ポケット穂積
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翌朝。
翼
「よく眠れた?」
私は室長の身支度を手伝いながら振り返り、ベッドの上でポンポン跳ねている小さな泪さんに微笑みかけた。
泪
「よく寝た。ありがとう」
小さな泪さんが初日に冒険しただけあって、室長のベッドはキングサイズの大きな物。
昨夜、そのベッドの枕元にタオルで即席の小さなベッドを拵えたのだけど、思いの外快適に出来たようで、小さな泪さんは嬉しそうにそこへ寝てくれた。
すやすや眠る可愛らしい寝顔を飽かずに眺めていた私を、隣に眠る室長は微笑みながら見つめていてくれた。
翼
「泪さん、ちょっといい?」
泪
「?」
室長のネクタイを締め終えた私は泪さんに近付いて、ベッドの傍らに膝をついた。
髪を縛る時に使うリボンで、泪さんの大体の身長や手足の長さを計る。
翼
「今日、服を買ってくるからね。多分、ユリカちゃん人形のボーイフレンドの服が合うと思うの」
泪
「任せるよ」
今日はグリーンのハンカチを巻いた泪さんが、私の頬を小さな手でぺちぺち撫でた。
翼
「一旦寮に帰って、お裁縫道具を持ってくるから。そしたらちやんと採寸させてね」
泪
「分かった」
穂積
「じゃあ、仕事に行くか」
翼
「はい。行ってきます、泪さん」
泪
「翼」
翼
「なあに?」
泪さんがちょいちょいと手招きするので顔を寄せると、ちゅ、とキスしてくれた。
泪
「気をつけて行って来いよ」
小さいサイズの泪さんが本物と同じ笑顔を浮かべるので、私はすっかり嬉しくなってしまう。
翼
「泪さんと離れたくないな」
泪
「バーカ。置いて行かれるぞ」
えっ、と振り返れば、室長はもう靴を履いてドアノブに手を掛けている。
翼
「あっ、行きます!行きます!」
苦笑する室長を追い掛けて、私は出口でもう一度泪さんを振り返った。
泪さんは玄関先まで来て、手を振ってくれている。
翼
「行ってきます」
泪
「おう。待ってるからな」
待ってるからな、だって。
私はにやける顔を押さえながら、車へ向かう室長の後を追った。
小笠原
「小人の伝承は世界各地にあるけど」
小野瀬さんのラボに入るなり、小笠原さんが切り出した。
朝のミーティングを終え、本日は小野瀬さんのデータ整理に駆り出された私と小笠原さんは、鑑識に来ていた。
緊急の案件が無い通常業務のせいか、いつも殺気立っているラボの中も、今日は心なしかのんびりムード。
奥では太田さんがマシュマロを口に運びながらPCと向き合っている。
小笠原
「室長のような事例は見つからなかった。いわゆるドッペルゲンガーだけど、普通に会話してるらしいしね」
翼
「ドッペルゲンガー?」
小笠原
「自分の姿を第三者が違うところで見る、または、自分が、異なった自分自身を見る現象のことだよ。英語のダブル、doubleの語源でもある」
翼
「はあ」
間抜けな声を出してしまった私に、コーヒーの入ったマグカップを手渡してくれながら、小野瀬さんが笑う。
小野瀬
「ドッペルゲンガーは口を利かないと言われてるんだよ」
翼
「普通に会話出来ますよ。今朝だって、「気をつけて行って来いよ」なんて言ってくれて、それはもう可愛いんですから」
小野瀬
「おや、櫻井さん。という事は、ゆうべは穂積の部屋にお泊まりだったんだね?」
翼
「あっ」
小笠原
「小野瀬さん」
小笠原さんが咳払いする。
小笠原
「室長の体調の方はどうだったの?」
小野瀬
「警察病院で調べてもらったけど、脳のCTも血液検査でも異常は無かったね。極めて健康だ」
翼
「本当ですか。良かった」
小野瀬
「うん、良かったよ。自分のドッペルゲンガーを見る人は死期が近い、なんて迷信があるからね」
小笠原
「小野瀬さん!」
小野瀬
「おっと、ごめん」
小笠原さんに諫められて小野瀬さんは口を塞いだけど、その言葉はもう私に聞こえてしまっていた。
翼
「……死期が近い……?」
小笠原
「ほら!櫻井さんが真っ青になっちゃったじゃないか!」
小野瀬さんは、私の前で手を合わせて、頭を下げた。
小野瀬
「本当にごめん。でも、言ったでしょ?迷信だよ。現実に、穂積は健康体なんだし」
翼
「そ、そう……です、よね……」
確かに、小さな泪さんが現れてからも、室長の様子に変化は無かった。
でも、「いつ消えるか分からないから」と言った時の、あの、少し困ったような顔。
「俺のだ」と言って、お風呂で甘えてきた時のあの顔。
翼
「……」
小笠原さんが小野瀬さんを小突いて、仕事を再開させる。
私も、小笠原さんが差し出す資料のファイリングを始めた。
死期が近い。
仕事に意識を集中しようとしながらも、その言葉は、私の脳裏から、なかなか離れてくれなかった。