『アブナイ☆恋をもう一度』
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11/19(Mon) 17:13
リレーSS専用スレッド・37
小春
~リレーSS・アブナイ☆恋をもう一度~
≪プロローグ≫
師走に入った途端、東京の街は一気に華やかさと騒々しさを増す。
私の目には、行き交う人たちの誰も彼もが、今年の出来事を清算し、新しい年を気持ちよく迎える準備をする為に、いつもよりも少し、足取りを速めているように見える。
そうかと思うと、道路脇に建ち並ぶショップの店先には『Merry Christmas』の文字やお洒落なクリスマス関連商品が飾り付けられ、商店街に入れば『歳末』『売り尽くし』などと大きく書かれた赤い紙がそこここに貼られていて。
先を急ぎたいような、足を停めたくなるような。
今年最後のイベントにワクワクするような、片付けなければならない用事と時間に追われてソワソワするような。
毎年の事だけれど、12月というのはそんなふうに、賑やかな舞台が与えられて、みんながみんなどことなく落ち着かないまま、何かに突き動かされるようにして忙しなく過ぎていくような気がする。
もちろん、そう言う私も例外ではなく……むしろ、誰よりも落ち着きがないんじゃないかしら?なんて、自問自答してしまう。
理由は分かっているけれど。
それは……今、私の隣で一緒に信号待ちをしている、大好きな人の誕生日が、12月18日だから。
翼
「室長」
穂積
「うん、何かしら?」
彼の方は、私より、青に変わったばかりの歩行者用信号と、横断歩道を向こうからよちよちと渡ってくる、小柄なお婆さんの方が気になっているみたいだけど。
翼
「……お誕生日のプレゼント、何がいいですか?」
勤務時間中に、パトロールしながらこんな事を訊いたら、叱られるかなと思いつつ。
背中を押した手に促されて横断歩道を歩き出しながら、私は、背の高い彼の横顔を見上げた。
翼
「室長が、今、一番欲しいものを贈りたいんです」
勢いで声に出してみる。
すると、室長は前を向いたまま微笑みを浮かべ、歩く速度も緩めないまま、不意に、大きな左手で、私の右手をぎゅっと包み込んだ。
穂積
「これをくれ」
一瞬だけ、プライベートな笑顔と恋人の声に戻った室長が、こちらを向いて私を見つめる。
どきん、と胸が跳ねた。
穂積
「他の物は要らない」
それだけ言うと、もう、前に向き直ってしまった。
私の胸はどきどきと高鳴り続けているのに、室長は余裕綽々なのが悔しい。
だけど、ふと気付けば、さっき握り締められた手はまだ繋がれたままで……ただそれだけの事が嬉しくて、私は、緩みそうになる口元を引き締めようとしたけれど上手くいかない。
翼
「それなら……」
横断歩道を渡り終え、私は、答えを返そうと、室長の顔を見上げて……首を傾げた。
室長は、私を見てはいなかった。
振り返っていた室長の視線の先には、さっきのお婆さんがいる。
その先に見える信号は、もう点滅している。
お婆さんが渡り終えるまで、まだ一車線半。
あと七歩……いや、八歩……?
室長の手が、ほどけた。
走り出したスーツの背中は、あっ、と言う間もなく遠ざかる。
一瞬遅れて状況を理解した私が、声を上げるよりも早く。
車道の信号が変わったのだろう。
目の前の車線の車が発進して、私の視界から、室長の姿を掻き消してしまった。
翼
「室長!」
直後に耳を劈いたのは、短く甲高いブレーキ音と、同時に沸き上がった、わっ、という対岸からの歓声。
交錯する無数の車に隠されてしまって、様子は見えない。
けれど、まばらな拍手さえ聴こえた事から、きっと室長が身体を張って、あのお婆さんを無事に向こう側の歩道に渡らせたのだと想像できた。
誇らしさに高揚する気持ちと、本当に大丈夫なのか、という不安とが、私の心の中でせめぎ合う。
翼
「室長……」
私は、もどかしい思いで信号が変わるのを待った。
ようやく、歩行者用の信号が青に変わって、左右の車が停車し、視界が開ける。
六車線ある車道の向こうに、室長の、紺色のスーツが見えた。
……けれど、それは、私の予想していた、お婆さんの傍らに立っている姿ではない。
横断歩道の先にあるのは、舗道に転がったまま……動かない、室長の背中だった。
翼
「……室長?」
私は駆け出していた。
翼
「室長!」
走り寄った私の呼び掛けに、倒れている室長は応えない。
さっきは歓声を上げた周りの人達も、戸惑うように、遠巻きに見守っているだけだ。
どうして?
どうしてこうなったの?!
一瞬の間に起きた出来事が理解出来なくて、悲鳴を上げて泣き出したくなる。
でも、他ならぬ室長に教わった。
そんな時こそ落ち着け、と。
翼
「室長……目を開けてください、室長!」
自分を叱咤し、這いつくばるようにして室長を呼びながら、私は、事故を目撃していたはずの人たちを振り返った。
翼
「状況を説明できる方は?……では、あなた、お願いします!救急車を呼んでください!」
懇願する私の傍らで、室長に助けられたお婆さんも、真っ青になってしきりに謝ってくれているけれど。
お婆さんや私がいくら呼んでも、救急車のサイレンが聞こえてきても、救急隊員の担架に乗せられても誰何されても、室長は、ぐったりと横たわったままだった。
11/19(Mon) 17:27
アブナイ☆恋をもう一度 プロローグ続き
小春
≪プロローグ・2≫
救急車で緊急搬送されている間、そして、警察病院に着いてから室長が治療室に運び込まれるまでの間も、私に出来た事は何もなかった。
残されてただ一人になってしまった後、途方に暮れた頭を抱えながら、待合室の傍らにうずくまって、捜査室にいるはずの明智さんに電話をかけて、助けを求めただけ。
それだけで、精一杯だった。
明智
「櫻井」
小野瀬
「櫻井さん!」
電話から三十分もかからず、明智さんは駆けつけてくれた。
しかも、小野瀬さんも連れて。
翼
「……明智さん!……小野瀬さん……!」
普段から頼りにしている年長者二人が来てくれて、思わず、堪えていたものがじわりと込み上げてきそうになったけれど。
小野瀬
「よしよし、怖かったね」
駆け寄って来た小野瀬さんにいきなり抱き締められたので、びっくりして、涙が吹き飛んでしまった。
いつもならすぐに割り込んでくれる明智さんも、無理に小野瀬さんを私から引き離そうとしない。
今の私の為には、その方がいいと判断されたのかもしれない。
我慢していたつもりなのに、そんなに、泣きそうに見えたんだろうか。
明智
「救急隊員と、現場検証中の警察官から、取り敢えず、ここまでの経緯は聞いた」
明智さんは、小野瀬さんに抱かれたままの私に合わせるように長身を屈めて、ゆっくりと話し始めてくれた。
明智
「目撃者の証言によれば、信号待ちをしていた車の運転手は、歩行者用信号が赤になった時、まだ、横断歩道にいたお婆さんの存在に気付いていなかった」
明智さんの話を聞く間に、小野瀬さんが、私を誘って待合室の椅子に座らせてくれる。
明智
「だが、車道の信号が青に変わり、運転手は車を発進させてしまった。気付いた時にはお婆さんがすぐ目の前にいて、轢いてしまう、と誰もが思ったそうだ。その時、疾走してきた室長がお婆さんを抱えて一気に歩道に飛び込み、間一髪、事故にはならなかった」
翼
「えっ?」
車と接触したわけじゃない?
