バッドエンドから始まる物語~明智編~
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明智
「……これはきっと……友情です」
穂積
「友情?」
室長は、少し驚いたような顔をした。
そう、友情。
俺は櫻井について、人間として、女性として、魅力的だとは思う。
だが、それは、藤守や小笠原、如月に対して持っているのと変わらない、仲間意識と言ってもいいかもしれない。
櫻井と恋をするには、俺自身が自分の事で手一杯だった事に加えて、あまりにも、出会ってからの期間が短すぎた。
ただ、その短い中でも、共に事件と向き合ってきたという実感はある。
彼女は俺にとって仲間。
大切な、後輩だ。
穂積
「そう……」
俺の想いを聞き終えた室長は、僅かに眉根を寄せた。
穂積
「ワタシはてっきり……」
明智
「……?」
室長は首を横に振った。
穂積
「いえ、いいのよ。ワタシの早合点だったみたいね」
訝しむ俺をよそに、室長はテーブルに肘をつくようにして、ゆっくりと、俺に顔を近付けた。
穂積
「……アンタが、櫻井を仲間だと思ってくれているのなら、ワタシの考えを話しましょうか」
明智
「?」
室長の改まった様子に、俺は、椅子に座り直した。
穂積
「以前、彼女の父親……櫻井判事に謝罪に行った時、判事から頼まれた事があるの」
明智
「頼まれた?」
室長が頷く。
穂積
「彼女に警察官を続けさせてやって欲しい、って言われたわ」
明智
「え?」
俺は、室長の言葉を聞き咎めた。
室長は彼女の実家で門前払いされ、罵倒されたはずだが、それは言えない。
最後に家に通された時も、きっと一方的に怒鳴られたのだろうと、勝手に思っていた。
だから、そんな会話が交わされていたとは、考えてもみなかったのだ。
明智
「でも……確か、彼女の父親は、彼女が警察で働くのを、あまり快く思っていなかったはずでは?……第一、彼女は、『もう警察官を続ける事は出来ない』と自分で……」
室長は渋い顔をした。
穂積
「ワタシはね、明智。最初から、櫻井に、犯人を追い掛けて捕まえる脚力なんて期待していないわよ」
俺は、ハッとした。
穂積
『一度見た物は忘れない記憶力、異状を感知する直観力、そして、高確率で犯人に遭遇する強運』
確かに、室長は以前から、彼女の能力をそう評していた。
穂積
「我々は、チームよ。櫻井が走れなければ、如月が、藤守が走るでしょう。櫻井に渡れない橋があるなら、ワタシかアンタが渡ればいいじゃない」
室長の言葉は、俺の愁眉を開いた。
穂積
「具体的には、現在小笠原が行っている業務の補助をさせる方向で考えているわ」
捜査室での小笠原の業務、それは情報の集積と分析。
それなら、脚が動かなくても出来る。
彼女は捜査室に居続ける事が出来る。
明智
「彼女の父親はそれで……」
室長は頷いた。
穂積
「納得してくれたわ。もちろん、回復しだいで他の仕事も任せていくつもり」
俺はホッとして溜め息をついたが、室長はまだ表情を崩さない。
穂積
「後は、本人の気持ちだけよ。……明智」
明智
「はい」
穂積
「アンタ、櫻井に復帰を勧める話が出来る?」
復帰を勧める。
櫻井が休職する一因を作ったのが俺だからこそ、説得は俺にしか出来ない、と、室長は言った。
そしてそれは、櫻井への思いが同情でも、生半可な恋愛感情でもないからこそ、出来る話なのだと。
……確かに。
同情で復帰を勧めたりすれば、間違いなく、彼女の尊厳を傷つけてしまう。
恋愛感情でも同じ事だろう。
仕事に関して、彼女は真剣に取り組んでいた。
その彼女に、「好きだから戻って来てくれ」なんて、うわついた事は言えない。
才能を認めているから、同僚として彼女の存在が必要だから。そう言うしか、彼女を職場に呼び戻す術はない。
明智
「出来る、と思います。……彼女が、俺と話をしてくれれば、ですが」
