バッドエンドから始まる物語~明智編~
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~明智vision~
室長に引き摺られるようにして、俺は、彼女の病室を後にした。
促されるまま病院の外へ出て、徒歩数分の距離にある喫茶店に入る。
考えがまとまらない。
席に着くと、室長は勝手にブレンドを二人分頼む。
店員が去ると、室長は、内ポケットから、煙草の箱を取り出した。
とんとんと箱を叩いて一本の頭を出し、向かい側の席から、無言で俺の方に差し出してくれる。
俺も無言で、それを抜き取った。
人差し指と中指の間に挟むと、俺は、自分の指が震えているのに気付いた。
室長は、ジッ、と微かな音を立てて、銀色のオイルライターに点けた火を俺に差し出してくれた。
俺の震える指は見ないふりだ。
俺は煙草をくわえ、軽く吸いながら火を移した。
俺が黙礼すると、室長は伸ばしていた手を戻し、自分も一本取り出してから、流れるような動作で火を点けた。
室長の煙草は苦い。
この人は、いつも、こんな苦い煙草を吸っていたのかと思った。
煙が目に染みる。
窓から外を見ると、通りを挟んで聳える病院の、彼女の部屋の窓が見えた。
カーテンが閉まっている。
明智
「……」
えと、あの、私、刑事、できなくなっちゃいました!
いやあ、実はもう走れないらしいんですよー。まあ、もともと鈍足なんですけどねー。
歩行は出来るようになるけど、走ったり、激しい運動をしたりは無理だって。
……だから、警察官は辞めないといけないんです。
ろくに役にたたないうちに使えなくなってしまって、本当に……すみません……
…………すみません。
櫻井。
捜査室のみんなの役に立ちたいと、いつも言っていたのに。
市民を守る仕事につくのが、子供のころからの夢だったとも。
勉強して、試験に受かって、やっと、その夢が叶ったというのに。
殺人絡みの爆発事件に巻き込まれて、二ヶ月もの間、生死の境で眠り続けて。
ようやく目が覚めたら、後遺症で身体が動かないなんて。
明智さん。
もう、来ないで下さい。
重たいんです。
罪悪感で毎日私のところに来なければいけない。
そんな風に明智さんを縛りつけておくなんて、私にはその方が辛いんです。
俺は、室長に視線を戻した。
室長は、静かに、俺を見ていた。
この二ヶ月の間に、すっかり、室長の眉間に刻み込まれてしまった、深い皺。
俺は日常業務をし、病室の櫻井を見舞っていれば気が済むが、室長は違う。
部下が捜査中に深刻な怪我を負った。
部下思いのこの人には、それだけでも計り知れない衝撃だろう。
まして、自分がその才能を見出だして捜査に加えた、新人の、女の子だ。
あの事件以来、俺は、この人が笑うのを見た事が無い。
管理者としての責任もある。
室長はどこへ呼び出されても、一言の弁解もせず頭を下げた。
それでも、警察の中は、まだいい。
櫻井は組織の一員であり、勤務中の事故だ。
彼女を現場に行かせた判断の是非は問われるかもしれないが、爆発そのものは室長の責任ではない。
一番辛かったのは、おそらく、櫻井の実家への謝罪だろう。
いくら頼み込んでも、捜査室の誰一人として、室長に同行させてはもらえなかった。
だからこれは、心配して先回りし、櫻井の家の近くで張り込んでいた、藤守や如月から聞いた話だ。
玄関先で、扉も開けてもらえずに追い返される事、三度。
四度目、扉が開くと同時に、櫻井の父親が出て来て、室長を面罵した。
娘を返せ。
元通りの健康な身体にして。
お前のような奴でも、信じて預けたのに。
大声で次々と浴びせられる罵倒に、室長はただ頭を下げ、唇を噛んで耐えていたという。
五度目。
今度は、静かに家の中へ通された。
室内でどんな会話が交わされたのか、藤守たちも知らない。
だが、三時間ほどが経過し、母親に送り出されて出て来た室長は、玄関を出た後に振り返り、誰もいない閉じられた扉に向かって、しばらくの間、深々と頭を下げていたという。
それきり、室長は彼女の家に行かない。
本当なら、全ての責めを受けるべきなのは俺だ。
俺は、彼女と一緒に爆弾を探していながら、彼女の単独行動に気付くのが遅れた。
あの時、俺が目を離さなければ、彼女が襲われ、捕らわれる事はなかったはずだ。
いや、たとえ彼女が捕らわれるのは避けられなかったとしても、その後、爆弾の起爆装置を正確に撃ち抜く事が出来ていれば、爆発は防げた。
爆発しなければ、櫻井は怪我をせずに済んだ。室長にも、こんな辛い思いをさせずに済んだ。
あの時、あの場所で、櫻井を守れたのは俺だけだ。
それなのに、俺は。
穂積
「明智」
室長の声に、俺は、意識を現実に戻した。
明智
「はいっ」
穂積
「アンタ、終業後に、毎日櫻井の見舞いに来ていたようだけど」
責めるでも褒めるでもない。
だが、その眼差しは厳しい。
穂積
「それは愛情?友情?それとも同情?」
室長の言葉を胸の中で繰り返してから、俺は答えた。
☆選択です。
愛情……2
友情……3
同情……4
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