明智
「だが、跳躍の勢いを殺しきれず、そのまま建物の壁に激突しそうになった。咄嗟に、室長は抱えていたお婆さんを庇おうとして身体を捻り……その結果、頭を壁に強く打ちつけてしまった……という事だ」
……そんな。
小野瀬
「救急隊員の話では、お婆さんの方は無傷だという事だよ。穂積は怪我をしたけど、高齢者にとっては命に関わる交通事故をひとつ防いだんだ」
翼
「……誰のせいでもない、なんて……」
明智
「そうだな。強いて挙げれば運転手の前方不注意があるが、それは直接の原因じゃない」
小野瀬
「敢えて言えば、穂積のお節介」
明智
「それはあんまりじゃないですか」
小野瀬
「怒らないでくれよ。客観的にはそうなる、という話なんだから」
明智さんと小野瀬さんの会話が、頭の中を通り過ぎて行く。
室長が目の前で怪我をしたというのに、どこへもこの気持ちをぶつけようがない、なんて。
どうしてこんな事になってしまったのか、私はどうすれば良かったのか。
室長は、横断歩道を渡る前から、あのお婆さんを気にしていた。
あの時、私が話しかけていなかったら、室長はきっと、もっと早くお婆さんに手を差し伸べて、安全に横断歩道を渡らせていただろう。
万が一、それでも渡り切れなかったとしても、長身の室長や私が一緒に横断していれば、信号待ちをしている運転手も気付いて、発進を待ってくれたかもしれない。
たら、れば、かもしれない。
事件が起きてしまった後でこんな事を考えても不毛だと分かっていながら、考えずにはいられない。
どうしようもない所で堂々巡りをするばかりの心は、きっと、室長の元気な姿を見るまで収まらないのかもしれない。
翼
(室長……お願い、早く目を覚まして……)
閉じられた治療室の扉を見つめていた視界がぼやけて、私はハッとした。
駄目だ、泣いてる場合じゃない。
大変なのは、室長の方なんだから。
唇を噛み締めたその時、治療室の扉が開いて、中から白衣の男性が出て来た。
きっと、室長を診察してくれた緊急外来のお医者さんだろう。
私は、急いで立ち上がると、その人の元に駆け寄った。
翼
「先生!」
先生の方も、こちらを探していたらしい。
私たち三人を見つけると、足取りをこちらに向けた。
医者
「穂積警視とご関係のある方々ですか?」
先生の落ち着いた声に応えて、小野瀬さんが一歩前に出た。
小野瀬
「警視庁、鑑識の小野瀬です。穂積の家族は鹿児島にいますので、何かあればわたしから連絡する事になっています」
明智
「直近の部下の明智です。職務代行の立場にあります」
医者
「こちらの方は?」
先生が、私を見た。
翼
「……櫻井翼です。あの、私は、室長の部下で……」
小野瀬
「穂積の婚約者です」
私に代わって、小野瀬さんが説明してくれた。
明智さんが驚いた顔をしたけれど、すぐに真顔に戻り、先生に向き直って頷く。
明智
「問題ありません。室長の容態をお話しください」
医者
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
二人の説明で納得してくれたらしく、先生は、室長がいるはずの治療室の隣にある部屋へ、私たちを迎え入れてくれた。
翼
「明智さん、すみません……まだ、正式にお話ししていなかったのに、こんな……」
明智
「……大丈夫だ。少し驚いたが、きっと、機会をみて室長から話をしてくれるつもりだったんだろう?」
短い間に、明智さんはそう解釈してくれた。
明智
「こんな時だが、おめでとう。……俺としては、残念な気持ちもあるけどな」
翼
「え?」
医者
「皆さん、どうぞ、お掛けください」
私と明智さんの小声での会話は、着席を促してくれた先生の声で打ち切られた。
小野瀬さんを真ん中に、三人並んで、それぞれパイプ椅子に腰掛ける。
医者
「まず最初に申し上げますが、意識は先ほど戻りました。頭を打っている以外の怪我は、軽い打撲と擦過傷です。バイタルも安定していて、命に別条はなさそうです。ご安心ください」
小野瀬
「そうですか、良かった」
私たちは、三人揃って、ホッと安堵の溜め息を漏らした。
明智
「良かった。良かったな、櫻井」
翼
「はい!」
医者
「ただ……申し上げにくいのですが」
小野瀬
「……頭の怪我の事、ですか?」
先生はさっき浮かべた笑顔を消して、小野瀬さんに頷いた。
[削除]
11/19(Mon) 17:30
アブナイ☆恋をもう一度・プロローグ続き
小春
≪プロローグ・3≫
それから私と明智さんにも顔を向けながら、「実は」と切り出す。
医者
「意識が戻った穂積警視に、いくつか質問をしてみたのですが……、どうも、要領を得ません」
明智
「要領を得ない?」
明智さんが、信じられない、というように呟く。
明智
「……あの室長が……質問に、答えられない……?どういう事なんですか」
医者
「どうやら、脳震盪が原因で、逆行性健忘を発症しているおそれがあります」
翼
「ぎゃっこうせいけんぼう……」
……聞き慣れない、けれど、不吉な響き。
小野瀬
「……つまり、記憶喪失、ですね」
いっときの沈黙の後、小野瀬さんが、私にも分かるように言い換えてくれた。
翼
「記憶喪失?」
医者
「ええ、その通りです」
明智
「記憶、喪失……」
小野瀬
「……」
ドラマや小説でなら、見た事がある。
外傷などによって頭に強い衝撃を受けた時、脳内の組織が損傷して、記憶を失う事があると。
警察官になってから「記憶喪失を装った人」は何人かいたけれど、「本当に記憶を失った人」には、まだ会った事がなかった。
そんな事が、実際にあるなんて……。
医者
「厳密には、記憶そのものが消えてしまうわけではないのです。しかし、損傷によって、記憶を呼び覚ます為の神経細胞が機能しなくなってしまう。それが、記憶喪失です」
先生は、子供を諭すように穏やかな表情を浮かべて、私に説明をしてくれた。
医者
「……あらかじめ覚悟して聞いていただきたいのですが、穂積警視の記憶喪失は、重篤です。損傷の影響で、今はまだ痛みや眠気が強い為、精密な検査は出来ませんが……私の印象では、数年間の記憶を失っているようです」
小野瀬
「数年間?!」
医者
「……ええ。警視どころか、採用試験には受かったけれど、入庁式もまだだと」
小野瀬
「何だって?じゃあ、俺とさえまだ出会ってない?!」
明智
「すると……捜査室の室長だという事も、俺たちの事も……?」
翼
「でも」
目の前が暗くなりそうになる中、私は、藁にもすがる思いで尋ねた。
翼
「でも、その、損傷が回復すれば、記憶も戻るんですよね?」
医者
「ええ。もっとも、事故に遭ったという事実や、その直前、あるいは直後の行動を思い出す事は、ほぼ無いと言われています」
翼
「えっ?」
小野瀬
「つまり、その部分は、危険や恐怖の記憶と直結しているからね。強いストレスを再現しない為の自己防衛機能だと言われているんだ」
心理学をかじった事があるという小野瀬さんが時々補足をしてくれるおかげもあって、少しずつ、理解できるようになってきた。
翼
「……あの時の事を……二度と……思い出さない……?」
事故に遭う直前の、室長の手の温かさを思い出す。
誕生日にはこれをくれ、と言って私の手を包み込んでくれた、あの時の眼差しも、声も、優しい微笑みも。
私は全部、覚えてるのに。
翼
「……警察官になってからの事を……全部……忘れてしまった……?」
小野瀬
「……櫻井さん」
翼
「……私との事も、全部……?」
涙が溢れた。
小野瀬さんが、ためらいがちに背中を撫でてくれる。
室内はしんとして、私の啜り泣きだけが響いてしまう。
ああ、駄目。
早く泣き止まなくちゃ。
そう思って、ハンカチで顔を押さえた、その時だった。
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11/19(Mon) 17:32
アブナイ☆恋をもう一度 プロローグ続き
小春
≪プロローグ・4≫
『先生!次の急患が入るよ!!』
突然、机の上の電話器のスピーカーから大きな声が出て、驚いた私たちは全員、椅子から跳ね上がってしまった。
驚く事は終わらなかった。
「いつまでやってんだい!!穂積はもう個室に運んでいいんだろう?!」
部屋のスライドドアが勢いよく開いて、白衣を着た大きな女性がぬっ、と入って来たのだ。
轟看護婦長。
通称『鬼の婦長』。
『警察病院の主』とも呼ばれる、大ベテランの看護婦さんだ。
捜査室メンバーも全員、入院や治療のたびにお世話になっている。
医者
「あ、ああ、轟くん、すまない。運んでくれ」
相変わらずの迫力に圧されて、気のせいか、先生の声も震えている。
明智
「ふ……、婦長……」
私の隣では何故か、明智さんも硬直していて。
さっきまでの緊張とは全く違う種類の緊張が、室内の空気を一気に塗り替えていた。
轟
「あんたたち!何をしんみりしてんだい!記憶喪失で、これから困るのは穂積なんだよ!支える側がそんなでどうするんだい!」
頭の上から大きな雷を落とされて、私はハッとした。
轟
「明智!小野瀬!しっかりおし!!」
明智さんと小野瀬さんが、まるで子供のように「はい!」と背筋を伸ばす。
轟
「おや、櫻井。あんたとは、キッシュ以来だね」
翼
「そ、その節はお世話になりました。婦長、室長を、よろしくお願いします」
急に名前を呼ばれ、立ち上がった弾みで咄嗟に口から出た言葉をそのままに頭を下げると、不意に、婦長はにっこりと笑った。
轟
「へえ。私がよろしくしちゃっていいのかい?」
翼
「……は?」
轟
「だって、そうだろう?穂積は記憶を無くしてるんだよ。あんたがここにいるって事は、まあ、そういう関係だったんだろうけど。そんなの、ぜーんぶチャラになってるんだよ」
翼
「え……」
婦長の言いたい事が分からない。
轟
「穂積はきれいだし、身体も丈夫だし、度胸もあるし、いい男だよねえ。私も女だからさ、あんな男に惚れられるのも悪くないと思うんだよ」
ほっ、惚れられる?!
