いつか大人になる日まで
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~翼vision~
早朝のシャワールームから、いつまでもドライヤーを使う音が響いて来る。
起床してきたこーちゃんはいつものように「おはよう」と私にキスした後、心配そうな顔をしながらも、食卓についた。
朝食はワカメのお味噌汁に焼き魚、味付け海苔、ひじきの煮物に煮豆に白あえ。
如月
「いただきます」
翼
「どうぞ召し上がれ」
息子の長風呂はいつもの事なので、出勤時間の迫っている私たちは、どんどん先に食事を進める。
お茶碗のご飯が半分くらいになった頃、ドライヤーの音が止み、息子が出てきた。
高校生になった息子は、こーちゃんの若い頃にそっくりの可愛い男の子だ。
ただし、ただ今ちょうど、反抗期の真っ最中。
翼
「光輝、ご飯出来てるよ」
光輝
「……」
息子は食卓に並んだ料理を見て、険しい顔をした。
光輝
「……いらね」
翼
「そんな事言わないで。朝ご飯を食べないと、元気が出ないのよ」
如月
「そうだぞ、せっかく翼ちゃんがお前の為に作ってくれたんだから食べろよ」
こーちゃんが声を掛けた途端、息子がキレた。
光輝
「うるせえんだよ!」
けれど、息子に怒鳴られて、黙っているこーちゃんではない。
如月
「親に向かって、うるせえとは何だ!」
光輝
「うるせえったらうるせえ!」
翼
「ねえ、二人ともやめて。朝から喧嘩なんかしないで」
……怒鳴り合う二人の間に立って、私は半泣きでおろおろするばかり。
光輝
「こんな飯、いらねえよ!」
言うが早いか、息子の腕が食卓の上を払った。
ガシャーン、と音を立てて、食器と料理が散らばる。
翼
「きゃあっ!」
如月
「翼ちゃん!」
何枚かの食器が、床で砕けた。
けれど、それよりも、息子の行動そのものが、私を驚かせた。
如月
「大丈夫?怪我は?」
翼
「平気。それよりも……」
私は息子を振り返った。
息子の顔は、真っ青だった。
こんな事をする子ではない。
きっと何か事情がある。
けれど、こーちゃんは完全に頭に血が昇っていた。
如月
「光輝!翼ちゃんに謝れ!」
光輝
「……」
如月
「光輝!」
光輝
「うるせえんだよ!」
息子が怒鳴った。
光輝
「こんな、髪に良さそうな飯、毎日食ったって無駄だって事、親父を見りゃ分かるだろ!」
翼
「!」
如月
「……!」
こーちゃんが絶句する。
確かに、色々と気を使って対策を講じて来たにもかかわらず、こーちゃんは二十代半ばから髪が薄くなり始め、三十歳を迎える前には、綺麗につるりとぴかぴかの頭になってしまっていた。
光輝
「親父の家系はじいちゃんも、親戚のおじちゃんたちも、完全に全滅じゃねえか!」
如月
「……」
息子の目にはじわりと涙が浮かんでいる。この子も悩んでいるのだ。
そう。
原因は髪。
この、栗色のきれいな髪が、あと十年で失われると思えば、私だって泣けてくる。
翼
「光輝、まだ私の家系に望みがあるわよ!」
光輝
「あてにならねえんだよ!じいちゃんだって薄いし、親戚のおじちゃんたちも、ちらほら怪しいじゃねえか!」
翼
「でも、若ハ●じゃないわ」
光輝・如月
「●ゲって言うな!」
二人から怒鳴られてしまった。
光輝
「親父の言う事は信用出来ないんだよ!室長さんだって、髪の色が少し薄くなっただけで、結局●ゲてないじゃん!」
如月
「それは……」
室長の髪も、こーちゃんと同じく細くて柔らかかった。
薄くなったら潔く剃る、と断言していた室長を仲間だと信じていたこーちゃんにとって、室長の髪の量が四十を過ぎても減らなかった事は、ショックだったはずだ。
如月
「仕方ないだろ!あの人は色々と強いんだよ!」
光輝
「親父が弱いんだ!」
如月
「何だと!」
取っ組みあいになれば、息子はまだ、柔道黒帯のこーちゃんの敵ではない。
たちまち投げ飛ばされた。
翼
「やめて、お願い!」
床にはまだ、割れた食器が散乱しているのだ。
そんな場所で、親子で大喧嘩したら危ない。
二人を止めようと一歩踏み出した途端、足に鋭い痛みが走った。
翼
「痛!」
動きの止まったそこへ、息子の身体が上から降ってきた。
翼
「きゃあっ!」
如月
「翼ちゃん!」
光輝
「お袋!」
急いで飛び退いた息子が、私を抱き起こしてくれる。
如月
「翼ちゃん、ごめん!」
じわじわと赤い染みの滲んでいく靴下と、反射的に床についた私の手と肘から流れ出す血を見て、二人の顔からは逆に血の気が引いていく。
素早く救急箱を持って来た息子は、今度は掃除機を取りに行く。
すぐに救急箱を開いて、こーちゃんが手当てを始めてくれた。
スポーツマンのこーちゃんは、怪我の治療も手慣れている。
如月
「翼ちゃん、ごめん。……本当にごめん。オレ、大人げないよね」
光輝
「俺が悪いんだよ。お袋、本当にごめん。痛かっただろ?」
私の傍らにしゃがみこんだ二人は、もう、いつもの優しい顔に戻っている。
良かった。
こーちゃんも息子も、もちろん、本気で憎みあっているわけではないのだ。
翼
「大丈夫だよ。二人こそ、怪我は?」
如月
「オレたちは平気だよ。なあ」
光輝
「うん」
頷きながらも、二人は今にも泣き出しそうだ。
だから私は、まだちょっと痛いけど、笑顔を浮かべてみせた。
翼
「良かった。どちらもケガなくて」
如月・光輝
「はあ?!」
私の発したNGワードに、敏感な二人は一気に殺気立った。
けれど、私がニコニコしているので、毒気を抜かれたらしい。
顔を見合わせた後、声を立てて笑い出した二人に合わせて、私も笑った。
それから、三人で部屋を片付ける。
髪の毛なんか無くてもいいよ。
私はいつもはげましてくれる、明るい二人が大好きなの。
……あ、えーと、深い意味は無いのよ。
~如月編END~