小さなガラスの靴
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昔々あるところに、心の美しい一人の少女がおりました。
継母や義姉たちがお城の舞踏会に出掛けて行ってしまった日、一人ぼっちの少女の元に、老婆が現れます。
少女に親切にしてもらった老婆は、少女を着飾らせガラスの靴を与えて、舞踏会に送り出してくれます。
少女は舞踏会で王子様の目に止まりますが、老婆との約束を守って、12時の鐘とともに、逃げるようにしてお城を去ります。
けれど、途中で片方落としたガラスの靴を手掛かりに、王子様は少女を見つけ出しました。
こうして再び巡り会えた愛し合う二人は、それからいつまでもいつまでも、幸せに暮らしたのです……
それはきっと誰もが知ってる、夢と魔法の物語。
私は、そのお話の舞台となった、大きなお城で生まれ育ちました。
ガラスの靴を履いていた少女は、今は私のお母様。
王子様だったお父様は、この国の王様になりました。
そして、これからお話するのは、まだ、誰も知らないお話。
一足のガラスの靴に導かれた、小さな小さな物語です。
*小さなガラスの靴*
彼は長い間、お父様の近衛を務めていました。
いつもお父様の傍らにいらした、背の高い黒髪の男の人。
彼を偲べば、いつでも毅然と立つお姿と、慎ましく頭を下げているお姿ばかりが思い出されます。
子供の頃の私には、お父様と同じくらい背の高いその人のお顔は、遠くてよく見えなかったのです。
お父様はいつも私を抱き上げて下さったから、金色の髪の手触りも、碧色の目の美しさも、頬擦りの柔らかさも覚えています。
でも、彼は一度もそんな事をしてくれた事はありません。
みぶんが違う、って、何が違うのでしょうか。
どなたも教えてくれません。
私は生まれた時から、お父様や、お母様、周りの方々に大切に大切に育てて頂いて、悲しい思いなどした事はありませんでした。
けれど、彼だけは私を悲しい気持ちにさせるのです。
私が大人になる誕生日を迎えた朝、彼は、突然、近衛から倉庫番になり、お父様の傍からいなくなりました。
させんされた、って、どんな事をされたのでしょうか。
どなたも教えてくれません。
お城の中にいる事は分かっているのに、彼の姿が見えないと、なぜでしょう、私は寂しくてたまりません。
お父様にお尋ねしても、「させんではないよ」とお笑いになるだけ。
今夜は私の誕生日を祝うために舞踏会が開かれますが、私の気持ちは晴れません。
お昼も食べずに部屋で溜め息をついていると、お母様がいらして、私に、彼の居る倉庫の場所を教えてくださいました。
それから、こうおっしゃったのです。
翼
「元気を出して、桜。あなたが舞踏会に出られるよう、魔法をかけてあげましょう」
お母様は、そうして、魔法の言葉をひとつ、教えてくださいました。
彼の新しいお勤めは、広いお城の中でも緑のお庭に面した、大理石の回廊の隅でした。
緑の庭は、お城の外に住む皆様も自由に出入り出来る憩いの場所になっていて、外国からのお客様もいらっしゃいます。
いつもたくさんの方々が次々とお越しになるのもそのはず。
回廊の隅には、お父様とお母様の大切な思い出の品が展示されている場所があるのでした。
そうです。
あの、有名なガラスの靴です。
彼は、その靴のためだけにある、展示室を兼ねた、小さな宝物庫の番を命じられていたのです。
でも、近衛の隊長だったあの方が、たった独りで立ち番だなんて。
どんなにお寂しい思いでいらっしゃるかと考えると、そこへ向かう私の足も自然と速くなってしまいました。
そうして、彼の姿を見た時には、私はもう、そのまま腕の中に飛び込んでしまいたいほど、嬉しかったのです。
夕暮れも間近で、お客様は皆、大広間に向かったことでしょう。
お城の人たちも舞踏会の準備にかかりきりで、誰もこの辺りには来ません。
彼は近付く私に気付きますと、いつものように慎ましく頭を下げて、迎えてくださいました。
私がお母様の靴を見に来たと思われたのでしょうか。
私のために踏み台を用意してくださろうとして、私がもうそんなに小さくないと思い出されたのか、少し恥ずかしそうに微笑まれました。
とくんとくんとくん、私の胸が高鳴ります。
桜
「明智さん」
私は、勇気を出して彼の名前を呼ぶと、大きく息を吸ってから、お母様に頂いた魔法の言葉を言ってみました。
桜
「『私と、踊ってください』」
すると、どうでしょう。
明智さんは驚いたようなお顔をした後、真っ赤になってしまわれました。
初めて見るそんなお顔に、私の胸は、今度はどきどきと苦しくなります。
明智
「……かしこまりました」
赤くなった頬を隠すようにお辞儀をした後、明智さんは、ケースの鍵を開けました。
私は驚きました。
だって、この靴はお母様のもので、ケースの鍵はお母様だけがお持ちのはずだったからです。
明智さんは、恭しくガラスの靴を取り出すと、私の足元に跪きます。
明智
「俺の肩をお使いください」
私はおずおずと手を伸ばすと、明智さんの肩をお借りして、ガラスの靴に足を入れました。
足先からのひやりとした感触が、私を震わせます。
それとも、私が震えているのは、手の指先から伝わってくる明智さんの温もりが、あまりにも優しいからでしょうか。
ぴったりと足に嵌まったガラスの靴を履いた私の前で、明智さんが立ち上がりました。
ハイヒールで背伸びした私の目に映るのは、明智さんの広い胸。
目線を上げると、明智さんのお顔がすぐそこにあります。
桜
「……!」
もちろん、こんな間近で明智さんのお顔を拝見するのは初めてです。
なんて端正で、凛々しいのでしょう。
それに、蒼い目の美しい事と言ったら!