翼
「しつっ、室長は、私と、結婚の約束をしてるんですけど!」
轟
「分かんない子だね。穂積は記憶を無くしてるんだってば。つまり、これから出会う相手に、先入観が無いって事さ。もちろん、あんたも含めて、全ての女に対してね」
翼
「……あ……」
轟
「最初に出会う女は私だ。甲斐甲斐しく身の回りの世話をやいてくれ、優しく、時に厳しく励ましてくれる婦長。どうだい、チャンスはあるだろう?」
翼
「くっ……悔しいけど、確かにこの人、室長と気が合いそう……」
明智
「落ち着け櫻井」
轟
「先に惚れさせた者勝ち、って事さ。まあ、せいぜい頑張って、穂積に好かれるよう努力する事だね」
翼
「頑張ります!」
轟
「それじゃ、試合開始だ。どこからでもかかっておいで。メソメソしてる暇なんか無いよ。もう一度惚れさせるのは、思い出させるより難しいんだからね?」
小野瀬
「なるほど……」
高笑いしながら、室長を搬送するために出ていった婦長の広い背中を見送って、小野瀬さんが何かに感心したように呟いたけど、この時の私にはその理由は分からなかった。
精密検査が終わるまでは室長に会えないと言われたので、私たちは仕方なく警視庁に戻り、明日からの事を考えた。
入院などの手続きや上司への報告などは、小野瀬さんが。
捜査室の業務に関しては、明智さんが。
そして、生活については私に一任された。
正直、私の事を知らない室長と、どう接すればいいのか、まだ、全然分からないけど。
室長を、婦長や、他の誰かに奪われるなんて、嫌。
頑張るしかない。
もう一度、室長が私に恋をしてくれるように。
[削除]
11/19(Mon) 18:03
リレーSSスタートです
小春
プロローグ、というか、初期設定は以上です。
シリアスなスタートではありますが、内容は、記憶を失った室長ともう一度、違うシチュエーションで恋をしていくというお話(に、なる予定)。
最終的にはハッピーエンドを目指します。
ただし、恋のライバルとして、まさかの婦長(轟 麗子 とどろき・れいこ:名前は捏造)にご登場いただきました。
ここからの続きは、ぜひ、皆さんに書き込みしていただき、ストーリーにイレギュラーな要素を盛り込みながら進めていきたいと思いますので、どうぞ、リレーにご参加ください。
次の場面は捜査室でもよし、病院でもよし、 誰目線でもよしです。
よろしくお願いします。
では、パースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
11/19(Mon) 18:56
捜査室では
ジュン
藤守
「室長が記憶喪失・・・?」
如月
「それって本当なんですか?」
小笠原
「・・・」
捜査室に帰った明智から室長の容態を聞いて3人は言葉を失う。
特に室長と付き合いの長い藤守は顔が真っ青だ。
明智
「藤守、大丈夫か?」
明智に肩を叩かれ藤守は「はい」っと返事をするのがやっとだった。
明智
「俺たちのこともこの捜査室のことも室長は覚えていないらしい。」
明智自身もまだ信じられない面持ちでそれが冗談でも何でもないことを雄弁に物語るものだった。
小笠原
「でも外因性の記憶喪失なら記憶が戻る可能性もある。」
小笠原の呟きに如月は目を輝かせる。
如月
「そうですよ!室長のことだから明日には記憶が戻るかも!」
如月の明るい声に明智も「そうだな。」とだけ答えた。とにかくしばらくは自分が室長の代行としてこの捜査室をまとめていかなければならない。
(室長、お帰りをお待ちしています。)
久しぶりのリレーですね(^-^)
たくさんの方が一言ずつでも参加してくれるといいなぁ。
とりあえず短いですがここでパース(⌒∇⌒)ノ⌒〇
[削除]
11/20(Tue) 07:05
ジュンさん速っ!( ̄□ ̄;)!!
小春
相変わらずさすがの反射神経。
今回もよろしくお願いします。
出来ればドタバタな要素を盛り込みながら明るく進めていきたいと思いますのでご協力くださいm(_ _)m
***
警察病院から、面会を許可する電話が入ったのは、翌日の午後の事だった。
私は小野瀬さんと藤守さんに伴われて、病室を訪れた。
明智さんは室長の仕事の代行に忙殺されていて、今日は来られない。
藤守さんは、病院に入る前から涙ぐんでいた。
室長の名前が入口に掲げられた個室に入ると、頭に包帯を巻いた室長が、ベッドの傍らに立って、婦長に病院着を着替えさせてもらっているところだった。
痛み止めの点滴を受けているせいなのか、ぼんやりした表情の室長に対して、婦長は私を見ると、室長からは見えない角度で、挑発的に笑ってみせる。
轟婦長
「泪くん、お見舞いの方々がみえたわよ」
翼
(泪くん?!)
婦長は、大きな身体で手際よく、室長をベッドに座らせて、腰から下に掛布団をかけてくれる。
穂積
「ありがとう、麗子さん」
れっ、れいこさん?!
婦長を見上げる眼差しには、早くも信頼の兆しが見える。
なに、何なのこの空気!
轟婦長
「患者さんの負担にならないよう、なるべく手短にお願いしますね」
小野瀬
「はい」
擦れ違いざま、婦長は私の頭を大きな手で撫でて、病室を出ていった。
スライドドアが閉まるのを待って、小野瀬さんが、ベッドの傍らに立った。
小野瀬
「穂積、具合はどう?」
穂積
「ありがとうございます」
頭を下げると痛むのか、室長はゆっくりとした瞬きで小野瀬さんに謝意を伝えた。
礼儀正しいけれど他人行儀な挨拶に、小野瀬さんはもちろんだろうけど、私たちまで胸が痛む。
小野瀬
「……俺の名前は、小野瀬葵。お前とは警視庁の同期で、鑑識官だ。何でも相談してくれ。……親友だったんだから」
小野瀬さんは、周りからそう呼ばれても否定する、普段なら絶対に口にしない「親友」という単語を使った。
穂積
「そうか、ありがとう。よろしく頼む、おのせ」
私たちは、室長を混乱させないよう、思い出させようとするのではなく、初対面のように、少しずつ覚えてもらおうと決めたのだった。
発案したのは小野瀬さんだったけれど、どうやら、作戦は功を奏したよう。
小野瀬
「この二人は、お前の部下だよ」
穂積
「俺の、部下……?」
ずきん、と、胸が痛んだ。
藤守
「藤守賢史です」
藤守さんは涙声だった。
穂積
「……ふじもり」
藤守
「室長ぉ……」
堪えきれず、しくしくと泣き出した藤守さんを見て、室長も、悲しそうな顔をしている。
距離を測りかねているんだろう。
いつもなら、「泣くんじゃねえ!」なんて言って、肩を抱いたり背中を叩いたりデコピンしたりするのに。
小野瀬
「こちらは、櫻井さんだよ」
穂積
「……さくらい……」
室長の目に、今日初めて、記憶の光が灯った。
穂積
「……櫻井判事の娘さん?」
翼
「はい!」
思わず、食い気味に返答してしまった。
いけない。慎重に、慎重に。
翼
「父の事を、覚えていてくださってるんですね」
穂積
「とてもお世話になったし、ご迷惑もかけた。……たぶん、俺は、きみの名前を知っていると思う」
翼
「言ってみてください」
穂積
「翼さん」
お父さんありがとう!
