『穂積←→小野瀬』
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
掲示板で『入れ替わってしまった穂積←→小野瀬を目覚めさせるためのキス』を、もしも清香が担当していたら。
~if~
ほんの少し、触れるか触れないかのキス。
これが私の精一杯。
今まで自分からキスをしたことなんて無かったから、正直心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクいっている。
「…室長………?」
けれど、室長の長い睫毛は伏せられたままだ。
声を掛けても、頬をそっと撫でても、ピクリとも動かない。
「し…つ…、ちょ……う…。」
…やっぱり届かないのかしら。
ぐらぐらと明智さんと室長の間で揺れている不安定な心を、もしかしたら室長は感じ取ってしまっているのかもしれない。
でも、会いたい。
本物の室長に…会いたくて仕方がない。
ベッドの上で眠るように目を閉じる室長の横へ座り、覆いかぶさるようにもう一度くちづけをした。
今度はさっきよりももっと長く、もっときちんと唇を重ねて。
でも。
「…ダメか。」
またしても室長の瞳は私を映してはくれなかった。
どうしたら室長を、そして小野瀬さんを救えるんだろう。
失望と、絶望とが胸にじわりと広がっていく。
『彼らは、愛する人のキスで目覚める』
確かに山田さんはそう言っていた。
あの人の言うことが真実なのならば、『愛する人のキス』はただ『キスする』だけじゃダメなのかしら。
どんなキスなら目覚めてくれるのか。
自分のくちびるにそっと触れながら思い出されるのは、キャンプの夜に明智さんと交わしたキスだった。
転落事故や二人の入れ替わりが起きて、少しずつ心も体も離れてしまった明智さんとの最後のキス。
思い返せば、初めて「好き」という感情をキスに乗せて伝えられることを教えてくれたのは、明智さんだ。
身体の奥から熱が溢れるような、電流が走るようなキス。
…あれなら、伝わるのかもしれない。
そんな事をしたこともないけれど、少しでも可能性があるならばそれに賭けたい。
…それくらい、室長に会いたい…………。
『ギシッ』っとベッドが大きな音をたてる。
普段なら耳触りにすら聞こえるその音も耳に入らないほど、私は夢中になって横たわる室長にキスをしたのだった。
「…ん、っ、…んぅ」
重ねたくちびるの角度を変えて、より一層深く、柔らかな室長のくちびるに重ねていく。
うっすら開いたくちびるを舌でぺろりと舐め、もっと深く、もっと繋がるように。
「…はぁ、ぁ……」
いつもはされるがままだったのを、自分からするなんて。
室長の首の後ろに腕を回して引き寄せると、口元がさっきよりも開いた。
抱きしめるように抱え込み、キスを深めていく。
開いた歯の隙間に舌を差し入れ、室長の舌に触れた瞬間、身体の奥からじわりと何かが溢れてきそうな感覚があった。
「…ん、ふ……っ」
見つけた舌を『チュッ』っと吸い上げ、絡めるように自分の舌に重ねる。
恥ずかしくて目を開けていられないけれど、とにかく、とにかく必死にキスをした。
目を閉じれば視覚が遮断され他の感覚が鋭敏になる。
触れる舌の温かさや、『くちゅっ』っと鳴る卑猥な音。
抱きしめるように背中に触れられた手の熱なんて、熱くて熱くて身体が溶けちゃいそうになる。
「…ぁ、しつ、ちょ…う」
「ん?もう限界か?」
「んんっ、…も、っ…できな………」
「そうか。でも、上出来。」
……
あれ?
あれれ?
