ポケット穂積
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翌朝。
私が目覚めると、泪さんはまだ私の腕の中にいた。
良かった。
私が頬擦りすると、泪さんはもぞもぞしてから目を開いた。
翼
「おはよう」
泪
「……うん……おはよう」
寝起きの悪さは本人と同じ。
もう一度目を閉じそうになるのを、私は先にベッドを降りて、抱き起こした。
翼
「ね、今日は捜査室に行ってみましょう」
泪
「はあ?!」
泪さんは目を見開いた。
私の言葉で、一気に覚醒したらしい。
翼
「せっかく服を着たんですもん。ただ、人前では、お人形のふりをしてもらいますけど」
泪
「しかし」
翼
「みんなが捜査で外出の時には、小野瀬さんに預かってもらいます。それなら寂しくないですよね?」
私が一晩考えた結論はこれ。
翼
「準備が出来たら出勤しますよ。小野瀬さんに、車に乗せて行って欲しいとメール済みです。もうじき来ますよ。急いで急いで」
泪
「ま、待て翼」
翼
「待てません。室長は、昨日、小野瀬さんの所へ泊まってますから、今日の仕事着を支度しておかないとならないんです」
泪
「翼!」
クローゼットに向かおうとした時、泪さんが、小さい身体に似合わない大きな声を出したので、私はびっくりした。
泪さんはベッドの上でパンツ一枚で仁王立ちして、真っ赤な顔をしていた。
泪
「……ありがとう、翼」
翼
「……」
私は泣きそうになりながら、泪さんを抱き締めた。
小野瀬
「考えたねえ、櫻井さん」
翼
「泪さんには不自由させてしまいますけど」
当の泪さんは後部座席の室長のスーツの胸ポケットの中にいて、車の振動に合わせて身体を揺すっていた。
泪
「人形のふりって言ったって、事情を知らない人間の前でじっとしてればいいんだろ?一人で部屋に閉じこもっているより、よっぽどいい」
言葉の通り、泪さんはとても嬉しそう。
翼
「職場に室長の人形って、不自然ですかね?」
私は頬を染めた。
いくら結婚を前提にお付き合いしてるからって、私、ちょっとイタイ人じゃない?
穂積
「誰も気にしねえだろ」
小野瀬
「じゃあ、穂積の活躍に感謝した市民からのプレゼント、って事にしたら?それなら、たとえ上に見つかっても言い訳が立つ」
ハンドルを握りながらの小野瀬さんの提案に、室長と泪さんが赤くなって反論した。
穂積・泪
「「その方が恥ずかしいだろ!」」
翼
「いいですね!」
穂積・泪
「「いいのかよ!」」
室長と小野瀬さんのツートップを従えて出勤する勇気は無いので、途中で車を降りた私は、泪さんをトートバッグに入れて、徒歩で捜査室へ。
無事に到着してみると、室長はすでに着替えて会議に行ったらしく、室内には私ひとり。
私はバッグを開けて、中から小さな泪さんを抱き上げた。
翼
「ごめんね。苦しくなかった?」
泪
「全然平気だ」
泪さんは私の机の上に飛び降りた。
泪
「この辺に座ってればいいのか?」
泪さんがきょろきょろしているので、私は持参したマグカップをひっくり返して、そこに、座蒲団代わりのハンカチを敷いた。
翼
「これでどう?」
泪
「お、ぴったりだ。ありがとう」
それから、泪さんは捜査室の中をあちこち冒険し始めた。
みんなの机の上を拭きながら、楽しそうな泪さんを眺めていると、扉が開いた。
明智
「おはようございます」
私の次に出勤してきたのは、いつものように明智さんだった。
翼
「あ、明智さん、おはようございます!」
明智
「あれ、室長?いらしてたんですか」
泪
「明智ー」
私に挨拶を返すよりも先に、明智さんは床から手を振る泪さんの存在に気付いた。
さすが、視力抜群。
明智
「櫻井も、おはよう。作って来たぞ」
後回しにしてごめん、というように私の頭を撫でてから、明智さんは、提げてきた紙袋を机の上に置く。
私が泪さんを抱き上げてその傍らに連れて行くと、明智さんは、袋の中から、青っぽい布を取り出した。