さん付けだけど!!
嬉しい!
室長が、私の名前を呼んでくれたよ!!
穂積
「櫻井判事が、盆栽に名前を付けていた」
お父さんありがとう!
穂積
「櫻井翼、藤守賢史。これから、よろしく頼む」
藤守
「室長っ!」
小野瀬
「藤守くん抱きつかない!穂積は重傷なんだよ!」
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
[削除]
11/22(Thu) 09:39
ちょっと繋ぎます
小春
病院からの帰り道。
駐車場に向かいながら、私は、ふと心に浮かんだ事を考えていた。
……記憶を失う前の室長が、私を初めて『いいな』と思ってくれたのは、私が高校生の時だと聞いてる。つまり、私は入庁して約1年半だから、大学の4年間を足して、高校生だったのは、5年半前から8年半前……
室長はもうすぐ31歳。
大卒が22歳の春だとして……
そこまで考えて、私は、はあ、と溜め息をついた。
翼
「確率低いなあ……」
少し前を歩いていた小野瀬さんが、私の、小さな独り言に振り向いた。
小野瀬
「櫻井さん、元気出して。昔の事はなるべく考えない方がいい。今の穂積からしたら、今日が、きみと初めて会った日なんだから」
翼
「……そうか。そうでしたね」
お父さんのおかげで、名前を覚えていてもらえた。
これで、轟婦長と同じスタートラインに立てたと思うことにしよう。
小野瀬
「不安なら、この機会に、俺に乗り換えてもいいよ?」
ん?
小野瀬さんは私の肩を抱き寄せると、耳元で囁いた。
小野瀬
「穂積よりもずっと、甘やかしてあ、げ、る」
ふふっ、と息を吹き込まれて、くすぐったくて耳が震える。
翼
「あ、あの」
なんなの、この人のこの色気。
藤守
「小野瀬さん!何してはるんですか!」
小野瀬
「慰めてるだけだよ」
藤守
「完全に口説いとるやないですか!」
小野瀬
「そんなに悪い事じゃないだろ?彼女は今、フリーなんだよ。穂積だって、轟婦長を名前で呼んでたじゃない」
藤守
「室長は……まだ、記憶が戻らへんから……」
小野瀬
「記憶が戻らないから、櫻井さんを傷つけていいわけ?だったら、俺が、彼女のナイトに立候補してもいいだろ?」
肩に置かれた小野瀬さんの手に、力が込められた。
……ああ、そうか。
小野瀬さんは、小野瀬さんなりに、室長の記憶が戻らない事に傷ついているんだ。
藤守
「ほな……ほな、俺も立候補しますよ!室長が元通りになるまで、櫻井は俺が預かります!」
翼
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
変な空気になってきちゃった……
藤守
「俺だけやないですよ。明智さんかて、小笠原かて如月かて、みんな、櫻井を好きなんですから!」
小野瀬
「おや。穂積なら納得するけど、俺には預けられないって事?」
翼
「小野瀬さん、藤守さんも、落ち着いてください!」
こんなところで、パースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
[削除]
11/22(Thu) 13:02
怖い女、登場!
ジュン
???
「誰が何に立候補するの?」
睨み合っている小野瀬と藤守の後ろから可愛らしい声が聞こえた。
翼
「ジュンさん!それに藤守さんのお兄さん!」
3人の前に現れたのは藤守の兄の藤守慶史検察官。そしてその事務官のジュンだった。
ジュン
「翼ちゃん!大変だったね。」
ジュンは小野瀬の手をはね除けてぎゅっと翼を抱き締めた。自分より小柄なジュンに背中を撫でられて翼は安心するような泣きたくなるような気持ちになった。
アニ
「いつまでそうしているつもりだ?」
小野瀬
「ジュンさん、横取りはズルいなぁ。」
アニと小野瀬の言葉で少し離れた翼とジュンはふふっと微笑みあった。
そんな和んだ空気の中、一人だけ固まっている男がいた。
藤守
「あ、あのジュンさん?」
遠慮がちに口を開いた藤守にジュンが満面の笑顔で振り返る。
その笑顔が怖い!!
ジュン
「誰が何に立候補するの?」
ジュンは先程と同じ質問をした。
たじろぐ藤守。
先ほど小野瀬に対抗して翼のナイトに立候補すると言ったが、それはあくまでも小野瀬の毒牙から穂積の大切にしている翼を守ろうとしただけでやましい気持ちではない。
しかし、それを恋人であるジュンに聞かれていたなど。
ジュンは普段は可愛らしい家庭的な女の子なのだが少々焼きもち焼きである。そして本気で怒らせると・・・
藤守
(俺、明日まで無事でおれるやろか?)
藤守が遠い目をしていると、肩を叩かれた。
アニ
「骨は拾ってやる。」
藤守
「ありがとう、アニキ。」
・・・・・・
アニ
「じゃあ、俺たちは穂積の病室に少し顔を出してくる。」
ジュン
「翼ちゃん、またね。」
二人が立ち去ったあと、そこには真っ白になった藤守と声をかけることも出来ない翼と小野瀬がいた。
早速登場のジュンです。いや~怖い女ですね~。←自分で言うな。
ちっとも話は進みませんでしたが、ここでパース(⌒∇⌒)ノ⌒◯
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11/22(Thu) 14:52
ジュンさん登場ありがとうございます(^∇^)
小春
藤守アニとジュンが病室を訪れた時、穂積のベッドの傍らには、轟婦長がいて、点滴を交換していた。
こちらを向いた轟婦長に、初対面のアニはきちんと頭を下げる。
アニ
「見舞いにきたのですが、部屋の外で待つべきでしょうか?」
轟婦長
「穂積、大丈夫かい?」
穂積
「はい、婦長」
何気ないやりとりだったが、アニとジュンは顔を見合わせた。
さっき、小野瀬と藤守たちは、穂積が婦長を名前で呼んでいた事で揉めていなかったか?
自分たちを前にしてのこの態度は、どう見てもそんな甘い雰囲気ではないのだが……
轟婦長
「長時間の会話や質問などは、まだ、避けてくださいよ」
そう言うと、交換を終えた轟婦長は、部屋を去っていった。
室内に沈黙が降りて、アニはジュンに肘で脇腹をつつかれた。
穂積
「お見舞いありがとうございます」
アニ
「……あー……そのー……」
ジュン
「穂積室長、こちらは、東京地検の藤守慶史検察官です。私は、事務官の玉木。ジュン、と呼び捨てにしてください……」
穂積
「東京地検……」
アニ
「ああ、そうだ。そして俺は、さっきここを訪れただろう、お前の部下の藤守賢史、あれの実兄でもある」
穂積
「藤守くんにはお世話になります」
アニ
「うむ。まあなんだ、こんな事になって、お前も色々と大変だろう。今後はお前も、俺の事を兄と思って頼りにしてくれていいのだぞ」
穂積
「頼もしいお言葉をありがとうございます」
アニ
「(小声)……ジュン、穂積が素直すぎて、何だか調子が狂うな」
ジュン
「穂積室長、ひとつ、お伺いしてもいいですか?」
穂積
「はい。……今、自分にお答え出来る事でしたら」
ジュンは穂積に頷いてから、聞いておかなければならないと思う事を尋ねた。
ジュン
「さっきは、轟婦長と名前で呼びあっていたと聞いたんですけど。お二人は、特別なご関係なんですか?」
穂積
「いいえ。婦長から、『「泪くん」と呼んだ時には、「麗子さん」と呼び返して』と言われているだけです。特に、櫻井の前では親しげにしろと」
穂積はあっさりと答えたものの、少し戸惑うような表情を見せた。
穂積
「……婦長から『櫻井が事故の事を考えすぎないよう、気持ちを前向きにする為の策』だと言われたので、従っているのですが……間違った配慮でしたか?」
ジュン
「あ、いえ……」
アニ
「ジュン」
アニが、返答に詰まったジュンを制した。
アニ