聞きたかった声が聞こえた気がする。
気のせいじゃなければ、だけど。
重なったくちびるをそっと離しながら、恐る恐る目を開いてみると。
「…櫻井。」
少し顔を赤らめながらも、微笑む室長がそこにいた。
「室長…!起きたんですね!!!」
よかった。本当に目が覚めてくれて、よかった。
その想いで胸がいっぱいになって、涙が溢れる。
思わず室長を抱きしめると、力強く抱きしめ返してくれた。
「あぁ。櫻井のおかげだな。」
「よかった…。」
「でも…。」
「でも?」
「……こっちも起きちゃったんだけど?」
ベッドサイドに座っていた腰を抱き寄せられ、気がつけば室長の身体の上に乗っかるようにベッドへと上げられていた。
重なった身体に、布団越しでも分かるくらいの身体の変化が見受けられる。
「ひ、ひゃあっ!や、やめ…っ!」」
「あんな大胆な起こし方するからだ。」
逃げようとする私の身体をガッチリと固定しながら、まるで全て私のせいだと言わんばかりに室長が口を尖らす。
「だって、室長が起きてくれなかったからじゃないですか!」
「途中で起きたぞ?」
「…えっ?」
「あんまり夢中になってキスしてるから、可愛くってな。」
「そんな……。」
あんなに頑張ったのに。
苦労が報われたのは嬉しいけれど、恥ずかしいやら、虚しいやら。
「…でも、嬉しかった。」
「えっ?」
「櫻井が、お前がキスしてくれて、本当に嬉しかったんだ。」
背中に回された腕が私の身体を引き寄せ、再びくちびるが重なった。
「好きだ…。」
「し、室…長……ッ」
「ずっ…と、好きだった…んだ」
キスの合間に囁かれる言葉が、心を満たす。
「私も……室長が好きです。」
やっと答えを見つけ出せた、そんな気がした。
「…で、問題はアイツだな。」
私を胸に抱きよせながら、室長がチラリと視線を床にやった。
そこには倒れたままの小野瀬さんがいる。
「あっ…。」
忘れてた。
室長を起こさなくちゃいけないのにいっぱいいっぱいで、すっかり存在を忘れてしまっていたのだ。
「あのままでいいか。」
「良くないです!」
「お前だって忘れてただろうが。」
「……。」
なんで私の考えを読めたんだろう、この人。
「俺にキスするのに夢中になっていたもんなー。」
「……ッ!!」
ニヤニヤ笑う室長の隣から逃げるようにベッドから下りて、小野瀬さんの横へとしゃがみ込んだ。
倒れた拍子に頭を打ったりはしていないようで、とりあえず一安心。
寝ているような綺麗な顔をそっと覗きこんでいると、同じようにベッドから室長が下りようとしていた。
痛みに耐えながら身体を起こす姿に、慌てて駆け寄って手を貸すと、腰を抱き寄せられる。
「小野瀬の前でおっぱじめたら、起きるかな?」
『ちゅっ』と頬にキスをしながら、室長が楽しそうな笑みを浮かべた。
「はいっ?」
「あぁ、ダメだな。小野瀬の事だから、俺達がヤっているのを見ても『俺も交ぜて』って言いだしそうだし。」
「なんでそんな話になるんですか!」
「それ以前に、翼の可愛い声を聞かせるのも癪にさわるしな。」
「……。」
ポンポンっと私の頭を撫でながら小野瀬さんの近くにしゃがみ込むと、室長は一変して厳しい表情を見せた。
「山田はなんて言っていたんだ?」
「えっと……『彼らは、愛する人のキスで目覚める』です。」
「『愛する人のキスで目覚める』か…。」
何かを考えるように俯く室長の横に同じようにしゃがみ込もうとすると。
「翼、ティッシュを取ってくれ。」
「は、はい。」
なんだかわからないまま、言われたとおりにテーブルの上にあったティッシュを差し出すと室長は千切って丸め始めた。
「小野瀬に好きな人がいるか聞いたことがあるか?」
「…いや、ないです。」
「だよなぁ、俺もだ。」
ため息をつきながらティッシュを丸める室長を見つめていると、室長が真剣な顔で私を見つめてきた。
その視線の鋭さに、不謹慎ながらも胸が高鳴る。
「…俺が小野瀬を起こす。」
「えっ?」
「小野瀬を愛しているわけじゃないが、アイツは大事な奴だ。このまま寝かしておくわけにはいかねぇ。」
「室長…。」
