バッドエンドから始まる物語~穂積編~
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~翼vision~
翼
「穂積さん、私、捜査室に戻りたいです」
これは、ずっと思っていた事。
私は、穂積さんに捜査室に呼んでもらいながら、何の成果も残せなかった。
その事が棘のように引っ掛かって、少しも前に進めないでいる。そんな気がしていたのだ。
そう告げると、穂積さんは、眩しそうに私を見た。
穂積
「……そうか」
長い沈黙の後、穂積さんは頷いた。
穂積
「分かった、手配しよう」
翼
「ありがとうございます!」
穂積さんは微笑んだ。
穂積
「その代わり、この関係は終わりだぞ。お前と俺とは、また立場が変わる。分かるな?」
同じ部署での恋愛はNGだと思うから。
翼
「……あ……」
膨らみかけた気持ちが、また萎んでゆく。
そう、か……。
穂積
「気にするな、俺は嬉しい。前に捜査室にいた時、俺はお前を一人前に出来なかったからな」
穂積さんは手を伸ばして、私の頭を撫でてくれた。
穂積
「立派な警察官になって、人の役に立つんだ。そうすれば、櫻井さんも安心する」
……お父さん。
そうだ、穂積さんは、私の父に負い目があったんだよね。
私が一人前になる事で、その負い目が少しでも減らせるなら、それが、穂積さんの為にもなるなら。
私には、恋愛よりも先に、する事がたくさんあるんだ。
ううん、むしろ、するべき事をしてからでないと、この人を本気で好きになってはいけないとさえ思う。
大好きで、尊敬しているから。
翼
「……私、頑張ります」
穂積
「うん」
私が笑顔になると、穂積さんも笑顔を見せてくれた。
穂積
「俺はお前の、その顔が好きなんだよ」
それから、二ヶ月後。
引き継ぎを終え、捜査室に戻ってきた私を室長席で迎えてくれたのは、穂積さんではなく、明智さんだった。
挨拶しなければいけないのに、私は立ち尽くしたまま、しばらく、声が出なかった。
明智さんの方も、黙って、私が落ち着くのを待ってくれた。
他のメンバーも、誰も、何も言わない。
明智
「……お帰り、櫻井」
ようやく、明智さんが、声を掛けてくれた。
翼
「……明智さん……が、室長?……じゃあ、穂積さんは?」
明智
「俺は、室長代行だ。新しい室長は、来月から配属される」
新しい、室長?
明智
「……穂積室長は、警察庁に戻った。向こうで警視正に昇任するんだ」
小野瀬
「その様子だと、穂積から、何も聞かされてないんだね」
背後から、小野瀬さんの声がした。
私は振り返る。
小野瀬
「穂積が、刑事部長の娘さんと結婚する事は?」
その言葉は、穂積さんがこの場に居ない事とともに、私の胸に、実感を伴って襲いかかってきた。
私が警視庁に入る前から存在した縁談。
穂積さんが、それを、受けた。
小笠原
「やっぱり、知らなかったんだ」
小野瀬
「……」
明智
「室長は俺に、櫻井を育てる自信が無いと言った。お前を一人前にする事が出来るとしたら、それは自分ではない、とも」
私が、戻りたいと言ったから?
小野瀬
「それは思い上がりだよ、櫻井さん。ここは、組織だ。穂積は、より求められる場所に行った。きみも同じだ」
みんなはもう、気持ちの整理が済んでいるようだ。
私だけが、まだ、立ちすくんでいる。
小野瀬
「……今夜、穂積に電話してごらん。おそらく、あいつは出てくれる。そしてそれが、きみとの最後の会話になるよ」
寮に帰ってから、私はすぐに、穂積さんの、プライベートの携帯に電話をかけた。
呼び出し音が鳴る。一度、二度。
いつもなら必ず三度目の音までに出てくれる彼は、私に五回の呼び出し音を聞かせてから、電話に出た。
穂積
『……櫻井』
翼
「……う」
電話の前に、何度も覚悟を決めたのに。
いざとなると、やっぱり、声が出なかった。
穂積
『いい。そのまま聞け。……こんな形で、すまなかった』
嗚咽が漏れそうで、私は手で口を押さえた。
穂積
『新しい室長は、俺の先輩だ。有能で、懐が深い、立派な人物だ』
どんな人でも、穂積室長の代わりにはなれない。
今日の、明智さん達の表情を見れば、よく分かる。
それでも、穂積さんは、私と決別する道を選んだ。
思い上がりと言われてもいい。
穂積さんがそれを決めたのは、私の為にだ。
穂積
『必ず、お前を一人前の警察官にしてくれる』
翼
「う、……ぅんっ」
頷かなければいけない。心配させちゃいけない。
穂積
『部長の娘さんは、何年も前から、俺だけを想ってくれていた。……それを知りながら、俺は、お前を諦める事が出来なかった』
穂積さんは、静かに言葉を続けた。
穂積
『俺は今、彼女を愛しいと思う。幸せにしてやりたいんだ』
穂積さんの言葉には、心が込もっていた。
穂積
『……俺はな、櫻井。小学生の頃、お前のお父さんが、盆栽につけた娘の名前を呼ぶのを聞いた時から、お前が気になっていた』
『……高校生のお前を見て、可愛いと思ったし、警視庁で出会えた時には、夢じゃないかと思った』
『お前と同じ職場で、毎日、お前が頑張る姿を見てきた。日々の成長が楽しみだった。お前が俺を好きだと言ってくれて、本当に嬉しかった。誰よりも、何よりも大切な存在だったんだ』
そんなに前から、穂積さんが私を見ていてくれた事を、私は知らなかった。
そんな風に、私を想っていてくれた事も。
穂積
『それなのに、最後まで、見つめるだけの恋だった。……だからって、軽い気持ちじゃなかった。……櫻井』
翼
「はい」
私は、溢れて止まらない涙をぐしゃぐしゃになったハンカチで拭きながら、それでも、きちんと座り直した。
穂積
『……俺は、お前が好きだった。愛していた。俺の手で幸せにしてやりたかった。……だが、今、選んだ道を、後悔はしていない』
私は、穂積さんの名を呼びながら、子供のように、声を上げて泣いた。
言葉は見つからない。
穂積
『……さよなら』
ただ泣き続ける私の返事を待たずに、電話は切れた。
私も、好きだった。
大好きで大好きでたまらなかった。
互いに同じ想いだったのに、結ばれないなんて。
恋って、こんなにも難しいものなの?
こんなにも、辛く、悲しいものなの?
想い出に変わる日が来るなんて思えない。
けれど、穂積さんは、後悔はしていないと言った。
いつでも前を向いている彼らしい、別れの言葉。
私には、まだ、その言葉を口にする強さはない。
けれど、捜査室に戻る事を選んだのは、私自身だから。
私は今日も身支度を整えて、部屋を出る。
強くなる為に。
遠く離れても、きっと私の成長を祈ってくれている、彼の為にも。
胸を張って、私は歩き出す。
~END~
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