うさぎと鑑識官 *ストーリー原案・n.nyanさん
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それから約一週間。
俺は、あのうさぎに、洗って綺麗にしたハンカチを返そうと、交通課に足しげく通った。
ところが、どういうわけか、全く手掛かりが掴めない。
俺は、てっきり、あのうさぎは交通課の男性新人だと思っていたのだけれど、どうやら違ったようだ。
出会った日時と場所がわかっているんだから、そこにいたうさぎ一匹を割り出すぐらい簡単な作業のはずなのに、全く身元が分からないというのは不自然すぎる。
俺があのうさぎに関心をもったところで、誰も迷惑するはずがない。
そこまで考えて、気付いた。
俺が男だと思い込んでいたうさぎは、実は、女の子なんじゃないかって事。
そう考えれば、全部、説明がつく。
小野瀬
「八月●日に、丸ノ内南口でうさぎの中にいた人を探してるんだけど」」
と尋ねた瞬間、それまでとろけそうな笑顔で俺を見ていた受付の女の子の態度が豹変した事も。
「調べておきます」と言われたきり、何の連絡も無い事も。
それから交通課に行くたびに、「ハンカチを貸したのは私です」と言ってくる女の子の人数が、だんだん増えてきた事も。
「返さなくていいですから、今夜お食事に連れていってくれませんか」と、十人ぐらいに言われた辺りで俺は辟易し、捜索を諦めた。
正攻法では見つけられない。
それに、もしもあの数十人の中に本物がいたとしても、幻滅だ。
悪いけど、俺とデートしたくて寄ってくる女の子、見返りを期待して親切にしてくれる女の子に興味はない。
俺は、あのうさぎの控え目で誠実な態度に惹かれたんだから。
……惹かれた。
そうだ。
俺は、きっと、あの日、あのうさぎに恋をしたんだ。
それから、何ヵ月かが過ぎた。
いつの間にか、交通課に行っても誰もハンカチの話をしなくなり、俺は鑑識に自分のラボを構え、穂積の「緊急特命捜査室」も始動した。
あのハンカチは俺のデスクの引き出しにしまわれたままだったけれど、月日の移り変わりとともに、俺の心と環境には、ある変化が起きていた。
それは、櫻井翼という女性の存在。
最初、俺は、穂積が捜査室の新人として連れてきた彼女に、何の魅力も感じなかった。
ただ、あの穂積が直々にスカウトしたという事が、俺の気を引いただけだ。
天賦の才があると言われても、実際に見るまでは、信じられなかった。
突然、交通課から刑事部に異動させられても、一生懸命に職務を全うしようとする、真摯な態度には好感を持ったけど、それは当然、恋愛感情ではなかった。
それでも、櫻井さんの頑張る姿を見かけるたびに、いつしか、俺は、彼女の姿を目で追うようになっていった。
特別な女の子じゃない。
俺を取り巻く女の子たちと比べたら、容姿も、性格も、地味なくらいだ。
可愛いけれど、真面目すぎる。
むしろ俺を避けているようでさえあったし、そもそも、穂積が彼女を気に入っていた。
穂積と女の事で争うなんてごめんだ。
なんだかもやもやする存在ではあったけれど、この段階で、彼女は俺の眼中から外れた。
はずだった。
ある多忙な日、穂積に仕事の救援を頼んだところ、ラボにやって来たのは櫻井さんだった。
俺はむしろ小笠原くんを借りたいと思っていたし、彼女を見ると、相変わらずもやもやする。
だから、口には出さなかったものの、正直、面倒だなと思った。
俺がこの子を苦手にしてることを知ってるくせに、と、穂積を憎らしくも思った。
だが、彼女を送って来た穂積は、彼女をラボに残して帰る直前、俺の耳元で囁いた。
穂積
「一度だけチャンスをやる」
その時は、何の事か分からなかった。
が、
しばらく彼女と二人で仕事をして、資料を取ろうと椅子から立ち上がった時。
徹夜続きだったせいか、俺は、軽い貧血を起こした。
翼
「小野瀬さん!」
一瞬のめまいから目を覚ました時、俺の目の前には、心配そうに俺を見つめる彼女の顔があった。
その瞬間、俺は、雷に撃たれたように、穂積の言葉の意味を知った。
小野瀬
「!」
驚いて跳ね起きそうになった俺を、予期していたように彼女は避けた。
あの時は、頭をぶつけたのに。
その反応がまた、俺の直感を確信に近付ける。
見つめる俺の視線をよそに、彼女は、じっとりと冷や汗をかいた俺の額を、濡らしたハンカチで拭いてくれた。
そのハンカチは淡い黄色で、星の形の小さな刺繍が入っている。
あの、うさぎのハンカチと、色違いの同じハンカチ。
俺は思わず、そのハンカチごと、彼女の右手を握り締めた。
小野瀬
「……きみは」
彼女は、びっくりしたように目を見開いている。
小野瀬
「……きみだったの?」
まだ信じられない思いのまま、半ば独り言のように問い掛けると、彼女はじっと俺を見つめた後、微笑んで、頷いた。
翼
「覚えてて、下さったんですね」
小野瀬
「……!……」
なおも確かめようとした俺の手を、彼女はそっと擦り抜ける。
翼
「休んでいてください。保健室から、経口補水液をもらってきますね」
そんなものよりきみが欲しい。
俺が口を開くより早く、彼女はラボを飛び出して行ってしまった。
穂積
「……交通課に入った時から、『小野瀬という鑑識官とは口をきくな』と先輩に言われてたんだとさ」
驚いて振り向くと、ラボの出口の横で、廊下の壁にもたれるようにして、穂積が立っていた。
小野瀬
「……穂積……お前、知ってたのか」
穂積
「スカウトするって言ったろ」
穂積はもたれていた壁から離れると、俺に真顔を向けた。
小野瀬
「……彼女の、気持ちは?」
穂積
「俺に聞くな」
半ば呆れたように不機嫌に応えたものの、穂積は不敵に笑ってみせた。
穂積
「だが、あれはもう俺の部下で、大事な人の娘だ。あいつの気持ちがどうであれ、お前が遊びのつもりなら、絶対に渡さないからな」
小野瀬
「穂積……」
俺は、櫻井さんが俺の手を擦り抜けた後、手の中に残った黄色いハンカチを見つめた。
そんな俺を見て微笑んでから、穂積が背を向けて去っていく。
彼女が戻ってきたら、思い切って聞いてみよう。
今まで、誰にも本気で聞いてみた事はないけれど。
俺の事を好き?
好きになってもいい?
いや、その前に伝えよう。
今まで、誰にも本気で言った事はないから、信じてもらえるかどうかわからないけど。
きみの事が好きだ、って。
ずっと、きみに恋をしてきたんだよ、って。
あの夏の日から、ずっと。
~END~