明智
「大きくなられましたね、姫様」
明智さんは、ダンスにエスコートする時のように、私の手をお取りになりました。
明智
「……ダンスは不得手なのですが」
とても正直な方。
それに、踊り出した途端に分かりましたけれど、本当に、その……不得手でいらっしゃるみたい。
でも、どんなにぎこちないステップでも、楽団の演奏が無くても、私にはとても楽しいのです。
桜
「あの、どうして、明智さんが、お母様のガラスの靴の鍵をお持ちだったのですか?」
私が尋ねると、明智さんは、静かにお答えになりました。
明智
「……今朝、お妃様が、俺に鍵を預けてくださったのです。そして、おっしゃいました。『もしも姫が、今日、ここにあなたを訪ねて来なかったら、姫の事は忘れて、このお城から去ってください』と」
桜
「えっ?!」
明智
「さらに、こうもおっしゃいました。『姫が現れて《踊ってください》と言ったら、』」
明智さんの足が止まり、蒼い目が私を見つめました。
明智
「『靴を履かせて』……『抱き締めて、キスしてあげてください』と」
桜
「……!……」
ああ。
なんという事でしょう。
お母様は、私よりも先に気付いておいでだったのです。
私が、この方に恋をしている事を。
お母様が明智さんに預けてくださった本当の鍵は、靴のお蔵の鍵ではなく、魔法の言葉の合鍵だったのです。
明智
「……ずっと、好きでした」
鼻先が触れて、明智さんが囁きます。
明智
「……桜姫……」
私はもう、どきどきして心臓が破裂しそう。
桜
「……明智さん……」
私がうっとりと瞼を閉じた、その時。
国王
「はい、そこまで!」
パンパン、と手を叩く大きな音が大理石の回廊に響き渡って、私は飛び上がりました。
聞こえたのは、お父様の声。
明智
「えっ?!」
桜
「お父様!!」
明智さんが、弾かれたように私から離れます。
私はびっくりするやら、恥ずかしいやら。
国王
「舞踏会の始まる時間だ。姫の記念すべき誕生日を祝うために、国中から大勢の客人が集まってくれている。姫には皆に感謝の挨拶をしてもらわなくてはならない」
振り返れば、お父様の傍らには、お母様もおられます。
お母様はにこにこしていらっしゃいますが、お父様は少し怖いお顔。
国王
「ダンスもキスも許さんぞ」
桜
「……」
お父様に叱られた事より、明智さんが私から離れた事が悲しいなんて。
しゅんとしていると、近付いて来たお父様が、両手を広げて、私と、明智さんの肩を抱きました。
国王
「舞踏会が終わる、12時まではな」
明智
「えっ」
驚く私たちに、お父様は、にっこりと笑いました。
国王
「12時の鐘が鳴り終わったら、桜は明智にくれてやる。
ダンスもキスも、それからだ」
明智
「こ、国王……」
桜
「……お父様!」
私は、お父様に抱きつきました。
それからお母様にも。
桜
「お父様、お母様、大好き!」
小さなガラスの靴と少女。
それはきっと誰もが知っている、夢と魔法の物語。
華やかな舞踏会。
そこはかつて、お父様とお母様が出会って恋に落ちた場所。
私も今、同じ場所で、同じガラスの靴を履いて、彼が迎えに来るのを待っています。
そうして12時の鐘が鳴り始めたら、私は舞踏会を飛び出すの。
魔法が解けるからではなく。
夢が叶うから。
一人で逃げ帰るのではなく。
愛する人と一緒に旅立つの。
二人で一緒に、あの階段を駆け下りるのよ。
ああ。
12時になるのが待ち遠しい。
~END~