンを着けて引き締まった後ろ姿がいい。
明智が料理を作って穂積が運ぶようになる前には赤字を抱えていた店は、今では常に満席、ピーク時には長い行列が出来るほど繁盛していた。
もちろん、穂積の目的は経営の健全化ではない。利益を考えるなら、回転率をもっと上げたいくらいだ。穂積に見惚れているお客が、なかなか帰らないのである。
閉店後は、こうして、精算処理をしながら、その日、来店した客たちの会話から得た情報を整理するのが、穂積の日課になっていた。
如月
「いじわる言わないでくださいよ。確かに取り引きしましたけど」
穂積
「神父は生きていると思うわよ」
がばっ、と、如月が跳ね起きた。
如月
「マジですか?!」
穂積
「ええ。ワタシはそう思ってるわ」
如月
「じゃあ、どこにいるんですか?」
穂積
「そうねえ…意外と身近にいたりして?」
如月
「もう少し詳しくお願いします!オレ、翼ちゃんにいいとこ見せたいんですよ!」
如月が手を合わせると、穂積は手を止め、怪訝な表情を浮かべて如月を見つめた。
穂積
「……最近、藤守といいアンタといい、やけに櫻井を意識してるわねえ。なに?明智と櫻井、うまくいってないの?」
如月
「いえ、そこまでは…でも、オレが翼ちゃんだったら、やっぱり、明智さんには、もっと、イチゴちゃんに対して、ハッキリ拒絶してほしいって言うか。彼女である自分をフォローしてほしいって言うか、なんて言うか」
穂積
「なるほど……不安なわけね、櫻井は」
穂積が、読めない表情に変わる。
穂積
「……明智に伝えておくわ。ぐずぐずしてると、婚約ぐらい、簡単にひっくり返されちゃうわよ、って」
如月は、穂積の言葉と態度に、なんとなく胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
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04/22(Fri) 18:22
小春
翌日、警視庁の小野瀬ラボ。
小野瀬
「昨日までに分かった事を元に、神父の行方について、仮説を立ててみた」
白衣の小野瀬が、ペンを手にホワイトボードの前に立っている。
小野瀬
「まず、神父が最後に目撃された日だけど、今からおよそ半月前、先月最後の日曜日だ。この日、神父は教会で最後のミサを行っていて、複数の目撃証言がある」
如月
「この時、神父は、『来週からはシスター・フユコが司祭になる』と、参加者に明言していましたよね」
小野瀬
「そう。学習塾の閉鎖に関しても、通っていた生徒や近隣の家庭にまで事前にきちんと説明していたし、当日は、保護者主催のお別れ会も開かれている」
翼
「シスター・フユコに引き継がれた教会の運営も、敷地内にある墓地の管理についても、問題は無いわけですね」
小野瀬
「その通り。神父は、自分がいなくなってもシスターが何も困らないよう、全ての引き継ぎ手続きを済ませている。だから、普通なら、もう、シスターと神父との関係は、終わっていていいはずなんだ」
ここまでは、確認だった。
では、小野瀬の仮説とは?
小野瀬
「シスターは、神父が、司祭の座はシスターに譲っても、教会に残って、学習塾も続けてくれるものと思っていたんじゃないかな」
翼
「あ、なるほど」
如月
「そうか。ところが、神父さんは出て行っちゃった」
小野瀬
「学習塾の月謝は、教会にとってかなりの収入源だったはずだ。それが無くなってしまったので、シスターは困って、神父を呼び戻そうと、彼の行方を探している」
翼
「ありそうな話ですね」
翼は、小野瀬の仮説に感心したように頷いている。
如月には面白くなかった。
が、小野瀬の話には、まだ、続きがあった。
小野瀬
「もうひとつ、仮説を立てられる。……俺はむしろ、JSは、こちらを危惧しているんじゃないかと思うんだけど」
なんとなく、歯切れが悪い。
如月と翼は顔を見合わせてから、首を傾げて小野瀬を見た。
再開します!