俺が頷くと、室長も頷いた。
穂積
「……それなら、この件は、アンタに任せるわ」
明智
「はい」
室長は真顔になると、じっと俺を見つめた。
穂積
「……頼むわよ、明智」
それから深々と、頭を下げた。
穂積
「櫻井を頼むわ」
明智
「……室長……」
話が済むと、室長は、一度も口を付けなかったコーヒーをそのままに、立ち上がった。
俺も急いで後を追う。
会計を終えた室長と店の外に出たところで、俺は、室長に訊いてみた。
明智
「ですが室長……もしも、彼女が復帰を希望しなかったら?」
穂積
「その時は、櫻井が希望する進路に就くまで支援するつもりよ。たとえ、警察以外の職業でもね」
明智
「……警察以外でも……」
ちくり、と胸が痛んだ。
櫻井の顔が脳裏に浮かぶ。
俺の後ろを懸命に付いてくる、小さな身体。
涙を堪える顔、考え込む顔、真剣に訴える顔。
ああ、何故、こんな表情ばかりなんだろう。
どうして俺は、もっと彼女に優しくしてやれなかったんだろう。
このまま彼女が違う道を選んだら、警察を辞めてしまったら。
俺はきっと、一生後悔するだろう。
穂積
「……小野瀬が言ってたわ」
俺の表情を見つめていた室長が、不意に、別の話を始めた。
明智
「え?」
穂積
「アンタと櫻井は、永遠に友達endだそうよ」
何だそれ。
なんとなく不愉快になる俺に、室長は背を向けて歩き出した。
穂積
「でもねえ、明智」
明智
「はい」
隣に並び掛けると、室長は振り返った。
穂積
「まず友人にならなければ、そこから先は無いわよね」
ぽん、と肩を叩かれた。
穂積
「何もかもこれから始まるのよ、アンタと、櫻井は」
五日後。
俺は櫻井のいる病院を訪ねた。
病室に行く前に庭を覗いてみると、櫻井が、杖を使って、歩く練習をしていた。
真剣な表情、額に光る汗。
一人で地味なリハビリは辛いはずだが、彼女は黙々と頑張っている。
やがて、顔を上げた彼女が俺に気付いた。
翼
「明智さん……どうして?」
明智
「休憩」
俺は、持ってきた白い箱を彼女に手渡した。
戸惑った表情の彼女を抱え上げて、ベンチに運ぶ。
明智
「甘いもの、食べるだろ」
箱の中には、フルーツゼリーが入っている。
翼
「そうじゃなくて……私、あんなにひどい事言ったのに、どうして」
明智
「ひどい事なんか言ってない」
俺は答えた。
明智
「罪悪感まるだしの暗い顔で辛気臭くやってくる刑事には気が滅入るから、来て欲しくないって言っただけだ」
翼
「……」
明智
「けど、一緒に甘いものを食べたいだけの友達なら、来てもいいだろ」
彼女の瞳が潤んだ。
翼
「……大歓迎です」
微笑む彼女に笑顔を返してから、俺は、ポケットに入れておいたリンゴを取り出した。
明智
「実は、リンゴも持って来た」
お手玉のように片手で宙に放り、再び手に取る。
彼女は目を輝かせた。
翼
「ウサギリンゴにしてくれますか?」
明智
「ああ。……じゃあ、病室に戻ろうか。汗が冷えると風邪を引くからな」
翼
「はい」
櫻井は、指先で涙を拭った。
少しもじもじした後、思い切ったように顔を上げる。
翼
「明智さん、ありがとう」
俺は、彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
懐かしい感覚。
この温もりは、もう二度と得られないと思っていた。
翼
「また、来てくれますか?」
病室で問われた時、俺は、自分でも驚くほど、迷わずに頷いた。
明智
「毎日来るよ」
櫻井の微笑む顔を見つめながら、俺は、胸の奥に、小さな明かりが灯るのを感じていた。
明智
「必ず、定時で上がって来るから」
俺が言うと、彼女は目に涙を浮かべ、頷いた。
俺たちは再び出会った。
そして、また一緒に歩き出す。
何もかも、これから始まるんだ。
~END~
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