あなたを待ってる。~いつか大人になる日まで・藤守編序章~
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☆この話は、いつか大人になる日まで~藤守編~の番外編です。
~翼vision~
休日の自宅、早朝。
私は目が覚めると早々にパジャマのままで床に正座し、昨夜のうちに並べておいた品々を確認していた。
翼
(ええと…紙コップと…タオルと…)
準備は整っている。
私はひとつ深呼吸をし、その内の一つ、昨日立ち寄ったドラッグストアの店名が入った小さな紙袋を手にして、開いた。
中から細長い箱を取り出して、書かれた文字を確かめる。
翼
(……妊娠検査薬……)
《生理開始予定日の1週間後以降を妊娠検査可能時期としています》
今日は、同封された説明書に指定されているその時期を迎えてから、さらに1週間が経過している。
そして、まだ生理は来ていない。
翼
「…」
私はトイレに入ると、床の一角にタオルを敷いてから、その上に開封した妊娠検査薬を置いた。
妊娠検査薬はスティックタイプで、先端に5秒間尿をかけてもいいらしいのだけれど、私は、より確かな結果が欲しかったので、紙コップの尿に10秒間浸す方法にする。
病院などで受ける尿検査の要領で、紙コップに少量の尿を採り、タオルの上に、尿の入った紙コップを置いた。
中に立て掛けるようにして検査薬の先端を入れると、頭の中からコチ、コチ、コチ、と秒針が進む音が聴こえてくるような気がする。
妊娠してたらどうしよう。
彼はきっと喜んでくれる。
両親も、捜査室のみんなも……
でも、仕事は辞めなければならないかもしれない。
室長は何て言うだろう?
男女の仕事に差をつけないと公言して憚らない人だけど、こればかりは別かな。
体調を気遣って後方支援にまわしてくれそうな気もするし、『せっかくだからそれでパトロールしろ。張り込みしてても妊婦なら誰も怪しまない』なんて言い出しそうな気もする……。
床にぺたんと座り、明るくなってきた窓を眺めながらそんな事を考えていた私は、視線を紙コップに戻してハッとした。
検査薬の判定窓に、くっきりと、陽性反応を示す赤い線が出ている。
翼
「…!……け」
叫びそうになった声を間一髪飲み込み、私は紙コップの尿をトイレに流してから、トイレットペーパーで拭いた検査薬を手に取った。
間違いない。
翼
「賢史くん……」
寝室を振り返って、まだベッドの中にいる彼の名を呼んだ。
翼
「賢史くん……!」
がば、と起き上がる気配がして、藤守さ…賢史くんが一度ドン!と当たった音がした後、寝室の扉が開いた。
翼
「ごめん」
藤守
「ええねんええねん。どないした?」
おでこを擦りながら、まだ半分目の開かない賢史くんが、廊下をこちらに歩いてくる。
私は、手に持っている妊娠検査薬を、賢史くんに掲げて見せた。
藤守
「なんやこれ」
プラスチック製だからプラモデルの部品のようにも見えたのか、賢史くんが無造作に手を伸ばしてくる。
翼
「触らないで、見て」
藤守
「触ったらあかんの?」
賢史くんは眠い目を擦ってから、私の横に膝をついた。
翼
「……これ、妊娠検査薬、なの。尿に浸けて、調べるんだけど。……それでね、……ここに、赤い印が出てる、でしょ?」
藤守
「……うん」
翼
「これ……陽性……だから、妊娠してる、って事なの」
藤守
「……」
賢史くんに説明する事で、気持ちが整理されて、実感が湧いてくる。
妊娠、してる……。
翼
「あっ」
賢史くんが、私の手から、検査薬を取った。
翼
「け、賢史くん、それ汚いから」
藤守
「構へん。お前のシッコやろ」
そう言って、彼は、手にした検査薬の判定窓に浮かび上がった妊娠の証を、まじまじと見つめる。
藤守
「……」
二人で並んで床に正座し、小さな小さな赤い印を見ているうちに、私は、賢史くんが微かに震えているのに気付いた。
翼
「……賢史くん……もしかして、泣いてるの……?」
藤守
「…うっ…」