小春
藤守の怪我が心配で、翼は思わず「自分も残る」と口に出してしまった。
言われた方の藤守も、一瞬、嬉しそうな表情を浮かべた。
如月
「……」
如月は、敏感だ。
たったそれだけのやり取りを見ただけで、翼と藤守の間に流れる空気が、どこか今までと違っているのを感じ取る事が出来る、そのくらいには。
それが何なのか、何故なのか。
考えるより早く、如月はもう、翼の手を掴んで引っ張っていた。
如月
「ダメだよ、翼ちゃん。オレ、今来たばかりで事情が分からないんだから。一緒に捜査室に戻って、説明してくれなくちゃ、困る」
そう言ってみても、翼は頷かない。
「でも」と言いながら、泣きそうな顔で藤守の顔を見ている。
如月は、もう一度、翼の手を引いた。
如月
「藤守さんの怪我が心配なのは、分かるけどさ。今は、この人たちを連れて、急いでこの場所から離れなきゃいけないんだろ?」
如月の言葉に、唇を開いた翼よりも先に、藤守が返事をした。
藤守
「せや、櫻井。早よせんと、校長が戻って来て、教頭先生たちと鉢合わせしてまう。……俺なら、大丈夫や」
でも、と粘る翼の頭に、藤守が、傷めていない方の手を乗せて、あやすように軽く撫でた。
藤守
「頼むわ、な?」
痛みを隠して笑顔を見せる藤守に、翼も、さすがにそれ以上は強情を張らなかった。
翼
「……分かりました。藤守さん、ちゃんと、手当を受けて下さいね」
藤守
「分かってるて。おおきに」
如月
「翼ちゃん、早く。先生たちも」
証拠品の束を抱えた教頭と奈矢見をパトカーに乗るよう促して、如月は、運転席に回り込んだ。
シートベルトを締めると、少し遅れて、翼も助手席に乗り込んで来る。
心なしか、瞳が潤んでいるように如月には見えた。
如月
(翼ちゃんに何したんだよ、藤守さん)
さっき声に出した言葉とは裏腹に、如月の頭の中を占めていたのは、事件の真相などより、翼と藤守の関係についてだった。
如月
(翼ちゃんは、明智さんの婚約者だ、って、話したばっかりじゃん!)
藤守の事は、もちろん好きだ。
優しい先輩だし、藤守が、以前から、翼に特別な感情を向けていた事も、知っている。
だけど、それとこれとは別だ。
藤守が、本気で明智から翼を奪おうとしているのなら、止めなければならない。
如月にとって、明智は、警察に入る前からの、特別な憧れの対象なのだから。
そして、翼もまた、特別な存在なのだから。
如月
(ズルいよ、藤守さん)
如月はハンドルを握り締めると、見送る藤守を見ないようにしながら、アクセルを踏み込んだ。
如月
(オレだって、オレだって……!)
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04/22(Fri) 18:09
小春
ここは捜査室。
イチゴの店の営業時間が終了した後、穂積、明智、小野瀬が戻って来た。
室長席の穂積を囲むようにして皆が集まり、それぞれが今日の報告をし、情報を共有したところだ。
治療を受けた藤守も追い付いて、昼間は散り散りに捜査しているメンバーたちが、久しぶりに顔を合わせる。
穂積
「バールのような物で殴られて、打撲だけで済んだとは……運が良かったわね」
藤守
「ほんまですわ。まあ、奈矢見さんは、人目を避けて校長室の床を剥がそうとしていたところでしたから、急に現れた櫻井に驚いて、咄嗟にバールを振り回した感じで。本気やなかったのが幸いしました」
腫れた片腕を三角巾で吊っている藤守が、それでも奈矢見を庇うのを聞いて、穂積が、ちっ、と舌打ちをした。
その傍らで、小野瀬が笑う。
小野瀬
「藤守くん、逆だよ」
藤守
「はい?」
小野瀬
「穂積が『運がいい』と言ったのは、『きみが軽傷で済んだ事について』ではなくて、『きみが軽傷で済んだから、奈矢見の方が命拾いをした』という意味だよ」
藤守
「は?」
穂積
「小野瀬、余計な説明はしなくていい」
小野瀬
「きみの怪我がもっと酷かったら、穂積は奈矢見を無傷じゃ済ませないところだ。だから、奈矢見は幸運だったし、穂積にも、傷害の前科が付かずに済んだよね、という話」
ウィンクする小野瀬の言葉に、藤守が感涙を滲ませる。
藤守
「室長が、俺の為に怒ってくれはるなんて……!」
穂積
「そんな事で嬉しそうな顔をするんじゃない!」
穂積が、顔を赤くして藤守を怒鳴り、机を叩いた。
穂積
「アンタは人が好すぎるの!それに、アンタが間に合わなかったら、殴られていたのは櫻井だったのよ?!どちらにしても、ワタシが怒るに決まってるでしょ!」
藤守
「すんません」
藤守はハッとしたように、大きな身体を小さくした。
確かに、襲われたのは翼だったのだ。
穂積
「……でも、礼を言うわ」
立ち上がった穂積が、藤守の肩に手を乗せた。
穂積
「藤守、櫻井を守ってくれて、ありがとう」
藤守
「……室長……」
すぐまた涙ぐむ藤守に、穂積はいい笑顔で、ぐっ、と親指を立てて見せた。
穂積
「だから、労基から労災手当をふんだくる手続きの方は任せてちょうだい」
藤守
「……そちらはお任せします」
藤守の肩に、別の手が乗った。
明智
「俺からも、礼を言わせてくれ。藤守、ありがとう」
藤守
「はは…」
藤守は、曖昧な笑い声で明智に応えるしかなかった。
翼は明智の婚約者だ。
礼を言われるのは当然だ。