明智
「実は、昨日、あれからボルテージが上がってしまって」
照れ笑いしながら明智さんが広げて見せたのは、室長がよく着ている、紺色の三つ揃い。
の、泪さんサイズ。
なんと、いつもの青いシャツと、お気に入りのネクタイも付いている。
翼
「凄い!」
明智
「やはり、室長にはこれかと。今夜お届けしようと思って持って来たんですが……その、良かったら、今、着てみてもらえますか」
泪
「もちろん」
私が机の上に下ろすと同時に、泪さんはカーディガンを脱ぎ始めた。
…もしかしたら、本物の室長に近付いていくのは、小さな泪さんには辛い事なのかもしれない。
泪さんは、室長であって室長ではない。
泪さんの存在は、泪さん自身のものなのだから。
昨夜、泪さんの抱える想いを知ってしまった私には、そんな風に思えてきた。
でも、今の泪さんは、明智さんからのプレゼントを心から喜んでいるように見える。
泪
「どうだ?」
翼
「わあ」
明智
「ぴったりですね。良かった」
明智さんが太鼓判を押すだけあって、そこに現れたのは、完全なミニサイズの室長。
いつもの捜査室でいつものスーツ姿になって、泪さんも居心地が良さそうだ。
泪
「ありがとう、明智」
明智
「いいえ。……少しでも、室長、……いや、泪さんの気が紛れれば嬉しいです」
一瞬で、泪さんから笑顔が消えた。
泪
「……明智」
それに応じるように、明智さんは微笑みを浮かべた。
明智
「言いましたよね。不自由はさせません」
明智さんは腰を屈めて、小さな泪さんのネクタイを丁寧に締め直した。
明智
「だから、どんな事でも打ち明けて下さい。俺に出来る事は、何でもしますから」
泪
「……明智……」
声を詰まらせる泪さんに、私の方の胸が熱くなった。
ほら、泪さん。
明智さんは分かってくれてる。
泪さんのそばにいるのは、私だけじゃないよ。
お力になりたいんです、と言う明智さんに頷いてから、泪さんは、明智さんの腕にぎゅっ、と抱きついていた。
廊下でわいわい言い合う声が扉に近付いて来て、最初に入って来たのは、藤守さん。
藤守
「おはようございまーす」
こちらも、手に紙袋を提げている。
翼
「藤守さん、おはようございます」
藤守
「おっ、櫻井。これ見てくれや!」
笑顔で手招きする藤守さんに近付きながら、横目で明智さんと泪さんを窺うと、泪さんは、明智さんのジャケットのポケットに頭から潜り込むところだった。
さっき、涙ぐんでしまったのが照れくさいのかな。
明智さんは微笑んで、泪さんが隠れたポケットをぽんぽんと優しく叩いた。
藤守
「じゃーん!」
藤守さんが袋の口を広げて見せてくれた物を見て、私は悲鳴を上げて飛び退いてしまった。
翼
「ひゃあああ!」
すると追い討ちをかけるように、背後から如月さんが入ってきた。
如月
「あっ!藤守さん、フライングはズルいですよ!」
翼
「きっ、きっ、如月さん、あれ、」
如月さんは私の背中を押すようにして、ニコニコ笑った。
如月
「よく出来てるでしょ!俺が顔を描いたんだよ!」
藤守
「お前こそフライングや!櫻井、俺ら、徹夜で作ってきたんやで!」
明智
「いったい何だ?」
藤守さんの後ろから、明智さんが覗き込む。
藤守
「あ、明智さんおはようございます。フィギュアですよ」
明智
「ふぃぎゅあ?」
藤守
「見てもろたら分かります」
そう言って藤守さんが袋から取り出したのは、なんと、小野瀬さんにそっくりな人形。
明智
「気持ち悪いほど似てる」
如月
「自信作です。名付けて『ミニ小野瀬くん1号』」
藤守
「既成のキットがあって、それを削り出して作っていくんですよ。昨日、室長の寸法を測ったでしょ?それを参考に、小野瀬さんを作ってみました」
泪
「どうして小野瀬なんだ……」
明智さんのポケットからそろりと顔を出していた泪さんを、藤守さんと如月さんが発見した。
如月
「あ、『ミニ穂積くん』」
藤守
「アホ!本人の前で呼ぶなや!」
如月
「あっ」
