バッドエンドから始まる物語~穂積編~
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~翼vision~
緊急特命捜査室から交通課に戻って、数ヵ月。
離れてみると、捜査室で過ごしたあの日々が、まるで夢だったよう。
元々セキュリティの高い特命捜査室の情報は、通常の勤務をしている限り、ほとんど入って来ない。
あの後、一度だけ試してみたけれど、捜査室に入る為の認証装置からは、私の登録が抹消されていた。
室長から異動を言い渡された時でもなく、みんなが送別会を開いてくれた時でもなく。
たった独り、全く無反応の冷たい画面に掌を当てたその瞬間に、私は、それまで自分の前にあった道が、完全に閉ざされた事を知った。
私はその場で、独り泣いた。
どこで間違えたんだろう。
どうすれば良かったんだろう。
答えを見つけ出せないまま、その後も私は、砂を噛むような日々を過ごしていた。
穂積
「何だ、そんな顔をして。ちゃんと、前を向いて歩け」
空耳かと思った。
けれど、振り向いたそこに、壁にもたれるようにして微笑んでいるかつての上司の姿を見た時に、私の心は激しく揺れた。
一番会いたくて、一度も会う事が出来なかった人。
金色の髪も碧色の眼も、優しく美しい姿も、少しも変わらない。
翼
「室長!」
穂積
「まあ室長だが……名字で呼べ。俺はもう、お前の上司じゃない」
微妙な距離を感じる言葉に、胸が疼く。膨らみかけていた気持ちが、音を立てて萎んでゆく。
翼
「……穂積さん」
彼は頷いた。
穂積
「それでいい。……昼食を一緒にどうだ?」
誘われたのだと気付くのに、時間がかかった。
穂積
「俺と食事するのは、嫌か?」
私が黙っていたので、穂積さんが眉をひそめた。
翼
「とんでもない!」
焦り過ぎて、声が裏返ってしまった。
穂積さんは、くすりと笑った。
穂積
「良かった」
翼
「はい?」
穂積
「情けない上司で、もう口も利いてくれないのかと思っていた」
穂積さんは、私がビックリするような事ばかり言う。
翼
「そんな事ありません。穂積さんは良くしてくれて……」
穂積さんは笑って、私の頭をひとつ撫でた。
穂積
「すぐに行くから、待ってろ」
穂積さんはポケットから何か取り出して、上向かせた私の掌に載せた。
それが何かに気付いて、私は急いで自分のポケットに移した。
穂積さんが去った後、私は廊下の隅に駆け込んで、手渡されたものを取り出し、改めて見た。
それは、車の鍵。
車で待ってろって事?
穂積さんはいつもこんな風に突然現れて、いつでも私の先を歩いている。
そして、こんな風に時々振り返っては数歩近付き、私の歩みを確かめてまた先へ行く。
私は、彼と同じ速度では歩けなかった。
振り返ってくれた時、手を伸ばしてもみなかった。
あの頃の私は、何に意地を張っていたんだろう。
彼はいつでも、求めれば手の届く場所にいてくれたのに。
遠く離れてから気付くなんて。
こんなに、大切な人だったなんて。
穂積
「そんなに緊張してたら、美味くないだろう」
翼
「は、はい、すみません」
そう言われても、お昼にカフェだなんて久しぶりだから。
何だか、穂積さんの顔がまともに見られない。
周りの席の女の子たちからの視線も痛い。
本当に、綺麗な人だもんね。
そう言えば、おネエ口調は止めたのかな。
私は不意に、自分が、以前、この人に告白した事を思い出した。
好きです、と言った私を、この人はたしなめた。
ありがとう、ワタシもよ。
でも、同じ職場ではNGだと思うから……ごめんね。
そこまで思い出して、私は、どきりとした。
同じ職場ではNG。あの時、穂積さんは確かにそう言った。
じゃあ今は?
翼
「あの……どうして、誘ってくれたんですか?」
穂積さんは、私の質問に、少し驚いたようだった。
けれど、すぐに柔らかな表情になり、ほんの少し、頬を染めた。
穂積
「前に言っただろ。……今は同じ部署じゃない。だから、考えてもいいと思っている」
……期待していいって事?
私の表情を確かめて、穂積さんは微笑んだ。
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