いつも言い争いをしているのかと見間違うくらいの攻防をしていても、やっぱり同期でずっと近くにいたからなのだろうか。
室長の思いに胸がジンッと熱くなる。
「そのかわり…。」
丸めたティッシュを私の片耳に入れながら、室長が私を抱き寄せた。
「お前は、とにかく目を閉じてろ。俺が良いって言うまで、絶対に開けるんじゃねぇぞ?」
その剣幕に圧倒され、ギュッと目を閉じると、耳元にキスをしながら室長がまた丸めたティッシュを私の耳へと入れたきた。
何も見えず、何も聞こえないでいると、手がギュッと握られる。
それでも、その繋がりが不安な心を吹き飛ばしてくれるようで、繋いだ手に同じように力を込めると室長が動いたのが手の動きで分かったのだった。
そしてどれくらいたったのだろう。
一分が、一秒がとてつもなく長く感じる。
固く繋がれた手からも、じんわりと汗が感じられるくらいだ。
息をするのさえ不謹慎に思われるくらいの空気の中で身を固くしていると、ふいに手を引かれ広い胸へと抱きとめられた。
頬に添えられた手が上を向くように促す。
「目を開けて良いぞ。」
耳栓を取られ、言われたとおりに目を開くと、床に寝る小野瀬さんの瞼が何度か震えるのが見えた。
「し、室長!小野瀬さんがっ!」
「あぁ、起こせたな。」
ゆっくりと目を開こうとする小野瀬さんを見て、やっと一安心と思っていたら。
「っ、んんっ!!」
腰と首を抱き寄せられ、どこも動かせないまま、くちびるが塞がれた。
さっきまで息を詰めていたこともあり、すぐに呼吸が苦しくなる。
「あっ…、はぁ……、っ、ん、……ンッ」
私がしたキスとは比べ物にならないような、荒々しく食らいつくされる感覚を与えるキスに、ぞくりと背筋が震える。
小野瀬さんがすぐそばにいるのに、恥ずかしさより身体を駆け上がっていく快感が、思考を占領して行く。
「……あぁッ…、……んッ」
くちびるを離した途端に、ぺたりと床に座り込んでしまった私を胸に抱え込んだまま、室長は小野瀬さんを小突いた。
「ガン見してんじゃねぇ。翼が穢れる。」
「いや、お前も明智君といい勝負だなと思ってね。」
「俺のは消毒だ、消毒。」
そう言い放ちながら私の髪に何度もキスをする室長は、まるで子供のようだ。
思わずクスッと笑いが漏れてしまう。
「ねぇ、櫻井さん。穂積ってキスが上手いでしょ?」
床から身を起こした小野瀬さんが、未だに室長の腕の中にいる私に微笑みかける。
「えっ?」
「まさか人生で二回も穂積にあんな濃厚なのをされるとは思わなかったよ。」
パチンッとウインクしながら口元を拭う小野瀬さんを見て、思わず室長を見てしまう。
「あれくらい激しいと、嫌でも頭とか記憶とかだけじゃなくて、色んな所が目覚めちゃうよね?」
その言葉は誰に向かって言ったものなのか。
赤くなる私に反して、小野瀬さんは涼しい顔で微笑んだままだ。
「てめぇっ、余計なこと言ってんじゃねぇ!」
「おや、自分からしたのに。」
「この場合は仕方ないだろうが!」
「俺は櫻井さんでも良かったんだよ?」
「誰がさせるかッ!これは俺のだ!」
伸びてきた小野瀬さんの手を叩きながら、室長が私を背中に隠す。
「お前の身体だから大人しくしてたんだよ?」
「当たり前だ!」
「濃厚なキスされて、見せつけられて、俺って可哀そうじゃない?」
「知らん。勝手にしろ。」
「あーぁ、もっと穂積の身体で遊んでおけばよかった。」
「…っ!!!」
赤くなったり、青くなったりする室長を見ながら、小野瀬さんは立ちあがった。
ジャケットについた埃をパンッと払い、長い髪を結び直す姿はラボでよく見かけた『小野瀬 葵』そのものだ。
「じゃあ、俺は戻るよ。ラボがどうなっているか心配だしね。」
「…くれぐれも余計なことは言うなよ?」
「俺がお前の熱いキスでいろんな事に目覚めたとか?」
「っ、てめぇっ、……っ、!」
ティッシュの箱を手に取り、投げようとすると室長の顔が苦痛に歪んだ。
全身打撲に骨折までしているのに、いくら軽い物とはいえ投げられるはずもない。
逆に健康体に戻れた小野瀬さんは、軽やかに手を振りながらもうドアを開いていた。
「結構痛いだろ?櫻井さん、上から下まで、穂積のお世話をしてあげてね。」