「そういう事なら、続けてくれ。今の話は、この三人だけの秘密にしておこう。ジュン、いいな?」
ジュン
「……はい」
恋人の藤守にまで秘密にしなければならないのかと思うとちょっと胸が痛んだが、翼の為だと言うなら仕方ない。
ジュンは胸のうちで藤守に謝りながら、アニと共に、穂積の病室を後にしたのだった。
同じ頃、捜査室では、翼に交際を申し込む告白大会が開かれていたのも知らずに……
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
リレーSS専用スレッド・37
小春
~リレーSS・アブナイ☆恋をもう一度~
≪プロローグ≫
師走に入った途端、東京の街は一気に華やかさと騒々しさを増す。
私の目には、行き交う人たちの誰も彼もが、今年の出来事を清算し、新しい年を気持ちよく迎える準備をする為に、いつもよりも少し、足取りを速めているように見える。
そうかと思うと、道路脇に建ち並ぶショップの店先には『Merry Christmas』の文字やお洒落なクリスマス関連商品が飾り付けられ、商店街に入れば『歳末』『売り尽くし』などと大きく書かれた赤い紙がそこここに貼られていて。
先を急ぎたいような、足を停めたくなるような。
今年最後のイベントにワクワクするような、片付けなければならない用事と時間に追われてソワソワするような。
毎年の事だけれど、12月というのはそんなふうに、賑やかな舞台が与えられて、みんながみんなどことなく落ち着かないまま、何かに突き動かされるようにして忙しなく過ぎていくような気がする。
もちろん、そう言う私も例外ではなく……むしろ、誰よりも落ち着きがないんじゃないかしら?なんて、自問自答してしまう。
理由は分かっているけれど。
それは……今、私の隣で一緒に信号待ちをしている、大好きな人の誕生日が、12月18日だから。
翼
「室長」
穂積
「うん、何かしら?」
彼の方は、私より、青に変わったばかりの歩行者用信号と、横断歩道を向こうからよちよちと渡ってくる、小柄なお婆さんの方が気になっているみたいだけど。
翼
「……お誕生日のプレゼント、何がいいですか?」
勤務時間中に、パトロールしながらこんな事を訊いたら、叱られるかなと思いつつ。
背中を押した手に促されて横断歩道を歩き出しながら、私は、背の高い彼の横顔を見上げた。
翼
「室長が、今、一番欲しいものを贈りたいんです」
勢いで声に出してみる。
すると、室長は前を向いたまま微笑みを浮かべ、歩く速度も緩めないまま、不意に、大きな左手で、私の右手をぎゅっと包み込んだ。
穂積
「これをくれ」
一瞬だけ、プライベートな笑顔と恋人の声に戻った室長が、こちらを向いて私を見つめる。
どきん、と胸が跳ねた。
穂積
「他の物は要らない」
それだけ言うと、もう、前に向き直ってしまった。
私の胸はどきどきと高鳴り続けているのに、室長は余裕綽々なのが悔しい。
だけど、ふと気付けば、さっき握り締められた手はまだ繋がれたままで……ただそれだけの事が嬉しくて、私は、緩みそうになる口元を引き締めようとしたけれど上手くいかない。
翼
「それなら……」
横断歩道を渡り終え、私は、答えを返そうと、室長の顔を見上げて……首を傾げた。
室長は、私を見てはいなかった。
振り返っていた室長の視線の先には、さっきのお婆さんがいる。
その先に見える信号は、もう点滅している。
お婆さんが渡り終えるまで、まだ一車線半。
あと七歩……いや、八歩……?
室長の手が、ほどけた。
走り出したスーツの背中は、あっ、と言う間もなく遠ざかる。
一瞬遅れて状況を理解した私が、声を上げるよりも早く。
車道の信号が変わったのだろう。
目の前の車線の車が発進して、私の視界から、室長の姿を掻き消してしまった。
翼
「室長!」
直後に耳を劈いたのは、短く甲高いブレーキ音と、同時に沸き上がった、わっ、という対岸からの歓声。
交錯する無数の車に隠されてしまって、様子は見えない。
けれど、まばらな拍手さえ聴こえた事から、きっと室長が身体を張って、あのお婆さんを無事に向こう側の歩道に渡らせたのだと想像できた。
誇らしさに高揚する気持ちと、本当に大丈夫なのか、という不安とが、私の心の中でせめぎ合う。
翼
「室長……」
私は、もどかしい思いで信号が変わるのを待った。
ようやく、歩行者用の信号が青に変わって、左右の車が停車し、視界が開ける。
六車線ある車道の向こうに、室長の、紺色のスーツが見えた。
……けれど、それは、私の予想していた、お婆さんの傍らに立っている姿ではない。
横断歩道の先にあるのは、舗道に転がったまま……動かない、室長の背中だった。
翼
「……室長?」
私は駆け出していた。
翼
「室長!」
走り寄った私の呼び掛けに、倒れている室長は応えない。
さっきは歓声を上げた周りの人達も、戸惑うように、遠巻きに見守っているだけだ。
どうして?
どうしてこうなったの?!
一瞬の間に起きた出来事が理解出来なくて、悲鳴を上げて泣き出したくなる。
でも、他ならぬ室長に教わった。
そんな時こそ落ち着け、と。
翼
「室長……目を開けてください、室長!」
自分を叱咤し、這いつくばるようにして室長を呼びながら、私は、事故を目撃していたはずの人たちを振り返った。
翼
「状況を説明できる方は?……では、あなた、お願いします!救急車を呼んでください!」
懇願する私の傍らで、室長に助けられたお婆さんも、真っ青になってしきりに謝ってくれているけれど。
お婆さんや私がいくら呼んでも、救急車のサイレンが聞こえてきても、救急隊員の担架に乗せられても誰何されても、室長は、ぐったりと横たわったままだった。
11/19(Mon) 17:27
アブナイ☆恋をもう一度 プロローグ続き
小春
≪プロローグ・2≫
救急車で緊急搬送されている間、そして、警察病院に着いてから室長が治療室に運び込まれるまでの間も、私に出来た事は何もなかった。
残されてただ一人になってしまった後、途方に暮れた頭を抱えながら、待合室の傍らにうずくまって、捜査室にいるはずの明智さんに電話をかけて、助けを求めただけ。
それだけで、精一杯だった。
明智
「櫻井」
小野瀬
「櫻井さん!」
電話から三十分もかからず、明智さんは駆けつけてくれた。
しかも、小野瀬さんも連れて。
翼
「……明智さん!……小野瀬さん……!」
普段から頼りにしている年長者二人が来てくれて、思わず、堪えていたものがじわりと込み上げてきそうになったけれど。
小野瀬
「よしよし、怖かったね」
駆け寄って来た小野瀬さんにいきなり抱き締められたので、びっくりして、涙が吹き飛んでしまった。
いつもならすぐに割り込んでくれる明智さんも、無理に小野瀬さんを私から引き離そうとしない。
今の私の為には、その方がいいと判断されたのかもしれない。
我慢していたつもりなのに、そんなに、泣きそうに見えたんだろうか。
明智
「救急隊員と、現場検証中の警察官から、取り敢えず、ここまでの経緯は聞いた」
明智さんは、小野瀬さんに抱かれたままの私に合わせるように長身を屈めて、ゆっくりと話し始めてくれた。
明智
「目撃者の証言によれば、信号待ちをしていた車の運転手は、歩行者用信号が赤になった時、まだ、横断歩道にいたお婆さんの存在に気付いていなかった」
明智さんの話を聞く間に、小野瀬さんが、私を誘って待合室の椅子に座らせてくれる。
明智
「だが、車道の信号が青に変わり、運転手は車を発進させてしまった。気付いた時にはお婆さんがすぐ目の前にいて、轢いてしまう、と誰もが思ったそうだ。その時、疾走してきた室長がお婆さんを抱えて一気に歩道に飛び込み、間一髪、事故にはならなかった」
翼
「えっ?」
車と接触したわけじゃない?