だが、それでも、好きな女の子が、自分のものにはならないと実感させられるのはつらい。
小笠原
「怪我といえば、南原ムタキを取り押さえたのがイチゴちゃんだという事実は、明かされない事になったらしいよ」
明智が淹れてくれたお茶を飲みながら、小笠原がぼそりと呟いた。
小笠原
「あそこのマネージャーは空気みたいだけど、有能だからね。活躍したイチゴちゃんの身元を、そうとは知らずに洗い出しそうになった地元のマスコミに対して、
『アイドルの桃井イチゴが、そんな物騒な場所にいるはずがないじゃないですかー』と笑い飛ばして、それ以上の追及をシャットアウトしたらしい」
隣で明智がため息をつく。
明智
「細マッチョの腹筋を品定めしたかったという動機を除けば、やったことはお手柄なんだがな……」
穂積
「イチゴの方がよほど物騒よ」
小笠原
「イチゴちゃんは、あとでマネージャーさんに『TPOをわきまえず、すぐに腹筋を触りにいくのはやめなさい』って、こんこんとお説教されたみたいだけど」
藤守
「説教なんか効かへんやろうな、イチゴには」
小野瀬
「結局、南原ムタキという露出マニアが、小学校の校庭に不法侵入して騒ぎを起こし、校長以下、教職員たちが協力して撃退した……そんな、三面記事にも載らないような事件として処理されるわけか」
穂積
「そうね。ただ……校長だけは、そうはいかないでしょうね」
穂積がにやにやしながら、くい、と小笠原を顎で示した」。
全員が穂積から小笠原に視線を移した先で、小笠原が、ナナコの画面をこちらに向ける。
【小学校校長、数年に渡って、児童の悩みを種に私腹を肥やす!】
【取り調べにあたっている警察関係者によると、さくらが丘小学校の校長は、長年に渡り、万引きなどの軽犯罪を隠蔽する代わりに保護者から謝礼を受け取り、また、いじめに関わっていた児童の保護者から、内申書に響かないようにするための口止め料など、いくつもの名目で多方面から金銭を受け取り……】
【事実を知った教職員が、独自調査し証拠を集めた上で、内部告発に踏み切って真実が明るみに出た……】
派手な見出しが、ネットニュースの速報を飾っている。
藤守と翼が、あっ、と声を上げた。
穂積
「ワタシの可愛いワンコが傷つけられたんですもの。元凶である校長にも、多少は痛い思いをしてもらわないと」
まさに電光石火。
しかも、絶対「多少」では済まない。
処刑開始を告げる穂積の笑顔は、今さらながら、おそろしいほどに美しかった……。
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04/22(Fri) 18:10
小春
如月
「室長、取材協力終わりましたー」
ちょうどそのタイミングで、奈矢見の取り調べから、如月が戻ってきた。
話の様子から、取り調べの後、例の校長の件で、穂積が餌をまいたマスコミの取材に応対していたらしい。
穂積
「はいご苦労様、警察関係者のKくん」
如月
「逮捕のきっかけになった、南原とイチゴちゃんの騒ぎには触れないで、マスコミの興味が、校長の事件だけに向くように話したつもりですけど。上手くいったかなあ?」
穂積
「上出来、上出来」
明智
「如月、お疲れ。お茶どうだ」
如月
「ありがとうございます!さっき自販機で買おうかと思ったけど、明智さんのお茶が飲みたいと思って、ここまで我慢してきたんですよ!」
明智
「はは、そうか。嬉しいな」
明智も如月も嬉しそうで、全員揃った捜査室の中が、ほのぼのとした空気に包まれる。
が、その直後。
翼
「室長、不在中に届いていた手紙の中に、消印も、送り主の名前も無い封筒が混ざっています…」
困惑した翼の声が、空気を破った。
すかさず手袋を嵌めた小野瀬が、翼の差し出す手紙に近寄ってゆく。
翼の手から手紙を受け取ると、小野瀬は穂積を振り返った。
小野瀬
「宛名は『警視庁緊急特命捜査室』になってるね……。穂積、開封していい?」
穂積
「ちょっと待って。……全員、小野瀬から離れて、ワタシの後ろの壁際に避難しなさい。……はい、いいわよ小野瀬」
小野瀬
「知ってたよ、お前はそういうヤツだった…」
ぶつぶつ言いながら、小野瀬が、翼のペン立てからペーパーナイフを借りて封を切る。
穂積
「エロいフェロモンに反応して、毒ガスが噴出する仕掛けは無さそうね」
小野瀬
「本当にそんなガスが噴き出したら、迷わずお前に向けてやる」
緊張感の無い会話を交わしているが、二人は決してふざけてはいない。
同じように手袋を嵌めた穂積が、一人だけ小野瀬に近付いて、傍らから手元を覗き込んだ。
小野瀬
「開けるよ」
穂積
「いいわよ」
開けて、と言う穂積の声に合わせて、小野瀬が、封筒から中身を引っ張り出した。
出てきたのは、二つ折りにされた白い厚紙。角が丸くなっている、いわゆるメッセージカードだ。
小野瀬
「読むよ」
穂積が頷き、小野瀬が、カードを開いた。
……「『4人目の「黒い人物」は、丘の上の教会にいます。怪盗ウェディング・ベルより』」
穂積
「……怪盗……」
全員
「……ウェディング・ベル……」
小野瀬の声を聞いた全員の脳内で、リーン、ゴーン…と、鐘の音が鳴り響いた…
☆3回目のウエディング・ベル。
明智さん、藤守さん、如月さんが恋愛ステージに上がっています。
ここからは小野瀬さんも加わっていきますよ。
停滞していた分、サクサク進めます!