悔しそうに座りこみながら小野瀬さんを見送った室長の手を取ってベッドまで連れていくと、疲れが一気に出たのか室長は大きくため息を吐いた。
「なんか…疲れたな。」
「でも、これで元に戻れたから良いじゃないですか。」
慰めるようにそう言うと、室長がベッドの上に置いた私の手を握りしめる。
「元には…戻れないだろう?」
「えっ?」
「もう、明智の元には……。」
『戻りません』
そう言いかけたくちびるが再び塞がれ、さっきとは違う優しいキスが私を包み込んでくれる。
それは私が一番欲しかった、あの優しい手と同じものだった。
「大好き….です。」
入れ替わってしまった人と、入れ替わってしまった心。
あのキャンプから変わってしまった私たちの
長い長い夜が、ようやく明けようとしていた…。
-fin-
~if~
ほんの少し、触れるか触れないかのキス。
これが私の精一杯。
今まで自分からキスをしたことなんて無かったから、正直心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクいっている。
「…室長………?」
けれど、室長の長い睫毛は伏せられたままだ。
声を掛けても、頬をそっと撫でても、ピクリとも動かない。
「し…つ…、ちょ……う…。」
…やっぱり届かないのかしら。
ぐらぐらと明智さんと室長の間で揺れている不安定な心を、もしかしたら室長は感じ取ってしまっているのかもしれない。
でも、会いたい。
本物の室長に…会いたくて仕方がない。
ベッドの上で眠るように目を閉じる室長の横へ座り、覆いかぶさるようにもう一度くちづけをした。
今度はさっきよりももっと長く、もっときちんと唇を重ねて。
でも。
「…ダメか。」
またしても室長の瞳は私を映してはくれなかった。
どうしたら室長を、そして小野瀬さんを救えるんだろう。
失望と、絶望とが胸にじわりと広がっていく。
『彼らは、愛する人のキスで目覚める』
確かに山田さんはそう言っていた。
あの人の言うことが真実なのならば、『愛する人のキス』はただ『キスする』だけじゃダメなのかしら。
どんなキスなら目覚めてくれるのか。
自分のくちびるにそっと触れながら思い出されるのは、キャンプの夜に明智さんと交わしたキスだった。
転落事故や二人の入れ替わりが起きて、少しずつ心も体も離れてしまった明智さんとの最後のキス。
思い返せば、初めて「好き」という感情をキスに乗せて伝えられることを教えてくれたのは、明智さんだ。
身体の奥から熱が溢れるような、電流が走るようなキス。
…あれなら、伝わるのかもしれない。
そんな事をしたこともないけれど、少しでも可能性があるならばそれに賭けたい。
…それくらい、室長に会いたい…………。
『ギシッ』っとベッドが大きな音をたてる。
普段なら耳触りにすら聞こえるその音も耳に入らないほど、私は夢中になって横たわる室長にキスをしたのだった。
「…ん、っ、…んぅ」
重ねたくちびるの角度を変えて、より一層深く、柔らかな室長のくちびるに重ねていく。
うっすら開いたくちびるを舌でぺろりと舐め、もっと深く、もっと繋がるように。
「…はぁ、ぁ……」
いつもはされるがままだったのを、自分からするなんて。
室長の首の後ろに腕を回して引き寄せると、口元がさっきよりも開いた。
抱きしめるように抱え込み、キスを深めていく。
開いた歯の隙間に舌を差し入れ、室長の舌に触れた瞬間、身体の奥からじわりと何かが溢れてきそうな感覚があった。
「…ん、ふ……っ」
見つけた舌を『チュッ』っと吸い上げ、絡めるように自分の舌に重ねる。
恥ずかしくて目を開けていられないけれど、とにかく、とにかく必死にキスをした。
目を閉じれば視覚が遮断され他の感覚が鋭敏になる。
触れる舌の温かさや、『くちゅっ』っと鳴る卑猥な音。
抱きしめるように背中に触れられた手の熱なんて、熱くて熱くて身体が溶けちゃいそうになる。
「…ぁ、しつ、ちょ…う」
「ん?もう限界か?」
「んんっ、…も、っ…できな………」
「そうか。でも、上出来。」
……
あれ?
あれれ?