明智
「だが、跳躍の勢いを殺しきれず、そのまま建物の壁に激突しそうになった。咄嗟に、室長は抱えていたお婆さんを庇おうとして身体を捻り……その結果、頭を壁に強く打ちつけてしまった……という事だ」
……そんな。
小野瀬
「救急隊員の話では、お婆さんの方は無傷だという事だよ。穂積は怪我をしたけど、高齢者にとっては命に関わる交通事故をひとつ防いだんだ」
翼
「……誰のせいでもない、なんて……」
明智
「そうだな。強いて挙げれば運転手の前方不注意があるが、それは直接の原因じゃない」
小野瀬
「敢えて言えば、穂積のお節介」
明智
「それはあんまりじゃないですか」
小野瀬
「怒らないでくれよ。客観的にはそうなる、という話なんだから」
明智さんと小野瀬さんの会話が、頭の中を通り過ぎて行く。
室長が目の前で怪我をしたというのに、どこへもこの気持ちをぶつけようがない、なんて。
どうしてこんな事になってしまったのか、私はどうすれば良かったのか。
室長は、横断歩道を渡る前から、あのお婆さんを気にしていた。
あの時、私が話しかけていなかったら、室長はきっと、もっと早くお婆さんに手を差し伸べて、安全に横断歩道を渡らせていただろう。
万が一、それでも渡り切れなかったとしても、長身の室長や私が一緒に横断していれば、信号待ちをしている運転手も気付いて、発進を待ってくれたかもしれない。
たら、れば、かもしれない。
事件が起きてしまった後でこんな事を考えても不毛だと分かっていながら、考えずにはいられない。
どうしようもない所で堂々巡りをするばかりの心は、きっと、室長の元気な姿を見るまで収まらないのかもしれない。
翼
(室長……お願い、早く目を覚まして……)
閉じられた治療室の扉を見つめていた視界がぼやけて、私はハッとした。
駄目だ、泣いてる場合じゃない。
大変なのは、室長の方なんだから。
唇を噛み締めたその時、治療室の扉が開いて、中から白衣の男性が出て来た。
きっと、室長を診察してくれた緊急外来のお医者さんだろう。
私は、急いで立ち上がると、その人の元に駆け寄った。
翼
「先生!」
先生の方も、こちらを探していたらしい。
私たち三人を見つけると、足取りをこちらに向けた。
医者
「穂積警視とご関係のある方々ですか?」
先生の落ち着いた声に応えて、小野瀬さんが一歩前に出た。
小野瀬
「警視庁、鑑識の小野瀬です。穂積の家族は鹿児島にいますので、何かあればわたしから連絡する事になっています」
明智
「直近の部下の明智です。職務代行の立場にあります」
医者
「こちらの方は?」
先生が、私を見た。
翼
「……櫻井翼です。あの、私は、室長の部下で……」
小野瀬
「穂積の婚約者です」
私に代わって、小野瀬さんが説明してくれた。
明智さんが驚いた顔をしたけれど、すぐに真顔に戻り、先生に向き直って頷く。
明智
「問題ありません。室長の容態をお話しください」
医者
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
二人の説明で納得してくれたらしく、先生は、室長がいるはずの治療室の隣にある部屋へ、私たちを迎え入れてくれた。
翼
「明智さん、すみません……まだ、正式にお話ししていなかったのに、こんな……」
明智
「……大丈夫だ。少し驚いたが、きっと、機会をみて室長から話をしてくれるつもりだったんだろう?」
短い間に、明智さんはそう解釈してくれた。
明智
「こんな時だが、おめでとう。……俺としては、残念な気持ちもあるけどな」
翼
「え?」
医者
「皆さん、どうぞ、お掛けください」
私と明智さんの小声での会話は、着席を促してくれた先生の声で打ち切られた。
小野瀬さんを真ん中に、三人並んで、それぞれパイプ椅子に腰掛ける。
医者
「まず最初に申し上げますが、意識は先ほど戻りました。頭を打っている以外の怪我は、軽い打撲と擦過傷です。バイタルも安定していて、命に別条はなさそうです。ご安心ください」
小野瀬
「そうですか、良かった」
私たちは、三人揃って、ホッと安堵の溜め息を漏らした。
明智
「良かった。良かったな、櫻井」
翼
「はい!」
医者
「ただ……申し上げにくいのですが」
小野瀬
「……頭の怪我の事、ですか?」
先生はさっき浮かべた笑顔を消して、小野瀬さんに頷いた。
[削除]
11/19(Mon) 17:30
アブナイ☆恋をもう一度・プロローグ続き
小春
≪プロローグ・3≫
それから私と明智さんにも顔を向けながら、「実は」と切り出す。
医者
「意識が戻った穂積警視に、いくつか質問をしてみたのですが……、どうも、要領を得ません」
明智
「要領を得ない?」
明智さんが、信じられない、というように呟く。
明智
「……あの室長が……質問に、答えられない……?どういう事なんですか」
医者
「どうやら、脳震盪が原因で、逆行性健忘を発症しているおそれがあります」
翼
「ぎゃっこうせいけんぼう……」
……聞き慣れない、けれど、不吉な響き。
小野瀬
「……つまり、記憶喪失、ですね」
いっときの沈黙の後、小野瀬さんが、私にも分かるように言い換えてくれた。
翼
「記憶喪失?」
医者
「ええ、その通りです」
明智
「記憶、喪失……」
小野瀬
「……」
ドラマや小説でなら、見た事がある。
外傷などによって頭に強い衝撃を受けた時、脳内の組織が損傷して、記憶を失う事があると。
警察官になってから「記憶喪失を装った人」は何人かいたけれど、「本当に記憶を失った人」には、まだ会った事がなかった。
そんな事が、実際にあるなんて……。
医者
「厳密には、記憶そのものが消えてしまうわけではないのです。しかし、損傷によって、記憶を呼び覚ます為の神経細胞が機能しなくなってしまう。それが、記憶喪失です」
先生は、子供を諭すように穏やかな表情を浮かべて、私に説明をしてくれた。
医者
「……あらかじめ覚悟して聞いていただきたいのですが、穂積警視の記憶喪失は、重篤です。損傷の影響で、今はまだ痛みや眠気が強い為、精密な検査は出来ませんが……私の印象では、数年間の記憶を失っているようです」
小野瀬
「数年間?!」
医者
「……ええ。警視どころか、採用試験には受かったけれど、入庁式もまだだと」
小野瀬
「何だって?じゃあ、俺とさえまだ出会ってない?!」
明智
「すると……捜査室の室長だという事も、俺たちの事も……?」
翼
「でも」
目の前が暗くなりそうになる中、私は、藁にもすがる思いで尋ねた。
翼
「でも、その、損傷が回復すれば、記憶も戻るんですよね?」
医者
「ええ。もっとも、事故に遭ったという事実や、その直前、あるいは直後の行動を思い出す事は、ほぼ無いと言われています」
翼
「えっ?」
小野瀬
「つまり、その部分は、危険や恐怖の記憶と直結しているからね。強いストレスを再現しない為の自己防衛機能だと言われているんだ」
心理学をかじった事があるという小野瀬さんが時々補足をしてくれるおかげもあって、少しずつ、理解できるようになってきた。
翼
「……あの時の事を……二度と……思い出さない……?」
事故に遭う直前の、室長の手の温かさを思い出す。
誕生日にはこれをくれ、と言って私の手を包み込んでくれた、あの時の眼差しも、声も、優しい微笑みも。
私は全部、覚えてるのに。
翼
「……警察官になってからの事を……全部……忘れてしまった……?」
小野瀬
「……櫻井さん」
翼
「……私との事も、全部……?」
涙が溢れた。
小野瀬さんが、ためらいがちに背中を撫でてくれる。
室内はしんとして、私の啜り泣きだけが響いてしまう。
ああ、駄目。
早く泣き止まなくちゃ。
そう思って、ハンカチで顔を押さえた、その時だった。
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11/19(Mon) 17:32
アブナイ☆恋をもう一度 プロローグ続き
小春
≪プロローグ・4≫
『先生!次の急患が入るよ!!』
突然、机の上の電話器のスピーカーから大きな声が出て、驚いた私たちは全員、椅子から跳ね上がってしまった。
驚く事は終わらなかった。
「いつまでやってんだい!!穂積はもう個室に運んでいいんだろう?!」
部屋のスライドドアが勢いよく開いて、白衣を着た大きな女性がぬっ、と入って来たのだ。
轟看護婦長。
通称『鬼の婦長』。
『警察病院の主』とも呼ばれる、大ベテランの看護婦さんだ。
捜査室メンバーも全員、入院や治療のたびにお世話になっている。
医者
「あ、ああ、轟くん、すまない。運んでくれ」
相変わらずの迫力に圧されて、気のせいか、先生の声も震えている。
明智
「ふ……、婦長……」
私の隣では何故か、明智さんも硬直していて。
さっきまでの緊張とは全く違う種類の緊張が、室内の空気を一気に塗り替えていた。
轟
「あんたたち!何をしんみりしてんだい!記憶喪失で、これから困るのは穂積なんだよ!支える側がそんなでどうするんだい!」
頭の上から大きな雷を落とされて、私はハッとした。
轟
「明智!小野瀬!しっかりおし!!」
明智さんと小野瀬さんが、まるで子供のように「はい!」と背筋を伸ばす。
轟
「おや、櫻井。あんたとは、キッシュ以来だね」
翼
「そ、その節はお世話になりました。婦長、室長を、よろしくお願いします」
急に名前を呼ばれ、立ち上がった弾みで咄嗟に口から出た言葉をそのままに頭を下げると、不意に、婦長はにっこりと笑った。
轟
「へえ。私がよろしくしちゃっていいのかい?」
翼
「……は?」
轟
「だって、そうだろう?穂積は記憶を無くしてるんだよ。あんたがここにいるって事は、まあ、そういう関係だったんだろうけど。そんなの、ぜーんぶチャラになってるんだよ」
翼
「え……」
婦長の言いたい事が分からない。
轟
「穂積はきれいだし、身体も丈夫だし、度胸もあるし、いい男だよねえ。私も女だからさ、あんな男に惚れられるのも悪くないと思うんだよ」
ほっ、惚れられる?!
