バッドエンドから始まる物語~穂積編~
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~翼vision~
肩越しに小野瀬さんに手を握られた瞬間、私は、反射的にその手をほどいて、立ち上がった。
翼
「あなた、誰?!」
小野瀬さんは、ちょっと驚いた顔で私を見た。
翼
「小野瀬さんじゃない!」
すると急に、離れた場所から、ぱちぱちぱち、と拍手の音がした。
小野瀬
「その通り。さすが櫻井さん」
翼
「?!」
拍手のした方へ顔を戻した私の前に、もう一人、小野瀬さんが立っていた。
翼
「?!」
小野瀬
「そいつは、俺であって俺ではない。誰でもあって誰でもない」
言いながら素早く手を伸ばし、小野瀬さんは私を引き寄せる。
こちらの手の感触には、覚えがあった。
小野瀬?
「あれれ、奪われちゃった」
さっきまで背後にいた方の小野瀬さんの声が、変わった。
小野瀬?
「まさか、こんなに早く見抜かれるなんて思わなかったなあ」
小野瀬
「毎日毎日、だてに彼女の手を握ってたわけじゃないようだね、俺も」
小野瀬さんは変な自慢をした。
小野瀬
「彼女に手を出すな、ジョン。今なら見逃してやる」
ジョン?……誰?
ジョンと呼ばれたもう一人の小野瀬さんは、私と小野瀬さんを見比べて、肩をすくめた。
JS
「せっかく、ルイルイが消えたと思ったのに」
小野瀬
「残念だが、穂積の恋は筋金入りだ。もっと手ひどくフラれたとしても、彼女を置いて帰ったりはしないよ」
私はびっくりした。
小野瀬さんはそんな私を見て、にっこり笑った。
小野瀬
「穂積なら、今、外で一服して、頭を冷やしてるだけ。心配ないよ」
私の心に、再び希望が芽生える。
もしかして、まだ、やり直せるの?
ジョンは眉をひそめた。
JS
「へえ。……とすると、鑑識官どのの役割は何?もしかして、道化役者?」
小野瀬
「穂積にとって必要なら、俺は喜んで道化になるけどね。俺が今ここにいる事を、あいつは知らない。つまり、ただの、お節介って事」
JS
「おやおや、美しい友情だ」
小野瀬
「やめてくれないかな、恥ずかしいから。半分は、彼女を泣かせたくないから、だしね」
ジョンは私を見て、苦笑いした。
JS
「知勇最強の騎士が二人揃っては、僕も少々分が悪いね。……また会おう、美しいマルガレーテ」
言うが早いか、ジョンは、ホテルに続く側の出口から、レストランを出て行った。
また会おう?
不気味な捨て台詞に身体を震わせていると、小野瀬さんが、私の肩を抱いてくれた。
今度は本物の。
翼
「小野瀬さん…ありがとうございました」
小野瀬
「俺も消えるよ。そろそろ、穂積が戻ってくる頃だしね」
穂積さんの名前を聞いた途端、私は落ち着かなくなった。
小野瀬さんは、そんな私の様子を見て、微笑む。
小野瀬
「でもね、ジョンの言った事は本当だよ。穂積もきみも、恋に対して臆病になり過ぎ」
俺も、人の事は言えないけどね。そう言って、小野瀬さんは、私の髪をきれいに整えてくれた。
小野瀬
「可愛いよ。自信を持って。穂積の胸に飛び込んであげて」
翼
「小野瀬さん……本当に、本当にありがとうございます」
小野瀬さんは、私に向かって目を細めた。
小野瀬
「悔しいけど、きみは、穂積の事を考えている時が一番、綺麗だよ」
そう言って、小野瀬さんは近付きざま、私の額に、ちゅ、とキスをした。
翼
「!」
小野瀬
「ほら。油断してると、また、誰かにつけこまれるよ?」
誰に、とは言わず、小野瀬さんは私の鼻を指先でちょん、とつついた。
小野瀬
「万が一、穂積にフラれたら、いつでも俺のところにおいで」
そう、笑顔で言うと、小野瀬さんは、立ち尽くす私にウインクをひとつ残して、軽やかに去っていった。
代わりに戻ってきたのは、穂積さん。
私の傍らに来るなり、彼は、周りを見回して、綺麗な顔をしかめた。
穂積
「小野瀬の匂い」
言われてみれば、小野瀬さんのあの柑橘系の香りが、二人分、辺りに残っている。
穂積
「あいつ、来たのか」
穂積さんは、独り言のように呟いた。
翼
「……」
この人に嘘をつくのは無駄だという事を、私は、経験上知っている。
仕方なく頷くと、彼は、チッ、と舌打ちした。
穂積
「お節介な奴」
けれどそう言った後、穂積さんは微かに苦笑した。
私が見上げている事に気付いて、穂積さんは、ちょっと顔を赤くする。
穂積
「……お前が望むなら、このままでいよう」
翼
「えっ?」
穂積
「……もう半年でも、五年でも十年でも、お前が納得いくまで、付き合うから」
翼
「穂積さん……!」
穂積
「今さら他の女とか、無理なんだよ」
安堵して緩みかけた私の頬を、穂積さんは両方から引っ張った。
穂積
「言っとくけどな!お前なんか、チビだし、特別美人じゃねえし、胸は小せえし、鈍感だし、動けばどんくさいフツーの女なんだからな!」
私の目に、涙が浮かぶ。
穂積
「勘違いして、俺と小野瀬を秤に掛けたりするんじゃねえぞ!」
翼
「ふぁい」
穂積
「浮気なんかしてみろ、許さねえからな!」
翼
「ふぁい」
嬉し涙で、視界が滲んだ。
穂積さんが、私の頬を解放してくれた。
穂積
「俺にとっては、特別な女なんだから」
私が言葉を返すより早く、穂積さんは背中を向けた。
穂積
「帰るぞ!」
穂積さんはいつも突然現れて、いつでも私の先を歩いている。
そして、時々振り返っては数歩近付き、私の歩みを確かめてまた先へ行く。
私は、彼と同じ速度では歩けなかった。
振り向いてくれた時、手を伸ばしてもみなかった。
あの時追えなかった、背中。
今、彼は、求めれば手の届く場所にいる。
私が大人になるのを、待っていてくれる。
今度こそ手を伸ばして、穂積さんの手を握ってみよう。
きっと、穂積さんは少し驚いたように振り向いて、それから、私の手を握り返してくれる。
今なら分かる。
私にはまた、チャンスが与えられたって事。
~END~
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