ぼろぼろぼろ、と、賢史くんの膝の上に涙が落ちて、スエットパンツの色が変わった。
藤守
「泣いてへんよ!」
ぐいっ、と腕で顔を拭った賢史くんは、私に笑顔を向けた。
藤守
「だって、俺の子供が生まれるいう事やろ?めでたいやん!嬉しいやん!めっちゃ嬉しいやん!!」
そう言いながらも、賢史くんの目からはまた新しい涙が溢れそうになっている。
藤守
「ありがとう、翼!」
片膝を立ててこちらに向き直った賢史くんが、がばっ、と私を抱き寄せた。
藤守
「ほんまに、ほんまにありがとう。これから、もっと、もっと、大事にするからな!」
苦しいぐらいにぎゅうっと抱き締められて、笑いが溢れてしまう。
翼
「今でも充分なのに、これ以上、大事にしてくれるの?」
藤守
「当たり前やんか。これからは二人分や」
賢史くんの胸に顔を埋めているから表情は分からないけれど、私をしっかりと抱き締めてくれている腕から、確かな温もりが伝わってくる。
それが嬉しくて頼もしくて、私もじわじわと泣けてきた。
しばらくそのまま、二人で静かに涙を流しながら、抱き合って時間を過ごす。
腕が緩んだので顔を上げると、優しいキスが降りてきた。
藤守
「……」
真っ赤な目をした賢史くんが、照れたように微笑んで、また、温かいキスをくれる。
藤守
「幸せや」
翼
「幸せだね」
私が頷くと、賢史くんは床に胡座をかいて、私を足の上に乗せてくれた。
そのまま背中から抱くようにして、私の身体を腕の中に包んでくれる。
藤守
「お義父さんとお義母さんに報告せなならんな」
翼
「うん」
藤守
「何も心配することないで。お腹が大きなってきたら、大阪からうちのお母ん呼んでもええし」
翼
「うん」
藤守
「あんなんやけど兄貴も近くにいてるし」
翼
「ふふ、うん」
藤守
「仕事かて……、」
賢史くんの言葉が、途中で止まった。
私が見上げると、賢史くんは慌てて笑顔を作り、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
藤守
「だ、大丈夫や。ルイルイの説得は俺に任せとき!」
妊娠のせいで仕事に支障が出るかもしれない、という話なら、いじられキャラの賢史くんが言うより、私が普通に室長にお願いする方が効果ありそうだけど、それは言わない。
藤守
「明智さんは面倒見がいいし、如月は兄弟が多いから子供の扱いに慣れてるし、小野瀬さんも世話好きやし」
それから少し考えて、賢史くんは続けた。
藤守
「今は子育て情報誌もあるし、小笠原にネット検索してもらえば一発やけど、俺たちは、なるべく、経験者であるお互いの親や、周りの人達から直接話を聞こうや」
翼
「うん。聞き込みは本職だよ」
そうやな、と、賢史くんが笑ってくれる。
藤守
「そのせいで逆に迷う事も、悩む事もあると思う。でも、二人で乗り越えていこうな」
翼
「うん」
本当は早速『た○ごくらぶ』とか買いに行こうと思ってたんだけど、それも言わない事にする。
藤守
「愛してるで、翼」
翼
「私もだよ」
私たちは、また、どちらからともなく唇を重ね、そのあと見つめあって……、噴き出してしまった。
藤守
「俺ら、気が早いな」
翼
「そうだね。まだ、生まれてもいないし、男の子か女の子かさえも分からないのに」
藤守
「なあ」
賢史くんが、抱えている私の身体を軽く揺すった。
藤守
「女の子やったら、『泪』にせえへん?」
翼
「あははは!」
思わず笑っちゃったのは、私も、同じ事を思い付いていたから。
藤守
「そんで、うちの中では『ルイルイー』呼ぶねん」
想像したら楽しそう。
いつか捜査室が解散してしまっても、その名前を呼ぶたびに、私たちはきっと、今の、この、忙しくも輝いている時を思い出す。
そして子供に尋ねられたら、『お父さんとお母さんにとって、宝物のように大切な名前なんだよ』って教えてあげよう。
藤守
「それでな。男の子やったら、俺、もう名前は決めてあるねん」
翼
「なあに?教えて」
賢史くんはにっこり笑った。
藤守
「賢太郎や!!」
~END~