ポケット穂積
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~小野瀬vision~
小野瀬
「しかし驚いたな。小さいが、確かにお前だ」
リビングで採寸と針仕事が進められてゆく中、穂積と俺はキッチンで立ち飲みしていた。
俺も採寸に参加したかったが、明智くんと穂積の目が光っていては引き下がるしかない。
穂積
「……警察病院で調べた時、俺の質量は減ってたか?」
小野瀬
「いや、減ってなかった。まあ、たとえ減ってたとしても、完全な相似形のお前が存在する理由は説明出来ないけど」
穂積
「……最初は、単純に夢だと思った。次には、酔っ払って幻覚を見てるのかと思った。だが、どちらも違うようだ。あのチビは実在している。お前にも見えるだろ」
小野瀬
「櫻井さんが心配してるよ。ドッペルゲンガーじゃないかって。まあ、俺が言っちゃったんだけど」
穂積
「……」
穂積は、ドッペルゲンガーを知っている。
もちろん、「影の病」とも呼ばれ、死期が近い人間が見る、という言い伝えがある事も。
小野瀬
「そんな顔をするなよ。双方元気で、しかも片方が小人だなんて聞いた事がない。何か別の理由があるはずだ」
穂積
「最初から最後まで俺の夢ならいいな」
穂積が、リビングの様子を覗き見しながら呟いた。
穂積
「それなら、現実の翼を悲しませないで済む」
小野瀬
「はは。今、こうして話しているこれも夢か?」
俺は氷水を口に含んだ。
穂積が頷く。
穂積
「そうだ。もうしばらくすると俺は目覚めて、あのチビはいなくなってて、俺は笑いながら、翼に夢の話を聞かせてやる。『この部屋に、小さい俺がいたんだよ』って」
小野瀬
「なるほど」
リビングからは、明るい笑い声が続いている。
小野瀬
「それがいいね。……じゃあ、俺もせいぜい、お前の夢を盛り上げてやるか」
穂積
「お前は張り切らなくていい」
小野瀬
「遠慮するなよ。友情だ」
穂積
「お前の友情はなんか黒いんだよな」
穂積は、肩を叩く俺の笑顔に嫌そうな顔を返してから、グラスのウイスキーを飲み干した。
穂積
「……でも、ありがとう」
俺は穂積の呟きに背を向けて、聞こえないふりをした。
~翼vision~
室長と小野瀬さんがキッチンへ向かうと、明智さんが、小さい泪さんのドレスのマジックテープをべりべり剥がした。
明智
「採寸しますよ」
ぶかぶかの白いパンツ一丁になった泪さんが、明智さんには素直に頷く。
泪
「おう、頼む」
明智さんがメジャーを伸ばした。
明智
「藤守、メモしてくれ」
藤守
「あいさー」
泪さんに両腕を上げさせて、明智さんは上から順に手際よく寸法を測ってゆく。
明智
「一度そのパンツ脱いで下さい」
明智さんに言われて、泪さんが素直にパンツを脱ぐ。
可愛いお尻が見えてしまって、私は慌てて、糸をほどく作業に目線を戻した。
脚長いすね、なんて藤守さんの声を聞きながら糸をほどいていると、明智さんから白いパンツが差し出された。
明智
「櫻井、採寸終了だ。印を付けてあるから、これで縫い直してやってくれ」
振り返って見ると、泪さんはさっきのドレスに戻って(たぶん、ノーパンだから)、藤守さんに「高い高い」してもらったり、水平に回されて「飛行機」なんてやってじゃれあっている。
私はまだ温もりの残るパンツに赤面しながらも、急いで作業に取り掛かるのだった。
間もなく縫い終わるという頃、小野瀬さんが近付いてきて、私の手元を覗き込んだ。
小野瀬
「きみがパンツを縫ってるの?」
翼
「はい。明智さんが採寸してくれましたから。これなら手縫いであっという間です」
小野瀬
「という事は、穂積は今ノーパン?」
言い方が可笑しくて、私はつい笑ってしまった。
翼
「はい、たぶん」
小野瀬さんは「ふーん」と言って、藤守さんと明智さんの方へ行った。
そちらには小さい泪さんと、室長もいる。
小さい泪さんはさっきのピンクのパーティードレスのままだけど、今はもう自ら脱ごうとはせず(ノーパンだから)、小さい身頃に型紙を当ててチャコペーパーで印を付けていく明智さんの作業を、藤守さんの肩の上から楽しそうに眺めている。
藤守さんの隣から覗き込む大きな室長と、同じ表情なのが面白い。
ニコニコしながら近付いて行った小野瀬さんが、背後から泪さんのドレスの裾をぺろりとめくった。
穂積・泪
「「めくるな!!」」
小野瀬
「だって、どうなってるか気になるじゃん?」
泪
「気にしなくていい!」