04/22(Fri) 18:11
小春
穂積
「…差出人は、アイツだわ」
小野瀬
「さすがに、断定するのは早くない?」
小野瀬ラボに移動して、手紙から指紋を検出する作業をしながら、穂積と小野瀬は推理を始めていた。
他のメンバーには帰宅するよう命じたので、二人だけでの残業だ。
作業する小野瀬の傍らで、穂積はソファに手枕で寝そべっている。
小野瀬
「指紋、出ないね」
穂積
「あんなふざけた手紙をよこすのは、アイツぐらいのものでしょう」
小野瀬
「お前、考えるの面倒くさくなってるだろ」
穂積
「失礼ね。確かに面倒くさくなってるけど、仕事ですもの。真面目に考えているわよ」
小野瀬
「面倒くさいのは否定しないんだ」
小野瀬は苦笑した。
穂積の気持ちも分からないではない。
さくらが丘団地の周辺は、不審者による声掛け事案が多過ぎる。
ただ、ここまでに、そのうちの幼児、小学校低学年、小学校高学年に対する事案は、解決したと言っていい。
だが、中学生、高校生、大学生、社会人が不審者に声を掛けられた事案の容疑者は、まだ、絞られていない。
今の態度を見ると、穂積には、この手紙の差出人が誰なのか、そして、何が目的なのかまで、おおよそ見当がついているらしいけれども。
小野瀬
「俺には、まだ分からないよ。あの丘の上の教会は、団地の建設に合わせて建てられた物で、歴史は浅いだろう?アイツの欲しがりそうな、アンティークなお宝があるとは思えない」
穂積
「でも、アイツは最初からあの団地にいたわ。小春と一緒に」
穂積は、閉じていた瞼を、片方だけ開いてみせた。
穂積
「泥棒の価値観なんて、理解出来るわけがないわよ」
小野瀬
「それは……まあ、そうだけど」
穂積
「というわけで、小野瀬、頼むわ」
小野瀬
「俺?!」
穂積
「アイツの担当はアンタでしょ?」
小野瀬
「そんな設定無いよ!」
穂積
「『頭のいいおバカさん』とか言われてなかった?」
小野瀬
「言ったのは俺だよ!」
穂積
「櫻井をつけるわ」
小野瀬
「……」
穂積
「はい、決まりね」
穂積はそれだけ言うと、言い返す言葉が見つからずにいる小野瀬をよそに、再び、瞼を閉じた……。
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04/22(Fri) 18:12
小春
小野瀬
「と、いうわけなんだ。櫻井さん、今日からよろしくね」
翼
「分かりました。私、精一杯お手伝いします!」
ぎゅぎゅっ、と、翼が拳を作って握り締めた。
穂積には文句を言ったが、翼はやっぱり可愛くて、小野瀬の頬は自然と緩んでしまう。
もうすぐ、明智くん一人の女性になっちゃうのかあ。
そう思うと、いかにも惜しい気がした。
もっと、本気で接してみれば良かったかも。
そうしたら、もしかして……
そこへ。
如月
「じゃあ、行きましょうか。小野瀬さん、後部座席に座ってください。あ、翼ちゃんは助手席ね」
小野瀬
「え?どうして如月くんが?それに、なぜ、彼女は助手席?」
如月
「だって、翼ちゃんと小野瀬さんを、二人だけで行動させるわけにはいかないじゃないですか。それに、二人を並べて座らせて、翼ちゃんが妊娠しちゃったりしたら、オレ、明智さんと室長に(ピー)されちゃいます」
小野瀬
「あのねえ、いつも言うけど!いくら俺でも、近付いただけで妊娠はさせられないから!」
如月
「妊娠させられるくらい近付こうとしたら、オレ、小野瀬さんでも投げ飛ばしますよ。室長の許可は得てます」
しれっと答える如月に対して、小野瀬は頭を抱えた。
小野瀬
「穂積に騙された……!」
翼
「あの、何と言えばいいか…すみません」
小野瀬
「……いや、きみたちは悪くないよ。全部、あの悪魔が悪いんだ」
深々と溜め息をついて、小野瀬は、如月の言葉に従って、覆面パトカーの後部座席に乗り込んだ。
バックミラーに映る小野瀬に、如月は、心の中で謝っていた。
如月
(小野瀬さん、室長、すみません……)
実は、穂積は、小野瀬の認識通り、教会の捜査には小野瀬と翼だけを向かわせようとしていた。
そこに、上記のような理由をこじつけて、如月が穂積の割断を変えたのだ。
穂積は、「あらそう」と言っただけで、如月の意見を容れてくれた。
自分の、翼への思いを見抜かれたのかも、とも思うが、穂積はそんなに甘くはない。
許されたのは、きっと、別の理由がある。
如月は、隣に翼がいる嬉しさを感じながらも、決して油断しないようにしよう、と気を引き締めるのだった。
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04/22(Fri) 18:13
小春
『毎週日曜日には、お気軽にミサへおいでください。さくらが丘教会』と書かれた看板の横をすり抜けて、如月の運転する車は駐車場に入った。