聞きたかった声が聞こえた気がする。
気のせいじゃなければ、だけど。
重なったくちびるをそっと離しながら、恐る恐る目を開いてみると。
「…櫻井。」
少し顔を赤らめながらも、微笑む室長がそこにいた。
「室長…!起きたんですね!!!」
よかった。本当に目が覚めてくれて、よかった。
その想いで胸がいっぱいになって、涙が溢れる。
思わず室長を抱きしめると、力強く抱きしめ返してくれた。
「あぁ。櫻井のおかげだな。」
「よかった…。」
「でも…。」
「でも?」
「……こっちも起きちゃったんだけど?」
ベッドサイドに座っていた腰を抱き寄せられ、気がつけば室長の身体の上に乗っかるようにベッドへと上げられていた。
重なった身体に、布団越しでも分かるくらいの身体の変化が見受けられる。
「ひ、ひゃあっ!や、やめ…っ!」」
「あんな大胆な起こし方するからだ。」
逃げようとする私の身体をガッチリと固定しながら、まるで全て私のせいだと言わんばかりに室長が口を尖らす。
「だって、室長が起きてくれなかったからじゃないですか!」
「途中で起きたぞ?」
「…えっ?」
「あんまり夢中になってキスしてるから、可愛くってな。」
「そんな……。」
あんなに頑張ったのに。
苦労が報われたのは嬉しいけれど、恥ずかしいやら、虚しいやら。
「…でも、嬉しかった。」
「えっ?」
「櫻井が、お前がキスしてくれて、本当に嬉しかったんだ。」
背中に回された腕が私の身体を引き寄せ、再びくちびるが重なった。
「好きだ…。」
「し、室…長……ッ」
「ずっ…と、好きだった…んだ」
キスの合間に囁かれる言葉が、心を満たす。
「私も……室長が好きです。」
やっと答えを見つけ出せた、そんな気がした。
「…で、問題はアイツだな。」
私を胸に抱きよせながら、室長がチラリと視線を床にやった。
そこには倒れたままの小野瀬さんがいる。
「あっ…。」
忘れてた。
室長を起こさなくちゃいけないのにいっぱいいっぱいで、すっかり存在を忘れてしまっていたのだ。
「あのままでいいか。」
「良くないです!」
「お前だって忘れてただろうが。」
「……。」
なんで私の考えを読めたんだろう、この人。
「俺にキスするのに夢中になっていたもんなー。」
「……ッ!!」
ニヤニヤ笑う室長の隣から逃げるようにベッドから下りて、小野瀬さんの横へとしゃがみ込んだ。
倒れた拍子に頭を打ったりはしていないようで、とりあえず一安心。
寝ているような綺麗な顔をそっと覗きこんでいると、同じようにベッドから室長が下りようとしていた。
痛みに耐えながら身体を起こす姿に、慌てて駆け寄って手を貸すと、腰を抱き寄せられる。
「小野瀬の前でおっぱじめたら、起きるかな?」
『ちゅっ』と頬にキスをしながら、室長が楽しそうな笑みを浮かべた。
「はいっ?」
「あぁ、ダメだな。小野瀬の事だから、俺達がヤっているのを見ても『俺も交ぜて』って言いだしそうだし。」
「なんでそんな話になるんですか!」
「それ以前に、翼の可愛い声を聞かせるのも癪にさわるしな。」
「……。」
ポンポンっと私の頭を撫でながら小野瀬さんの近くにしゃがみ込むと、室長は一変して厳しい表情を見せた。
「山田はなんて言っていたんだ?」
「えっと……『彼らは、愛する人のキスで目覚める』です。」
「『愛する人のキスで目覚める』か…。」
何かを考えるように俯く室長の横に同じようにしゃがみ込もうとすると。
「翼、ティッシュを取ってくれ。」
「は、はい。」
なんだかわからないまま、言われたとおりにテーブルの上にあったティッシュを差し出すと室長は千切って丸め始めた。
「小野瀬に好きな人がいるか聞いたことがあるか?」
「…いや、ないです。」
「だよなぁ、俺もだ。」
ため息をつきながらティッシュを丸める室長を見つめていると、室長が真剣な顔で私を見つめてきた。
その視線の鋭さに、不謹慎ながらも胸が高鳴る。
「…俺が小野瀬を起こす。」
「えっ?」
「小野瀬を愛しているわけじゃないが、アイツは大事な奴だ。このまま寝かしておくわけにはいかねぇ。」
「室長…。」
いつも言い争いをしているのかと見間違うくらいの攻防をしていても、やっぱり同期でずっと近くにいたからなのだろうか。
室長の思いに胸がジンッと熱くなる。
「そのかわり…。」
丸めたティッシュを私の片耳に入れながら、室長が私を抱き寄せた。
「お前は、とにかく目を閉じてろ。俺が良いって言うまで、絶対に開けるんじゃねぇぞ?」
その剣幕に圧倒され、ギュッと目を閉じると、耳元にキスをしながら室長がまた丸めたティッシュを私の耳へと入れたきた。
