ポケット穂積
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終業後。
定時で上がらせてもらった私は、沈みがちだった気持ちを何とか紛らせようと、品揃えが豊富な事で有名なおもちゃ屋さんに入ってみた。
たくさんの家族連れ、広い店内。明るい色使いのおもちゃの数々と雑多な音。
私はたちまち、異世界に来たような気分になってきた。
広すぎて、目的のものがどこにあるのかすぐには分からない。
それでも、私は自分の視覚と嗅覚を頼りに、ユリカちゃん人形の着せ替え用のウェアコーナーに辿り着いた。
翼
「うわあ」
ユリカちゃん人形の着替えがたくさん展示されていて、思わず目を奪われる。
翼
「ワンピース、パーティードレス、OL風スーツ……あ、婦人警官(笑)」
一人で冷やかしながら順々に見て行くと、下段の方に、地味なジャケットとパンツがセットになって飾られている箱を見つけた。
翼
「『ユリカちゃんのボーイフレンド、アレンくん』……」
パッケージの写真に何となく違和感を感じた私は、人形を売っている方の棚を目で探してみた。
すると。
翼
「やっぱり」
アレンくんは、金髪に近い栗色の髪の男の子。
身長は約23cm。
18.5cmの泪さんより大きいけど、丸顔で、女の子みたい。
翼
「……泪さんの方が、数段、格好いい」
ユリカちゃん、変な対抗意識燃やしてごめんね。
私はリボンを取り出して、パッケージの上から寸法を合わせてみた。
翼
「でも、アレンくんもスタイルいいよ、うん」
少し大きいけど、これなら、手直しすれば、小さな泪さんに着せられるはず。
翼
「『アレンくんのおしゃれジャケットセット』、『カジュアルウェアセット』……」
鼻歌のように呟きながらラインナップを眺めていくと、突然、私の目は一点に釘付けになった。
翼
「『アレンくんのおうじさまセット』……!」
そこには、王冠と、真っ白なスーツに水色のベストのついた、金色のボタンも眩しい王子様の衣裳が。
そして私の脳内では、すでにその衣裳に身を包み、白馬に乗って現れる泪さんがキラキラと輝いている。
無意識に手に取って見つめていると、視界の中に、今度は白銀に煌めく『アレンくんのすてきなタキシード』が。
そして脳内では、早くもチャペルの鐘の音が鳴り響き始める。
翼
「泪さんはやっぱり白よね……」
手当たりしだいに『アレンくん』の服を集めて両手に抱えていた私は、通り掛かった女の子と目が合って、ハッと我にかえった。
翼
「い、いけないいけない。妄想の世界に入ったまま、大人買いしてしまうところだったわ……」
それから泣く泣くタキシードを諦め、私はアレンくんの普段着っぽい服のセットを3着、そして、どうしても手離せなかった『おうじさまセット』のほかにも靴を白黒2足買い揃えて、家路についたのであった。
翼
「ただいまー」
合鍵を使って室長の部屋の扉を開けると、いつもならしんとしている部屋の奥から、小さな声が返ってきた。
泪
「お帰り!」
リビングのテーブルの上から、小さな泪さんが手を振っている。
私はその姿にホッとしながら、急いで靴を脱いで上がった。
テーブルから飛び降りて、駆け寄ってきてくれる泪さんが可愛い。
翼
「何してたの?」
荷物を置きながら聞いてみる。
泪
「朝昼夕にテレビのニュース見た。後は寝てた」
リビングの床に座ると、泪さんが、私の膝に登って来た。
泪
「何もしてない」
私の太股の上で両手を広げてうつ伏せに寝そべる泪さんは、何だかとても寂しかった様子。
ああ、そうよね。
仕事が生き甲斐の人だもん。
一日じゅう部屋に閉じこもってなきゃいけないなんて、この人にとっては拷問みたいなものよね。
泪
「そうだ、服は?」
泪さんが、顔だけ横に向けて私を見た。
翼
「買って来たよ。見て?」
起き上がって膝から滑り降り、泪さんはリビングのテーブルの脚を器用によじ登る。
その間に私は手を伸ばして、ビニールの袋から買い物の成果を取り出し、泪さんのいるテーブルの上に並べた。
泪
「『アレンくんのおしゃれなルームウェア』?」
翼
「ちょっと着てみて?直しが必要だと思うけど」
背を向けてバッグから裁縫道具を取り出していると、戸惑ったような泪さんの声が聞こえてきた。
泪
「……翼」
翼
「はい?」
泪
「これ、ぶかぶか」
翼