平日の朝、他に車は無く、辺りに人の姿も無い。
植樹されたと思われる広葉樹の下には花壇があり、可憐な花々が咲き並んでいた。
翼
「きれいな教会ですね。小さくて、可愛い」
小野瀬
「やっぱり、まだ新しいな」
如月
「オレ、教会なんて、初めて来ましたよ」
翼
「誰もいませんね。あ、でも、近々、ウェディング関係のイベントがあるみたいですよ。ほら、張り紙が」
小野瀬
「『チャペル・ウェディングを夢見るあなたへ』…か」
如月
「ちょっと気になるー」
三人が車から降りた時、建物の中から誰かが出てきた。
「おや、これはこれは皆さん、お揃いで」
特徴のある、中性的な声。
如月
「あーっ、ジョン・スミス!」
ジョン・スミスはニコニコ笑いながら三人に近付くと、如月と小野瀬を無視して、翼の前で優雅に一礼した。
JS
「おはよう、マルガレーテ」
そうして自分の手に翼の手を乗せると、唇の触れない、真似事だけのキスをした。
小野瀬
「はいはい、おはよう」
間に割り込んで、JSを引きはがしたのは小野瀬だ。
JS
「おやおや」
小野瀬
「おや、じゃないよ。手紙で呼んだのはきみだろう?白々しい」
JS
「おや、バレてましたか。さすがは御大」
小野瀬
「本当に白々しいよね。いつから、『怪盗ウェディング・ベル』に改名したの」
小野瀬は形の良い眉をひそめて、翼を背中に隠した。
小野瀬
「それより…」
「まあ、スミスさん」
鈴を転がしたような声が、三人の背後からJSを呼んだ。
JS以外の三人が驚いて振り向くと、そこには、絵に描いたような……
いや、絵は絵でも、漫画に出てくる、鈴を付けた青い猫型ロボットのような……姿のシスターが、佇んでいた。
シスター
「ご友人ですか?教会にいらしたなら、大歓迎ですわ」
シスターは、にっこりと微笑んだ。
JS
「ご紹介しますよ、シスター・藤子…いえ、失礼、シスター・フユコ」
シスター・フユコ
「お構いなく。なぜかしら、よく間違われますのよ」
JSが名前を間違えたのにも関わらず、ドラ…シスターは、おっとりとした笑顔を三人に向けた。
「小野瀬葵です」「如月公平です」「櫻井翼です」
JSとシスターにペースを握られた三人は、結局、警察だと身元を明かした方がいいのかどうか、判断のつかない内に、自己紹介する羽目になってしまった。
小野瀬
「こちらの教会では、シスターが司祭にあたられるのですか?」
シスターを直視せず、後ろに建つ教会を見上げながら小野瀬が質問したのは、どうも、教会の中にも外にも、このシスター以外に関係者の気配が感じられないからだった。
シスター・フユコ
「ええ。昔は、男性だけが司祭になれたのですけど。最近は、ここのように人手不足な地域では、私のような者でも、一般的なミサや結婚式まででしたら、行えるようになりました」
神の御心のおかげです、と、シスターは、首から提げたロザリオを握って天に感謝を捧げた。
JS
「では、シスター・フユコ、僕はこれで失礼します」
小野瀬が、え、と声を出しそうになる。
JS
「御大、シスターに、礼拝堂の壁画を見せていただくといいですよ」
小野瀬
「へえ、壁画があるの」
JS
「ええ。長崎で十字架刑に処せられた、日本26聖人の石膏像などもございます。神の教えを布教する中で弾圧に斃れた信者たちに思いを馳せるのも、教会の味わい方です」
小野瀬
「日本26聖人……たしか、5人はスペイン人、1人はポルトガル人で、残りの20人が日本人だったよね」
シスター・フユコ
「あら、小野瀬さんは、美術やカトリックの歴史に興味がおあり?嬉しいですわ。どうぞどうぞ、ぜひご覧になって」
如月
「あ、じゃあ、小野瀬さん、オレたちは、JSと一緒に、先に、『出張さくら庵』で朝食を食べてますから!」
小野瀬
「ええ?!」
JS
「ああ、そうですね。御大はインドア派で運動不足ですから。たまには、この丘の上から下の団地までくらい、お散歩されるのもよろしいかと」
小野瀬
「せ、せめて、櫻井さんを置いていってよ!」
翼
「すみません小野瀬さん、私、実家に神棚と仏壇があるんです!」
シスター・フユコ
「この教会は新しいですが、壁画は司教様から頂いて移設したもので、歴史がありますのよ。小野瀬さんのような方に、ご覧いただきたいですわ」
小野瀬
「そういうのはJSに……」
反論しながらも、小野瀬は観念したらしく、シスターにぐいぐいと引っ張られていく。
三人は小野瀬に手を合わせてから、車に乗り込んだ。
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04/22(Fri) 18:14
小春
小春
「はい、翼ちゃんに日替わりモーニングセット。如月さんに親子丼。太郎さんにモカブレンドです、お待ちどおさま!」
