バッドエンドから始まる物語~明智編~
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明智
「正直……同情、かもしれません」
俺は項垂れた。
判事や室長が櫻井に対して抱いている深い愛情と比較したら、俺の今の感情など、いかにも薄っぺらいものに思えたからだ。
事件より前、俺が彼女に淡い好意を抱いていたことは否定しない。
だが、事件以来、俺が彼女に会いに来ていたのは、自分自身の気持ちに整理がつかなかったからに他ならない。
自責、後悔、懸念、焦燥。
俺の感情は、彼女の身に起きた不幸の回りで堂々巡りをしている。
どう考えても、この気持ちは恋愛ではなかった。
俺が思った通りを口にすると、室長は少し驚き、次に、悲しそうな顔をした。
穂積
「……つまり、罪悪感?」
端的に言ってしまえば、そうかもしれない。
明智
「……責任を感じています。それに、彼女の今後が心配です」
穂積
「……そう」
室長は、小さく息を吐いた。
穂積
「明智」
眉間の皺が深くなっている。
穂積
「今の櫻井には、同情してくれる人間も必要よ。……でもね」
室長は真っ直ぐに俺を見る。
穂積
「その人間が、アンタである必要はないわ」
ずきり、と胸が痛んだ。
穂積
「むしろ、爆発の現場にいたアンタの暗い顔を見るたびに、櫻井は自分を責め、辛い思いを繰り返すでしょう」
明智
「しかし」
穂積
「彼女には、家族も友人もいる。今は、そういう人たちに慰めてもらう時期じゃないかしら。……彼女が、アンタの訪問を負担に感じているとしたら、なおさら」
淡々と話す室長の、けれど、その握り締めた拳が震えているのを俺は見た。
穂積
「当分、会うのは控えなさい」
厳しい言葉ではあったが、俺は、その奥にある室長の思いを感じた。
それは、櫻井の為に、だけではない。
俺の為に、でもあった。
室長は、彼女への想いを同情だと答えた俺に、気持ちの整理を命じたのだ。
明智
「……」
穂積
「分かるわよね、明智」
はい、と応えるべきなのは分かっている。だが、俺は、室長の言葉を、すぐには飲み込めない。
どうすればいいのか分からなかった。
黙って自分の拳を見つめた俺に、さらに、室長の声が聞こえた。
穂積
「……五日間」
俺は顔を上げる。
室長は俺ではなく、病院の、カーテンの閉まったままのあの窓を見つめていた。
穂積
「……五日間考えて、櫻井への気持ちが同情のままだったら、もう、彼女の見舞いはやめてちょうだい」
室長が、俺を見つめた。
穂積
「その時には、ワタシが、一生をかけて櫻井に償うわ」
明智
「……室長……」
息を呑む俺に、室長は、静かに続けた。
穂積
「SATの時も今回も、アンタには何の罪も無い。同情で、相手の人生まで背負いこむことはないのよ」
明智
「しかし……それなら室長も同じでしょう。室長が、櫻井の人生を背負いこむことは……」
そこまで言って、俺はハッとした。
俺の変化に気付いて、室長が静かに、僅かに表情を動かす。
穂積
「明智」
明智
「……」
穂積
「ワタシの感情は、同情ではないわ」
明智
「……」
真っ直ぐに俺を見据えた室長に、俺は返す言葉がなかった。
火を点けたきり灰皿に置かれていた室長の煙草は、いつの間にか燃え尽きていた。
五日間が過ぎた。
俺は、櫻井の病院に行かなかった。
半年後、櫻井は警視庁に復帰した。
生活安全部に異動し、車椅子で仕事に励む彼女の顔は生き生きとしている。
櫻井の新しい部署は、子ども・女性安全対策室、通称「さくらポリス」。
子供や女性に対する声かけやつきまといなどの発生状況を分析し、軽度の性犯罪の犯人も素早く検挙する事で、重大な犯罪を未然に防止する事を目的とした、専門的なチームだ。
発足して間もない組織だが、櫻井はこれからそこで経験を積んで、心理学のほか、DNA鑑定も学び、性犯罪捜査員として指定を受けられるような、プロフェッショナルな捜査員になりたいと言っていた。
走れなくても、市民の安全を守る道はあるんですね、とも。
捜査室に復帰の挨拶に来てくれた櫻井のその力強い言葉と笑顔に、救われた思いがする。
身体に障害を持つ警察官の勤務、彼女はそのモデルケースでもあるという。
以前にも増して輝きを放つようになった瞳に、俺は、彼女の芯の強さを見た。
新しい道を歩き出した彼女の傍らには、時折、穂積室長の寄り添う姿が見られるようになった。
彼女に道を示したのが室長だという事は、疑いようがない。
昼休みなど、歩行リハビリに励む彼女とそれを見守る室長を、俺は何度か窓から見下ろした事がある。
室長は決して自分からは手を差し伸べないが、常に、彼女の手の届く場所にいる。
俺ならきっと、求められる前に手を握ってしまうだろう。
これでよかったんだ、と思う。
ぎこちない足取りで室長のもとに辿り着いた櫻井が、笑顔で室長の腕の中に飛び込む。
櫻井の笑顔とともに、室長の笑顔も戻ってきた。
微笑みを交わしあう二人を、俺は、穏やかな気持ちで見つめていた。
近いうちに、櫻井に甘いものでも差し入れしてやろう、と思いながら。
~END~
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