翼
「しつっ、室長は、私と、結婚の約束をしてるんですけど!」
轟
「分かんない子だね。穂積は記憶を無くしてるんだってば。つまり、これから出会う相手に、先入観が無いって事さ。もちろん、あんたも含めて、全ての女に対してね」
翼
「……あ……」
轟
「最初に出会う女は私だ。甲斐甲斐しく身の回りの世話をやいてくれ、優しく、時に厳しく励ましてくれる婦長。どうだい、チャンスはあるだろう?」
翼
「くっ……悔しいけど、確かにこの人、室長と気が合いそう……」
明智
「落ち着け櫻井」
轟
「先に惚れさせた者勝ち、って事さ。まあ、せいぜい頑張って、穂積に好かれるよう努力する事だね」
翼
「頑張ります!」
轟
「それじゃ、試合開始だ。どこからでもかかっておいで。メソメソしてる暇なんか無いよ。もう一度惚れさせるのは、思い出させるより難しいんだからね?」
小野瀬
「なるほど……」
高笑いしながら、室長を搬送するために出ていった婦長の広い背中を見送って、小野瀬さんが何かに感心したように呟いたけど、この時の私にはその理由は分からなかった。
精密検査が終わるまでは室長に会えないと言われたので、私たちは仕方なく警視庁に戻り、明日からの事を考えた。
入院などの手続きや上司への報告などは、小野瀬さんが。
捜査室の業務に関しては、明智さんが。
そして、生活については私に一任された。
正直、私の事を知らない室長と、どう接すればいいのか、まだ、全然分からないけど。
室長を、婦長や、他の誰かに奪われるなんて、嫌。
頑張るしかない。
もう一度、室長が私に恋をしてくれるように。
[削除]
11/19(Mon) 18:03
リレーSSスタートです
小春
プロローグ、というか、初期設定は以上です。
シリアスなスタートではありますが、内容は、記憶を失った室長ともう一度、違うシチュエーションで恋をしていくというお話(に、なる予定)。
最終的にはハッピーエンドを目指します。
ただし、恋のライバルとして、まさかの婦長(轟 麗子 とどろき・れいこ:名前は捏造)にご登場いただきました。
ここからの続きは、ぜひ、皆さんに書き込みしていただき、ストーリーにイレギュラーな要素を盛り込みながら進めていきたいと思いますので、どうぞ、リレーにご参加ください。
次の場面は捜査室でもよし、病院でもよし、 誰目線でもよしです。
よろしくお願いします。
では、パースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
11/19(Mon) 18:56
捜査室では
ジュン
藤守
「室長が記憶喪失・・・?」
如月
「それって本当なんですか?」
小笠原
「・・・」
捜査室に帰った明智から室長の容態を聞いて3人は言葉を失う。
特に室長と付き合いの長い藤守は顔が真っ青だ。
明智
「藤守、大丈夫か?」
明智に肩を叩かれ藤守は「はい」っと返事をするのがやっとだった。
明智
「俺たちのこともこの捜査室のことも室長は覚えていないらしい。」
明智自身もまだ信じられない面持ちでそれが冗談でも何でもないことを雄弁に物語るものだった。
小笠原
「でも外因性の記憶喪失なら記憶が戻る可能性もある。」
小笠原の呟きに如月は目を輝かせる。
如月
「そうですよ!室長のことだから明日には記憶が戻るかも!」
如月の明るい声に明智も「そうだな。」とだけ答えた。とにかくしばらくは自分が室長の代行としてこの捜査室をまとめていかなければならない。
(室長、お帰りをお待ちしています。)
久しぶりのリレーですね(^-^)
たくさんの方が一言ずつでも参加してくれるといいなぁ。
とりあえず短いですがここでパース(⌒∇⌒)ノ⌒〇
[削除]
11/20(Tue) 07:05
ジュンさん速っ!( ̄□ ̄;)!!
小春
相変わらずさすがの反射神経。
今回もよろしくお願いします。
出来ればドタバタな要素を盛り込みながら明るく進めていきたいと思いますのでご協力くださいm(_ _)m
***
警察病院から、面会を許可する電話が入ったのは、翌日の午後の事だった。
私は小野瀬さんと藤守さんに伴われて、病室を訪れた。
明智さんは室長の仕事の代行に忙殺されていて、今日は来られない。
藤守さんは、病院に入る前から涙ぐんでいた。
室長の名前が入口に掲げられた個室に入ると、頭に包帯を巻いた室長が、ベッドの傍らに立って、婦長に病院着を着替えさせてもらっているところだった。
痛み止めの点滴を受けているせいなのか、ぼんやりした表情の室長に対して、婦長は私を見ると、室長からは見えない角度で、挑発的に笑ってみせる。
轟婦長
「泪くん、お見舞いの方々がみえたわよ」
翼
(泪くん?!)
婦長は、大きな身体で手際よく、室長をベッドに座らせて、腰から下に掛布団をかけてくれる。
穂積
「ありがとう、麗子さん」
れっ、れいこさん?!
婦長を見上げる眼差しには、早くも信頼の兆しが見える。
なに、何なのこの空気!
轟婦長
「患者さんの負担にならないよう、なるべく手短にお願いしますね」
小野瀬
「はい」
擦れ違いざま、婦長は私の頭を大きな手で撫でて、病室を出ていった。
スライドドアが閉まるのを待って、小野瀬さんが、ベッドの傍らに立った。
小野瀬
「穂積、具合はどう?」
穂積
「ありがとうございます」
頭を下げると痛むのか、室長はゆっくりとした瞬きで小野瀬さんに謝意を伝えた。
礼儀正しいけれど他人行儀な挨拶に、小野瀬さんはもちろんだろうけど、私たちまで胸が痛む。
小野瀬
「……俺の名前は、小野瀬葵。お前とは警視庁の同期で、鑑識官だ。何でも相談してくれ。……親友だったんだから」
小野瀬さんは、周りからそう呼ばれても否定する、普段なら絶対に口にしない「親友」という単語を使った。
穂積
「そうか、ありがとう。よろしく頼む、おのせ」
私たちは、室長を混乱させないよう、思い出させようとするのではなく、初対面のように、少しずつ覚えてもらおうと決めたのだった。
発案したのは小野瀬さんだったけれど、どうやら、作戦は功を奏したよう。
小野瀬
「この二人は、お前の部下だよ」
穂積
「俺の、部下……?」
ずきん、と、胸が痛んだ。
藤守
「藤守賢史です」
藤守さんは涙声だった。
穂積
「……ふじもり」
藤守
「室長ぉ……」
堪えきれず、しくしくと泣き出した藤守さんを見て、室長も、悲しそうな顔をしている。
距離を測りかねているんだろう。
いつもなら、「泣くんじゃねえ!」なんて言って、肩を抱いたり背中を叩いたりデコピンしたりするのに。
小野瀬
「こちらは、櫻井さんだよ」
穂積
「……さくらい……」
室長の目に、今日初めて、記憶の光が灯った。
穂積
「……櫻井判事の娘さん?」
翼
「はい!」
思わず、食い気味に返答してしまった。
いけない。慎重に、慎重に。
翼
「父の事を、覚えていてくださってるんですね」
穂積
「とてもお世話になったし、ご迷惑もかけた。……たぶん、俺は、きみの名前を知っていると思う」
翼
「言ってみてください」
穂積
「翼さん」
お父さんありがとう!
さん付けだけど!!
嬉しい!