小野瀬を神へのいけにえにして教会から逃げてきた三人は、さっき方便に使った『出張さくら庵』、つまり、さくらが丘団地の共有スペースに出店しているキッチンカーが広げるテーブルセットにて、朝食を摂っていた。
畳むとコンパクトになる簡素なテーブルと造り付けの椅子のセットだが、隙間から見える緑の芝生が目に心地よい。
JS
「朝から親子丼ですか、さすが、元気がありますね」
如月
「まあね、若いから。JSはコーヒーだけで大丈夫なの?」
JS
「ふふふ。実は僕、教会に行く前に、すでにここで朝食は済ませたのです。小春さんが作ってくださるホタテのお粥は絶品ですよ」
如月
「何それ美味そう!小春ちゃん、オレにも!」
小春
「今朝の分は、太郎さんが全部食べちゃいました」
如月
「酷い!そもそも、なんで小春ちゃんは、JSを『太郎さん』って呼んでるの?!どういう関係なの?!」
「如月さん」
ごほん、と翼が咳払いをした。
如月
「あ、いけね。なれ合ってる場合じゃなかった!……ええと、JS、手紙で言ってた『4人目の黒い人物』って、あのシスターの事?」
JS
「そうです」
翼
「たしかに、黒と白の修道服でしたけど」
JS
「彼女、どこかミステリアスでしょう?」
如月と翼は、さっき別れたばかりのシスター・フユコを思い出そうとした。
途中で一回、頭に浮かんだ青と白の猫型ロボットを打ち消してから、黒と白の修道服のシスター・フユコを思い浮かべる。
JS
「……実はね。あの教会にはもともと、司祭として、男性の神父がいたのです。ところが、ある日を境に彼の姿が消え、その後、あのシスターが現れた」
親子丼をかきこんでいた如月の箸が、止まった。
翼
「行方不明になった、ということ?あ、でも、別の教会に移った、という可能性もあるんじゃない?シスターが言っていたでしょう、このあたりは、司祭の人手が足りていないって」
如月
「待って、翼ちゃん」
如月が、ポケットから手帳を取り出した。
如月
「声掛け事案の聞き込みをしていた時、主に中学生とその保護者の年代から、出てきた話がある。ええと……」
如月は手帳のページを繰って、聞き取りをした時のメモを指でなぞった。
如月
「これだ。『とてもいい団地だよ。でも、学習じゅくが欲しいな。前は、しんぷさんが教えてくれてたんだけど』」
JS
「僕、日本語は苦手ですが、『塾』という字は書けますよ」
如月
「うるさいなあ。メモだからいいんだよ。もうひとつある。『そういえば、しんぷさんはどこへ行ってしまったのかしら。娘の高校受験ではお世話になったわ。とても良い方だったのに』」
翼
「……如月さん、それは、『中学生に声を掛けていた不審者』について、聞き込みをしていた時の、雑談の内容ですよね?」
如月
「うん」
如月は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
如月
「オレ、今の今まで、『しんぷさん』って、『結婚したばかりの女の人』だと思ってたよ。『●UMON行くもん』で有名な塾あるじゃん。そこの先生かなって。だから、報告書にも『新婦さん』って書いちゃった。でも、教会、で思い出したよ。『新婦さん』じゃなくて、『神父さん』だったんだね」
翼
「勘違いはだれにでもありますよ。『神父さん』って、日本ではあまり馴染みが無い職業ですし」
如月
「ありがとう、翼ちゃんは優しいなあ」
JS
「ちなみに、KUM●Nの教室の先生になれるのは、女性だけですけどね」
JSが、視線を『イチゴドルチェ&バッナーナ』の店舗に移した。
ガラスの反射で店内は見えないが、今日も、穂積と明智、小野瀬があの中にいるはずだ。
JS
「たぶん、ルイルイは、報告書を読んで、『新婦』が『神父』である可能性も考えたんでしょうね。だから、僕の手紙を受け取った後、教会に三人も派遣してくれた」
朝食の客足が落ち着いたらしく、小春が来て食器を下げ、代わりに緑茶を淹れた湯飲みを三つ、置いて去っていった。
こちらから声を掛けない限り、小春は、捜査に関わりそうな事柄に聞き耳を立てたり、話に口を挟んだりはしない。
それでも小春が厨房に消えるのを待って、JSは口を開いた。
JS
「僕も調べたんですよ、如月さん。『中学生に声掛けしていた不審者の特徴』をね。結果は、年齢も人相もバラバラでした。おそらく、人を雇ったんでしょう」
翼
「誰かが、関係ない人たちを使って、中学生に声を掛けさせて、何かを調べていた、と言う事?」
JS
「そう。では、彼らは何を調べていたか?それは、ある人物の行方です。もうひとつは、誰が調べさせていたか?それは…」
小野瀬
「あの、シスターだね」
JSの言葉を継いだのは、小野瀬の声だった。