何も見えず、何も聞こえないでいると、手がギュッと握られる。
それでも、その繋がりが不安な心を吹き飛ばしてくれるようで、繋いだ手に同じように力を込めると室長が動いたのが手の動きで分かったのだった。
そしてどれくらいたったのだろう。
一分が、一秒がとてつもなく長く感じる。
固く繋がれた手からも、じんわりと汗が感じられるくらいだ。
息をするのさえ不謹慎に思われるくらいの空気の中で身を固くしていると、ふいに手を引かれ広い胸へと抱きとめられた。
頬に添えられた手が上を向くように促す。
「目を開けて良いぞ。」
耳栓を取られ、言われたとおりに目を開くと、床に寝る小野瀬さんの瞼が何度か震えるのが見えた。
「し、室長!小野瀬さんがっ!」
「あぁ、起こせたな。」
ゆっくりと目を開こうとする小野瀬さんを見て、やっと一安心と思っていたら。
「っ、んんっ!!」
腰と首を抱き寄せられ、どこも動かせないまま、くちびるが塞がれた。
さっきまで息を詰めていたこともあり、すぐに呼吸が苦しくなる。
「あっ…、はぁ……、っ、ん、……ンッ」
私がしたキスとは比べ物にならないような、荒々しく食らいつくされる感覚を与えるキスに、ぞくりと背筋が震える。
小野瀬さんがすぐそばにいるのに、恥ずかしさより身体を駆け上がっていく快感が、思考を占領して行く。
「……あぁッ…、……んッ」
くちびるを離した途端に、ぺたりと床に座り込んでしまった私を胸に抱え込んだまま、室長は小野瀬さんを小突いた。
「ガン見してんじゃねぇ。翼が穢れる。」
「いや、お前も明智君といい勝負だなと思ってね。」
「俺のは消毒だ、消毒。」
そう言い放ちながら私の髪に何度もキスをする室長は、まるで子供のようだ。
思わずクスッと笑いが漏れてしまう。
「ねぇ、櫻井さん。穂積ってキスが上手いでしょ?」
床から身を起こした小野瀬さんが、未だに室長の腕の中にいる私に微笑みかける。
「えっ?」
「まさか人生で二回も穂積にあんな濃厚なのをされるとは思わなかったよ。」
パチンッとウインクしながら口元を拭う小野瀬さんを見て、思わず室長を見てしまう。
「あれくらい激しいと、嫌でも頭とか記憶とかだけじゃなくて、色んな所が目覚めちゃうよね?」
その言葉は誰に向かって言ったものなのか。
赤くなる私に反して、小野瀬さんは涼しい顔で微笑んだままだ。
「てめぇっ、余計なこと言ってんじゃねぇ!」
「おや、自分からしたのに。」
「この場合は仕方ないだろうが!」
「俺は櫻井さんでも良かったんだよ?」
「誰がさせるかッ!これは俺のだ!」
伸びてきた小野瀬さんの手を叩きながら、室長が私を背中に隠す。
「お前の身体だから大人しくしてたんだよ?」
「当たり前だ!」
「濃厚なキスされて、見せつけられて、俺って可哀そうじゃない?」
「知らん。勝手にしろ。」
「あーぁ、もっと穂積の身体で遊んでおけばよかった。」
「…っ!!!」
赤くなったり、青くなったりする室長を見ながら、小野瀬さんは立ちあがった。
ジャケットについた埃をパンッと払い、長い髪を結び直す姿はラボでよく見かけた『小野瀬 葵』そのものだ。
「じゃあ、俺は戻るよ。ラボがどうなっているか心配だしね。」
「…くれぐれも余計なことは言うなよ?」
「俺がお前の熱いキスでいろんな事に目覚めたとか?」
「っ、てめぇっ、……っ、!」
ティッシュの箱を手に取り、投げようとすると室長の顔が苦痛に歪んだ。
全身打撲に骨折までしているのに、いくら軽い物とはいえ投げられるはずもない。
逆に健康体に戻れた小野瀬さんは、軽やかに手を振りながらもうドアを開いていた。
「結構痛いだろ?櫻井さん、上から下まで、穂積のお世話をしてあげてね。」
悔しそうに座りこみながら小野瀬さんを見送った室長の手を取ってベッドまで連れていくと、疲れが一気に出たのか室長は大きくため息を吐いた。
「なんか…疲れたな。」
「でも、これで元に戻れたから良いじゃないですか。」
慰めるようにそう言うと、室長がベッドの上に置いた私の手を握りしめる。
「元には…戻れないだろう?」
「えっ?」
「もう、明智の元には……。」
『戻りません』
そう言いかけたくちびるが再び塞がれ、さっきとは違う優しいキスが私を包み込んでくれる。
それは私が一番欲しかった、あの優しい手と同じものだった。
「大好き….です。」
入れ替わってしまった人と、入れ替わってしまった心。
あのキャンプから変わってしまった私たちの
長い長い夜が、ようやく明けようとしていた…。
-fin-