「あら」
泪さんは被っていたハンカチを取って、アレンくんの服に付属していた白いパンツを履いてみてくれているのだけれど、確かにぶかぶか。
計算ではほんの5cmの身長差だったのだけど、実際に着てみると、Mサイズの人がLLサイズの服を着ているよう。
泪さんてアレンくんより細いのね。
でも、パンツ自体は簡単な作りだから、すぐに直せそう。
翼
「泪さん、そのまま手で押さえてて?」
泪
「え?」
翼
「マジックで印つけるから。ね?」
泪
「ひゃははは、くすぐったい!」
翼
「ちょっと我慢して」
泪
「やめろ、一回脱ぐから!ちゃんと測れ!」
翼
「もう少しだから!」
泪
「やめろったら!あっ!頼むからやめてくれー!」
その時、玄関のドアが、がちゃりと開く音がした。
穂積
「楽しそうだな」
笑いを含んだ室長の声に続いて、わいわいと大勢の声が続く。
藤守
「櫻井、小さい室長はどこや?」
如月
「見たい見たーい!」
明智
「お邪魔します」
翼
「あ、皆さん」
私は泪さんから手を離して、立ち上がった。
その隙に泪さんは再びハンカチを被り、たちまち明智さんの足元にすっ飛んで行ってしまう。
翼
「あっ!」
泪
「明智、助けてくれー!」
明智
「……」
おそらく事前に聞いて心の準備をしてきたはずなのに、明智さんは、自分の足にくっついた小さい泪さんの実物を目の当たりにして、固まった。
小笠原
「助けてあげて、明智さん!」
小野瀬
「もう遅いよ、小笠原くん」
話に割り込むが早いか、小野瀬さんは明智さんの足元から、泪さんをつまみ上げてしまった。
泪
「わあっ!離せー!」
小野瀬
「凄いな。こんなに小さいのに、本当に穂積だ」
小野瀬さんはじたばた暴れる泪さんの胴を握る形で、巻いているハンカチの裾をぺろりとめくった。
小野瀬
「あれ?パンツ履いてる」
泪
「めくるな!小野瀬、てめえ!」
小野瀬
「穂積、これ見て。ユリカちゃん人形のドールハウスだよ。素敵だろ?友達から借りてきたんだ。それからこれも」
小野瀬さんが嬉々としてポケットから取り出したのは、一目でユリカちゃん人形のだと分かる、フリルたっぷりピンクのパーティードレス。
小野瀬さんは素早く泪さんの身体のハンカチを剥がし、力ずくで泪さんにドレスを着せてしまった。
小野瀬
「みんな、これどう?」
そう言うと小野瀬さんは、暴れる泪さんをテーブルの上に戻した。
如月
「うわ!」
藤守
「可愛いやん!」
フリフリピンクのパーティードレスを着せられた泪さんは、本当にお人形のような愛らしさ。
本人は脱ごうとしてじたばたしているのだが、あいにく、背中側にべったりとマジックテープが付いているので、なかなか外れない。
泪
「ちっくしょう……!」
一旦諦めたのか、大の字になってテーブルの上に寝転がる泪さん。
それを携帯で録画している小野瀬さんと、その陰に隠れて撮影する私。
穂積
「いい加減にしろ!」
部屋着に着替えた室長が現れて、私と小野瀬さんの携帯を取り上げた。
小野瀬・翼
「あっ!」
穂積
「小笠原、消去」
ぽいぽいと投げられるのを受け止める小笠原さん。
小野瀬・翼
「ああっ……!」
さらに私たちにダメージを与えたのは、明智さんだった。
明智
「すみません、もう大丈夫です」
明智さんはさっきの当惑顔からいつものきりりとした顔に戻って、テーブルの上に寝転がっていた泪さんを助け起こした。
明智
「不自由なさった事でしょう、室長。俺に任せて下さい」
泪
「明智っ!」
笑顔になった小さい泪さんが、明智さんの指先に抱きつく。
……何だか、ちょっとジェラシー。
明智
「櫻井、お前が買って来た服、全部縫い糸をほどけ。如月、小笠原、手伝ってやれ」
明智さんがジャケットを脱いだ。
明智
「採寸して型紙を起こしてやる。それで余分な部分を切って、もう一度縫い合わせるんだ」
明智さんはてきぱき指示を出しながら、腕捲りを始める。
如月
「……明智さんのスイッチが入った」
藤守
「主婦の血が騒ぐんやろな」
小笠原
「母性本能かも」
明智
「藤守は採寸を手伝え」
小野瀬
「明智くん、俺は?俺も採寸に参加したいよ」
明智さんは小野瀬さんを振り返って、にっこり笑った。
明智
「小野瀬さんは、本体の室長と遊んでていただければ結構です」
小野瀬
「えー」
穂積
「さすが明智」
室長が、惚れ惚れと明智さんを見つめた。