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04/22(Fri) 18:19
小春
小野瀬
「教会で、たっぷり壁画の説明を聞かせてもらってきたよ」
JS
「それはそれは。未婚の乙女とふたり、さぞかし楽しい時間を過ごしてこられたことでしょう」
小野瀬
「おかげさまでね」
表向きにこやかに話すJSと小野瀬だが、二人の間に、陰険な雰囲気の火花が見える。
小春が小野瀬のお茶を届けに来て、再び去ると、それはより露骨になった。
小野瀬
「いろいろ言いたいことはあるけれど、まずは、きみの話の続きを聞こうか」
小野瀬は、如月と翼の間に長い足を入れると無理やり椅子に腰かけ、おかげで如月は立ち上がらなくてはならなかった。
テーブルの付属品である椅子はベンチのような長椅子だが、サイズがコンパクトなので、大人なら二人しか座れないのだ。
翼の横を取られて文句を言いたい如月ではあったが、さっき置き去りにしてしまった負い目があるので、黙ってJSの隣に移動するしかない。
JS
「恐縮ですが、聞いた話はそこまでなんですよ。……シスターが調べさせていたのは、前任の神父の噂です。どこかで見かけなかったか?今、何をしているか知っているか?」
翼
「どうして、そんなことを知りたいんでしょうか?」
翼が首を傾げる。
如月
「そうだよね。普通に考えたら神父を続けている可能性が高いし、それなら、教会という横の繋がりがあるシスターの方が、現在の様子を知っているはずじゃん」
しばらく黙っていた小野瀬が、JSを見据えた。
小野瀬
「もしかして、きみも、その神父の行方を探しているの?」
JSが、ぱちぱちと軽く拍手をして肯定する。
JS
「ご名答です」
小野瀬
「あのね。警察は忙しいんだよ。特異行方不明者として捜索願が出ているならともかく、一般的な成人の行方が分からないだけでは、積極的な捜査はしないの」
如月も翼ももちろん知っているが、特異行方不明者とは、捜索願が出されている人のうち、例えば以下のような人の事を言う。
小学生などの子供や、認知症を患っている老人など、別の場所で一人で生活していくのが困難な人。
誘拐などの事件に巻き込まれている可能性が高い人。
行方不明前後の行動で、水難や交通事故等に遭遇している人。
遺書があったり、自殺のおそれがある人。
精神障害などで、自分や他人を傷つけるおそれがある人。
少年の福祉を害する危険がある人。
JS
「おっしゃる通り、神父の彼には捜索願も出されていませんし、ごく一般的な成人です。事件を起こすような人物でもない」
小野瀬
「それどころか、頭脳明晰で、人柄も良く、小人数相手ではあるが教会で学習塾を開いていて、地域の人たちとの交流もあったそうじゃないか」
JS
「シスターから聞いたんですか?」
小野瀬
「ああ。彼女はとても心配していた」
JS
「……」
如月
「あのさ。JSが、なぜ神父さんを探しているのか、まだ、聞いてないんだけど」
翼
「そうですね」
JSは小野瀬から、如月に視線を戻した。
JS
「友人なんですよ」
小野瀬
「……それだけ?」
JS
「ええ。長い付き合いの、僕にしては数少ない、真っ当な友人の一人です。だから、探しています。でも、どうしても見つからない」
小野瀬
「それで、きみは、捜査室のメンバーが来る前からここにいて、手がかりを探していたわけか」
JS
「彼を見つけていただけたら、感謝します」
「……」
沈黙が下りた。
小野瀬を見つめるJSは真剣で、いつもの飄々とした表情ではない。
しばらく無言の攻防があったあと、小野瀬が、ふう、と溜め息をついた。
小野瀬
「如月くん、櫻井さん、どう思う?俺は、まだ、完全には彼を信用できないんだけど」
翼
「私もです。でも、神父さんの行方が分からないのは、事実なんですよね?」
如月
「もし、神父さんを見つけたら、残りの声掛け事案の解決に協力する、って、約束してもらうのは、どうですか?オレたち人手が足りないし」
如月の提案に、翼と小野瀬が驚いた顔をした。
如月
「えーっと、なんでしたっけ。ウインウイン?でしたっけ、ギブアンドテイク?ってやつでしたっけ」
翼
「要するに、捜査協力、ですね」
小野瀬
「ははっ、なるほど。金銭で謝礼を受け取る訳にはいかないからね。考えたね、如月くん」
小野瀬が目を向けると、JSの表情に、いつもの明るさが戻ってきていた。
JS
「そんなのは、お易いご用ですよ」
翼も、ほっとした顔をしている。
「難しいお話はまとまりましたか?」
キッチンカーの厨房から、小春がひょこりと顔を出した。
「おやつの差し入れは任せて下さいね!」
如月
「やった!善良な都民の小春ちゃんからの好意は断れないよね!」
如月の明るい声につられるように、小野瀬もJSも翼も、思わず笑ってしまったのだった。