小野瀬
「学術的見地から気になるんだよ」
穂積
「嘘つけ!」
小野瀬
「俺だって採寸したかったのにさ。……つまんない」
穂積・泪
「「だからめくるな!!」」
明智
「(低い声)邪魔しないで下さい」
明智さんが真剣な表情で、3人をキッと睨んだ。
穂積・泪・小野瀬
「……ハイ」
私は肩を竦める小笠原さんや如月さんと笑い合いながら、糸止めをするのだった。
翼
「出来ました」
『アレンくんの』改め『泪さんの』おしゃれなルームウェアが完成したのは、約1時間後。
早速着てみてもらうと、さすが明智さんの仕立て直しだけあって、完璧。
キャメルのカーディガン、白いVネックのインナー、濃い茶色のアウターパンツ。
靴下もついていて、靴は中敷きで調節。
ルームウェアだけど、その辺のコンビニに行っても全然おかしくない。
翼
「泪さん、カッコいいです」
泪
「ありがとう」
私が褒めると、泪さんは明智さんやみんなにもお礼を言った。
明智
「残りの服は、俺が持ち帰って作って来ます」
穂積
「ありがとう、悪いな」
こちらは本体。
穂積
「翼、俺はこいつらを送っていきながら、近くで一杯やってくる。遅くなるから、戸締まりして寝ろ」
如月
「もちろん、オゴリですよねえ?」
穂積
「まあな」
藤守
「やったー」
小笠原
「じゃあ、櫻井さん、また明日ね」
小野瀬
「おやすみ」
翼
「皆さん、ありがとうございました。おやすみなさい」
玄関先でみんなを見送ると、さっきまでの騒々しさが嘘のように静まり返った室内。
私は室長に言われた通りに戸締まりをして、小さい泪さんを探した。
翼
「泪さん?どこ?」
返事がない。
床に四つん這いになってリビングじゅう探してみたけれど、どこにもいない。
ソファーの陰にも、テレビの裏にも。
真っ暗な寝室を覗き見ようとして、足元に、小さなカーディガンが落ちている事に気付いた。
明かりをつけて入って行くと、点々と脱いで置かれた服の先に、パンツ1枚の泪さんがうずくまっていた。
翼
「……泪さん?」
泪
「ごめんな」
翼
「……どうしたの?」
私は、拾い上げたカーディガンを、泪さんの小さな背中に掛けた。
泪
「……」
その時、リビングで私の携帯が鳴って、私は驚いて飛び上がった。
翼
「ご、ごめんね泪さん、室長からの着信音だから。ちょっと待っててね。ねっ」
泪さんは返事をしなかったけど、私は急いでリビングに戻って、電話に出た。
穂積の声
『あいつ、どうしてる?』
開口一番、室長がそう訊いてきたので、私は寝室からなるべく離れた所で、声を潜めた。
翼
「……何か、沈んでます。室長、心当たりがありますか?」
穂積の声
『当たり前だ。あれは俺だ』
それもそうだ。
穂積の声
『お前、悪いけど慰めてやってくれるか?俺は今夜、小野瀬のところに泊めてもらうから』
翼
「慰めるのはいいですけど……どうすればいいんでしょうか」
穂積の声
『いつもみたいに、舐めたり噛んだりしてやってくれればいい』
私はぼっと赤面した。
翼
「そんな事、した事ありません!」
電話の向こうで、室長が笑った。
穂積の声
『……あいつは、虚しいんだよ。少しでいい。満たしてやってくれ』
……虚しい……?
翼
「……とりあえず、話を聞いてみます」
穂積の声
『頼む』
通話が終わると、私は寝室に戻った。
泪さんは、私が作ったタオルのベッドの中で、丸まっていた。
翼
「……泪さん、風邪ひいちゃうよ」
パンツ一枚の泪さんに、私はもう一度、カーディガンを羽織らせた。
泪
「……せっかく作ってくれたのに、ごめんな」
泪さんの声は、消え入りそう。
翼
「ううん」
泪
「……みんなが来てくれて、服を作ってくれて、嬉しかった」
翼
「うん」
泪
「……だが、服を着た途端に思った。『これを着てどこへ行く?』」
私はどきりとした。
泪
「俺はずっと考えてた。どうして生まれてきたのか、何をするべきなのか」
翼
「泪さん……」
泪
「俺には家族がいた。仕事があった。仲間がいた。お前がいた」
泪さんの小さい肩が震えた。
泪
「だが『俺』には何も無い」
翼
「泪さん」
私は泪さんが隠している顔を見ないようにしながら、胸に抱いた。
翼
「私がいるよ」
泪
「俺は、俺の存在を実感したい。今、生きている証が欲しいんだ」
翼
「……」
何を言ってあげればいいんだろう。
今、私がしてあげられる事は何だろう。
何も思いつかないまま、私はただ一晩中、泪さんの小さな小さな身体を胸に抱いていた。