室長が、私の名前を呼んでくれたよ!!
穂積
「櫻井判事が、盆栽に名前を付けていた」
お父さんありがとう!
穂積
「櫻井翼、藤守賢史。これから、よろしく頼む」
藤守
「室長っ!」
小野瀬
「藤守くん抱きつかない!穂積は重傷なんだよ!」
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
[削除]
11/22(Thu) 09:39
ちょっと繋ぎます
小春
病院からの帰り道。
駐車場に向かいながら、私は、ふと心に浮かんだ事を考えていた。
……記憶を失う前の室長が、私を初めて『いいな』と思ってくれたのは、私が高校生の時だと聞いてる。つまり、私は入庁して約1年半だから、大学の4年間を足して、高校生だったのは、5年半前から8年半前……
室長はもうすぐ31歳。
大卒が22歳の春だとして……
そこまで考えて、私は、はあ、と溜め息をついた。
翼
「確率低いなあ……」
少し前を歩いていた小野瀬さんが、私の、小さな独り言に振り向いた。
小野瀬
「櫻井さん、元気出して。昔の事はなるべく考えない方がいい。今の穂積からしたら、今日が、きみと初めて会った日なんだから」
翼
「……そうか。そうでしたね」
お父さんのおかげで、名前を覚えていてもらえた。
これで、轟婦長と同じスタートラインに立てたと思うことにしよう。
小野瀬
「不安なら、この機会に、俺に乗り換えてもいいよ?」
ん?
小野瀬さんは私の肩を抱き寄せると、耳元で囁いた。
小野瀬
「穂積よりもずっと、甘やかしてあ、げ、る」
ふふっ、と息を吹き込まれて、くすぐったくて耳が震える。
翼
「あ、あの」
なんなの、この人のこの色気。
藤守
「小野瀬さん!何してはるんですか!」
小野瀬
「慰めてるだけだよ」
藤守
「完全に口説いとるやないですか!」
小野瀬
「そんなに悪い事じゃないだろ?彼女は今、フリーなんだよ。穂積だって、轟婦長を名前で呼んでたじゃない」
藤守
「室長は……まだ、記憶が戻らへんから……」
小野瀬
「記憶が戻らないから、櫻井さんを傷つけていいわけ?だったら、俺が、彼女のナイトに立候補してもいいだろ?」
肩に置かれた小野瀬さんの手に、力が込められた。
……ああ、そうか。
小野瀬さんは、小野瀬さんなりに、室長の記憶が戻らない事に傷ついているんだ。
藤守
「ほな……ほな、俺も立候補しますよ!室長が元通りになるまで、櫻井は俺が預かります!」
翼
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
変な空気になってきちゃった……
藤守
「俺だけやないですよ。明智さんかて、小笠原かて如月かて、みんな、櫻井を好きなんですから!」
小野瀬
「おや。穂積なら納得するけど、俺には預けられないって事?」
翼
「小野瀬さん、藤守さんも、落ち着いてください!」
こんなところで、パースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
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11/22(Thu) 13:02
怖い女、登場!
ジュン
???
「誰が何に立候補するの?」
睨み合っている小野瀬と藤守の後ろから可愛らしい声が聞こえた。
翼
「ジュンさん!それに藤守さんのお兄さん!」
3人の前に現れたのは藤守の兄の藤守慶史検察官。そしてその事務官のジュンだった。
ジュン
「翼ちゃん!大変だったね。」
ジュンは小野瀬の手をはね除けてぎゅっと翼を抱き締めた。自分より小柄なジュンに背中を撫でられて翼は安心するような泣きたくなるような気持ちになった。
アニ
「いつまでそうしているつもりだ?」
小野瀬
「ジュンさん、横取りはズルいなぁ。」
アニと小野瀬の言葉で少し離れた翼とジュンはふふっと微笑みあった。
そんな和んだ空気の中、一人だけ固まっている男がいた。
藤守
「あ、あのジュンさん?」
遠慮がちに口を開いた藤守にジュンが満面の笑顔で振り返る。
その笑顔が怖い!!
ジュン
「誰が何に立候補するの?」
ジュンは先程と同じ質問をした。
たじろぐ藤守。
先ほど小野瀬に対抗して翼のナイトに立候補すると言ったが、それはあくまでも小野瀬の毒牙から穂積の大切にしている翼を守ろうとしただけでやましい気持ちではない。
しかし、それを恋人であるジュンに聞かれていたなど。
ジュンは普段は可愛らしい家庭的な女の子なのだが少々焼きもち焼きである。そして本気で怒らせると・・・
藤守
(俺、明日まで無事でおれるやろか?)
藤守が遠い目をしていると、肩を叩かれた。
アニ
「骨は拾ってやる。」
藤守
「ありがとう、アニキ。」
・・・・・・
アニ
「じゃあ、俺たちは穂積の病室に少し顔を出してくる。」
ジュン
「翼ちゃん、またね。」
二人が立ち去ったあと、そこには真っ白になった藤守と声をかけることも出来ない翼と小野瀬がいた。
早速登場のジュンです。いや~怖い女ですね~。←自分で言うな。
ちっとも話は進みませんでしたが、ここでパース(⌒∇⌒)ノ⌒◯
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11/22(Thu) 14:52
ジュンさん登場ありがとうございます(^∇^)
小春
藤守アニとジュンが病室を訪れた時、穂積のベッドの傍らには、轟婦長がいて、点滴を交換していた。
こちらを向いた轟婦長に、初対面のアニはきちんと頭を下げる。
アニ
「見舞いにきたのですが、部屋の外で待つべきでしょうか?」
轟婦長
「穂積、大丈夫かい?」
穂積
「はい、婦長」
何気ないやりとりだったが、アニとジュンは顔を見合わせた。
さっき、小野瀬と藤守たちは、穂積が婦長を名前で呼んでいた事で揉めていなかったか?
自分たちを前にしてのこの態度は、どう見てもそんな甘い雰囲気ではないのだが……
轟婦長
「長時間の会話や質問などは、まだ、避けてくださいよ」
そう言うと、交換を終えた轟婦長は、部屋を去っていった。
室内に沈黙が降りて、アニはジュンに肘で脇腹をつつかれた。
穂積
「お見舞いありがとうございます」
アニ
「……あー……そのー……」
ジュン
「穂積室長、こちらは、東京地検の藤守慶史検察官です。私は、事務官の玉木。ジュン、と呼び捨てにしてください……」
穂積
「東京地検……」
アニ
「ああ、そうだ。そして俺は、さっきここを訪れただろう、お前の部下の藤守賢史、あれの実兄でもある」
穂積
「藤守くんにはお世話になります」
アニ
「うむ。まあなんだ、こんな事になって、お前も色々と大変だろう。今後はお前も、俺の事を兄と思って頼りにしてくれていいのだぞ」
穂積
「頼もしいお言葉をありがとうございます」
アニ
「(小声)……ジュン、穂積が素直すぎて、何だか調子が狂うな」
ジュン
「穂積室長、ひとつ、お伺いしてもいいですか?」
穂積
「はい。……今、自分にお答え出来る事でしたら」
ジュンは穂積に頷いてから、聞いておかなければならないと思う事を尋ねた。
ジュン
「さっきは、轟婦長と名前で呼びあっていたと聞いたんですけど。お二人は、特別なご関係なんですか?」
穂積
「いいえ。婦長から、『「泪くん」と呼んだ時には、「麗子さん」と呼び返して』と言われているだけです。特に、櫻井の前では親しげにしろと」
穂積はあっさりと答えたものの、少し戸惑うような表情を見せた。
穂積
「……婦長から『櫻井が事故の事を考えすぎないよう、気持ちを前向きにする為の策』だと言われたので、従っているのですが……間違った配慮でしたか?」
ジュン
「あ、いえ……」
アニ
「ジュン」
アニが、返答に詰まったジュンを制した。
アニ
「そういう事なら、続けてくれ。今の話は、この三人だけの秘密にしておこう。ジュン、いいな?」
ジュン
「……はい」
恋人の藤守にまで秘密にしなければならないのかと思うとちょっと胸が痛んだが、翼の為だと言うなら仕方ない。
ジュンは胸のうちで藤守に謝りながら、アニと共に、穂積の病室を後にしたのだった。
同じ頃、捜査室では、翼に交際を申し込む告白大会が開かれていたのも知らずに……
ここでパースヽ( ̄▽ ̄)ノ⌒○
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