04/22(Fri) 18:19
小春
翌日。
如月
「全っ然、分からない…」
如月は、『イチゴドルチェ&バッナーナ』の閉店後の店内で、テーブルに突っ伏していた。
如月
「……室長、ヒントをくれませんか?せめて、神父の生死だけでも……」
穂積
「アンタ、JSと取り引きしたんでしょう?その、行方不明の神父を見つけ出す、って」
イチゴがオーナーを務めるこの店で、日中、穂積はホールを担当している。
料理が出来ないので厨房では役に立たないが、穂積の記憶力は抜群で、機転が利いて客あしらいが上手いので、ホールに置けば、大量の注文でも、厄介な客でも、難なく捌くことが出来る。
何より、顔がいい。声がいい。時々、イチゴが彼のお尻を撫でようとして投げ飛ばされているほど、ギャルソンエプロンを着けて引き締まった後ろ姿がいい。
明智が料理を作って穂積が運ぶようになる前には赤字を抱えていた店は、今では常に満席、ピーク時には長い行列が出来るほど繁盛していた。
もちろん、穂積の目的は経営の健全化ではない。利益を考えるなら、回転率をもっと上げたいくらいだ。穂積に見惚れているお客が、なかなか帰らないのである。
閉店後は、こうして、精算処理をしながら、その日、来店した客たちの会話から得た情報を整理するのが、穂積の日課になっていた。
如月
「いじわる言わないでくださいよ。確かに取り引きしましたけど」
穂積
「神父は生きていると思うわよ」
がばっ、と、如月が跳ね起きた。
如月
「マジですか?!」
穂積
「ええ。ワタシはそう思ってるわ」
如月
「じゃあ、どこにいるんですか?」
穂積
「そうねえ…意外と身近にいたりして?」
如月
「もう少し詳しくお願いします!オレ、翼ちゃんにいいとこ見せたいんですよ!」
如月が手を合わせると、穂積は手を止め、怪訝な表情を浮かべて如月を見つめた。
穂積
「……最近、藤守といいアンタといい、やけに櫻井を意識してるわねえ。なに?明智と櫻井、うまくいってないの?」
如月
「いえ、そこまでは…でも、オレが翼ちゃんだったら、やっぱり、明智さんには、もっと、イチゴちゃんに対して、ハッキリ拒絶してほしいって言うか。彼女である自分をフォローしてほしいって言うか、なんて言うか」
穂積
「なるほど……不安なわけね、櫻井は」
穂積が、読めない表情に変わる。
穂積
「……明智に伝えておくわ。ぐずぐずしてると、婚約ぐらい、簡単にひっくり返されちゃうわよ、って」
如月は、穂積の言葉と態度に、なんとなく胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
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04/22(Fri) 18:22
小春
翌日、警視庁の小野瀬ラボ。
小野瀬
「昨日までに分かった事を元に、神父の行方について、仮説を立ててみた」
白衣の小野瀬が、ペンを手にホワイトボードの前に立っている。
小野瀬
「まず、神父が最後に目撃された日だけど、今からおよそ半月前、先月最後の日曜日だ。この日、神父は教会で最後のミサを行っていて、複数の目撃証言がある」
如月
「この時、神父は、『来週からはシスター・フユコが司祭になる』と、参加者に明言していましたよね」
小野瀬
「そう。学習塾の閉鎖に関しても、通っていた生徒や近隣の家庭にまで事前にきちんと説明していたし、当日は、保護者主催のお別れ会も開かれている」
翼
「シスター・フユコに引き継がれた教会の運営も、敷地内にある墓地の管理についても、問題は無いわけですね」
小野瀬
「その通り。神父は、自分がいなくなってもシスターが何も困らないよう、全ての引き継ぎ手続きを済ませている。だから、普通なら、もう、シスターと神父との関係は、終わっていていいはずなんだ」
ここまでは、確認だった。
では、小野瀬の仮説とは?
小野瀬
「シスターは、神父が、司祭の座はシスターに譲っても、教会に残って、学習塾も続けてくれるものと思っていたんじゃないかな」
翼
「あ、なるほど」
如月
「そうか。ところが、神父さんは出て行っちゃった」
小野瀬
「学習塾の月謝は、教会にとってかなりの収入源だったはずだ。それが無くなってしまったので、シスターは困って、神父を呼び戻そうと、彼の行方を探している」
翼
「ありそうな話ですね」
翼は、小野瀬の仮説に感心したように頷いている。
如月には面白くなかった。
が、小野瀬の話には、まだ、続きがあった。
小野瀬
「もうひとつ、仮説を立てられる。……俺はむしろ、JSは、こちらを危惧しているんじゃないかと思うんだけど」
なんとなく、歯切れが悪い。
如月と翼は顔を見合わせてから、首を傾げて小野瀬を見た。