藤守さんが如月さんの口を大きな手で押さえたけど、もう遅い。
泪
「……陰でそう呼んでたんだな。いいよもう、『穂積くん』で」
如月
「え、マジすか」
ニコニコする如月さんを小突いてから、藤守さんが気まずそうに頭を掻いた。
藤守
「すんません。穂積くんには小さい仲間がいないから、寂しいんやないかと思って」
藤守さん、もう『穂積くん』って呼んじゃってるし。
如月
「だからとりあえず、小さい小野瀬くんを作ってみたんです」
泪
「……」
藤守
「全身可動で、プロレス技もかけて遊べますよ」
泪
「……」
藤守
「まだ、服は着てませんけどね。明智さんに作ってもらお思って」
小野瀬
「それなら心配ご無用だよ」
割り込んで来たのは、当の小野瀬さん。背後に小笠原さんも連れている。
小野瀬
「昨日も話したけど、娘さんのいる女友達から、ユリカちゃん人形のドレスをたくさん借りてある」
如月
「小野瀬さん、ついに人妻にまで……」
如月さんが一歩下がった。
小笠原
「如月、違う違う」
小野瀬
「彼女は、そもそも姪御さんの為に、ユリカちゃん人形を買ってはプレゼントしていた。そして、姪御さんが成長したので、それが今度は娘さんのものとして彼女の元に戻ってきたわけだ(実話)」
藤守
「その中の1枚が、昨日、ミニ室長に着せてたあのドレスですか」
小野瀬
「その通り。可愛かったねえ」
明智
「……今は、小野瀬さんのふぃぎゅあに着せる服の話をしていたはずなんですが」
小野瀬さんは頷いて、ポケットからパールピンクのドレスを取り出した。
小野瀬
「分かってるよ。藤守くん、さあ、どうぞ」
小野瀬さんは、綺麗な笑顔でドレスを差し出す。
小野瀬
「その『ミニ小野瀬くん』に、このドレスを着せてあげてよ」
全員
「はあ?」
小野瀬
「あれ?小さい穂積の為に、お友達として俺の人形を作ってきてくれたんじゃないの?」
小野瀬さんが首を傾げると、藤守さんも逆方向に首を傾げる。
藤守
「いや、その通りなんですけど。……あれ?」
小野瀬
「だったら、裸の方がおかしいでしょ?」
泪
「ドレスの方がおかしいだろ!」
小野瀬
「ああ穂積、そこにいたのか」
堪えきれずに怒鳴った泪さんに気付いて、小野瀬さんがニッコリ笑った。
小野瀬
「俺はお前と2人でドレスでもいいんだけど。……あれ?お前、着替えた?」
小野瀬さんは怪訝な顔をすると、明智さんのポケットから、抵抗する泪さんを引っ張り出した。
泪
「放せー!」</font>
明智・翼
「泪さん!」
小野瀬
「あっ、いつもの三つ揃い。これは明智くんの仕事だね♪」
小笠原
「よく出来てる」
小野瀬さんは捕獲した泪さんを机の上に下ろすと、藤守さんから受け取った『ミニ小野瀬くん』にさっさとドレスを着せて、隣に置いた。
明智
「……」
藤守
「……」
小笠原
「……」
如月
「……」
翼
「……」
小野瀬
「ほら、俺ってばお似合い♪」
泪
「……」
小野瀬
「ねっ、泪」
泪
「やめろー!腕を組ませるな!」
小野瀬
「なんで?スーツを作って貰ったんだね、泪。似合うよ。ついでに、ドレスの俺とも超お似合い」
泪
「泪って呼ぶな!お前は普段通りに穂積と呼べ!」
小野瀬
「それじゃあどっちを呼んでるのか分からないじゃん。じゃあ、お前も俺のこと『葵』って呼んでいいから、ね」
泪
「呼ばねえよ!て言うか、人形を通して会話させるな!誰かコイツをどうにかしろッ!」
みんな一様に苦笑いを浮かべながら、小さい泪さんと、それをからかう小野瀬さんを囲んでいる。
私は笑いすぎの涙を指先で拭きながら、少し離れてみんなを見ていた。
良かったね、泪さん。
みんな、泪さんの寂しさに気付いてくれていたんだよ。
ここからだと、小笠原さんが後ろ手に、外国のドールハウスのカタログを隠しているのも見える。
室長も、泪さんも、本当に愛されている。
私は、自分が愛した人がそういう人だという事を心から誇りに思いながら、みんなと、その中心にいる泪さんの姿を見つめていた。