いつか大人になる日まで
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小野瀬葵
~翼vision~
藍の友達
「こんばんはー」
「お邪魔しまーす」
「わー、キレイなお家ー」
「あのこれ、母からです。召し上がって下さい」
訪問を告げるチャイムの音とともに玄関の扉が開くと、我が家が一気に華やかになった。
色とりどりの手土産を持って、今夜も、娘のお友達がやって来たのだ。
毎日組み合わせが変わるけど、総勢にしたら三十人くらいかしら。
いつも六時過ぎ、学校帰りに四、五人ずつで来ては、二時間ほど楽しそうに宿題やお喋りをして、帰ってゆく。
食事を済ませてから来てくれる(コンビニでおにぎりやパンを買って来る)ので、お茶とお菓子を出すだけでいい(彼女たちも山のように持っている)。
みんな礼儀正しいし、手の掛からないいい子ばかりだ。
翼
「みんな、ありがとう。ご家族の方々にもよろしくね。お茶を淹れるから、リビングへどうぞ」
藍の友達
「はーい」
「藍のお母さんの淹れてくれるお茶、美味しいよね」
「あたしも大好きー。手作りのお菓子もだけどー」
わいわい言いながらリビングに進む、高校三年生の女の子たち。
一番最後に入ってきた娘が、すまなそうな表情で私に手を合わせた。
藍
「ごめんね、お母さん」
翼
「どうして謝るの?……五人分でいいよね?」
藍
「うん。……毎日、お仕事大変なのに、ゆっくりさせてあげられなくて、ごめん」
翼
「そんな事、気にしなくていいの。あなたのお友達が家に来てくれるの、お母さん嬉しいのよ」
私が言うと、娘はホッとしたように笑った。
父親似の綺麗に整った顔立ちは、笑うとほぐれて、一段と魅力的になる。
絶対モテるタイプなのに、私の知る限り、特定の男の子と付き合った事は無い。
どうやら、そちらの方だけは、父親似ではないらしい(ちょっと安心)。
藍
「今日、お父さん帰って来るかな?」
私と娘は、カレンダーの日付を確かめた。
翼
「そうねえ、もう、二日間鑑識に泊まり込みだし、そろそろ……」
言った途端に、私の携帯から、メールの着信音が鳴った。
発信者の名前を見て、娘と笑顔を交わしてから開いてみると、葵からのメッセージだった。
小野瀬からのメール
《愛する翼と藍へ。今、車に乗ったところだよ。久し振りに一緒に夕飯を食べたいな。真っ直ぐに帰るからね》
翼
「帰って来るって!」
藍
「お母さん、嬉しそう」
娘に言われて、私は顔を赤くした。
藍
「友達は大丈夫だよ。お父さんの顔見たら帰る約束だし。何なら、写真見せて帰ってもらうけど?」
あはは。この話し方、葵にそっくり。
翼
「いつもの感じでゆっくりしてていいのよ。私たちはダイニングで食事しましょ」
うん、と言いながら、娘は、私の手からお茶とお菓子の載ったトレイを受け取った。
藍
「ありがと。あのね、みんな、お母さんのお茶、美味しいって言うよ」
翼
「それは光栄です。ねえ、お友達、お父さんの顔を見たくて来てるの?」
藍
「うん。高校でね、うちのお父さんに二回会えると、幸せになるって噂になっててね」
なに、その都市伝説。
藍
「お茶を出して来るね」
娘はにっこり笑って、リビングに向かった。
すらりとした後ろ姿を見送って、私はキッチンへ。
夕飯の支度をしていると、チャイムが鳴って、玄関の扉が外から開いた。
小野瀬の声
「ただいま」
聞こえて来たのは、いつものいい声。
同時に、リビングで押し殺した歓声が沸き起こる。
彼とも、もう、二十年以上のお付き合いだ。姿を見なくても、声だけ聞けば、葵の周りの様子は手に取るように分かる。
昔はやきもきしたものだけど。
私はキッチンでひとり、くすくす笑った。
藍の声
「お父さん、お帰りなさい」
小野瀬の声
「ただいま、藍」
葵は娘に優しく返事をしてから、リビングにいる女の子たちにも声を掛ける。
小野瀬の声
「いらっしゃい、よく来てくれたね。いつも藍と仲良くしてくれてありがとう」
さっきは歓声を上げかけた女の子たちが、葵の笑顔に見惚れているのか、急に大人しくなっている。
小野瀬の声
「ゆっくりしていってね」
はい、と揃った声は、緊張でガチガチ。けれど、葵が離れると、それはすぐに、はっきりとした歓声に変わった。
藍の友達の声
「キャー!」
「カッコいーいー!」
「見ちゃった!」
「あたし二回目!」
「一回でもう幸せなんだけど!」
小野瀬
「ただいま、翼」
翼
「お帰りなさい。お疲れ様」
歓声を背にキッチンに姿を現した葵は、真っ直ぐに私の元に来て、振り向いた私の唇にキスをした。
すぐそこのリビングに人がいるのに。
それでも、いつもの香りに包まれると、私もうっとりしてしまう。
何年経っても、この人の前ではドキドキする。
藍
「そろそろいいかなー」
キッチンの入口の外から、娘の笑いを含んだ声。
飛び上がる私とは裏腹に、葵は余裕の笑顔だ。
離れ際にちゅっ、ともう一度キスしてから、葵は入口に足を向けた。
小野瀬
「姫君にもキスしていいかな?」
藍
「だめー」
入って来た娘にいきなりフラれる我が夫。
警視庁や科警研の皆様に、あの哀愁漂う姿を見せてあげたい。
小野瀬
「相変わらず堅いね、藍は」
藍
「堅いぐらいでいいんですー」
娘は付いてくるままに葵を連れてダイニングへ行くと、引き出しからプリントを一枚出して、テーブルに乗せた。
藍
「お父さん、ここにサインと捺印してくれる?」
小野瀬
「ん?なあに?」
支度を終えた私も、濡れた手をタオルで拭き、二人を追ってダイニングに行ってみる。
置かれていたのは、藍の進路希望の書かれたプリント。
先に見せてもらって、私は既に内容を知っている。
葵はプリントを手にして、ソファーの背にもたれた。
小野瀬
「国立大から警察官ねえ。……成績は問題ないと思うけど。激務だよ。出来る?」
藍
「うん、お母さんみたいになりたいの。あたし理系じゃないから、お父さんみたいに科警研に入るのは無理だけど」
自分たちのようになりたいから、同じ職業につきたい。そう言われて、じんと来ない親がいるかしら?
私なんか、何度言われてもそのたびに目頭が熱くなってしまう。
小野瀬
「そうか……藍は、子供の頃から警官になりたいって言ってたもんね」
藍
「うん」
小野瀬
「藍なら、きっとなれる。応援するよ」
藍
「ありがとう。お父さん、大好き!」
身体を起こした葵に頭を撫でられて、娘は嬉しそうに笑う。
娘に弱い父親と、筋金入りのファザコンに育った娘。
ありふれた会話、ありふれた幸せ。
思春期の葵が得られなかったささやかな安らぎを、私たちは娘に与えられているかしら。
欠けてしまった葵の心の欠片を、いつの日か私たちは埋めてあげる事が出来るのかしら。
目の前で微笑みあう葵と娘の姿を、私は、祈りに似た気持ちで見つめた。
翼
「さー、お夕飯にしましょうか!」
小野瀬・藍
「はーい!」
~小野瀬編END~